2010年12月29日水曜日

2期入試出願迫る

新領域創造専攻大学院の2期入試、出願は1月12〜18日です。

http://www.meiji.ac.jp/sst/grad/examination/

入学志望の人は、必ず試験前に、希望する指導教員(宮下、福地、倉石、ぼく)に連絡をください。研究テーマによっては別の人の指導を受けるよう勧める場合があります。

ぼくの研究室は「コンテンツ批評」と「デザイン人類学」を名乗っていますが、現代世界文化研究のすべての側面に対応します。ただし、書くことを重視します。文字で書くのでなければ、写真・映像による作品制作も歓迎します。

2011年夏にはASLE-Japan(文学/環境学会)の大会を明治大学生田キャンパスで開催することが決まっています。これにもぜひ積極的に参加してください。

For those of you who are interested, you may choose to pursue your degree exclusively in English. The courses are mostly offered in Japanese, but you may always write your term papers and master's thesis in English.  Come enjoy the ride with us! So far we have had students from Canada, China, Korea, and a Brazilian student is applying for the year 2011. I want to make my team as transnational and translingual as possible. Reading knowledge of Japanese is mandatory, but otherwise I'd like to accommodate you in the best way that is pragmatically possible.

樹の詩・中国語訳(譚仁岸)

「樹木」展には現在ぼくの詩の連作が11篇展示されていますが、一橋大大学院で比較文学を研究している中国からの留学生の譚仁岸さんが、そのいくつかを中国語に訳してくれました。ぼくは中国語はわからないけれど、大変にうれしいことです。そのひとつを。


植物一旦芽,一生便只能在此度
灵魂一旦芽,便只能像珊瑚一
尽管有定居与流浪的区
两者都是在与重力的不断交涉之中活着
能看穿他共通的模式?
木的年
珊瑚完成白色的死亡
木在落雷下焦黑如烤
珊瑚着小丑与海牛
悠哉游哉的雅生活
而我呢,只有移动视
想象些既非自己亦非他人的生命
各自大的活法
也会一想象一等待闪电
也会担海水温度上升的危机
我的身体是珊瑚,皮肤是剥落的薄


原詩は以下のとおりです。


植物は発芽すれば一生そこで過ごすしかない
魂は発芽すればあとは珊瑚のように成長するだけ
定住と放浪のちがいはあっても
どちらも重力との交渉を重ねて生きる
そこに共通するパターンを見抜けるだろうか
樹木は年輪を重ねる
珊瑚は白く死滅して鉱物になる
樹木は落雷に鳥のように焦げる
珊瑚はクマノミやウミウシの
遊びじみた優雅な暮らしを守っている
ぼくはといえばただ視点を移動して
こうした自分でもヒトでもない生命たちの
それぞれに偉大な生き方を想像するだけ
想像しながら稲妻を待つだろう
海水温の危機的な上昇に脅えるだろう
私の骨は珊瑚、肌は薄く剝ける樹皮

ありがとう、譚さん! ぜひ『Agend'Ars』全編の翻訳にとりくんでください。

2010年12月28日火曜日

来年は

あと3日で今年も終わりか。慌ただしさは続きます。来年の予定もいろいろ入ってきました。

2月19日 札幌のモエレ沼公園で佐々木愛さんとの対談。
2月26日 千駄ヶ谷のビブリオテークで西山雄二さんとの対談。
3月12日 大阪大学で翻訳を主題とする講演。
3月31日 アジア研究学会(ホノルル)でリービ英雄さんを囲むセッション。

それより何より、翻訳の実践がすべて。そのように活動を整理していきたい。あとはひたすら歩くだけ。

「考える人」35号

「考える人」2011年冬号は特集・紀行文学を読もう。ぼくはアンケート「私の好きな旅の本ベスト3」に参加しています。

いったい何を選んだか? ぜひごらんください。細川周平さんがぼくの『コロンブスの犬』(1989年)を選んでくださいましたが、周平さんの『トランスイタリア・エクスプレス』は、まちがいなくぼくがもっとも大きな影響を受けた旅の本のひとつ。どこかから文庫で再刊してほしいと願っています。

2010年12月27日月曜日

年末年始のギャラリー

われわれの「樹木」展が進行中のGallery ZERO(明治大学生田図書館内)ですが、年内は本日27日の午後4時30分までです。

新年は5日(水)の午前10時に再開します。

佐々木愛さんの絵、兼田言子さんの写真、その他の作品に、原一弘のフィールドレコーディングによる樹木の音、森の音がかぶさり、いい雰囲気。展示図書をゆっくりごらんいただけば、2時間は楽しめる場所です。

ぜひ散歩がてら、お出かけください。

2010年12月26日日曜日

日本列島と「ミクロネシア」(1月22日)

ミクロネシアで育ったアメリカ人の太平洋研究者グレッグ・ドボルザークさんの講演「日本列島と<ミクロネシア>」を、来年の1月22日に明治大学で開催します。対話の相手は今福龍太さん。島々から見た世界を語り合うには最適のお二人です(使用言語は日本語)。

ぜひカレンダーにマルをつけて、遊びにきてください。入場無料ですが、予約をお願いいたします。

http://www.meiji.ac.jp/koho/hus/html/dtl_0007135.html

とにかく1200時間を

先日、22日、現在進行中の修士論文の「完成間近報告」のための臨時ゼミを開催した。ところが、よくない。非常によくない。あまりにも費やしている時間の絶対量が不足している。

別のところで、学部学生に修士課程のことを話していて、「修論にはだいたい1200時間かかるよ」と答えた。修士の1年目に必要単位をとり、2年目は修論に専念するとして、4時間×300日。他にもバイトだのいろいろやることがあるということを計算に入れても、これが最低限の数字。理想的には2400時間をかけるべきだ。

ひとつの外国語の基本を身につけるにはだいたい500時間かかると昔からいわれているが、修論の場合、少なくとも読むのに1000時間、書くのに200時間をかけてほしい。1時間で3枚書けるとすれば、100時間で300枚書ける。それに100時間の推敲を重ねて、最終的に120〜150枚の論文になれば、まずまず格好がつくだろう。

ところが現状は、あまりにも時間をかけていない。たとえば就活を、大義名分にしてはいけない。大学院は、あくまでも研究をし、論文を書くための場。以前、大学院に入ったのに「論文を書きたくない」というどうにも理解に苦しむことを平気で口にする者がいたが、それでは野球チームに入団しながら「試合に出たくない」というようなもの。まったくバカげている。

論文を書いているあいだは、クリスマスも正月もないのがあたりまえ。起きているかぎりのすべての時間を使って、最大限の努力をすること。正月は3ヶ月ずらして、2月末に最終審査を終えてから、みんなでお雑煮でも作ることにしよう。

さいわい、というか、1日に10時間の作業を30日続ければ、1ヶ月で300時間は達成できる。実際、たとえば数理ビジネス系でアクチュアリ試験を受けている人などは、その程度のペースで準備にとりくんでいる。

健闘を祈る。

2010年12月25日土曜日

あと1週間

今年もあと1週間。毎年、この時期は、焦燥にかられている。冬至はそれなりの気持ちで迎えるけれど、キリスト教徒ではないので降誕祭を祝わないし、お正月はまるで興味がなく休むつもりもない。ただ日々のペースを崩さずに暮らしたいと願うのみ。

それでも今年果たすべきことのどれだけが果たされていないかを思うと、慄然とする。目先のことに右往左往し、とりくむべき仕事を後回しにしてしまった。カレンダーが変わるのを待つよりも、いまからはっきり目標を見すえて、体勢を立て直したい。

自分の、真の相手がいる。死んでしまった詩人や、まもなく確実に死んでゆく作家。かれらとの対話を、すべてを超えて優先させたい。ということで、早くも2011年モード。でもそのまえに大掃除を、整理整頓を。

2010年12月24日金曜日

Ayuoのおもしろさ

「樹木」展の関連企画、Ayuoによる特別講義「蛇と樹」は、ぶじ終了しました。すばらしかった! これは結構、歴史的イベントだったかも。明治の学生の数が少ないのが残念すぎた。

Ayuoさんはユーラシア大陸の端から端までという感じで7、8種類の弦楽器を用意してくれて、理論を語り、実演し、歌い、踊りの大活躍。e.e.cummingsの詩にJohn Cageが曲をつけた歌から最後のThe Lamiaまで、その圧倒的なパフォーマンスにみんなジーンと感動しました。

途中、ぼくは自作の3篇を朗読。今回の「樹木」展のために書いた11篇のうちの3つです。これにAyuoが、アイリッシュ・ハープ、ハーディガーディ、アイリッシュ・ブズーキで順次即興の伴奏をつけてくれました。

これはおもしろい! 自分ひとりでボソボソ読むのとはちがって、音の高まりが強いてくるある種の沈黙をみずから聞きながら、次の一歩を踏み出す感じ。いやでもパフォーマティヴな力が高まってきて、思いがけない視界が開けた感じです。

これまで何度か朗読をやってきたけれど、伴奏つきは初めて。これはまたやりたい。特にハーディガーディの、小動物のような軋み音が気に入りました。こっちもコヨーテの遠吠えで答えたくなる。

Ayuoさん、ありがとうございました。そしてAyuo紹介を即興で担当してくれた粟津ケンさんも、ありがとうございました。大学院生のスタッフのみんなも、万事卒なくこなしてくれました。ごくろうさま。

クリスマス直前の、ソウルフルな一夜でした。

2010年12月22日水曜日

三田

慶應義塾大学文学部の総合講義科目「死と再生」でゲスト講義を担当しました。ぼくの主題は「ヒトと動物の死と再生」。クッツェーの『動物のいのち』を手がかりに、おびただしい動物たちを日々殺しつづけるわれわれの種社会の特質を考えてみよう、と誘う話。

三好達治、村野四郎、田村隆一、テッド・ヒューズの動物詩から出発して、動物とヒトのコミュニケーション全般を論じ、ついで宮澤賢治の「なめとこ山の熊」の分析に入り、最後にエイミー・ベンダーの短編「飢饉」に表れる再生の感覚を論じるつもりだったのですが、「なめとこ山」にすらたどりつけなかった。

http://web.mita.keio.ac.jp/~tatsumi/sogo/2010/12/_.html

途中で脱線して犬の話ばかりになり、自分の好きなピットブルやオールド・イングリッシュ・ブルドッグの話をしていると、むしろそのほうがみんなが起きていたので、そのまま。そして時間切れ。

でもいい経験でした。慶應のキャンパスに足を踏み入れるのは十数年ぶりですが、巽孝之さんや宇沢美子さんともゆっくり話ができて、充実した一日になりました。

そして特筆すべき非常にうれしい偶然は、現代日本の最高の詩人の一人である朝吹亮二さんに、たぶん23年ぶりにお目にかかったこと。ちょっと立ち話しただけですが、今年の締めくくりはこれでいいような気が。

「死と再生」の次回(最終回)は来年1月、宮内勝典さんです!

2010年12月20日月曜日

「感動をありがとう!」フィガロ・ジャポン

「フィガロ・ジャポン」2月号は、恒例の年末読書特集。「感動をありがとう! 2010年のベスト10冊」に、ぼくの『斜線の旅』も選ばれています(選者は大竹昭子さんほか3名の方々のチーム)。

ことにうれしさが増すのは、おなじ10冊にチママンダ・アディーチェ『半分のぼった黄色い太陽』(くぼたのぞみ訳)やロベルト・ボラーニョ『野生の探偵たち』(柳原孝敦+松本健二訳)といった、友人たちの立派な訳業が入っていること。またミランダ・ジュライの傑作『いちばんここに似合う人』(岸本佐知子訳)も。

どれもすべての本の世界から見るとジミな感じのする、でも本気の、世界文学の最前線です。女性雑誌(男性雑誌、あるいはジェンダー・フリーなすべての雑誌)で、ここまで趣味のいいセレクションを見せているものは他にないでしょう。選者のみなさんの鋭い選択眼に感謝。

また個人の選者のみなさんによる「フィガロ図書館」では、堀江敏幸さんが『本は読めないものだから心配するな』を3冊のうちの1つとして選んでくださいました。

こちらもうれしさが増すのは、堀江先生・選の他の2冊が内田百閒先生の『阿房列車』と團伊玖磨先生の『パイプのけむり』だということ。いずれもぼくのかつての愛読書です。

「本はたえず流れ続ける。旅をする言葉のように、言葉になる旅のように」(堀江さんの評から)。

いずれも2009年刊行の2冊が、こうして2011年まで生き延びてくれることに、本の神様やその他すべての神々に、つまり世界に、感謝したいと思います。

2010年12月18日土曜日

澁谷征司×近藤一弥、明日

ディジタルコンテンツ系の兼任講師でもあるデザイナーの近藤一弥さんの出演イベントです。デザインおよび写真に興味のある人は、明日、ぜひ赤々舎へどうぞ!

現在開催中の澁谷征司展「DANCE」に関連して、下記のイベントを行います。
日曜の午後から夕方にかけて、連続して行うトークショー、ご都合のよい時間にお越しください。


::第1部::
<澁谷征司、黒田光一、姫野希美による鼎談>

》日時
12月19日(日) 14時スタート

現在、個展「こころ」を開いている写真家の黒田さん。
互いのスライドショーとともに、写真を考える本質的な対話が楽しみです。


::第2部::
<澁谷征司、近藤一弥によるトークショー>

》日時
12月19日(日)17時スタート

アートディレクターの近藤さんは、「BIRTH」「DANCE」ともにデザインし、そもそも澁谷さんを赤々舎に紹介してくださった方。


澁谷征司の写真をもっともよく知る方と言えます。
近藤さんのお話自体、とても貴重な機会です。


ともに場所はAKAAKAです。
ご予約不要、入場無料。
ぜひゆっくりお越しください。



 株式会社 赤々舍
 〒135-0021 東京都江東区白河2-5-10
 Tel: 03.5620.1475/Fax: 03.5620.1479
 ))))))))))  http://www.akaaka.com/


 

「お前はまだ本を読むな」

「お前はまだ本を読むな。そこに書いてあることは誰かが書いたやつの引き写しかもしれないぞ。お前はまだ人の話を聞くな。誰かが話したことのまた聞きかもしれないぞ。見ろ、この大地を。」

チュクセン教授が宮脇にいった言葉(一志治夫『魂の森を行け』新潮文庫より)

2010年12月17日金曜日

REPRE 11

表象文化論学会のニューズレター「REPRE」に、田中純『イメージの自然史』(羽鳥書店』の紹介を書きました。

http://repre.org/repre/vol11/books/06.html

この本も、われわれのゼミの必読書に指定します。

2010年12月14日火曜日

23日はAyuoの特別講義!

Ayuo (高橋鮎生)さんの特別講義、いよいよ来週です。まず「樹木」展を見て、それからこちらをどうぞ。大きな会場ですから、みなさんぜひおともだちを誘ってください。よろしくお願いします!

特別講義 Ayuo(音楽家)
「蛇と樹 音楽の歴史的・神話的起源について」

最初の楽器とは何だったのだろう?
弓と矢がそれだったのか?

台湾のある先住民部族は狩猟用の弓を楽器として用いる。音階はペンタトニック・スケール。

ペンタトニック・スケールは地球上に驚くべきひろがりをもっている。アフリカのメロディー、ブルーズ、アイルランドやスコットランドをはじめとするケルト系音楽、そして東アジアの音楽でも。このスケールは神話的・宗教的な意味をおびていた。

古代バビロンの新年の祭儀、ペルシャから中国へのモードの伝播。メソポタミア文明におけるハープの誕生以来の世界音楽の広がりと木製の楽器の多様性(日本の琵琶、中国のピパ、ペルシャのバルバット)を語りつつ、エネルギーの形象としての蛇がもつ象徴的な意味を探り、ギリシャの蛇=女神を題材とする歌「ラミア」他の曲を実演する。

世界音楽の根源と最前線に同時にふれるスリリングな講義です。ぜひお誘い合わせの上、ご聴講ください。

日時 12月23日(木・祝)15:30〜17:30
会場 明治大学生田キャンパス中央校舎6階 メディアホール

(「中央校舎」は生田キャンパス中央に位置する6階だての白い建物。内部は吹き抜けの大きな空間になっています。すぐわかります。)

主催 明治大学大学院理工学研究科新領域創造専攻ディジタルコンテンツ系 
予約不要・入場無料

Ayuo

1960年生まれ。ニューヨークで育ち、小学生のころから60年代後半のアメリカの実験音楽、アート、文学、サイケデリック・カルチャーに強い影響を受ける。8歳よりギターを習い始め、83年以後18枚のソロ・アルバムをアメリカと日本で発表。独自の調弦方法のギター・スタイルを作り、他にもさまざまな楽器を演奏し、古代音楽にみられる世界の繋がりを独自のサウンドで創作しつづけている。音楽・文学・映画・歴史・神話と科学についての執筆の依頼も多い。CDの近作として『AOI』『Red Moon』『絵の中の姿』などが発売されている。最新のCD『dna』は2009年9月25日発売。ホームページ www.ayuo.net 

10年間を1分25秒で

清岡智比古さんのブログに紹介されているこのビデオ作品(というかコマ撮りアニメーション?)、最高です。

http://fr.news.yahoo.com/54/20101210/video/ven-elle-vieillit-de-10-ans-en-1-minute2-d34fe38.html



2010年12月13日月曜日

石川直樹のために

12日(日)、ジュンク堂新宿店で石川直樹さんの新しい写真集『Corona』(青土社)の刊行記念イベント。コンピュータの不慮のトラブルで映像を見ていただけなくなりましたが、写真集をひろげての紙芝居的解説を温かく見守ってくださったみなさん、本当にありがとうございました。

ポリネシアの大三角形は、見えない大陸。石川さんの旅とぼくの旅が大きく交差する地域なので、ぼくもスライドショーを準備していったのですけれど、これもあきらめ。でもかえって、言葉で欠落を埋めてゆく共同作業に真剣にとりくめたようにも思います。

ぼくはOmninesiaと題する小詩集を準備してゆき、朗読しました。16行詩を7篇。そのうちのひとつ、石川直樹へのオマージュとして書いたものを下に掲載しておきます。スライドショーはまた次の機会に!



  7 忘却を忘却にまかせないために

忘却に対する抵抗こそ最大の冒険
星を見上げ星座により自分の位置を知ることを
われわれは忘れてしまった
それで航海が偶然への船出となり
もうどこにもゆきつかず、ただ漂流と漂泊がつづく
すべての大都市はわれわれが迷い込んだ
にぎやかでばかげた明るい迷宮
知の糸をくれるはずの土着のアリアドネは
数世紀前から徐々に引退を決意した
けれども波があり森がある
山があり草原と氷原がひろがる
ヒトの世界は小さい
地球そのものの表皮には比べものにならないほど小さい
ヒトが居住を試みたすべての地域の過去四万年に
見失ってはならないwayfaringの技法があった
ぼくはそれを探す

2010年12月11日土曜日

命名という冒険

明治大学の新農場が黒川に建設されますが、その正式名が公募されています。

http://www.meiji.ac.jp/koho/hus/html/dtl_0007197.html

明治関係者以外でも応募可能な模様。生田キャンパスはその農場の広さと馬たちのおかげで大きく評価が上がっていますが、里山の暮らしをいまに伝える黒川地区での農場の展開は、直接は無関係なぼくにも楽しみです。

ふるってご応募ください。

2010年12月6日月曜日

「樹木」展のために

展示のご挨拶として書いた文章です。


 地球の本質は鉱物の世界。そのごく薄い表皮の部分を菌類と植物が整え、動物たちが生きることのできる環境を作ってくれました。動物の生活は植物に全面的に依存しています。私たちヒトも森で始まり、森から草原や海岸や沙漠といったすべての風土へと進出してゆきました。

 もしも広い草原や沙漠にぽつんと一本の木が立っていたなら、きっとヒトの誰もがその木にむかって歩いてゆくことでしょう。大地と空をむすび宇宙をしめしてくれるのは樹木。すべての木は一本ごとに、その場で宇宙を開きます。

 木は空間を創設し、ヒトに食物と隠れ処を与え、年ごとに循環する生きるための時間を教えてくれます。葉や花や果実をつけ、家や舟や道具を作る素材となり、刻まれたときにさえ美を教えてくれます。燃やされれば熱を放ち、あるいはそこにあるだけで、ヒトと鳥獣や昆虫を近づけてくれます。

 その実質によって、姿によって、イメージによって、樹木と森はわれわれの心を作ってきました。今回の展示がふりかえろうとするのはヒトの進化史の全体にわたるそんな木の意味であり、しめそうと思うのは木に対する小さな感謝の気持ちです。ぜひ、のんびりしたひとときを、この小さな森で楽しんでいただければさいわいです。

 本展は明治大学大学院理工学研究科新領域創造専攻ディジタルコンテンツ系の学生を中心として企画・制作し、ゲストとしてアーティストの佐々木愛さん、写真家の兼田言子さんが参加しています。佐々木さん、兼田さん、ありがとうございました。

2010年12月5日
啓次郎

「樹木」展、はじまりました

5日(日)、われわれの「樹木」展がぶじオープニング。特に小田急沿線の方、ぜひお立ち寄りください。企画コーディネーターの伊藤貴弘くん(博士後期課程1年)、ほんとうにごくろうさまでした。

佐々木愛さんの新作のスライドショー、圧倒されます。兼田言子さんの樹木写真、おもしろく、美しい。学生たちもそれぞれ健闘。ぼくは写真作品2つ、そして詩は16行の連作で、7篇でスタートしましたが、会期中に少しずつ増やしてゆきます。

23日の音楽家Ayuo(高橋鮎生)さんによる特別講義もお楽しみに!

「樹木 木と人の心」 ゲストアーティスト:佐々木愛

すべての樹木は宇宙樹。人を生み、その心を育てた。
樹木と人間の関わりを全面的に考え直してみよう。
写真、映像、絵画、詩、オブジェ、音響などの作品展です。
主題に関連した約200冊の図書もそろえました。

■会期  2010年12月5日(日)〜2011年1月10日(月)※12月28日(火)〜1月4日(火)は休館。
■時間  [平日・12月23日(木)] 9:00〜19:00 [土] 9:00〜18:30 [日・祝] 10:00〜16:30
[12月25日(土)〜12月27日(月)、1月5日(水)〜1月7日(金)] 10:00〜16:30
■会場  明治大学生田図書館Gallery ZERO
〒214-8571 川崎市多摩区東三田 1-1-1 TEL 044-934-7945
※一般の方は図書館入口ゲート横の呼出ボタンにて係の者をお呼び下さい。
※お車でのご来校はご遠慮下さい。
■主催  明治大学大学院理工学研究科ディジタルコンテンツ系管啓次郎研究室
■お問い合わせ  jyumoku2010@gmail.com(「樹木 木と人の心」展実行委員会)
■関連イベント 音楽家Ayuoによる特別講義「蛇と樹 音楽の歴史的・神話的起源」
・日時  12月23日(木・祝)15:30〜17:30
・会場  明治大学生田キャンパス中央校舎6Fメディアホール
・予約不要、入場無料

2010年12月4日土曜日

「現代詩年鑑2011」

「現代詩手帖」12月号は「現代詩年鑑2011」。2010年に発表された詩140篇が掲載されています。

ぼくの『Agend'Ars』からは「L」と「LI」が収録されました。また関口涼子さんが同書の書評として「豊穣な、具体的な世界の踊り」を書いてくださいました。

「写真」といってもあらゆる傾向の写真があるように、「詩」といってもあらゆる詩があります。ぼくの詩も、たぶん読んでくれる人は30人くらい。でもそれでまったくかまいません。その30人が500年にわたるようであれば、もっとおもしろいけれど!

ところでギャラリーでの「樹木」展の設営は峠を越しました。ぜひ遊びに来てください。お茶も出せませんが、時間が合うときには餃子でも食べに行きましょう。

2010年12月3日金曜日

ハンス・ベルメールの全貌?

雑誌「夜想」の特集「ベルメール 日本の球体関節人形への影響」を見て、衝撃を受けた。雑誌に関して、入魂の一号、という言い方があるなら、これこそそういうものか。シュルレアリスムに興味がある人は必見。ミルキィ・イソベさんのアート・ディレクション、あいかわらず完璧です。ブルーノ・シュルツ「マネキン人形」の西岡兄妹によるマンガ化作品もすごい。

1934年12月に雑誌「ミノトール」にベルメールの作品写真を掲載したアンドレ・ブルトンらも、はじめはベルメール人形を未知の青年からパリに送られてきた「写真」として体験した。それと同等の衝撃が、76年後の東京によみがえる。

関連して、ベルメール作品展、そして本日3日から5日まで、小林嵯峨+NOSURI舞踏公演「夜ひらく薔薇」が行われるそうです。詳細は同誌のサイトwww.yaso-peyotl.comから。

人形も舞踏もぼくはほとんど知らない世界だけれど、それでも強い興味を覚える。この週末はギャラリー準備でどうにも動けないのが残念。

2010年12月1日水曜日

「水牛のように」12月号

更新されました、この着実な歩み、水牛の歩み。(ところで水牛って泳ぐこともあるのかな。)

http://www.suigyu.com/sg1012.html#05

ぼくの「犬狼詩集」も続きます。今月の2つめは、去年の12月20日の猿楽町校舎でのワークショップで参考作品として書いたものです。

さあ、早速、新年号の分を書かなくちゃ!

「読み書きクラブ」12月例会

第2回は12月9日(木)に開催します。

http://yomikakiclub.blogspot.com/

参加希望者の方は、お早めにどうぞ。課題を提出するつもりの人は、いま、たったいま、書いてください(この週末でもいいけれど)。

なお第1回の報告は、運営担当の大洞くんのブログを。

http://hobo.no-blog.jp/

それでは12月、がんばりましょう!

日本に氷河が!

今年いちばん(早くも回顧モード)感動したニュースです。

http://mainichi.jp/select/wadai/news/20101201k0000m040097000c.html

2010年11月30日火曜日

「樹木」展の作品

どんな作品を出すか、悩みに悩んでいたのですが、昨夜ふと思いついて今朝早朝の光の中で撮影しました。組写真です。けっこうおもしろいと思います。ご期待ください!

学生のみんなも、まだがんばってるはず。ぼくはまだご挨拶ほかのテクストを書く必要あり。今週は苦しいけれど、明後日からの設営が楽しみです。4日(土)に設営を終えて、5日(日)から展示開始です。

2010年11月29日月曜日

と思っていたら

ローラン・グラッソの『日蝕』、作られた映像だそうです。

http://listart.mit.edu/node/177

ガッカリとアッパレの中間だね、これは。教訓。映像は絶対に信じてはいけない。わかっていたことではあるけれど。人はことほどさように自然主義。

知己も正鵠も「得る」ことはできない

学生たちの作文を直すといっても、大部分は言葉遣いがへんなのを直すだけ。そしてその目で見ると、プロの物書きでもずいぶんまちがった言い方がまかり通っているのには日々驚かされる。

「すべからく」と来たら「べし」で受けなくてはならないことは漢文を少しでも学んだ者には明らかなことだが、あいかわらず「すべからく」を「すべて」という意味だと思い込んでいる人は多い。

もっと笑えるのが「知り合う」という意味で「知己を得る」と書いてしまう人。得るのは「知遇」でしょう。知己とは己を知る、すなわちそこに至るにはそれなりの友情の歴史が必要。また「正鵠」と来たら、これも「得る」では意味がいかにも舌足らずになります。当然、「射る」でしょう。相手は鳥なんだから。

「私淑する」もまちがって使われることが多い。実際に授業に出たりしていたら私淑ではない。これは直接の面識なく、遠くからヒソカに師と仰ぐことをさす。こうした誤用は、大学教員にも結構見られます。

でもほんとに大笑いさせられるのは、対応物を欠いた、完璧に死んだ言い回し。たとえば「思い出は走馬灯のごとく」などというけれど、その「走馬灯」を見たこともない人がつぶやくのはいかにもやりすぎでしょう。あるいは「教鞭をとる」といっても、そもそも「教鞭」て何? 今日でも使っている人、どこかにいますか? 

こうしたことをすべて排して、できるだけ素直な言葉であくまでも現実に即して書くのが原則。よく知らない言葉は使わないこと。可能なかぎり、誰もが知っている素朴で単純な言葉だけで文章を書くことを心がけたいものです。

でも「素朴」って、「単純」って何? それはまた次回の話題とします。

Laurent Grasso (1972-)

今回の旅行で見た作品でいちばん気に入ったのは、ローラン・グラッソのビデオ作品「Eclipse」。何もない氷原(?)の日没直前、皆既日蝕の全体を収めた映像。これはすごい。あまりに完璧な十分間。そしてそこに、作為はまるでない。

音楽も十分に控えめで、ああ、すごかった。ぜひ学生のみんなに見せてあげたいけれど、そのためにはどうすればいいのかが、わかりません。

それにしても日蝕。わざわざそれを見るために出かけてゆくということがイヤなので絶対に行かないと思うけれど、やはり無比の強烈さをもった体験なのでしょう。

12月12日、ジュンク堂新宿

12月12日、それは小津安二郎先生誕生日(にしてご命日)、そしてフローベール先生誕生日。それとはまったく独立に、この日、石川直樹さんの新しい写真集『Corona』の刊行を記念して、ジュンク堂新宿店で対談をします。

タイトルは「見えない大陸への10年間の旅」。詳細はジュンク堂ホームページから。ぜひどうぞ!

染井吉野讚

さくらはそんなに好きじゃない、花としては。ましてやさくらの中でも、もっともポピュラーなソメイヨシノは。

と春には思って冷淡な気持ちでいるけれど、東京ならまさにいま、色づいて落ちてゆく葉をおびただしく用意したソメイヨシノの美しさには、陶然とします。

桜並木を歩いて、落ちた葉っぱを見てごらん。黄色と赤のあらゆる色合いが入り交じって。枯れて。酸化して。恐るべき美しさ。

これからすべての葉っぱが落ちて、4ヶ月後にはまたあの白い花の狂気が。乱舞が。なんという気前のよさ。ありがとう、ソメイヨシノ。秋の落葉から教訓を読み取る必要はないけれど、この完璧な色合いを記憶に留めないのはあまりにもったいないことです。

スフィヤン

最近ずっとくりかえし聴いているのはスフィヤン・スティーヴンスが10月に出した新作The Age of Adzです。

これが、すばらしい。偉大さが横溢している。われわれの心はポップ・ミュージックによって作られた心だから、この知覚・知的レベルで一生やっていくしかないけれど、ポップ・ミュージック以外に人の心をまるごと捉えられるジャンルはないだろうとも思う。

だまされたと思って聴いてみてください。でも、だました、という結果になっても怒っちゃだめだよ。

ジャケットに使われている、ルイジアナの統合失調症の黒人アマチュア画家ロイヤル・ロバートソンの絵が、また強烈な磁力をもっている。

フランスからドイツまで

ああ疲れた。それもそのはず、フランスからドイツまで歩いてきました。

といっても歩いたのはストラスブールからケールまで。トラム(路面電車)D線の終点アリスティッド・ブリヤンから、わずか2キロ半ほどの道のりでした。

それでも国境のライン川を渡るのはすばらしい気分。さすがの水量、さすがの冷たい風。強烈な強風。みぞれ混じりのお天気雨に打たれながら河の中央に立つと、うれしくて笑いがこみあげてきます。

ケールは街があまりにきれいでびっくり。ラテン系の国には絶対にない清潔感でした。

こうして初めてのドイツに。それにしても驚くのは14世紀にはすでにこの場所に橋がかけられていたということ。この川幅で? いったいどうやってたのかな。浮き橋だったんだろうか。

フランス話はいろいろありますが、また少しずつ。今週はいよいよわれわれのギャラリー展示「樹木 木と人の心」の設営です。

2010年11月17日水曜日

比嘉慂『マブイ』

知らないことって永遠にめちゃくちゃに多いけれど、この漫画家の名前をぜんぜん知らなかったのはどういうことだろう。比嘉慂(すすむ)の『マブイ』(青林工藝舎)は沖縄に関心をもつすべての人、必読だ。

以下、オビ裏面から引用。

「『医者半分、ユタ半分』って言って、医者にも診てもらうけど、ユタのところにも行くんです。ユタに見てもらうことで気持ちの整理をするんですよね。ユタは皆さんすさまじく辛い経験をしてますよ。そういう経験をしてきたユタたちが、辛い人たちの悩みを受け止めるということですね。」

軍用地主、黙認耕作地のおじさんおばさん、島の駐在さん、軍雇用員、引退した米兵。かれらそれぞれの経験を魂の経験として捉え直すことが、たとえどんな即効性につながらなくても、必要だと思えてきた。

2010年11月16日火曜日

「樹木」展、近づく!

12月のギャラリー展示が近づいてきました。といっても、準備はまだまだこれからが勝負です。概要は以下のとおり。ぜひ見に来てください。

昨年のWALKING展は歴史を作りました。今年は、ヒトの歴史の創成以前にまでさかのぼりたいもの。現在オーストラリアで制作中の佐々木愛さんが、昨年に続いて今年も参加してくださいます。

さあ、どんなものができるか。開幕が楽しみになってきました。

「樹木 木と人の心」 ゲストアーティスト:佐々木愛

すべての樹木は宇宙樹。人を生み、その心を育てた。
樹木と人間の関わりを全面的に考え直してみよう。
写真、映像、絵画、詩、オブジェ、音響などの作品展です。
主題に関連した約200冊の図書もそろえました。

■会期  2010年12月5日(日)〜2011年1月10日(月)※12月28日(火)〜1月4日(火)は休館。
■時間  [平日・12月23日(木)] 9:00〜19:00 [土] 9:00〜18:30 [日・祝] 10:00〜16:30
[12月25日(土)〜12月27日(月)、1月5日(水)〜1月7日(金)] 10:00〜16:30
■会場  明治大学生田図書館Gallery ZERO
〒214-8571 川崎市多摩区東三田 1-1-1 TEL 044-934-7945
※一般の方は図書館入口ゲート横の呼出ボタンにて係の者をお呼び下さい。
※お車でのご来校はご遠慮下さい。
■主催  明治大学大学院理工学研究科ディジタルコンテンツ系管啓次郎研究室
■お問い合わせ  jyumoku2010@gmail.com(「樹木 木と人の心」展実行委員会)
■関連イベント 音楽家Ayuoによる特別講義「蛇と樹 音楽の歴史的・神話的起源」
・日時  12月23日(木・祝)15:30〜17:30
・会場  明治大学生田キャンパス中央校舎6Fメディアホール
・予約不要、入場無料

2010年11月14日日曜日

石川直樹の世界へ

いよいよ今週土曜日(20日)、リバティアカデミーのオープン講座に冒険家・写真家の石川直樹さんをお迎えします。

http://academy.meiji.jp/ccs/pdf/open/2010fall4.pdf

無料ですが、事前予約が必要。ぜひ申し込んで、ご来場ください。おともだちにもぜひお伝えいただければさいわいです。

2010年11月12日金曜日

「読み書きクラブ」第1回

実験的公開セミナー「読み書きクラブ」の第1回会合、木曜日の19時〜21時まで猿楽町校舎で開催した。参加は19名! ほとんど社会人で、こうした場に対する関心の強さを実感した。

まず、大塚、大洞の2名の作文を添削。興味深い。ついで安西ほか3名分の書評を添削。いろいろ具体的でおもしろい論点が出てきた。

課題がこなせない日はあるだろうし、疲れて居眠りしてしまう日もあるだろう。ぜんぜん気にしません。もっとも、目にあまれば、今後相手が社会人でも小学生のように注意します。

なんにせよ、楽しみつつ、自分の作文力を、判断を、次のステージに引き上げよう。みんな、がんばって続けよう!

2010年11月11日木曜日

秘密のプロジェクト

女子美の杉田敦さんとスタッフのみなさん、学生ふたりが、猿楽町校舎を訪問。かれらが進行中のあるプロジェクトに、われわれの学生4名が参加して、ビデオを収録した。

おもしろかった!内容は絶対にいえない。いずれは明らかになることです。「おもしろい」の意味も。でもいい経験でした。杉田さん、ありがとうございました。

組織はつねに相互連結を求めてゆくべきだ。大学院どうしの交流企画は、まだ比較的やりやすいけれど、別の段階にあるグループや個人の相互作用を作り出すことは、なかなかむずかしい。やりすぎても、ムダが多くなるばかりだし。

でも今日みたいな試みは、大歓迎。またいろいろやってゆきたい。とりあえず、最優先事項は来年度のImaginAsia!

2010年11月8日月曜日

『冬の小鳥』(Une vie toute neuve)

何もいわないから、ぜひ観にいってください。岩波ホール。何の知識もなく観たほうがいいと思います。ずっとさびしい夢を見ているような気分で観ていて、一瞬の暗転にああ終わるんだなあと思ったあとの最後のシークエンス、最後の最後に断ち切られるショットに、ボロ泣き。ラストでこれだけ泣けた映画は『サマリア』以来でした。お勧めします。

長く熱い秋の午後

東大本郷でのワークショップ、終了。会議室で開催するというのでせいぜい3、40人が集まって、料理中のアイデアを議論する程度かと思っていたら、聴衆は少なく見て120人! 満席でした。しかも発表者の多くが本格的な論文を準備していて、大学院生らしい人たちはノートを準備し、室温がだんだんあがり、酸素が少なくなり、頭は朦朧とし、ああ倒れるという寸前、話がはじまったら興味深くてすっかり引き込まれた。

鈴木雅雄くん(かつて大学院で一緒に勉強した)のアンドレ・ブルトンについての感動的な発表から、最後の塚本昌則さんの簡潔で的確なまとめまで。午後1時半から7時まで。長かったけれど、実り多い午後になりました。

ぼくが参加した第3セッションでは、まずぼくが前座。「写真論」と題した16行詩7編のシリーズを朗読してから、大連、ラパ・ヌイ、パリそれぞれの旅行写真をスライドショーで見ていただき、みなさんをうんざりさせました。「しろうとの旅行写真ほどうんざりさせられるものはない」という第1セッションで出たコメントをみごとに無視してしまいました。でもまあ、一部の人には楽しんでもらえたようでホッとした。

ついで今橋映子さんの報道写真論。カルティエ=ブレッソン神話からはじまり報道写真の徹底的な考古学の必要にいたる、明晰きわまりない論考。それから野崎歓さんは、さすがの余裕でフランス現代作家数人をとりあげ、きわめて具体的に小説の場面を紹介しながら、おもしろいお話をつむいでくれました。名人芸。

以上の3人に対して、特別なゲストである畠山直哉さんがコメントをくれて、これにはさすがに全員がじっと聞き入っていました。アーティストならではの言葉の強さ、鋭さ。写真と文学をめぐってすごされた長い午後が、これでぐっと締まった。

他にも澤田直くんのサルトル論や兼子正勝さんのクロソウスキー論が聞けて、大変に有意義な一日になりましたが、いくつかの課題もぼくには残りました。そのうち何らかのかたちで文章にしてゆければと思います。

世話役だった塚本さん、大変だったでしょう。ありがとうございました!

(参考意見はいつもながら清岡さんに。http://tomo-524.blogspot.com/です。)

2010年11月5日金曜日

「20世紀フランス文学と写真」

ワークショップ、いよいよ明日です。

http://www.l.u-tokyo.ac.jp/futsubun/news/2010/10/08/

専門の研究者のみなさんのあいだにひとり野良犬のように迷いこむのも辛いけれど、何かおもしろい手料理を持参できるようにします。

少なくとも畠山直哉ファンのみなさんには欠かせないイベントですね!

2010年11月3日水曜日

畠山直哉on「詩と写真」

お伝えするのを忘れていました。Art Itに畠山直哉さんのインタビューが全3回で掲載され、その中で9月にやった港くんとぼくの対談のことが触れられています。

http://www.art-it.asia/u/admin_ed_feature/57Fxjr0DLt9yEIWdiBJ2/

詩と写真をめぐる議論は、まだこれから。この土曜日のために、何か考えてゆかなくてはなりません。さて、どうしようかなあ。何か考えがある人は、土曜日に東大本郷のフランス文学科に、ぜひ来てください。

万物は流転する、のだから

青山ブックセンター本店での「本の島」の棚、今月でいったん終わりになるそうです。残念ですが、それもよし! 書店の棚は流動の中にあり、流れからどんな水をすくうかは読者ひとりひとりの運命と判断にあります。

ともあれ、ぼくにとっては、2010年は「本の島」の年として記憶されることでしょう。次の島は、必ずどこかで生まれます。また会おう、そこで、ここで、あそこで、どこで、すべての島で!

(以下、twitter情報を無断で転載)

「ながいこと展開していたブックフェア「本の島」ですが、今月下旬に一旦終了することになりました。見にきてくださった皆様、どうもありがとうございました!20までは開催していますので、ご来店お待ちしております!!(本店t島)  http://p.tl/8FsY


大竹昭子写真展&『図鑑少年』!

大竹昭子さんの写真展が始まりました。

http://katarikoko.blog40.fc2.com/

1980年のニューヨーク。ぼく自身が初めてニューヨークに行ったのは1981年12月で、3週間過ごしました。ぼくが行ったころが、ちょうど(ぼくと同い年の)キース・ハリングをはじめとするグラフィティ・アートやブレイク・ダンスが始まった時期。ヒップホップ文化の創成神話の時期でした。大竹さんのニューヨークに、1年の時間差を見ることができるかどうか、興味津々浦々。絶対に行きます。

ちょうど大竹さんの名著『図鑑少年』が中公文庫に入ったところ。解説は堀江敏幸さん。実年齢とは無関係にわれわれの誰よりも精神年齢の高い堀江さんのみごとな解説で、この本がいっそう引き立ちます。作文の道を志すみなさんには、お手本とすべき本であり、解説です。

で、ぼくが目下興味をもっているのが、単行本(小学館、1999年)とどれだけ写真のさしかえがされているのかということ。あれ? ぼくが好きだったあのつながれた黒犬は姿を消したのかな。でも、代わりに恐るべき白い鳩の群れが登場? まだぱらぱらと見ただけなので、これからよく検討してみます。

大竹さん、おめでとうございます!

2010年11月2日火曜日

「水牛のように」11月号

毎月ついたちは「水牛」の日。鈍重な水牛であるわれわれが草のよだれを垂らしながら、あちこちから集ってくる日。今月も更新されました。八巻さん、ありがとうございました!

http://www.suigyu.com/sg1011.html

ぼくは「犬狼詩集」17、18を寄稿しています。

2010年11月1日月曜日

松浦寿輝「詩の波、詩の岸辺」

「毎日新聞」10月26日夕刊の「詩の波、詩の岸辺」で、松浦寿輝さんがぼくの詩集『Agend'Ars』をとりあげてくださいました。うれしい驚き。

詩集を出すということ自体が一種の冗談としてしか受け取られない文化=社会の中で、自分の拙い詩に賭けられているものを真剣にうけとめてくれる人がいるのは、ほんとうに励まされることです。そんな読者が3人から30人いれば、それだけで詩集を出す意味はあったということになるでしょう。300人いればもっといいけど。3000人になると、たぶんどこかで大きな誤解が。

奇しくも今日(10月31日)はキーツの誕生日。彼は1795年の今日生まれました。もちろん、キーツはこんなばかげた経済学(心的な、知的な、金銭的な)はいっさい考えなかったはず。これからも、少しずつ、16行詩という決まった形式で(つまり小さな面積の画布で)、作品を書いて行きたいと思います。

さあ読もう『ゴッドスター』!

新潮文庫11月の新刊の1冊が古川日出男『ゴッドスター』。東京にあきあきしているすべての人に勧めたい、痛快な中編です。

ぼくは巻末に「これは解説ではない」という短文を寄せています。読んでいるうちに古川さんの文体にどんどん同期していって、その結果がこれ。ぜひごらんください!

2010年10月31日日曜日

嵐の中の『美しい島々』

ドキュメンタリー映画監督・海南友子さんの講演、終了。台風接近の中、お客さんが来てくれるのかなあと心配していたら、30数名の方が。まずはほっと胸をなでおろしました(と言葉ではいうが実際に動作として「胸をなでおろした」ことは一度もない)。

海南さんの傑作ドキュメンタリー『ビューティフル・アイランズ』から一部(ツバルの部分)を見せていただき、それからお話をうかがう。歴戦の海南さん、さすがに堂々として的を射たお話に、みんな深く頷きながら(これは実際に「頷き」)耳を傾けていました。

これはすばらしい、重要な作品で、そのしずけさが印象的。ナレーションなく、BMGなく。土地の息づかい、人々の語りを、あまり動かないカメラで丁寧に追ってゆきます。

お話を聞きながら思ったのが、映画監督の大変さ。構想し、行動し、説得し、調整し、そのあいだに途方もない旅をし、ものすごい数の人に出会い、その果てにやっと自分のヴィジョンがかたちをとって。ぼくにはとてもできっこありませんが、強く惹かれるものがあります。

海南さん、これからもよい旅を! この作品がさらに多くの人に見られ、人々が地球上での共通の運命を考えるための素材となることを願うとともに、劇映画だという次回作にも心から期待します。

2010年10月30日土曜日

高校スキップ

大澤真幸さんの特別講義、終了。最高でした。量子力学からピカソへ、ベンヤミンからレーニンへ。息つくまもない2時間の高速ドライヴ。その精緻でいて大胆な展開に、学生たちも同僚たちも圧倒されていました。

思想系のことをやっている同い年の友人・知人たちでは、赤間啓之と大澤真幸のふたりに、学生時代からの20数年、大きな刺激を受けてきました。ぼくは哲学知らず思想知らずで、無知しか売り物がないのが残念。でも今日のような講義を聞くと、またやる気が湧いてきます。新しい組み立てのための。

終了後、簡単なレセプション。うちの学生である大洞くん、そしてその親友ともいえる仲野くんも参加。このふたりの大きな共通点は、高校をスキップして大検でつないできた、という点。すると本日の講義の最年少の参加者である慶應のKくん(未成年)が、自分もそうだというので驚きました。普通、学部の1年生はこういう場には顔を見せないものですが、やる気にあふれ、また話をよく聞いて理解している彼に、脱帽。ぜひ将来は明治の大学院に来てほしいものです。3年なんてあっというまだし。

かれら3人は、いずれも本気の読書家です。そして、独創的(独走的?)独学者たち。高校になじまないからといって、コースをはずれたなんて思う必要はない。むしろ、思い切り、知的な正道を歩んでいると思えます。(われわれの物理学科の同僚にもひとり大検出身者がいます。)

衝撃の快著『切りとれ、あの祈る手を』の著者・佐々木中さんも高校には三ヶ月しか通わなかったとか。なんか、そっちのほうが今後は真剣なインテリたちの王道になるような気もします。

高校スキップ、ただちに本を読むこと書くことに取り組む。そんな経験のある数人が集うと、われわれのプログラムは絶対的に異色のプログラムとなるはず。ぜひ集ってください!

2010年10月28日木曜日

海南友子さん、土曜日

明治大学リバティアカデミーに海南友子さんをお迎えするのも、いよいよ今週の土曜日に迫りました。午後2時から4時まで。無料ですが、事前登録が必要です。

http://academy.meiji.jp/ccs/pdf/open/2010fall4.pdf

その美しい映像の影にひそむ事態を、みんなで考えてみましょう!

2010年10月27日水曜日

大澤真幸さん特別講義、いよいよ金曜日です!

現代という時代の性格について考え抜いてきた、現代日本の代表的社会学者である大澤真幸さん。新領域創造専攻の特別講義にお招きしました。お誘い合わせの上、ぜひご参加ください。

大澤さんは、つい最近2冊の新著を出されました。『量子の社会哲学』(講談社)と『生きるための自由論』(河出ブックス)です。明後日の講義は、おそらく前者に深く関係するものと思われます。

それでは明後日、お会いしましょう! 15時10分から受付を開始しますので、必ず受付をすませてからご入室ください。もちろん、参加は無料です。



「〈第二の科学革命〉の知識社会学――量子力学、キュビスム、そして革命」

普通は「科学革命」と言いますと、ニュートンなどが出てきた17世紀の科学の変化を指すわけですが、私は、20世紀初頭の科学、とりわけ物理学の革新(相対性理論‐量子力学)を「第二の科学革命」と呼んでおります。

この「第二の科学革命」を、同時代の芸術や政治の変化と関連づけることで、20世紀以降の「近代社会の変容」について考えるのが、講義の主題です。(大澤)


日時 10月29日(金) 15:30~17:30
場所 生田キャンパスA館マルチメディアルーム(A401,A402)

参加無料、予約不要。ただし当日15時10分から受付を開始いたしますので、氏名・所属のご記帳をお願いいたします。 

2010年10月26日火曜日

さあ、これを読め

「彼らは読んだ。読んでしまった以上、読み変えなくてはなりません。読み変えた以上、書き変えなくてはならない。読んだことは曲げられない、ならば書き始めなくてはならないのです。繰り返します。それが、それだけが『革命の本体』です。」

佐々木中『切りとれ、あの祈る手を』(河出書房新社)を読んで、強い衝撃を受けた。ルターやムハンマドがいかにどれほどまったく重要な人たちか、初めて知った。そして「中世解釈者革命」。この本、ゼミの冬休みの宿題に決定です。

2010年10月24日日曜日

「びーぐる」第9号

大阪で発行されている季刊「びーぐる 詩の海へ」第9号に詩を2つ掲載していただきました。いずれももちろん16行詩。いずれは「Agend'Ars 2」に収録されるはずです。

この号の特集は「詩人の遺言/詩と詩人」。40名を超える人たちに対するアンケート「死と詩」に、いろいろな想念が湧いてきます。

同誌の発行所は澪標 。編集は山田兼士さん。どうもありがとうございました。

2010年10月23日土曜日

シンポジウム終了

西山雄二監督『哲学への権利』上映会+「哲学とは何か、大学とは何か?」シンポジウム、本日終了。この種の催しで120人入るのは、すごい。大成功だったといっていい。

『哲学への権利』は、コレージュ・アンテルナシオナル・ド・フィロゾフィーがいかなる制度・組織であるかを7人の関係者に対するインタヴューで浮かび上がらせる意欲的なドキュメンタリー。これを通じて、<哲学>と<大学>がいまどのようにあるかを、考えないわけにはいかなくなる。

上映後のシンポジウムでは監督の発言にひきつづき、4名のパネリストが映画に触発されたいろんな考えを述べました。ぼくは主としてアメリカ19世紀の思想家ソローについて。

何より感動したのは、西山さんの行動力。これで39回めの上映会、そのつど議論をし、アンケートを集め、改良すべき点を模索してきた。ともかく、映画が旅をするのについてゆく。フランスにもアメリカにも韓国にも。作品のまわりでつむがれる言葉に身をさらし、反応し、また次の場所へ。なんという過酷な旅。彼の旅自体が哲学的活動。この気持ちに感染して、こっちもやる気が湧いてくる。

この映画のホームページには、早速、今回の報告がアップされています。]

http://rightphilo.blog112.fc2.com/

桜井、岩野、合田という明治の同僚たちの発言は、さすがの重厚さ、鋭さ。哲学の教室から離れて久しいぼくも、ふたたび哲学的な問いに直面する気になります。とりわけ桜井さんがイリイチの試みにふれ(今年のぼくの前期ゼミはイリイチを読んでいた)、合田さんがアランの重要性を強調し、またアメリカのプラグマティズムに対する評価を述べてくれたのは、まさに我が意を得たり、でした。

岩野くんの発表を聞くのは、学生時代の教室以来、28年ぶりくらい!おだやかな口調でじつはラディカルなことを、わかりやすく語ってゆく姿に、横で聴いていて感動を覚えた。

『哲学への権利』は来月の首都大学東京での上映会でひと区切りとか。行ったことのないキャンパスに、いちど行ってみてもいいという気がしています。

ところで金曜日の四谷につづいて土曜日のお茶の水でも、小詩集「熱帯詩+リスボン」は完売でした。15部ずつ。みなさまお買い上げありがとうございました。まだまだ残部はたくさんありますので、まだお持ちでない方は、どこかで何かの機会にお求めください。

四谷で

四谷アート・ステュディウムでのゲスト講義、終了。たくさんの方に来ていただき、ほんとうにありがとうございました。きょう取り上げた作品のリストを末尾に。

最後は駆け足になってしまいましたが、「母」をめぐる話として紹介したかったものばかり。そしてシャロン・クリーチに関しては、最後におばあちゃんが死んでしまうことを伝えそこねました。すみません。

人間関係はけっして2世代では完結せず、3世代を見てゆかなくてはならない。そして人のだれもが、「自分の場合」と「一般論」の両方を同時に考えなくてはならない。

下の作品群は、いずれも自信をもってお勧めできます。泣けます。泣いてください。笑いながら泣いてください。乾いた涙で泣いてください。


1)Eugénio de Andrade (1923-2005), “Casa na Chuva”
エウジェニオ・デ・アンドラーデ 「雨の中の家」
2)Jamaica kincaid (1949-), At the Bottom of the river
ジャメイカ・キンケイド 短編集『川底に』(平凡社)から「夜の中を」「母」
3)Aimee bender (1967-), Willful Creatures
エイミー・ベンダー 短編集『わがままなやつら』(角川書店)から「飢饉」
4)Sharon creech (1945-), walk two moons
シャロン・クリーチ 『めぐりめぐる月』(もきかずこ訳、偕成社)
5)Marilynne robinson (1943-), housekeeping
6)Roddy doyle (1958-), her mother’s face

2010年10月22日金曜日

哲学とは、大学とは?

23日(土)午後1時から、西山雄二監督のドキュメンタリー『哲学への権利 国際哲学コレージュの軌跡』の上映会があります。明治大学リバティータワー2階の1021教室にて。

ひきつづき午後3時からシンポジウム「哲学とは何か? 大学とは何か?」が開かれます。西山雄二、合田正人、管啓次郎、桜井直文、岩野卓司が参加。

哲学知らずのぼくなどまったく出る幕ではないのですが、「哲学」を特別なものにしないためにも、素人の参加が望まれるということでしょう。

そして! この場を借りて(ぼくの話の中で)われわれの国際ワークショップImaginAsiaが生んだ映像作品Passingの上映を予定しています。長さ10分あまりの短編ですが、見たことのない表参道の映像が深い衝撃を与えることでしょう。

もちろん無料、予約も不要です。ぜひいらしてください!

2010年10月20日水曜日

20世紀

きょうたまたま見て、笑いと幸福感がこみあげてきたウィキペディアの記述。

1888年に現在の松戸市で、当時13歳の松戸覚之助が、親類宅のゴミ捨て場に生えていたものを発見した。松戸は「新太白」と名付けたが、1898年に渡瀬寅次郎によって、来たる新世紀20世紀)における代表的品種になるであろうとの観測と願望を込めて新たに命名された。なお、当時は西暦の概念さえまだ一般的ではない時代であったため、非常に先進的な命名と言える。その後、1904年鳥取県に導入され、鳥取県の特産品となった。花は鳥取県の県花に指定されている。」


梨の20世紀のことです。当時13歳の少年(しかも松戸の松戸)が、親類宅のゴミ捨て場に生えていたものを発見というくだりが、なんともいい。


1888年、それはフェルナンド・ペソアやT・S・エリオットが生まれた年(サン=ジョン・ペルスは87年、萩原朔太郎やマヌエル・バンデイラは86年)。モダニズム詩の夜明けにむかう時でした。


と、20世紀を食べながら感慨にふけった秋の宵。

2010年10月19日火曜日

リバティタワーで

きょうの午後はお茶の水。情報コミュニケーション学部3、4年対象の関口裕昭さん(ドイツ文学、パウル・ツェラン研究の第一人者)の授業「比較文学」に、清岡智比古さんとともにゲスト参加し、翻訳について話す。翻訳そのもの、というよりも、ヒトの世界認識に必然的に関わってくる操作か。ぼくが論点をあげ、説明し、それに清岡さんがコメントを加える。

70名ほどの学生の、少なくとも半分以上は熱心に聞いてくれた感触。寝てたやつらは、まあ、つねに眠るために教室に来ているのだろう。いつか目を覚ますことを願う。そんな風に寝てると人生がムダになるぞ。

終了後、ぼくの小詩集を紹介すると、興味をもって購入してくれる子が何人も現われた。7部もっていて、即時完売! 別に商売に行ったわけではないが、こうして新たな読者と出会うのも楽しいことだ。

明治はつねに詩と特別な関係をもっていた。田村隆一のようないい詩人を生み、飯島耕一、入沢康夫、渋沢孝輔、安藤元雄など、何人もの詩人が教えてきた。その伝統(?)を、少しずつ、前に進めて行きたいもの。

詩は短くて、すぐ読める。しかも、くりかえし読める。覚えてしまえば、何度でも思い出して考えることができる。楽しむことができる。詩を読む習慣を大学生のころにつければ、一生楽しむことができる。

これからもそのことを、くりかえし話してゆきたいと思っています。

2010年10月18日月曜日

四谷アートストゥディウム、今週の金曜日です

四谷アートストゥディウムでのぱくきょんみさんの授業にゲスト講師として招いていただきました。22日(金)の夜です。

ジャメイカ・キンケイドとエイミー・ベンダーの短編から母=娘関係が主題となるものを読みます。読む、というのは、朗読。読んでからコメントを加えます。

その上で、シャロン・クリーチとマリリン・ロビンソン、そしてよしもとばななについても触れたいと思っています。といっても話がどうつながるのか、まだわかりません、ぜんぜん。

外部からの受講料は2000円だそうです。興味がある方はぜひどうぞ!

http://www.artstudium.org/news/2010/09/picture_book.htm

2010年10月15日金曜日

読み書きクラブ

2009年度前期に組織した「外部ゼミ」(明治の学生以外の人たち、多くは社会人、に大学院ゼミに参加してもらい相互の刺激とする)は一定の成果をあげました。今年度は所用が多くなかなか踏み切れませんでしたが、外部ゼミ再開を望む声を受けて、以下のような作文道場的試みを始めることにしました。

参加希望の方は直接、例会開催時に、明治大学猿楽町校舎にいらしてください。

今回も個人リーディング・リストの作成から入り、あとは作文ならびに書評執筆のワークショップとして運営します。みるみる文章力がつくことは確実です。

*****


ノンフィクション散文の執筆と書評の練習をめざす「読み書きクラブ」を始めます。興味のある方は、ぜひともお誘い合わせの上、お気軽にご参加ください。

名称「読み書きクラブ」

参加自由。いうまでもなく無料です。

参加資格を問わず。初めは全員が「準会員」として参加します。

まず以下の方針にしたがって、銘々で「36冊の個人リーディングリスト」を作成してください。

リストは以下の3分類にしたがって、各12冊から構成されます。すでによく読んだ本だけでなく、これから読もうと思っているものを含めてかまいません。今後の自分の指針を確認するための作業です。

(1)自分の考え方、感じ方、判断力の核をなす本を12冊。
(2)自分が専門と呼びたい分野(「デザイン」でも「写真」でも「ファッション」でも)の本を12冊。
(3)分野を問わず「現代性」を主題とする本を12冊。

このリストが完成した時点で、会の書記である大洞くんに送ってください。リストはぼくがチェックし、承認した場合、会のブログにアップします。その時点でステータスは「正会員」に移行します。

会員は、正会員・準会員を問わず、以下の作業をそれぞれ進めて行くこと。

(1)作文練習。400字9枚を単位とする。題材自由。ただし自分の人生における読むことから書くこと生きることへの道筋にふれるのが望ましい。何本でもいいが、月に1本は書くこと。
(2)書評練習。400字2・5枚を単位とする。月に1本は書くこと。(書評はいうまでもなくどんな本を対象にしてもかまいません。リーディングリストとは独立。)

同時に、都合のつく限り、正会員・準会員を問わず、毎月の例会に参加してください。

例会は毎月第2木曜日の午後7時〜9時、明治大学猿楽町校舎でおこなう。

例会は以下のように運営する。

(1)9枚の原稿を読み、徹底的に添削し議論する。毎回2名分。60分。
(2)書評の添削と議論、毎回3名分。30分。
(3)発展的議論。30分。

9枚のエッセーで、しかるべき水準のものが36本たまった時点で、原稿量にして324枚程度の本を作ることをめざす。

書評については、会のウェブサイト(ブログ)に載せてゆく。会全体として、毎週1本、最低でも月4本の追加が目標。

読み書きクラブの書記として大洞敦史を任命する。書記は連絡係ならびにウェブサイト運営を務める。

リーディングリストならびに書評原稿は書記に投稿し、書記がアップロードする。

作文原稿は書記が集約し、例会に際してコピーを配布する。

例会は早速、11月11日(木)から開始する。第1回の批評対象作品を提出できる人が2名、書評3名が必要です。名乗り出てください。

以上。

2010年10月14日木曜日

ImaginAsia拡大中(台湾=タイ)

国立政治大学とわれわれとの共同ワークショップとして始まったImaginAsiaですが、現在、台北では政治大学とタイのチュラロンコン大学のあいだでワークショップを開催中です。

かれらへのビデオ・メッセージを、うちの学生たちが作りましたのでごらんください。これからさらに中国、韓国などの大学も参加し、多方向の交流企画としてネットワークがひろがってゆくものと思います。

そろそろ2011年の企画を決めなくては。ご期待ください。

http://www.youtube.com/watch?v=xvWZh8cQeBQ

下道基行『日曜画家』

今年も最初の4分の3で、何人もの強烈で楽しい人たちと知り合うことができました。そのひとりが、若きアーティストの下道基行さん。おじいさんが描いた油絵を訪ね歩くプロジェクト「日曜画家」の、痛快なアーティストブックを手にして、深い感動に包まれているところです。

この本、ほんとにかっこいい。それぞれの絵をめぐる、いろんな人のことばが左ページに。油絵を鉛筆画にして小さくし、ちょっと切手の絵みたいな味わいにしたものが右ページに。袋綴じになって、ペーパーナイフで切りながら読み進める。袋の中には、各地に絵が飾られている現場(客間とか)の写真。

水戸芸術館での展示を見逃してしまったのは大失敗でした。でもいまはレジデント・アーティストとして東京にいる下道さんには、また近いうちにぜひ会いたいと思ってます。

写真も、ことばも、絵も、すべては記憶と痕跡。それぞれが互いに知らない人と人を、他ではありえないかたちでむすびつける。彼のやっていることは、詩の仕事に非常に近いんじゃないだろうか。

お待たせしました!

最後の仕上げにちょっぴり遅れが生じた『Agend'Ars』ですが、アマゾンにも「在庫あり」が出て、たぶん明日あたりから主要書店に並ぶと思います。

いかにも詩集っぽいとっつきにくさが(たぶん)ない、気楽に持ち運びながら読める本です。ぜひ買って、読んでください。

またぼくの20代のころの作品を載せた私家版小詩集『熱帯詩+リスボン』をご希望の方は、はがきかなんかで直接申し込んでください。「214−8571明治大学理工学部 管啓次郎」まで(大学の個別郵便番号ですから、所在地を書く必要はない、はずです。それなのに未配で返送されたりすることがあるのは、郵便制度の根本的な欠陥を表すだけですから、必ず抗議しましょうね)。

この小詩集は1部200円です。代金は、そのうちどこかで会ったときに払っていただければ結構です。5部1000円を1口として、まとめて買うのもいいですね!(だれにとって?)送料はこちらで負担します。

ところで『Agend'Ars』を見本段階で読んでくれた、札幌の書肆吉成の吉成くんが、早速、鋭く核心をついた評を書いてくれました。

http://diary.camenosima.com/

この詩集の27/64篇が、吉成くんが編集発行する『アフンルパル通信』に発表されたもの。吉成くん、ありがとう! 札幌、最高。また12月には遊びに行く(つもりだ)よ。

また、小詩集の裏面を飾る長い詩「リスボン」は、やはり札幌在住の對馬千恵、小山玲子のおふたりが作った『borderlands+.br』に2006年に発表されたものでした。千恵ちゃん、玲子さん、ありがとうございました! また会いましょうね、札幌で、ベルンで。

それでは今年もカウントダウン、早くも。溜まりに溜まった仕事をバリバリやりながら、秋の夜長を楽しくすごしましょう(できれば)! よろしくお願いします。

2010年10月13日水曜日

アルトーの死後の生存?

いつのまにかこんな企画が。

http://www.festival-tokyo.jp/program/chiten/

見に行きたいけれど、そのころぼくはロデーズに行ってるかも。

『東京アイヌ』公開試写会

首都圏で暮らすアイヌの人たちを追ったドキュメンタリー映画『東京アイヌ』の公開試写会、明日から日曜日まで新横浜で開催されます。

http://www.2kamuymintara.com/film/schedule.htm

ぜひ行きましょう!

今年は生田でも浜口稔さんの企画によりギャラリー展示とカムイノミが実現し、学生のみんなに現代アイヌ文化の一端を見てもらうことができました。9月には大学院生たちと二風谷にも行きましたが、まだまだ何も知らないに等しい。この映画が何を教えてくれるか、楽しみです。

「テヤ・トランブレ」ハイチ大地震の写真展

ハイチをずっと追っているフォトジャーナリストの佐藤文則さんによるハイチ大地震の写真展が開催されます。

10月19日(火)〜29日(金)まで。新宿高野ビル4階のコニカミノルタプラザギャラリーにて。

必見です。

今夜のABC

今夜は青山ブックセンター本店での『昭和から平成』刊行記念イベント。編集者の故・須山さんが介することがなければまず出会わなかったような4人の著者による、リラックスした楽しいお話が聞けた。

自分の歴史に徹すること、が共通の了解。その上でふりかえったまだ遠くない過去の現代史をめぐる議論。進行役をこなしつつ自分のことを語ってゆく中島さんの話のうまさに脱帽。雨宮さんも、さすがに場数が豊富なだけあって、聴衆をひきつける。能町さんは、おそらく人前で話す機会はあまりないと思われるが、堂々としてユーモアがあってよかった。「茨城」という近いようでいてぼくにはあまりに遠い土地の話を、まるで外国の別の世紀の話のように聞き、驚いた。

わが同僚・清岡さんはどうにでも対応できるマスター。ひとりぽつんと昭和を背負い、哀愁と元気と笑いを同時に表現していた。

ぼくは明治の卒業生のユーキ、その同僚のタツヤ(このふたりは現役の神奈川県の中学教師)とともに、4人の話を堪能。意外なことに、ぼくには中島さん、雨宮さんの世代の人とはあまりつきあいがない。つきあいが多いのはせいぜい7、8歳上か下(1950年〜1966年生まれくらいまで)の、まあ同年代といっていい人か、教師=学生として知り合った、いま30歳以下くらいの人たち。つまりその間の15歳幅くらいの年齢グループの人が、ほとんどすっぽり抜けている。

意味がないといえばないが、そんなところにも社会構造から自分の個人的履歴までが反映されてしまうものだ。

ともあれ、楽しい夕べでした。そうそう、きょうは池上本門寺の御会式! いちどは行ってみたいと思いつつ、今年もまた逃してしまった。来年はカレンダーにマルをつけておこう。コロンブス記念日=御会式と。

清岡さん、来年は一緒に行きましょう!

2010年10月10日日曜日

音楽とダンス

音楽とダンスは、いつもものすごい力で人を巻きこみ、動きに駆り立てます。音楽とダンスをめぐる、勅使河原三郎さんと小沼純一さんの対談、近づいてきました。

http://www.asahiculture-shinjuku.com/LES/detail.asp?CNO=91020&userflg=0

これは興味深い。ぜひ行ってみたいと思います。

これが、それだ!(大澤真幸さん特別講義)

〈第二の科学革命〉の知識社会学——量子力学、キュビスム、そして革命

普通は「科学革命」と言いますと、ニュートンなどが出てきた17世紀の科学の変化を指すわけですが、私は、20世紀初頭の科学、とりわけ物理学の革新(相対性理論‐量子力学)を「第二の科学革命」と呼んでおります。この「第二の科学革命」を、同時代の芸術や政治の変化と関連づけることで、20世紀以降の「近代社会の変容」について考えるのが、講義の主題です。(大澤)

*****

日時 10月29日(金) 15:30〜17:30
場所 生田キャンパスA館マルチメディアルーム(A401,A402)

一般の方の参加も歓迎します。予約は不要ですが、当日、15:10分から受付を開始しますので、記録のためにお名前の記帳をお願いしたいと思います。


2010年10月9日土曜日

大澤真幸さん特別講義

10月29日(金)、大学院特別講義の枠で、現代日本の代表的社会学者である大澤真幸さんのレクチャーを開催します。詳細はまた。

ディジタルコンテンツ系の学生のみんなは、必ず参加してください。参加して、衝撃をうけてください。

『話す写真』書評

週明け12日(火)発売の「週刊朝日」10月22日号に、畠山直哉『話す写真』の書評を書きました。

http://publications.asahi.com/ecs/detail/?item_id=12016

写真について興味をもつすべての人が読むべき名著。お勧めします。

「20世紀フランス文学と写真」

11月6日(土)、東京大学文学部で、文学と写真を主題とするシンポジウムが開かれます。

http://www.l.u-tokyo.ac.jp/futsubun/news/2010/10/08/講演会のお知らせ 11月6日(土)/

ぼくも参加。とはいえ、写真という根本的に語りにくいものを、はたしてどう語ればいいのやら。悩んでいます。

朗報は、畠山直哉さんがディスカッサントとしてわれわれのセッションに参加してくださること。それだけで、きっと楽しめる一日になるはずです!

第1回太平洋文化芸術祭にむかって

先日打ち合わせをしたのが東京在住のクム・フラ(フラの師匠)、クウレイナニ橋本さん。彼女が精力的に準備を進めている太平洋文化芸術祭に、ぼくもほんの少しだけ、お手伝いさせていただくことになりました。

http://www.pacific-fete.net/home_jp.htm

この画期的なフェスティヴァルに協力するかたちで、明治大学リバティアカデミーでの講演会&パフォーマンスを企画しているところです。来年7月のことですが、いまからお楽しみに。お茶の水が一気にポリネシアになります。

20年以上前、ハワイ大学の大学院生として人類学を学んでいたとき、親友のカラマ(日本人、当時は文化人類学者の卵)はハワイ語のみならずフラのクラスもとっていました。ぼくもそうしたかったけれど、踊りに接近できなかった。

この機会に、フラの中でも男の踊りを、学んでみたい気がちょっとする。

Whole lotta LOVE?

文芸雑誌「新潮」の11月号は、まるで佐々木愛作品展みたいな趣です。

目次を開くと、ページ下の部分に、あの独特な森、植物たち。それから全体の扉に、山への道。それだけかと思ったら、いろんな作家たちの作品ごとの扉にも、樹木、鳥、雪の結晶といったおなじみのイメージが続々と出てきます。

これはうれしい。去年の12月、明治大学生田キャンパスのギャラリー・ゼロで開催した「WALKING」展での彼女との協同作業が、なつかしく思い出されます。そしてそれだけではなく! 今年のぼくらの展示「樹木」にも、愛さんが参加してくださることが確定しました。いまから、わくわく。

いまはオーストラリアに滞在して制作に励んでいる彼女。冬にはまた元気な笑顔を見せてくれることでしょう。

まずは「樹木」展をお楽しみに!

2010年10月8日金曜日

太平洋講座、いよいよ

以前にもお伝えしましたが、明治大学リバティアカデミーのオープン講座として、太平洋の島々の現在をテーマとする連続講演が開催されます。

まず10月30日にはドキュメンタリー映画監督の海南友子さん。11月20日には写真家・冒険家の石川直樹さん。いずれも土曜日午後2時からです。

http://academy.meiji.jp/ccs/pdf/open/2010fall4.pdf

予約さえすれば、無料です。絶対におもしろいので、ぜひ遊びにきてください。ぼくはいずれの日も司会進行。

太平洋関係の講座は、すでに来年1月、7月にも予定しています。この機会にわれわれの海をよく知ることにいたしましょう!

2010年10月4日月曜日

昭和から平成

『世はいかにして昭和から平成になりしか』(白水社)の刊行記念イベント、いよいよ来週です。

http://www.aoyamabc.co.jp/10/10_201010/1012.html

ありえない顔ぶれ。誰にとっても、きっとハッとする瞬間があるにちがいありません。奇しくも12日は「コロンブス記念日」。

Santana & Yoyo Ma

カルロス・サンタナとヨーヨー・マによるWhile My Guitar Gently Weepsだなんて。泣くのはギターだけじゃなかった。

http://www.santana.com/
http://www.yo-yoma.com/

2010年10月2日土曜日

『アート・プラットフォーム』

女子美の杉田敦さんとart & river bankで対談をしたのが3月。その記録を含む本が完成しました。

北澤憲昭+杉田敦・編『芸術表象コンセプトブック アート・プラットフォーム』(美学出版)。

ぼくらの対談は「多島海 グリッサン、ブリオー、リンギス」と題されています(杉田さんによる)。pp.246-285 です。

対談中でふれた海南友子さんの『ビューティフル・アイランズ』も、そのときはそんな展開は思ってもみなかったけれど、10月30日には彼女の講演が明治で実現することになりました。

一年はいろんなかたちでつながってゆく何本もの糸で編まれているようです。

「水牛のように」10月号

「水牛のように」更新されました。

http://www.suigyu.com/sg1010.html#05

ぼくは「犬狼詩集」15、16を寄稿しています。

2010年10月1日金曜日

ちょっとだけ詩の話

日本の詩人で、ぼくがもっとも興味があるのは、萩原朔太郎と西脇順三郎のふたりです。中学生のときに朔太郎を、高校生のときに順三郎を読まなかったら、詩とはたぶん無縁のままでした。

今回の詩集を16行でそろえたのは、絵を描くときにおなじ大きさの画布で何枚も何枚も描いてみるのとおなじこと。別に13行でも18行でもよかったんだけど、数字の魔のささやきにしたがって16に。14は伝統的なソネットなので、避けました。

長さと内容の関係とその感触としては、ふたつの詩がいつも念頭にありました。まずはそのひとつ、朔太郎の「野鼠」を以下に。この長さ(13行)でこれだけのことができるのだということを味わってみてください。


  野鼠

どこに私らの幸福があるのだらう
泥土の砂を掘れば掘るほど
悲しみはいよいよ深く湧いてくるではないか。
春は幔幕のかげにゆらゆらとして
遠く俥にゆすられながら行つてしまつた。
どこに私らの恋人があるのだらう
ばうばうとした野原に立って口笛を吹いてみても
もう永遠に空想の娘らは来やしない。
なみだによごれためるとんのづぼんをはいて
私は日傭人のやうに歩いてゐる
ああもう希望もない 名誉もない 未来もない。
さうしてとりかへしのつかない悔恨ばかりが
野鼠のやうに走つて行つた。


完璧ですね。ボードレールの最上のものをあるいは凌駕する、この境地。こんど前橋に遊びに行きたい。

ちょっとだけ発売延期

ぼくの詩集ですが、最終的な直しを入れたせいで仕上がりがわずかに遅れています。アマゾンなどでは9月30日発売とされていますが、店頭に並ぶのは10月半ばになります。

まあ、百年、千年、一万年の尺度で見れば、なんということもない遅れ。気長に待っててください。今年はぜひクリスマスの贈り物にどうぞ!

2010年9月29日水曜日

アイヌ文化講座のお知らせ

明治大学リバティアカデミーで下記の講座が開講されます。同僚の浜口稔さんがコーディネート。画期的な内容だと思います。しめきりが迫っているので、関心のある方はお早めにどうぞ。


タイトル:アイヌ民族の文化と歴史をふりかえる(全6回、毎週土曜日15時)
開講日:10月9日/16日/23日 11月6日/13日/20日(毎週土曜日)
申込み締め切り日:10月1日(金)
場所:明治大学駿河台校舎アカデミーコモン11階
受講料:全6回18000円(新規会員の方は別途入会金3000円)
申込み先:明治大学リバティアカデミー事務局
     TEL:03-3296-4423

講義内容

10月9日 アイヌ民族の文化と歴史をふりかえる 浜口稔

交易の民として極東アジアの陸と海で広範な活動を繰り広げ、狩猟採集の生活を実践する中からユニークな文化を築いたアイヌ民族の個性について語ります。

10月16日 歴史に見るアイヌ民族の記録 倉石信乃
開拓使に委嘱された明治初年の写真記録から現代の写真表現まで、「写された北海道」におけるアイヌの土地(風景)と人々(肖像)の一端を検証します

10月23日 アイヌ文化を伝承する(1) 平田幸・工藤千秋・工藤真由美
アイヌの歴史の理解のために、一人のアイヌとして生きてきたこれまでの経験についてお話しします。また、アイヌ古式舞踊の実演によって、アイヌ文化に実際に触れていただきたいと思います。

11月6日 北海道・首都圏のアイヌとともに 関口由彦
私たちの身近な隣人である、首都圏に居住するアイヌの人びとの今の生活について理解し、違いを尊重しながら共に歩む道を模索していきたいと思います。

11月13日 いまに生きるアイヌ民族 宇井眞紀子
アイヌ民族に寄り添いながら1992年から撮影を続けてきました。スライド上映を交えながら、社会は変わったのか変わらないのか、その間感じたことをお話ししたいと思います。

11月20日 アイヌ文化を伝承する(2) 星野工 居壁太
アイヌ文化の伝承活動に関して、とくに、ムックリ(口琴)、トンコリ(五弦琴)の実演とともに、当事者の立場から、その現状をお話します。

2010年9月28日火曜日

すばらしい一夜

27日夜、青山ブックセンター本店での、ぼくの詩集『Agend'Ars』刊行記念対談avec 港千尋。秋の雨の中、立ち見多数の満員となりました。お出かけくださったみなさん、ほんとうにありがとうございました!

ようすはわが同僚(そして途中のスライドショーにも登場した)清岡さんが、ご自分のブログに報告してくださいました。

http://tomo-524.blogspot.com/

ぼくの人生であまりに遅くやってきた詩集でしたが、たぶん詩集自身が読者を探して、どこまでも旅してゆくと思います。いきなり詩集が玄関先に立っていても、驚かないでください!

書店(青山ブックセンター)のみなさん、版元(左右社)のみなさんも、いつもながら、ありがとうございました。これで小さな一区切り。ふたたび新たな創造をめざして、なんとかがんばっていきたいと思います。

それではまたの機会に!(ちなみに来てくださったみなさんにおみやげとしてさしあげた小詩集『熱帯詩+リスボン』のオビの巻き付けや糊はりはすべてデザイナーの五十嵐哲夫さんとぼくとの共同作業です。五十嵐さん、ありがとう!)

2010年9月26日日曜日

崔在銀「アショカの森」@原美術館

この水曜日で大学院生たちの「サラダボウル展」が終了するが、こんどは12月にむけて、ぼくも真剣に展示を考えなくてはならない。

昨年大好評だった「WALKING」展につづいて、明治大学生田図書館のギャラリーゼロで、今年は「樹木」を主題とする展示を企画する。

個々の出品希望はいくつか出ているのだが、会場作りをどうするか。そのヒントが得られるかと思って韓国のアーティスト、チェ・ジェウンの「アショカの森」展を原美術館で見てきた。

これはおもしろい。見ているとこっちもどんどんやりたいプランが出てくる。といっても素人の悲しさ、二番煎じ的アイデアばかりだけど。

学生のみんなにはお勧めしたい展覧会。原美術館は最高に気持ちのいい場所です。

今年は博士後期課程の第1回生である伊藤貴弘、清岡秀哉の両君、そして昨年も企画段階から参加してくれたダニエラ加藤といった仲間たちと、これから練り上げてゆかなくてはならない。

辛いけど楽しみ。さあ、どうなるか。

2010年9月25日土曜日

ほらその外側を剝ぎ取れ

コンゴ、キンシャサのストリート・バンド、スタッフ・ベンダ・ビリリを追ったドキュメンタリー『ベンダ・ビリリ』。身体障害者の大人とストリートチルドレンからなる奇跡のバンドだが、そんな要素をまったく知らずに音だけを聴いても、強烈なソウルと美しさのある音楽に感動する。

ベンダ・ビリリとは「外側を剝ぎ取れ」という意味なのだそうだ。虚飾を捨てろ、内面を見よ。

あっけにとられたのは少年ロジェが自分で考案した1弦ギター「サトンゲ」。驚異の楽器。スライドギターのような音色で自由自在に音を曲げてゆく。このロジェの年ごとの成長ぶりも見所のひとつ。

それにしても、かれらが使いこんだ楽器にほれぼれする。楽器とは人が楽器とすごした時間に比例して人とともに成熟してゆくものなのか。理想的には手作りしたいもの。それが誰も見たことがない楽器なら、なおおもしろい。

走る電車から見る流れてゆく風景がふるえるほど美しい。絶対お勧めです。来月、日比谷野音にかれらが登場するのが楽しみ。

2010年9月24日金曜日

「思想」2010年10月号

「思想」の10月号に巻頭エッセーを書きました。文のタイトルは「歩くこと、線の体験」。マルカム・ラウリー、トム・ブラウン、ティム・インゴルドについてです。

涼しくなりましたね。友人たちと以前から話している徹夜ウォーキングにはいい季節かも。でも今年も結局、富士山には登りそこねて残念。

月曜日の青山ブックセンター本店での港くんとの対談、席は残りわずかです。予約をお早めに!楽しい晩になると思います、たぶん。

2010年9月23日木曜日

The Kingdom Where Everybody Lived Forever

さすがYouTubeというか。エイミー・ベンダー自身による『私自身の見えない徴』の冒頭部分の朗読が聴けます見られます。

http://www.youtube.com/watch?v=efcvgrEmqlY

彼女が東京に来たのも、もう4年前。エイミー、元気かな。いちどロスアンジェルスに訪ねていきたい。

2010年9月21日火曜日

卒業式&渋さ

19日(日)、9月卒業の卒業式。もちろん人数は少ないが、それだけに親密な、いい式だった。われわれディジタルコンテンツ系ではOくんが晴れて卒業。半年遅れとはなったが、この間に就職が決まり、台湾ワークショップにも参加し、半年分の充実感を味わったことと思う。これからもぜひがんばってください。

夕方から、日比谷野音での恒例の渋さ知らズ。今回も4時間、まったく飽きさせない。ゲストもすごかった。Shingo2、小島麻由美、テニスコーツ、向井秀徳、ほか。いつか渋さのステージに立てたら、いうことないんだけど。これからウクレレ奏者&ソングライターとして修行を重ね、10年後に実現できれば。それを人生の目標とするか。うん、そうしよう!

そして明日から新学期です。

2010年9月18日土曜日

上野信一『花の世界』

パーカッショニストの上野信一さんの新しいCDです。高橋悠治さんの作品を演奏したライヴ盤。すばらしい出来映えです。

ぼくはオビの言葉を書かせていただきました。ぜひお聴きください。

オタルナイ湖です

いまタイトルの背後にある写真の湖は小樽そばの朝里ダムのダム湖です。名前はオタルナイ湖。二風谷ですか、と複数の方に聞かれたので。混乱を招いてごめんなさい!

2010年9月17日金曜日

「図書新聞」9月25日号

札幌合宿最終日は、かねてから行きたかった二風谷へ。泥に濁った湖面をみつめながら、しばし黙想の時。二風谷とタオスがつながる気がしました。それから全員ぶじ羽田に帰着し、夕方、解散。ぼくには収穫の多い旅でしたが、学生のみんなにはどうだったのかな。こんど反省会をします。

さて、「図書新聞」にマルコム・ラウリー『火山の下』新訳(白水社)の書評を書きました。すさまじいまでの傑作です。この機会に熟読することができて、幸運でした。ぜひどうぞ。

それにつけても書評は大切。もっともっと書きたいのですが、なかなかとりくむ時間的余裕がなくて、残念でもあり、申し訳なく思っています。誰に? 本たちに。世界にこれだけの国や地域があって、それとは別に本の島があるなら、本の島にむけた手紙のように書評を書きたいものです。「書評空間」が開店休業状態になっているのを、深刻に反省。

2010年9月15日水曜日

札幌合宿進行中

今年のゼミ合宿は札幌です。初日はダウンタウン散策のあとモエレ沼公園に。夕方の光の中、予想をはるかに上回るすばらしさでした。案内してくださった学芸員の宮井さん、ほんとうにありがとうございました。

夜はそのまま宮井さんや、S-AIRの柴田さん、アーティストの河田さんらとジンギスカン・パーティー。最高に楽しかった。学生たちも大きな刺激を受けました。

2日目は恵庭市方面に。途中、ふと見かけた牧羊犬ショーにニュージーランドを思い出し、それからラルマナイ渓谷へ。ラルマナイの名前が思い出せなくて「ええっと、ナヤマナイとかなんとか」といっていましたが、その後「ラルマナイ」が動詞として定着しました。ついでいよいよ北大の植物園。初日が月曜日で休園だったため、この日はじっくり。ものすごい規模に感動し、また温室とエスノボタニー部門に電撃的に打たれました。といってもほとんど植物を知らないのが辛いところ。

夜は適宜、自由行動。ふらりと見つけて入ったSAKANOVAという楽しいお店での食事のあと、ぼくは原くんと『BECK』を観にゆきました。原作にあまりに忠実なストーリーとキャラクター作りに、笑いつつ、じんわり感動。コユキの歌が聴こえないという選択は、ほんとに正しかった。

そしてきょうは小樽に。まず大洞くんの研究に関わってくる緑小学校の石碑を見て、それからオタモイ地区の海岸を歩く。近隣の住宅のようすひとつをとっても、興味のつきない小旅行でした。宮の森美術館での森山大道展にも。

これから書肆吉成の吉成くんや、写真家の露口さんと会います。札幌、いい街で、住みたい街です。これからしばしば来たいと思っています。まだまだ会いたい人もたくさんいます。

ことばのPicture Book

10月22日(金)、四谷アートストゥディウムでのぱくきょんみさんの講座「ことばのPicture Book」でゲスト講義をします。

http://www.artstudium.org/news/2010/09/picture_book.htm

とはいうものの、「母」という主題は、ぼくはこれまで真剣にとりくんだことがない主題。はたしてどう考えて、何を話せることか。まずは、やってみます。

2010年9月14日火曜日

青山ブックセンターで

詩集『Agend'Ars』の出版に際して、書店での対話をふたたび。相手は港千尋くんです。

http://www.aoyamabc.co.jp/10/10_201009/agendars927.html

ごくリラックスした話になります。そして、来てくれた人には全員におみやげとして小詩集を進呈します!

27日は月曜日ですが、都合のつく方はぜひどうぞ。

2010年9月13日月曜日

これも、いよいよ

ぼくの最初の詩集の予約受付がアマゾンではじまりました。

http://www.amazon.co.jp/AgendArs-アジャンダルス-管-啓次郎/dp/4903500411/ref=sr_1_1?ie=UTF8&s=books&qid=1284355785&sr=8-1

いままで詩集を買ったことのない人にこそ、手にとり買って読んでいただきたい詩集です。

これと同時に、ぼくの初期作品(80年代の)を集めたかっこいい小詩集『熱帯詩/リスボン』を、デザイナーの五十嵐哲夫さんが作ってくれました。昨夜、最終打ち合わせ。地図用の紙に印刷した、心の地図みたいな詩集です。

どちらも下旬には確実に完成します。よろしく!

「朝日新聞」9月11日夕刊

土曜日11日の朝日新聞夕刊。「ツイッターで広がる読書の世界」という広告に、青山ブックセンターの寺島さやかさんが登場していた。青山ブックセンターのフォロワーは1万4000人だとか。現在のほとんどの書籍の通常の発行部数を考えると、驚異的な数字だ。

記事中で寺島さんが、ぼくの本を紹介してくださった。以下、引用。

「装丁の美しさやこだわりは、本を手にとって初めてわかるもの。たとえば、管啓次郎さんの旅と読書のエッセー『本は読めないものだから心配するな』は、ざらっとした味わいのある紙が表紙になっています。見開きごとに、印象に残る1節が左ページ上に抜き書きされたレイアウトもおもしろい本です」

この一言に、デザイナー(清岡秀哉さん)、編集者(小柳学さん)、著者は、どれほど励まされることか。ほんとうにうれしいことだ。寺島さん、ありがとうございました!

ところでこの記事のすぐ上には「大哺乳類展 海のなかまたち」の小さな記事があり、寺島さんの写真のすぐ上にジュゴンの顔がある。ぼくには、これは奇跡だった。詳細は記さない。ありえない偶然だった。

ビバ寒川晶子!

土曜日、横浜山手で寒川晶子さんのピアノ・コンサート。予想をはるかに超えて、衝撃的だった。

ドだけに調律されたピアノが叩き出す即興の音空間。パーカッシヴで、波の音とか蝉時雨とか強い風の音とか雷とか、そうした自然音の世界に歩み入ってゆくような印象。視覚的には、しずかな水面に同心円の輪が次々に広がってゆく感じ。

普通のピアノと2台で演奏するモーツァルト(おなじ譜面で)も、一種の種明かしみたいでおもしろかった。冒険あり、ユーモアあり。横浜ユニオン教会の建築がまたすばらしく、本当にさわやかなコンサートでした。

教会は簡素で、光と風にすべてがささげられているような建物。寒川さん自身、この建物との出会いによって、今回の企画を着想したようだ。

西江雅之先生にもひさしぶりにお目にかかり、いい日だった。サウンドスケープ協会の会長である西江先生に、終了後のコンサートのご感想をうかがいそびれたけれど、それはまたいずれ。

2010年9月11日土曜日

4人とは

この本です。

http://www.amazon.co.jp/世はいかにして昭和から平成になりしか-中島-岳志/dp/4560080941/ref=sr_1_1?ie=UTF8&s=books&qid=1284153890&sr=8-1

中島岳志、雨宮処凛、能町みね子、清岡智比古のみなさんの、このうえなく率直な回想を通じて、時代がどんな気分の中で推移してきたのかが浮かび上がってきます。

中島さんと雨宮さんが1975年生まれ、能町さんが79年生まれ。かれらは「昭和」をはっきり記憶に留めつつも、「平成」に自己形成を行ってきた人たちだといっていいでしょう。清岡さんは58年生まれ。いわばすでに「完成品」として平成を迎えた世代です。ぼくは清岡さんとおない年。まだ「昭和」に住んでます。

近い過去とは、何かすべてが、どこかまちがった絵のように見えてしまうもの。4人の文章を通じて、「そのころ自分は」と思い出してみるのも楽しいにちがいありません。ぜひ、どうぞ。

本書を企画した故・須山岳彦さんに誘われて、ぼくは序文を書きました。時代知らずの手探り感だけの文章ですが、これも読んでみてください。

2010年9月8日水曜日

『サラダボウル展』いよいよ

ディジタルコンテンツ系修士課程の学生6名によるアートとデザインの展示が、いよいよ金曜日に開幕です。明治大学生田図書館gallery ZEROにて。

http://www.lib-ref.jp/meiji/opennews/NewsViewAction.do?id=NS00000606

意表をつく力作ぞろいです。感動を呼ぶか、でっかい「?」をもたらすかは、蓋をあけてみないとわからない(現時点で、ぼくもまだその全貌を知りません)。

ぜひごらんください。

『世はいかにして昭和から平成になりしか』

ちょっとまえの時代、忘れてしまいそうな昨日を語りながら、現在の位置を考え直す。少しずつ世代のちがう4人の著者によるエッセー集が、来週発売されます。

http://www.aoyamabc.co.jp/10/10_201010/1012.html

われわれの多くが共有してきた(未成年のみんなは生まれてなかったけど)そんな移行の時を、これを機会に思い出してみましょう。こんなはずだったのか、今日は? なんだか重い気持ちになりますが、とりあえず。

ありえない顔ぶれの4人。青山ブックセンターのイベントも絶対におもしろいにちがいない。行きましょう!

太平洋の島々から見える世界

明治大学リバティアカデミーと太平洋諸島センターの共催で、オープン講座を開催します。オープン、すなわち無料、事前予約。詳細はリバティアカデミーで検索してください。

まず10月30日に、ドキュメンタリー映画監督の海南友子さん。11月20日に冒険家・写真家の石川直樹さんをお招きします。ぼくは司会・進行。いずれも土曜日の午後2時から4時です。

映像も写真もふんだんに見られるはず。ぜひどうぞ!

2010年9月3日金曜日

マウイ、ラハイナ、片岡義男、中上健次

マウイ島ラハイナに来ています。マウイに来たのは22年ぶり。日系人の多い島で、明日からいくつかの墓地を訪ねるつもりです。

ラハイナといえば片岡義男さんの『ラハイナまで来た理由』。胸が苦しくなる傑作です。日本のまともな文芸批評家で片岡さんを論じている人はいない。その理由は、かれらには理解できないから。20世紀後半の日本語文学に孤独にそびえたつ、唯一の優れた日系ハワイ系文学です。

太平洋を半分わたる機内で、文庫になったばかりの高山文彦『エレクトラ 中上健次の生涯』を憑かれたように読んで、文字通り、震えました。本書を読まずして中上さんを語ることはできないし、中上を知らずして日本文学を語るな。少なくとも大江健三郎以上に、中上健次はノーベル文学賞を受けるべきだったし、それが起きなかった時点で、世界のあらゆる「文学賞」はどうでもいいものだと思える。

ラハイナにはアメリカ合衆国領土で最大のバニヤンの樹があり、日没時には鳥たちが堪え難いほどやかましく鳴いています。なんという島、なんという樹木。今年12月のわれわれのギャラリー展示は「樹木」が主題ですが、そこに「鳥」を抜きにしては何も語れないことが、改めて痛感されました。

ところで来週、9月11日。以下の5つの選択肢を思いつつ、どうするべきかを決めかねています。

(1)2001年9月11日を思いつつ、アメリカ批判をじっと考える。
(2)柄谷さんの長池講義に行く。
(3)横浜にドだけに調律した寒川さんのピアノのコンサートを聴きにゆく。
(4)神保町に片岡さんの対談を聴きにゆく。
(5)何もしない。

そして改めて思う、このような選択肢が成立することこそ、われわれの問題なのだと。

「マウイ」といえば中上さんの『異族』『野性の火炎樹』の重要な登場人物。中上作品の中では必ずしも高く評価されていないそれらの作品がいかにすばらしく重要であるかを、まだこれから、説明しなくてはならないでしょう。

2010年9月1日水曜日

「水牛のように」9月号

9月号がアップされました! ぼくは「犬狼詩集」13、14を寄稿しています。

http://www.suigyu.com/sg1009.html

書評コンテスト

9月になった、暑さは続く。さて、明治大学図書館主催の書評コンテストが今年から開催される。

http://www.lib-ref.jp/meiji/opennews/NewsViewAction.do?id=NS00000597

前期に「コンテンツ批評」の授業に出ていたみんなには、必ず応募して、受賞してほしいと思う。授業で600字の文の書き方をあれだけ練習したのだから、その応用で1200字までは楽に対応できるはず。

健闘を祈る。

2010年8月30日月曜日

ジュンク堂対話avec 清岡智比古!

6月に清岡さんとやったジュンク堂池袋本店での対談、オンラインで読めるようになりました。

http://www.junkudo.co.jp/UQ_report.html

持つべきものはよき同僚。あと3時間は続けられる対談でした!

ASLE-Japan 2010

27〜29日、新潟県山間部の棚田エリアで開催された環境=文学学会に参加。冬は積雪が3メートルにもなる地方で、夏のいまは峠から夜ごとに雲海が見える。不思議な美しさ。

会場はほくほく線まつだい駅に隣接したまつだいふるさと会館。われわれのシンポジウムは日曜日午前の最終セッションで「樹木 物質と想像力のあいだで」と題し、5人が以下の発表を行った。ぼくは司会。ディジタルコンテンツ系の大学院生4名の発表を、わが同僚・波戸岡さんが鮮やかにしめてくれた。

清岡秀哉「折口信夫の植物」
大洞敦史「日中戦争期の新聞歌壇俳壇に見る<外地>の樹木風景」
伊藤貴弘「なぜ、森を撮るのか? 2000年代の風景写真」
原一弘「樹木のサウンドスケープ」
波戸岡景太「見えない樹木たち 大江と丸谷の場合」

ひとり十分間の発表ではあったが、素材は文学、写真、音にまたがり、それぞれに意表をつくヴィジョンが提出できて、その後のディスカッション(三十分あまり)でもフロアからの活発な発言が得られた。

これから、この議論をさらに発展させて12月のギャラリー展示を構成してゆくつもり。

今回のASLEは地元の棚田写真家・佐藤一善さんに棚田を案内してもらったり、森の学校キョロロの大脇淳さんに水棲昆虫採集に連れて行ってもらったりといった課外活動が楽しかった。

現代日本でもっとも重要な小説家のひとりである林京子さんのトリニティ・サイト訪問をめぐるお話には感動。発表もどれも興味深かったが、とりわけ哲学者の河野哲也さんのそれに共感することが多かった。

終了後、ずっしりこたえる暑さの中、以前からいちど訪ねてみたかった小千谷へ。とりあえず駅前で名物のへぎそばを食べたあと、市立図書館の西脇順三郎記念室にむかう。蔵書の一部が移され並べられている。絵画の代表作いくつか。

そこから駅まで歩いて帰る途中、信濃川にかかる橋にたたずむ。すばらしい大河だ。その流れに、西脇の故郷を感じた。西脇がしめした多摩川への愛着の基層にあるものがわかった。

2010年8月27日金曜日

『熊 人類との「共存」の歴史』

もう20年前のこと、ぼくはシアトルの大学で、比較文学専攻の大学院生だった。そのころ一緒に授業をとっていた外国人学生のひとりが、ベアント・ブルナー。その後、ノンフィクション作家になったドイツ人の彼の著書『熊 人類との「共存」の歴史』がこのたび翻訳され、出版された。伊達淳訳、白水社。

なんとめでたいことだろう! ベアントはおおよろこび、ぼくもわがことのようにうれしい。ダストジャケットのイラストもかわいい。これはぜひ熟読したい本。

ちなみにぼくは237ページにちらりと登場します。名前の漢字がまちがっているのが、ちょっと残念。

日本は、東京は、新宿からわずか2時間でツキノワグマ地帯に突入する、希有の国。これからも土地を熊と共有しつつ、森を大事に生きていこう。そのためにも、この本をどうぞ。お勧めします。

2010年8月21日土曜日

「東京新聞」8月22日

その『巡礼コメディ旅日記』の書評を、明日の日曜日の東京新聞に書きました。ごらんください。

いちど休職して、この巡礼の道をパリのサン=ジャック通りからサンチアゴ・デ・コンポステーラまで歩いてみようかな。

しかしキリスト教徒でないぼくには、アオテアロア=ニュージーランド南島のミルフォード・トラックのほうがよさそうです。

せめて夏が終わるまえに、また奥多摩を歩きに行きたい。

2010年8月20日金曜日

美しすぎないこと

ドイツのコメディアン、ハーペイ・カーケリングのユーモラスな『巡礼コメディ旅日記』を読んで心に残ったことがある。

サンチアゴ・デ・コンポステーラへの巡礼の旅の途上、ある町で彼はこんなことを思うのだ。

「この道の良さは、先へ先へと辿って行きたくなるところにある。美しい街はある、美しい風景もある、でも、ずっとそこにとどまっていたくなるほどに、抜きん出て、特別に美しいところはひとつもないのだ。これこそまさに真の道だ」

そしてこんな覚え書き。

「道の道たるゆえんとは、歩く者を一つところにとどまらせないこと」

本当にいろいろな対象についていえることだと思った。

2010年8月19日木曜日

ドだけのピアノ曲?

ピアノのすべての音をドに調律して弾く? あまりにも気になるコンサートです。


〜寒川晶子「なるとき」ピアノコンサートシリーズ第4回〜
『未知になるとき』 Becoming the Unknown

2010年9月11日土曜日  16時開演(15時半開場)

会場:横浜ユニオン教会(横浜市中区山下町66−2)

チケット:前売り2,000円 当日券2,500円
主催・出演:寒川晶子
特殊調律:鈴木良

助成:財団法人朝日新聞文化財団
協力:株式会社 橋本ピアノ

新井卓(写真) 粟津デザイン室  斎藤朋(制作協力) cochae  (チラシデザイン)



●最寄り駅

JR京浜東北線石川町駅元町口より徒歩15分
みなとみらい線元町・中華街駅元町口(5番出口)より徒歩10分
アメリカ山公園口(6番出口 丘の上までの直通エスカレーターがあります。)
より徒歩10分
*本会場は急激な坂を登り切った丘の上にございます。

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このコンサートでは88鍵あるピアノの鍵盤の音全てをドの音に調律し直して演奏するという。独自のコンセプトと技術をもつ寒川晶子ならではの構想であるが、そこに想像を超えた音の世界が展開されることは間違いない。それを教会という場所で自然環境を生かした時間演出の元に行うという。何という発想!確かなのは、こんな予測を超えたパフォーマンスには滅多に立ち会えないということだ。
  
一柳慧

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「ド」音のみに調律されたピアノ・・・
確定された「ド」音だけの世界から
未知なる響きを求めて
ただひたすらに音を歩く
そして時々立ち止まる


This piano tuned only to the note "do"...
From a world composed only with the determinate "do"
In search of an echo becoming the unknown
I go on walking through sound
And sometimes I pause on the way

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これまでに実演した「なるとき」
*「音楽になるとき」2008.1.27 *「虚像になるとき」2009.1.21 *「夢になるとき」2009.5.23(いずれも会場、主催は(財)トーキョーワンダーサイト)


●プロフィール

寒川晶子(Akiko Samukawa/ピアニスト・アーチスト

2001年華頂女子高等学校音楽科卒業
2005年フェリス女学院大学音楽学部をピアノ専攻で卒業
これまでにピアノを福井(旧姓川村)真裕子、小鍛治弘美、川村春海、黒川浩、中川賢一の各氏に師事。

神奈川県民ホール主催<アートコンプレックス>や金沢21世紀美術館主催の公演、三重県立美術館主催の公演などに多数参加し、音楽の表現を通じて未来へのものづくりに入れて活動している。2009年に開催されたトーキョーワンダーサイト主催のフェスティバルでは自身のプロデュース・実演による『虚像になるとき』が最優秀賞を受賞。また、作曲家グループ深新會関西主催の公演では作曲家小西円子氏の新作初演で参加。現代音楽の演奏活動も積極的に行っている。


2010年8月17日火曜日

「北と南」完成!

若き友人、河内卓くんが始めた雑誌「北と南」の第1号が完成しました。創刊号は「仕事」特集、スタッズ・ターケルの精神にのっとっていろんな職種の人へのインタビューを掲載しています。

ぼくは仕事ではなく、詩を寄稿。いずれも「Agend'Ars」連作の一部です。

藤部明子さんの写真にも注目! 講読希望の人は、適当に声をかけてください。

2010年8月16日月曜日

ベルカ、ストレルカ、50年!

みなさん、以下の事実に気づいていますか。もう50年になります。

ウィキペディアからの引用。

「ベルカ(Белка)とストレルカ(Стрелка)は、1960年8月19日にスプートニク5号に乗って宇宙で1日を過ごした後、無事地球に帰還し、地球軌道を周回して無事帰還した初めての地球生まれの生物となった。」

古川日出男さんのおかげで改めて不朽のものになったベルカの名。ここで改めて、その世界史的意味を考え直しておきましょう。

吠えろ、吠えろ、ベルカ、ストレルカ!

2010年8月15日日曜日

猿の捕獲

先日、町中に出てきたニホンザルの雄を麻酔銃で撃って捕獲したというニュースが大々的に報道されていた。

ここまで大騒ぎして、サルとヒトの生活空間を分けなくてはならないのだろうか。いるものはいるで、いいじゃないか。ヒト以外の種を排除してゆくのがヒトの居住の特性(「ペット」という名の名誉ニンゲンを別にして)。それで、都市がつまらなくなる。

またおいで。こんどは仲間を連れて。

リズムをとりもどす作戦会議!

友人のミュージシャン、港大尋さんからワークショップのご案内をもらいました。リズム・サーカス主催、「リズムをとりもどす作戦会議!」の第1期。

8月15日「リズムとは何か」
8月21日「声・ことば・人間」
8月28日「抵抗の論理」

いずれも会場は世田谷ものづくり学校です。チケットはリズムサーカスのサイトで。http://r-circus.com

同サイトではこの主題をめぐる港さんのインタビューも読めます。

http://r-circus.com/cotoba_interview20100710.html

バンド「ソシエテ・コントル・レタ」(国家に抗する社会)を率いる彼の活動は要注目。世界をみたすリズムについて、根源的に考え直すチャンスです!

夏だ、旅だ、旅がない、でもいつも旅だ

この夏は予定を立て損ねて、ずっと東京。イヤになるほどの仕事の山に、日々汗を流しながらとりくんでいます。エアコンのない家なので、どうにもスロー。でも扇風機という、人類史上でも有数のエレガントな発明に、ちょっぴり救われています。

そんなときにも知人、友人たちの旅はつづく。同僚の倉石さんは、このあいだの北海道(東川町)につづき明日は沖縄(佐喜真美術館)。倉石さんの場合はいずれも仕事ですが、それでもうらやましいことに変わりはなし。清岡さんは明日からパリ。ケ・ブランリ博物館でいまやっているのは「コンゴ川」と題した中央アフリカ美術特集らしく、これはぼくも見たいなあ。

http://tomo-524.blogspot.com/

ぼくの生涯の師匠、元来熱帯派といっていい西江雅之先生は、この夏は珍しく高緯度地方(北極圏)に行っておられるようです。

まあ、どこにいても旅は旅、たとえ自宅でも。意識を十分に覚醒させ、飛ばし、新たな体験を探りましょう。夏から秋へ、その場の宇宙旅行がつづきます。

2010年8月10日火曜日

この夏が勝負だ、倉橋由美子

明治の学部生・大学院生のみんなで倉橋由美子文芸賞への応募を考えている人、勝負はこの夏だよ。

http://www.meiji.ac.jp/koho/hus/html/dtl_0006143.html

書いて書いて削って削って、とにかく1作を仕上げてごらん。自分でも思ってもみなかったことが、必ず出てくる。

ただし時間をかけること! 200枚書いて100枚削るくらいの気持ちで、言葉のエコノミーを学ぶことにしよう。

健闘を祈る。

2010年8月7日土曜日

いよいよ

9月刊行予定の詩集、ゲラを見終え、「あとがき」を書きました。カバーに使う写真も選定(もっとも写真なしにする可能性もまだあり)。すべてすでに発表しているものばかりですが、こうして64篇をまとめて読むと、自分でもそれまで気づいていなかった連関が見えてきます。

その「あとがき」の第一段落を転載しておきます。

4×4=16、4×4×4=64。十六行詩を書きつぎ、六十四篇をもって一冊の詩集とするという企図は、単純な掛け算によって始まった。本書を第一分冊として、おなじ形式でさらに三冊を準備する。4×4×4×4=256。やがてこの二百五十六篇四千九十六行がかたちをとるとき、地水火風がいかに私をつらぬき私を造形するかをめぐって、一定の回答が得られるのではないかと思う。ぼくにとって詩とは、第一義的には「私」がさらされるそれらの力に対する言語的な応答であり、その痕跡の記憶術だ。」

2010年8月5日木曜日

夏休みの課題図書

前期のゼミでとりあげた、オーストリア出身で長らくメキシコで活動した思想家イヴァン・イリイチについてのまとめの会を、たぶん9月の合宿前に行います。M1の3人の発表を中心にします。

合宿は3泊。毎晩、勉強会をします。その課題図書を決めました。

宮本常一『塩の道』(講談社学術文庫)
伊達宗行『「理科」で歴史を読みなおす』(ちくま新書)
松岡正剛『日本流』(ちくま学芸文庫)

どれも楽しみながら読めるものばかりですから、8月のうちに必ず読んでおくこと。

これはもちろん全員の共通語彙開発のための課題図書でしかなく、個々にやるべきことは山のようにあります。M2は修士論文・制作の完成にむけてすべての努力をつぎこむこと。M1は、各自の主題に沿った20〜30枚の完成原稿(発表可能な水準のもの)を8月末までに仕上げること。

汗をダラダラ流しながら本を読むのもいいものです。いろいろがんばりましょう。

2010年8月3日火曜日

入試終わって

2日、大学院一般入試。3名合格。これで学内選考の10名と合わせて、来春からディジタルコンテンツ系に参加する13名が確定しました。

2月に第2期の入試を行います。若干名、余裕があります。興味がある人はぜひ受験してください。まずは相談に来てください。

ところで、このあいだ学部1年生から「研究ってどうすればいいんですか?」と尋ねられた。ひとことでいうなら、それは「読んだことのないものを読み、考えたことのないことを考え、書いたことのないことを書く」につきる。

その特徴は、過ぎてみるまで自分が歩んでいる道そのものがよく理解できないということ。薄明かりの中、手探りで、危険な森の道をゆく感じ。それが最後の「。」を打ったとき、パッと光がさしこみ、自分がカバーした経路がわかり、自分の考えがはっきりと進んだことを自覚できるようになる。

「読み書きを中心に考える」ということが鉄則。まずは自分だけのノートを作ること。研究内容が文系だろうが理系だろうがまったく関係なく、それは誰もがやっていること、やるべきことです。

注意すべきは、読めるもの、読んですぐ理解できるものばかりを読んでも力はつかないという点。よくわからないもの、理解しがたいもの、異様なものを、ひたすら読んでゆく必要があります。もちろん、一足飛びにそうすることはできないので、さしあたってはいまの自分より少し先にあるものを求め、獣のように執拗にそれを追うこと。

ついで、考えたことを書くこと。人に見せられる文章にすること、そして読んでもらうこと。読んで必ず批判を受けること。教員はそのためにいるのだから、最初の段階から、それを習慣にすることです。毎週、原稿用紙にして3〜6枚くらいを書いてみて、それを読んでもらい、ボロボロになるまで徹底的に批判してもらうことを勧めます。

読み書きの努力を怠れば、何の進歩もなく2年間を終えるという愚かな結末を迎えることになります。拾い読みでいいから、毎日、それまで知らなかった本に意識的にふれてください。そうして2年間にふれる720冊のうち、たぶん36冊くらいが、修士論文に直接の建築プランと素材を提供し、また生涯の宝になるはず。

本以外にもあらゆるジャンルの表現に意図的に接してゆくべきことはいうまでもありませんが、その場合も、本と本が連なる丘の稜線が、きみの考えの輪郭を決めてゆくでしょう。

来春からわれわれの探求に加わる13人のみんな、ただちにこの習慣にむけてチューニングを開始してください。作品制作を考えている人も、それはおなじこと。毎日やる、必ず。

「水牛のように」8月号

「水牛のように」更新されました。

http://www.suigyu.com/sg1008.html#05

ぼくは「犬狼詩集」11、12を寄稿。どちらもなぜ、いつ書いたのか、覚えがない。ともあれ、この2編も9月刊行予定の詩集に収録するつもりです。

八巻さん、いつもありがとうございます。今後ともよろしくお願いいたします!

2010年7月31日土曜日

ペドロ・コスタ

女子美の相模原キャンパスで、ペドロ・コスタの講演。開始前、会場の建物にゆくと、むこうから本人が歩いてくるので声をかける。タバコを吸いに出たらしい。はじめまったく無愛想で、別れ際にチラリと笑顔になるのがいい。

1時間半の講演は、司会の杉田さんがいうとおり、マニアックなシネフィル向けではなく一般学生対象の大変に興味深い話だった。

セザンヌへの傾倒ぶりに深く頷く。「作者」が興味の対象になるようなアートにはまるで興味がない、という姿勢に共感。肝心なのはただ現実を見ること、ひたすら見ること、その変化を見つめること。

きょうの名言は、これ。Image is not sophisticated.そのとおりだと思う。それをめざしたい。

2010年7月30日金曜日

ABCブックフェス2010

青山ブックセンター、夏の恒例のブックフェス。冊子「この本は本当にいい」の今年のテーマは「とぶ」です。

ぼくが選んだのはサン=テグジュペリ『人間の土地』、堀口大學訳。あまりといえばあまりにストレートな選択ですが、飛行の大衆的経験が人類史においてたかだか数十年のものでしかないこと、その飛行がもたらしたものを、考え直してみるのもいいでしょう。絶世の名訳。

冊子は青山ブックセンターでもらえます。ぜひ手に入れてください。誰がどんな本を選んでいるか。興味がつきません。

季刊「東北学」第24号

東北芸術工科大学の「東北学」24号は特集「旅学の時代へ」。

エッセー「Strangeography 旅/物語」を寄稿しました。ワークショップ中の台北の宿で考えた幻の東北その他について。

2010年7月27日火曜日

「真夜中」10号

季刊誌「真夜中」も、はや10号! 「真夜中」も「Monkey Business」も「En-Taxi」も、ほんとに感動的にがんばってます。

「真夜中」10号では、ぼくはリトアニア系アメリカ人の哲学者アルフォンソ・リンギスのニカラグア旅行記を翻訳しました。解説と合わせて、ぜひ読んでみてください。

リンギスと出会って、はや16年。いつか書くと誓ったリンギス論を、そろそろやらなくてはいけない。でもそのまえに果たさなくてはならない約束が、ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ、いつつ......。

まあ、じっくりやるしかない。暑さにダラダラと汗を流しつつ!

2010年7月19日月曜日

「ヒロイヨミ」、なんてきれいな

山元伸子さんの個人雑誌「ヒロイヨミ」。たとえば「島」、たとえば「コーヒー」といった主題について書かれた文章や詩歌のミニミニ・アンソロジーを、活版で、よく選び抜かれた紙に印刷しています。

とてもきれい。てざわりもよくて。表紙=裏表紙を入れて6枚の紙に印刷し、重ねて二つ折りにしたかたち(ステープル留めはなし)ですが、その全体の色合いが最高です。

2010年5月発行の8号は特集「珈琲礼讃」。「珈琲、ナナメヨミ」というコーナーで紹介された3冊の本に、ぼくの『コヨーテ読書』も。特にその中のコーヒーについてのエッセーにふれた紹介で、読んでいてぼくもなつかしい気持ちになりました。山元さん、ありがとうございました。

紙=文字=手=色=思考=五感といった主題系を考えるのにも、いい材料を提供してくれるすてきな小冊子です。

http://hiroiyomu.blogspot.com

「嗜み」7号

文藝春秋の季刊誌「嗜み」7号(2010年夏号)の「クロスカルチュラル・レヴュー」にリリオ・フェレイラおよびイルトン・ラセルダ監督『カルトーラ サンビスタの物語』のDVD評を書きました。

サンバの父のひとり、カルトーラの生涯を追ったドキュメンタリー。二人が同一対象をレヴューするという形式のコーナーで、今回は大竹昭子さんとの組み合わせ(最高!)です。ぜひ読んでみてください。そして『カルトーラ』を、この夏はリオを思いながら楽しむことにしましょう。

世界文学全集『短編コレクションI』

河出の池澤世界文学全集もすでに第3期、『短編コレクション』の登場です。コルタサル、ルルフォ、ブローティガン、アトウッド... 目取真俊の「面影と連れて」(うむかじとぅちりてぃ)まで。

ぼくはチヌア・アチェベの「呪い卵」(まじないたまご)を担当。すでに土屋哲先生による先行訳「タマゴのごくもつ」がありますが、この機会に新訳を試みました。ごらんください。

2010年7月16日金曜日

カムイノミ、「神奈川新聞」

先日のカムイノミのようすが神奈川新聞に出ていました。

http://news.kanaloco.jp/localnews/article/1007130033/

ほんとうに貴重な体験でした。

「アフンルパル通信」10号

札幌のリトル・マガジン、ついに10号です。ぼくは連作詩「Agend'Ars」の25~27を寄稿。

10号の内容紹介は、くぼたのぞみさんのブログをどうぞ!

http://esperanzasroom.blogspot.com/

2010年7月15日木曜日

そして一日はなんと短いことか

ル・キャトルズ・ジュイエといって。7月14日はフランス大革命の記念日。

でもそんなこととは関係なく、あらゆることが進行している。

朝、まず通勤の電車で吉本隆明さんの『父の像』を読了。同僚の清岡さんが解説を書いている。吉本家のルーツが天草だと知って、はあ、と思った。ばななさんの南好きの理由か。

それから職場につき、誰にも代わってもらえないちょっと厄介な業務1、業務2。お昼ごはんは、ネオ屋台村のイスラエル飯。おいしい。

それから期末試験作成。その間に、学生の相手を3件ばかり。

終わって、同僚と雑談。雑談とはいうが、本質的なやりとりはこういう場でおこなわれる。

終わって、帰宅。帰りがけ、いまや4年生だという学生に声をかけられる。不思議なもので、おなじキャンパスにいても、会わないとなると1年や2年、まったく会わない。彼はもとフラ語の学生。近況報告。

あまりに美しい夕方の空を見上げながら帰宅。夜はまずゲラの直し。ジュンク堂でやった、清岡さんとの対談。いずれジュンク堂のウェブページにアップされるはず。

そのまえに、夕方、8月末の文学=環境学会の打ち合わせを、博士課程の学生ふたりと。

ゲラも終わり、最近いただいた本数冊のページをめくる。どれもおもしろい。ただ、通読できる時間がない。

観念して、夏のゼミ合宿その他の予定表。はたしてこれでいいのかなあ。どうにも浮ついた日々だ。でもこれ以外に自分の日々はなく、この日々を縫って仕事を進めてゆくしかない。

反省しつつ、就寝(未来形)。明日は一日、お茶の水だ!

2010年7月14日水曜日

下を向いて歩こう

できごころでウクレレのコンピレーションものを買って聴いてたら、中のある歌が最高に気に入った。ワタナベイビーの「下を向いて歩こう」!

あまりに気に入ったので、ワタナベイビーの『ベビースター』とホフディランの『多摩川レコード』も中古で買ってしまった。

何これ。めちゃくちゃにいい。日本の歌手たちは日頃まったく聴かないので(羅針盤とか、渋さとか、ごく一部の例外を除いて)ぜんぜん知らなかった。

無知とか、予断によって、どれほど損をしているかわからない。足元を見よう、見て知ろう、知って聴こう、聴いて笑おう!

カムイノミ

明治大学生田図書館脇の木立で行われたカムイノミに参加。

ごく小さな焚き火を中心に、祭壇を作り、そこにすわってカムイに祈りつつ、どぶろくのような濁り酒を回し飲む。

途中から雨足が強くなり、木立の葉ごしにも水滴が。でもそれにより、かえって強烈な浄化を感じた。

アイヌの伝統舞踊を踊っていただき、それが輪舞に発展して、おひらき。すばらしい解放感だ。

それから図書館ギャラリーに場を移して、アイヌのみなさんのお話を聞き、またムックリとトンコリの演奏を聴く。トンコリ奏者は居壁太さん。強烈にソウルフル。よかった、じつに。

他にも多くのウタリのみなさんが参集してくださった。明治大学130年の歴史上、初めてのことにちがいない。学生のみんなが、どれだけこの波動を受け止めてくれたか。

展示「いま、アイヌ文化を生きる」を企画した同僚の浜口さん、ごくろうさまでした。そして今回の企画に応えてくださった首都圏アイヌのみなさん、本当にありがとうございました!

2010年7月11日日曜日

さようなら、チロ

荒木経惟さんの写真展『センチメンタルな旅 春の旅』をラットホールで。行ってみると、荒木さんご自身がギャラリー内でどなたかの撮影中。お元気そうで、ほんとにかっこいい。学生時代、荒木さんのお住まいのすぐそばに住んでいたため、駅にむかって歩いてゆく姿をよくお見かけした。30数年前のこと。あのころから、いったい何万枚の写真を撮ってこられたことか。

早速、80点の写真を見てゆく。ああ、チロだ。会ったことはないけれど、その顔の模様までよく知っているチロだ。そのチロが老いて、痩せてゆく。それでも飛ぶ。それでもやはり弱ってゆく。そして。

白黒写真の展示を見たあと、スライドショーを。ヌード、もちろん。そしてチロの姿。やがてチロが死に、それからあとはずっと空だけ、青空だけ。3月3日から2ヶ月以上、空だけ。それを見ればいやでも、情動の攪乱にさらされる。

荒木経惟。すごい、すごい写真家だ。帰り際、ドアのそばに飾られた、荒木さんご自身のドローイングに、またもらい泣き。陽子さんもチロも元気なときの、二人と一匹の一家の自画像。

荒木さん、まだまだこれからも何万枚もの写真を撮ってください。たとえそれが花と空ばかりでも。

2010年7月10日土曜日

Blue Lagoon

きょうはいい天気。夏らしさを求めてピーター・ムーンを聴きながら、ぼんやり考える。このところ気になっているのはイノーという言葉。珊瑚礁の礁湖、ラグーンのことを沖縄ではイノーというそうだ。

なぜかは知らない。しかし「稲生」と書いてイノーという地名・人名は各地にある。イネが元来、食料のことだとしたら、米が生える土地も魚がとれる海もイノーなのだろうか。

ウオはもともとイオ。イネやイオのイが、イノチのイと関係ないはずがない。ポリネシアではイオはイカ。

「うお」とは浮かび泳ぐから「うお」なんだというあまりにもバカバカしい語源説を聞いたことがあるが、それはとても信じられない。

考えてわかることではないけれど、何か気になる。まずはイノーに身をひたし、ジュゴンのようにぷかぷか浮かんでみたいもの。

2010年7月9日金曜日

道徳の起源、など

昨日(7月8日)の朝日新聞夕刊。河合雅雄先生による梅棹忠夫さん追悼文を読んで、始めて知ったこと。

河合さんの「動物学教室」における指導教官が、当時すでに大阪市立大学に転出していた梅棹さんだったのだそうだ。

与えられたテーマが「道徳の起源」。それもウサギの生態を通じて探れ、というものだったとか。これを受けて河合さんは自宅の裏庭で70匹のウサギを飼う。その観察を通じて、警戒心、攻撃性、相手に対して保とうとする優位性などを論じたという。

ぞっとした。この洞察、この指向。そんな研究を、自分も志せばよかった! 

ヒトの文化の根源を類推するためには哺乳類の観察が欠かせない。さしあたって、ぼくには犬。犬についての本は、いつか書きたいもの。

2010年7月8日木曜日

カフェの報告

カルチュラル・タイフーンでのカフェ、大成功でした! 土曜・日曜といろんな人に来ていただき、のんびりおいしい珈琲、お茶、デザートを楽しんでいただきました。

報告は、このカフェのマスター(? 女性形ならミストレス?)、大塩あゆ美ちゃんのブログをごらんください。

http://aaaaa23.jugem.jp/

細心に準備したアイテム(特に特製の梅のケーキと椿杏仁豆腐)をでっかい笑顔で出してくれた彼女に感謝。

カルチュラル・タイフーンの各種の出し物には参加できませんでしたが、吉見さん、毛利さん、浜さんなどにひさびさに会えて、楽しい週末でした。昨年の外部ゼミ生である星埜さんも、いよいよ元気そうでした。

こうして台風終了。しかしカフェの精神はこれからもかたちを変えて続きます!