2010年10月1日金曜日

ちょっとだけ詩の話

日本の詩人で、ぼくがもっとも興味があるのは、萩原朔太郎と西脇順三郎のふたりです。中学生のときに朔太郎を、高校生のときに順三郎を読まなかったら、詩とはたぶん無縁のままでした。

今回の詩集を16行でそろえたのは、絵を描くときにおなじ大きさの画布で何枚も何枚も描いてみるのとおなじこと。別に13行でも18行でもよかったんだけど、数字の魔のささやきにしたがって16に。14は伝統的なソネットなので、避けました。

長さと内容の関係とその感触としては、ふたつの詩がいつも念頭にありました。まずはそのひとつ、朔太郎の「野鼠」を以下に。この長さ(13行)でこれだけのことができるのだということを味わってみてください。


  野鼠

どこに私らの幸福があるのだらう
泥土の砂を掘れば掘るほど
悲しみはいよいよ深く湧いてくるではないか。
春は幔幕のかげにゆらゆらとして
遠く俥にゆすられながら行つてしまつた。
どこに私らの恋人があるのだらう
ばうばうとした野原に立って口笛を吹いてみても
もう永遠に空想の娘らは来やしない。
なみだによごれためるとんのづぼんをはいて
私は日傭人のやうに歩いてゐる
ああもう希望もない 名誉もない 未来もない。
さうしてとりかへしのつかない悔恨ばかりが
野鼠のやうに走つて行つた。


完璧ですね。ボードレールの最上のものをあるいは凌駕する、この境地。こんど前橋に遊びに行きたい。