Tuesday, 19 March 2019

明日には明日の音楽、詩

「音楽というものがまだほろびないとすれば、明日には明日の音楽もあるだろう。だが、それを予見するのはわれわれのしごとではない。いまあるような音楽が明日まで生きのびて明日をよごすことがないとおもえばこそ、音楽の明日にも希望がもてるというものだ。音楽家にとってつらい希望ではあっても。」(高橋悠治)

詩もまったくおなじ。

Sunday, 17 March 2019

「カメチャブ」をめぐる一考察

みなさん、牛丼が「カメチャブ」と呼ばれるのを、聞いたことがありますか。

ぼくはぜんぜん知らなかったけど、驚いた。この「カメ」はいうまでもなく洋犬のこと(Come here! を「かめや」と聞きなすことにはじまる横浜言葉)で、「カメチャブ」とは牛肉の入った、「洋犬用の餌」を意味するそうだ。

ぼくが「おおっ!」と思ったのは「チャブ」の部分。これは明らかに中国語系(どの方言かは知らない、広東方面?)のchow chowから来ていると思われるが、どうでしょう。食事を表す俗語(犬種にもいましたね、フロイト博士の愛犬)。ハワイに行くとこれがkaukau となり、プランテーション世界での日々の「ごはん」の意味に。

で、牛丼=カメチャブ=犬まんま、という等式が成立。

しかし、ここでふと思わざるをえないのは「ちゃぶ台」という言葉の語源です。「卓袱台」などと書くが、これは当て字と思われる。そもそも明治より前には存在しなかった家具。となると、この「ちゃぶ」も要するに chow に由来するんだろうか。ちゃぶ台そのものが、あるいは中国世界での発明品なのか。

などと書いているうちに吉野家に行きたくなるのは言を俟たない。あるいは「ちゃぷすい」(アメリカン中国料理の定番)が「雑炊」だとしたら、「ちゃぶ=ちゃぷ」は「雑」を意味し、汎用性の高い折りたたみ円卓を「雑卓」とでも呼んだのかしらん。それが移入されて「ちゃぶ台」になったのか。

こうしたすべてはconjectureにすぎないが、興味を引かれる主題ではあります。

Friday, 15 March 2019

日仏会館で思い出したこと

昨夜、ひさびさに日仏会館のステージに立って、いろいろ思い出しました。2001年、グリッサンとコンデが来日。2003年、ぼくの講演(後に『オムニフォ ン』に収録)もここ。2007年にはブレーズ・サンドラル生誕120周年イベントを正田靖子さんたちとやらせてもらった。

2000年代はじめの数年は、カリブ海文学に対する興味が(日本において)最高潮だった時期なのかな。2002年には一橋で大きな国際シンポジウムがあり、ぼくはハイチのアントニー・フェルプス(もっと評価されていい詩人)に対するディスカッサントとして「オムニフォン・エグジログラフィーとは何か」と いう話をフランス語で。また、これは日仏会館ではないけれど、やはりハイチのルネ・ドゥペストルの来日が2004年。いま思ってもすごいね。こうした企画の実現は、恒川邦夫さん、三浦信孝さん、立花英裕さんらの努力のたまもの。

そしてカリブ海とは関係ないけれどシルヴィー・ジェルマンが来日して、日仏学院で彼女とぼくが対談したのが2007年。この対談は「すばる」に掲載された(けど、いま手元にない)。このあたりで、ぼくのフランス語系の仕事がぷっつり途切れました。なぜ?ひとつには2007年から大学院ディジタルコンテンツ系の設立に忙殺されていたため。これが2008年に発足。2017年からは組織替えして総合芸術系。理工学部・理工研の中にアートスクールを作るというかつての野心(?)が、まずまず達成されたというわけ。

もうひとつには、2009年から自作の詩を発表するようになり、その分、研究や翻訳に使う時間が大幅に減った。詩人としての本格的デビューは2010年、スタンフォード大学で偉大なジェローム・ローセンバーグと一緒に朗読をしたとき。昨年、英語詩集Transit Bluesをキャンベラ大学で出してもらい、10年かけて創作言語のシフトも、なんとか実現。

という迷走の歴史を記して、自分の覚えとし、同時にそろそろ軌道修正を図ろうと思います。具体的には、フランス語の比重を大幅に増やします。まずは、はなはだしく遅れたグリッサン『第4世紀』を、きちんと出さなくちゃ。もうゲラになっています。ぜひ楽しみに待っててください!

Thursday, 14 March 2019

「福音と世界」2019年4月号

「福音と世界」4月号は「特集=人類学とキリスト教」。ぼくは長い詩「コルコヴァード」を書かせてただきました。いうまでもなくタイトルは、リオ・ジ・ジャネイロの、あの巨大なキリスト像のこと。260行という、これまで書いたもっとも長い詩になりました。「水牛のように」3月号の「ハバナ」の、いわば姉妹篇です。

Sunday, 10 March 2019

ジョージタウン大学にて

ジョージタウン大学で開催中のアメリカ比較文学会、"The Achievement of Suga Keijiro"と題された2日間のセミナーが終了しました。8人の研究者がぼくの仕事についての発表をしてくれるという稀な機会。まあ、最初で最後でしょう。みなさんに心から感謝します。

和氣久明さんの発表は、2000年から日本で教えはじめたぼくの教員としてのキャリアと文筆の仕事の関係について。以前彼が教えていたメイン州ベイツ・カレッジに招いていただいたときのことも、なつかしく思い出しました。

レイ・マゴサキさんは「批評としての詩」について。特に「4」という数字がもつ意味について、彼女のおじいさんが経営していた旅館の、おもしろいエピソードが印象的でした。

上野俊哉さんは、ぼくがいろいろな本に書いた「訳者あとがき」に焦点を合わせ、リオタールのパガニズム(異教)がぼくにとってもつ意味を正確に指摘してくれました。

ダグ・スレイメイカーさんは、今回のセミナーの企画者。ぼくのおなじみのトーテム動物たち、コヨーテ、犬、こうもりが、翻訳という営みに対して果たす意味を論じてくれました。

田辺裕子さんは最年少参加者。ぼくの旅行記の細密な読みを通じて、場所の神話(とりわけハワイの場合)の使い方を明るみに出してくれました。

ジョーダン・スミスさんはぼくの詩を、人間が片隅に小さく描きこまれる中国の山水画と並べ、スケール感の変化という特徴を指摘。ジョーダンは現在の東京における、わが詩的兄弟。5月にはモロッコで一緒に詩のフェスティバルに参加します。

小田透さんは思想史研究者。「認識論としての旅/翻訳」という主題を、いまではほぼ忘れられたぼくの40代はじめごろの文章から救出してくれました。東浩紀さんの観光論との対比も、興味深くうかがいました。

ショシャナ・ガンツさんはぼくの作品のエコポエティックな面に集中して、いくつかの詩を震災=原発事故後の状況と重ね合わせて読み、さらにカナダの現代詩人ロバート・ムーアと並べる見方をしめしてくれました。

最後にぼくが自分のエッセー「詩学」を紹介し、新作の「ハバナ詩片」からの16行詩をひとつ読んで、おしまい。夜はトルコ料理店で楽しい夕食をともにして、みんなそれぞれの場所と仕事へ帰ってゆきました。

小さなお祭りみたいなものですが、ぼくにとっては大きな一区切り。1960年代、70年代、80年代、90年代生まれのみなさんからの意見を聞けたことは、何物にも替えがたい財産です。まだまだ新しい道を探れるという気分になりました。次の展開をおもしろくすることで、みなさんへのお礼としたいと思います。ありがとうございました、またどこかで、またすぐ!

Sunday, 3 March 2019

立命館大学にて

3月2日は立命館大学衣笠キャンパス。きれい。温かい土曜日、シンポジウム「いま問い直す、宮澤賢治と動物」(西成彦研究室主催)に参加しました。

まず佐々木ボグナさん、村山龍さんの発表。ついで赤坂憲雄さんの講演と、ぼくのコメント。それから「水の記憶、土の記憶」(古木洋平監督)上映、そして全体ディスカッション。命の互酬性、肉食、仏教、果ては人口問題。賢治の作品にある糸口は、どこまでも広がっていきます。

Friday, 1 March 2019

「水牛のように」3月号

ウェブ雑誌「水牛のように」に160行の詩「ハバナ」を書きました。興味あったら、ごらんください。

http://suigyu.com/2019/03#post-6057