2011年3月31日木曜日

昨日の言葉 12

電車の終点は入江になっている。帆をおとしたヨットのひしめくむこうには松林。海岸の散歩道を右にまがると坂の上にむかし住んでいた家が見える。カーラヴェーゲン九番地。もう知りあいもないのでそこを通りすぎるとつきあたりにひらける沼。だれもいない。鳥一羽いない。折れまがった枯れ草に吹く風もない。午後3時。
そこは世界でいちばん遠い場所だった。だれからも遠くはなれていた。だれからもはなれたとき心のなかだけでもかえっていける場所だった。
(高橋悠治)

夕日が
一軒の家を照らしていた
その照らし方で
その家は
留守だということが、直ちにわかった
(小池昌代)

そして薩摩半島西海岸の海の民たちは、それ [娘ま(=女へんに馬)神] を日本化することなく、隣国の神と認めたまま信仰していたということが、わたしには興味深い。航海の目印になり、海上から安全祈願をする野間岳は、中国人のものでも日本人のものでもなく、海の民のものだった。
(佐々木幹郎)