空腹を感じても、忙しいなどの理由で、食事をする時間が取れないときがある。そういうようなとき、ある程度の時間が経過すると、不快であった空腹感がいつの間にかなくなっていることに気がつく。それを繰り返しているうちに、いつのまにか、空腹感そのものを感じにくくなったりする。正常な身体の状態を保つのに必要な身体の感覚を自覚しにくい、という傾向が一定期間続けば、それはアレキシソミアすなわち失体感症と呼ばれる状態にはいることになるだろう。このアレキシソミアは、自分の感情に気がつきにくく、またそれを表現するのが苦手なアレキシサイミア(失感情症)と深い関係があるとされ、心身症のなかに包含される概念で、空腹や喉の渇き、疲労、眠気などの身体感覚の気づきが鈍い、というものである。
(雑賀恵子)
吉田[健一]の親切に報いようと、私は彼が書いた批評の一つを翻訳しようと思ったことがあった。しかし、それは極めて難しいということがわかった。吉田は書こうと思えば、非の打ちどころのない英語で批評を書くことが出来た。しかし日本語で書く時には、かりにわかりやすさを犠牲にしても、出来るだけ日本語らしい文体で書こうとした。吉田を満足させるような翻訳は到底無理だと諦め、私は自分の翻訳を発表しようとしたことは一度もない。
(ドナルド・キーン、角地幸男訳)
ローマ人は鳥占術において主に左を吉とし、他方ギリシャ人は右手を良しとした。ローマの予言者はつまり南にむかって立ち、そのために吉の側である東を左にしたのである。それに対してギリシャ人は北を見たわけで、吉を右手の側においたのである。これは、生命の深みに根ざすオリエンテイションの方向指示に対する優位、シンメトリイに対する光の優位をしめすみごとな例である。
(エルンスト・ユンガー、菅谷規矩雄訳)