台北に行ってきた。24年ぶり。市内の科技大楼で開催されたサイエンス・コミュニケーションの学会に合わせていったのだが、飛行機の大幅な(日付が変わる)遅れのせいで、こちらにはほとんど参加できず。それでも展示の説明をうけ、素食(ベジタリアン)のお昼をごちそうになって、楽しくすごす。
この学会の主題は、要するに、科学の知の共有化・社会化をどうはたすか、というもの。専門知の迷路に入りこむのではなく、各分野の最新の研究成果を、安易な通俗化ではなく、しっかりとした理解に立って人々に知らせる。受け手のこっちはどんな分野に関してもまったくのしろうとだから、ともかく教わり、疑問を発する。
サイエンス・ライティングは非常に大切な分野だし、そこではオーディオヴィジュアルな提示のために、ディジタルメディアは不可欠。実際、われわれDC系の中でも、こうした分野に手を染める人がぜひ出てきてほしいものだと思っている。科学写真、森林や河川の変遷のシミュレーション、生態学的ドキュメンタリー制作、飛行や登山やカヌーのナヴィゲーション、考えられる展開はいくらでもあるだろう。
ディジタルコンテンツを中国語では「数位内容」というのだと、初めて知った。これは恥ずべき無知だった! 上記の学会、日本からは黒田玲子、渡辺政隆、佐倉統といった方々が基調講演者として参加。この顔ぶれからも、どんな問題意識に立って組織された会合かがうかがえる。
午後、国立政治大学コミュニケーション学部(伝播学院)の盧非易先生に案内されて、政治大学を見学した。台北市南東の山麓、動物園の隣にある広大な美しいキャンパス。こんな大学で学びたかった、と思うような環境だ。
同学部はジャーナリズム学科(新聞学系)、広告学科(広告学系)、テレビラジオ学科(広播電視学系)に分かれていて、その本格的な設備に目をみはる。テレビ制作のスタジオ、楽器の揃った録音スタジオ、本格的な舞台つきの階段教室、ずらりと並んだコンピュータ演習室、なんでもござれ。学生たちが運営するラジオ局、インターネットテレビ局、日刊の学生新聞などがあり、活気とやる気にみちているのが、よくわかる。
アメリカの大学ではあたりまえの姿だが、日本ではとてもここまでやっているところはないだろう。学部図書室もすごい。主だった雑誌は、関連各分野、大概そろっている。学部の図書予算が年間500万圓だというから、日本円にして1500万円は下らないだろう。教員ごとの推薦図書の棚があるのだが、半分以上は英語の研究書。学生たちもそれを当然と思っているので、みんなそれを借り出して勉強する。
盧さんは南カリフォルニア大学でテレビ番組制作や映像理論を学んだ人だが、いま手がけているのは科学関係のインタラクティヴな提示。CGによって人体解剖の手順を学べるシステムなどを、最近では作ってきたらしい。この春には東京にいらっしゃるというので、秋葉原サテライトキャンパスでちょっとした集いをもてたらと思っている。
このきっかけを作ってくれたのは、中国語の林ひふみ先生のところに毎週来ている、一橋の博士課程に留学中の黄さん。どうもありがとうございました。おかげでいろいろ、おもしろい展開につながりそうです。ひふみ先生は中国語世界の有名コラムニストだが、「新井一二三」というその名前を書いてみせると、盧さんもすぐにわかってくれた。中国語を学んだ日本人の歴史の中でも、中国語での著書が10冊を超え台湾でも香港でも大陸でも広く読まれている人なんて、空前絶後だろう。
用件が済んでから、台北の新名所、タイペイ101に。すさまじい高さ。ここの4階にある書店ページ・ワンは、近くのもうひとつの大書店エスライトと並んで、すごい品揃えだ。感心するのは、英語の本の品揃えのよさ。洋書コーナーとして独立させるのではなく、各分野の中国語書籍と隣り合わせに置いている。しかしその点数と内容では、東京の書店は(ジュンク堂でも紀伊國屋でも丸善でも)まったく太刀打ちできない。
台北はまた地下鉄とモノレールのシステムがよく整備されていて、どこでも簡単に自力で移動できるのがうれしい。
夜はシアトル時代の親友一家と、のんびり食事。さいわい、台湾には台北から高雄まで、各地に友人がいる。これからしばらく、何度でも出かけてゆくことにしよう。