11月21日(土)、東大文学部の集英社寄付講座として「アカデミズムとパフォーマンスのあいだで」と題する授業(?)を行いました。ホストは柴田元幸さん。
フランス文学者の岩切正一郎さんとぼくが半々で担当。しかも岩切さんにはゲストとして女優の那須佐代子さん、ぼくには小島ケイタニーラブがつき、すごく豪華なひとときになりました。
まず第1部。岩切さんとぼくがそれぞれの仕事を紹介。ついで岩切さんは自作詩の朗読。ぼくは『ろうそくの炎がささやく言葉』(勁草書房)所収の「川が川に戻る最初の日」を小島くんの音楽つきで朗読し、そのまま小島くんが名曲「ベルカ」を歌ってくれました。
第2部では、岩切さんが訳した『悲しみを聴く石』上演台本を、まだ稽古中の那須さんが読んでくださいました。制作途上の舞台の迫力。女優さんの怪物的すごさを実感しました。
ついで、こっちも、秘密にしていた特別ゲストとして古川日出男登場。古川作の「『銀河鉄道の夜』の夜」を、柴田さんも加えた4人で上演。これはかなりの衝撃を、みなさんに与えたのでは。
東大文学部の大教室でこんなパフォーマンスが演じられたのは、まちがいなく空前絶後。とはいえ、また機会があれば、やってみたいことです。朗読劇『銀河鉄道の夜』の今後の展開にも、ご期待ください。
Saturday 28 November 2015
Tokyo Poetry Journal
略してToPoJoとは、まるでトッポジージョみたいなかわいい名前。東京ベースの、新しい英語詩の雑誌です。第1号が完成し、11月13日(金)
に表参道で朗読会が開催されました。ぼくは「太魯閣歌片」The Taroko
Cantos を日本語と英訳で寄稿。3人のすばらしいミュージシャンをバックに、朗読を行うことができました。
編集長のTaylor Mignonとその協力者Jeffrey Johnsonをはじめとするみなさんに、心から感謝します!
編集長のTaylor Mignonとその協力者Jeffrey Johnsonをはじめとするみなさんに、心から感謝します!
Tuesday 10 November 2015
バルト・シンポジウム
中野キャンパスでの『100歳のロラン・バルト』終了。15人の発表者のスピンぶりに圧倒される、ほんとうにおもしろい午後でした。シンポジウムの英語タイトルはSpinning Barthes、その意味を述べた「あいさつ」の一部を、以下に記しておきます。
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ついで自動詞として考えるなら、スピンするのは独楽であり、ダンサーであり、自動車であり、飛行機です。高速で回転し、その回転のうちに運動と静止の印象を統合し、優雅にくるくると回り、スピードをあげて悠々と走り去るかと思えば、路面で激しくスリップしてコースをはずれ、バランスを失い、きりもみ状態となって墜落する。このすべてを、文学者ロラン・バルトの身体とその運動に重ねてみることができるのではないでしょうか。
なんらかの主題を見出してそれを連想によってまとめあげるとき、バルトの知性は恐ろしいほどの速度を見せます。けっして轟音をあげることはないのに、きらびやかな回転とスリリングな転位により、人を魅了します。しばしばスピンして、思考が断ち切られ、どこかまた別の場所に飛んでいってしまう。サイレント映画でも見ているような無音の事故が起きて、ある文章が唐突に終わり、次のページは空白のまま残される。断章につぐ断章につぐ断章、あるいはカードにつぐカードにつぐカード、そしてそのひとつひとつが不思議な独楽として、それぞれの永久運動をつづけている。」
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「Spinning Barthesというタイトルの意味を説明しましょう。英語でタイトルをつけなくてはならない理由はまったくなかったのですが、ここではspinというありふれた英語の動詞の意味を、二重化させて使ってみたいと思いました。
まず他動詞として考えるなら、それは「バルトをスピンさせること」となります。つまり回転させること、あるいは糸をつむぐことです。DJがレコードを回すように、バルトをスピンさせ、その音楽と思考を再生してみる。蚕が繭を作るように、われわれのひとりひとりがつむぎだす糸がひとつに合わさって、バルトという言葉の存在をこの場に出現させる。
英語の慣用句で spin a yarn 糸をつむぐというと、ほら話のような突拍子もない話をとりとめなく続けることを意味しますが、ここではわれわれが順番にバルトという物語を、あるいはバルトに触発されて多方向に芽吹いてゆく物語を、とりとめなく、連想がおもむくままに語り、その果てにまるで幻影の人のように、バルトという存在の名残が新しい生命を得ることができればいい。そんな気持ちをこめています。
なんらかの主題を見出してそれを連想によってまとめあげるとき、バルトの知性は恐ろしいほどの速度を見せます。けっして轟音をあげることはないのに、きらびやかな回転とスリリングな転位により、人を魅了します。しばしばスピンして、思考が断ち切られ、どこかまた別の場所に飛んでいってしまう。サイレント映画でも見ているような無音の事故が起きて、ある文章が唐突に終わり、次のページは空白のまま残される。断章につぐ断章につぐ断章、あるいはカードにつぐカードにつぐカード、そしてそのひとつひとつが不思議な独楽として、それぞれの永久運動をつづけている。」
「群像」12月号
「群像」12月号に石田千『家へ』(講談社)の書評を書きました。すでにオンラインで読めます。
http://gunzo.kodansha.co.jp/39016/42890.html
これぞ芸術家小説の王道、といえる作品です。冬空と海辺が好きなみなさんにお勧めします!
http://gunzo.kodansha.co.jp/39016/42890.html
これぞ芸術家小説の王道、といえる作品です。冬空と海辺が好きなみなさんにお勧めします!
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