去年、見逃して、しまったなあ、と思っているのが、大阪の国際美術館での塩田千春の個展。それと同時期に神戸芸術工科大学で彼女が行なった特別講義が、このたび本になって出版された。『塩田千春/心が形になるとき』(新宿書房)。すばらしい。驚くべき言葉が、全ページをみたしている。
なかでも気に入ったのが、彼女がドイツの美術大学で受けていた、旧ユーゴスラヴィア出身のパフォーマンス・アーティスト、マリーナ・アブラモヴィッチの授業の強烈なエピソード。以下、引用。
「彼女の授業というのは断食授業でした。男女クラス合わせて一五人くらいを連れて、北フランスのお城へ住み込み、一週間断食するという授業がありました。水を飲むことだけが許されて、生徒たちは話すことも禁止されました。一週間毎日何をするかというと、無言で向き合ったり、自分の名前を一時間かけてゆっくり書く。湖の周りを一日中歩く。毎日六時くらいに起きて一二月の雪の中を裸になって外へ出て、叫びながらジャンプする、そういった授業を毎日繰り返しました」
これは苛酷! しかしそうでもしなければ、自然界の物質循環の一環としての自分に目覚めることはないにちがいない。
DC系の授業でも、せめていちど、新宿から小田原まで通しで歩くというのをやってみたい。70キロとして、18時間で着くだろう。休みなしでやっても、別に死ぬほどのことではないだろう。授業というか、大学院の入試をこれにしたら? (その後、調べたら、小田急の線路が新宿=小田原で82・5キロ。いずれにせよ、休み休みで、24時間歩くつもりなら。)
自然界における自分の物質的な位置、人間世界における自分の歴史的な位置、そうしたことを身にしみてわかるかどうかはともかく(ぼくもまだ本当にはぜんぜんまったくわかっていないけれど)、そういった問題設定があることすら思ってもみないようでは、何が大学生、大学院生だ、と思う。
いま、猛烈な焦りを感じるのは、われわれの大学のあまりの前世紀性。たとえば1973年の段階でヨーゼフ・ボイスたちが構想していた自由国際大学の理念から見ても、いったいわれわれは何をやっているのかと思う。
ボイスたちにとって大学とは
「第一に無関心、馴れ合い、煽動、戦争、暴力、環境破壊によって埋もれさせられた<生きることの価値>をふたたび活性化させるものであり、しかもそれらは教える者と学ぶ者たちとが相互に創造的に入れ代わることによって実現されるものであった。講義計画には純粋な専門分野としての芸術と並んで、つぎのような<仲介的な分野>も採り入れられた。たとえば、認識論、社会行動学、連帯論、批評の批評、芸術批評、言語理論、知覚理論、修辞論、舞台装置、パフォーマンスといった分野である。さらにエコロジーと進化論の研究所も計画された」(ハイナー・シュタッフェルハウス『評伝ヨーゼフ・ボイス』山本和弘訳)
これから見て、われわれは正確に36年遅れている。こんなことでいいのか。
この評伝には、さらに次のような一節もあった。
「継続して教えることが重要なのだ、とボイス自身が語っているとおりに、ボイスは土曜日もゼメスターがない休暇のときも、毎日大学に顔を出していた」
これは心がけたいこと。まもなく「猿楽町校舎」(旧明治大学付属明治高校)が使えるようになったら、音楽スタジオも制作用アトリエも備えたそこを拠点に、DC系独自の芸術工学的方向性を追求することにしよう。