2009年5月17日日曜日

「英語の勉強」書簡

 Mへの手紙。よく決意したね! 元サーファーガールのきみが英語を限りなくゼロに近いところからやり直してみたいというのを聞いて、それなら、とぼくは毎週30分だけ、きみときみのともだちのために、タダで英語のレッスンをすることにした。来週からはじめる。

 これは職場でぼくがぶつかっている問題にも、直接関わってくる。大学に入ったものの、英語に関しては中学校のレベルの知識だって怪しい学生は、事実ずいぶんいるんだ。中には、すっかり英語嫌いになって、意地でも学びたくないという姿勢を見せるヤツも。

 まあ、やりたくないことをやらされて身に付くはずはないし、いまの日本の大学入試で「英語」が単なる選別の道具になっていることは否定できない。でも、だからといって英語の勉強をしないのももったいない。

 就職に有利とか、昇進に役立つとか、そんなことはさしあたってはどうでもいい。ことばの勉強は、ただそれ自体おもしろいし、やればやるほどどんどん身についてくる。こんなにはっきり上達というか進歩というか知識の増大がわかるジャンルの活動は、あまりない。そしてやればやるほど、世界が広がる。新しい風景が見えてくる。別に何語でもいいけど、とりあえず、英語。それでいいじゃないか。やってみよう。海でも街でも旅でも使えることばを、覚えてみよう。

 この機会にぼくも、英語(再)学習のための最短の道を考えてみることにするよ。

 じつはその道は、もう見えている。次のふたつのことばを忘れないでほしい。

(1)ことばの勉強はoh yeah? じゃダメ。
(2)急いで身につけたことは、すぐ忘れてしまう。

 ひとつめは28年前、アラバマの小さな大学で、ドイツ語初級の先生ピーター・ハワードがいったことば。なぜかよく覚えている。つまりことばの勉強は、説明を聞いて「あ、そうなの?」ではダメということ。実際に「ことばそのもの」を覚えるしかない。その石ころを丁寧に積んでいくしかない。職人になりなさい。

 ふたつめは友人のスラブ語学者・黒田龍之助さんがいってたこと(言い方はちがうかも)。つまり短期間でガッとむりやり覚えたことは、ちょっと離れるとすぐまた忘れてしまうということだ。やっぱりじわじわ、毎日、体で(目で声で)覚えていくしかない。覚えて、瞬時に、反応できるようにしなくてはいけない。スポーツ選手になりなさい。

 中学校程度の英語なら、はっきりいって、短い文を600くらい覚えれば、どうにでもなる。1500覚えれば、高校卒業レベルまでが、勝利に終わる。ただしここでいう「覚えた」とはoh yeah? のレベルじゃないよ。瞬時の反応として、日本語と英語のあいだを自由に両方向に動けるようにすること。

 むずかしいことだろうか? ちっとも! これを見てごらん。

dog 犬

 こんな対応関係、一発で覚えられるよね。だったら

I am a dog. 私は犬です。

I like cats. 私は猫が好き。

I like rats better than cats. 私は猫よりネズミが好き。

I like bats better than rats. ぼくはコウモリのほうがネズミより好きだな。

 この程度の長さの文だって、左から右へ、右から左へと、行ったり来たりするのはぜんぜんむずかしくないはずだ。

 勉強法。これから毎日、短い文を覚えてゆく。まず読み方を教えるから、音を覚えてしまおう。10回となえてみる。

 ついで、文字をちゃんと思い浮かべながら、ゆっくり10回となえてみる。

 はい、これだけです。翌日は、前日覚えたものの復習を必ずやって、新しい文にむかう。1日に6つの文を覚えれば、100日で600、中学校終了。ただし、自分にきびしく! あやふやな覚え方ではoh yeah? になってしまうからな。確実に、正確なかたちを覚える。

 そうすれば3か月後には、結構いろいろ読んで見当がつけられるし、話だってできるようになっているはず。テニスの壁打ちみたいに、毎日やること。

 勉強法については、また書くけど、今夜はこのへんにしておくよ。目標は、クリスマスまでにエイミー・ベンダーの短篇をひとつ暗唱すること。気持ちをこめて、暗唱できるようにすること。それをいちおうの完成とみなす。声を使えるようにすること、注意を払いつつ。まるで俳優みたいに。

 用意するもの。
 いつも持ち歩ける、ポケット版の辞書1冊。辞書だけは、ヒマがあったら読むようにする。
 自分がほんとに好きな英語の歌を12曲。ぜんぶ、英語で歌えるようにする(意味がわからなくても)。
 自分がほんとに好きな映画を1本。24回くらいくりかえして見て、音や間合いに慣れるようにする。

 このあたりのことも、おいおい話すよ。

 では、がんばろう! 忘れてはいけない。これは実験だ! そして生きることの大部分はなんらかの実験であるときもっともおもしろいのだから、この英語再入門は絶対におもしろくなる。それでは、パドリングをはじめようか。