2011年6月30日木曜日

金曜日は公開制作

金曜の午後、アーツ千代田3331で公開制作をします。村山修二郎さんの「緑画」に、ぼくが文字を乗せていきます。「ユリイカ」発表の「非在の波」から。

http://action.3331.jp/

午後3時開始と書いてあるけど、まあ、3時半だな。そのへんは南米感覚。5時ごろにはかたちになっているでしょう。

ひまでひまで仕方がない人は遊びに来てください!

2011年6月29日水曜日

Agend'Ars 37


Busquemos un pequeño bosque, me basta un bosque mínimo,
no importa que no haya conejos, o no se encuentren búhos.
Aquí es la zona de transición de la vida hacia la muerte,
donde la muerte da a luz muchas vidas distintas.
Esta zona es dominada últimamente por los hongos,
y trabajada por diligentes lombrices de tierra.
Allí, las formas se recomponen sin cesar.
Allí, los colores y los movimientos se transmutan sin cesar.
Pero a pesar de todo, es una sola vida, el Bosque entero,
es la unidad de la vida, ya no más divisible.
Allí voy yo, preguntando,
preguntando a los hongos de múltiples formas y colores.
Los árboles corrompidos tienen ojos y las rocas musgosas tienen oídos.
Aun cuando nos sorprende un aguacero,
la tierra queda seca y ligera, huele bien, a fresca.
Aquí no hay distinción entre el mediodía y el crepúsculo.

(Una traducción tentativa por Eiko Minami)

Agend'Ars 36


¿Cómo habrá engendrado a sí mismo?
¿Qué huellas del crecimiento lleva?
El color del bosque, en definitiva, es el de agua.
Es el color de nube, el color de granito,
es el color de lluvia y nieve, el color de humus.
Flotando como una isla, sobre una inmensa cantidad de agua
este bosque, en esta tierra, suavemente se mece.
Es el color de niebla, color de aguja de hielo.
A partir de todos estos colores del agua, como si siguieran una escala musical de la naturaleza
crecen todos los matices de verde.
Con la respiración y vibración de clorofila
el verde latente se aguza como la cola de pez raya,
florece, baila, y se enloquece.
¿Cuál de sus movimientos se traslada al fonógrafo de la naturaleza?
Mira, este zarcillo tiene la forma idéntica a la de mi remolino del cabello.
Baila con vigor como el caracol el espiral de la vida.

(Una traducción tentativa por Eiko Minami)

その心の嵐、雨雲のむこうの青空

本日、吉増剛造さんのゲスト講義。44名の聴講者(外部からの参加者はぼくにわかっているだけでも5名)を相手に、昨日アメリカから帰国されたばかりの吉増さんの、しずかな心の嵐が吹き荒れました。

見せていただいたのは、できたばかりの新作、ウォールデン湖をめぐる1本とケープ・コッドをめぐる1本。朔太郎がソローの湖に出会い、ゴッホが鯨の骨格に出会う。吉増さんのヴィジョンがなければありえなかった、この偉大な魂たちの、死後の新たな経験。

他に月山とアイルランドをめぐる2本を見せていただき、ぼくはコンソールで映写を担当しながら、ふるえ、涙にくれました。

『キセキ』の段階から見ても奇跡的なまでに、洗練と強度を加えた作品群です。ひとりでやること、ひとりで行くことを強調されていたお話も、学生たちにまっすぐに届きました。まだ時差ぼけが残っているせいで(?)、そのお話は、ぼくがこれまでにうかがったすべての吉増さんのお話でも、記憶にないくらいの熱さ。

ああ、ほんとうに、はるばる生田まで来ていただけてよかった。百年やっても追いつけない彼の境地ですが、それでも遠くかなたを歩いてゆく吉増さんの姿を見失うことなく、ぼくもぽつぽつと落ちる雨のしずくのようにやっていきたいと思います。

7月末からポレポレ東中野で、吉増さんの全映像作品連続上映が行われます。何度でも徹夜をくりかえそう、今年の夏は。みんな必ず見に行ってください!

おめでとう、アントワーヌ!

そしてついにその日です。6月29日。アントワーヌ・ド・サンテグジュペリくん誕生日です。彼は111年前のきょう生まれました。おめでとう、111歳のアントワーヌ!会ったことはないけれど、きみはぼくの大切なともだちです。

「緑画」展avec 村山修二郎!

本日、29日(水)から7月10日(日)まで、3331 Arts Chiyodaにて、壁画家の村山修二郎さんとの展示を開催します。

「東日本大震災復興支援 Arts Action 3331/green line project アートニデキルコト」の一環です。

村山さんは「緑画」と題して、植物そのものを絵の具代わりに使って壁画を制作しています。今回は彼が東北被災地で現地制作しながら撮った写真、この場所での巨大な壁画、そしてぼくの詩で構成されています。

ぼくの詩は7片で、いずれもこの展示のための新作。画用紙にターコイズ・ブルーのインクで手書きにしたのですが、ちょっと字が下手すぎるので、どんどん書き直していきます。

そして金曜日、7月1日には午後3時半ごろから公開制作。村山さんの圧倒的な壁画に、ぼくが直接文字を書いていきます。ああ、憂鬱、字が下手だから。でもそういう問題ではないので。

ぜひ遊びにきてください!

2011年6月27日月曜日

『野生哲学』紹介(朝日新聞)

6月26日(日)の「朝日新聞」読書ページで『野生哲学』が紹介されました。

「抑制された筆致で、自然を征服しようとした先進国の文明の限界を問うている」「新書判サイズとは思えないイメージの広がりに圧倒される」

「プロムナード」完結しました!

「日本経済新聞」夕刊(毎週月曜日)に今年上半期のあいだ連載してきた「プロムナード」ですが、本日27日で最終回を迎えます。ご愛読していただきありがとうございました。結局最後まで、ハワイ話を続けることができて、うれしく思っています。自分とハワイとの関係を見直すいいきっかけになりました。

この勢いを持続して、秋にはAyuoとの共同プロジェクト、ポリネシア神話を素材にした新作曲と詩のステージを実現したいと思います。(Ayuoもスラック・キーに興味をもっています。)

それではまたの機会に、こうしたすべての続きを!

6月27日 第22回 「その弦をゆるめて弾け」
6月20日 第21回 「まずお茶を擂れ」
6月13日 第20回 「ウクレレの私的な歴史」
6月06日 第19回 「あるニイハウの息子」
5月30日 第18回 「アナカプアナ」
5月23日 第17回 「辛、酸、甘、塩」
5月16日 第16回 「サーフィン知らず」
5月09日 第15回 「安上がりで確実な旅」
5月02日 第14回 「ホノルル、パペエテ」
4月25日 第13回 「ラハイナに行った理由」
4月18日 第12回 「キモ、キル、ロウロウ」
4月11日 第11回 「島言葉の楽しみ」
4月04日 第10回 「ポイを食べてごらん」
3月28日 第9回 「島から島へ」
3月07日 第8回 「カツ・ゴトーのために」
2月28日 第7回 「マリアのマラサーダ」
2月21日 第6回 「太陽のような朝食」
2月14日 第5回 「遠くから訪れる波」
2月07日 第4回 「島々が生まれたところ」
1月31日 第3回 「ピコのためのプカ」
1月24日 第2回 「ペレの髪を拾う」
1月17日 第1回 「バニヤンの並木道を」


2011年6月26日日曜日

「ちび王子」関連ブックフェア

『星の王子さま』(角川文庫、角川つばさ文庫)刊行記念として、ぼくが選んだ関連図書のフェアが青山ブックセンター六本木店で始まっています。

サン=テグジュペリ、ルクレジオ、ジャン・ジオノらに加えて、ぱくきょんみ+岡崎乾二郎『れろれろくん』や西原理恵子『きみのかみさま』、本秀康『アーノルド』などまったく異質な「王子」本も。

六本木に行ったら、ぜひ立ち寄ってみてください。

Agend'Ars 35


El otoño viene caminando, con los infalibles pasos del viento,
A través del pantano, a través de la angosta abertura entre hierbas plateadas.
Nosotros también caminamos, en silencio,
Con la intención de recibir este otoño temprano.
Caminando por el estrecho sendero de madera, divisamos las siluetas de las montañas lejanas.
Entre la sombra de las altas hierbas plateadas, las libélulas de viva sabiduría bailan con frenesí.
Y los que se ocultan en la oscuridad, ¿de qué pasado son?
¿Rompieron el hielo aquí?
¿Quemaron las piedras aquí?
¿Bajo el sol naranja de qué estación, y bajo qué tipo de nube de lluvia?
¿Cantaron?
¿Tocaron flautas y cuerdas?
¿Cazaron aves en parvada?
Mis oídos no alcanzan las antiguas melodías escondidas bajo las altas plantas
Pero no hace falta dejar la esperanza que murmura como las nubes.
A todos ustedes, me dirijo.

(Una traducción tentativa por Eiko Minami)

Agend'Ars 34


En la otra costa, la occidental, queda enterrado un antiguo bosque,
Desde el último período glacial, el diluvio, el olvido y el estrato de la turba.
Ahora, todo está expuesto en los acantilados de esta orilla.
Tras haber presenciado el sol durante veinte mil años,
Y durante veinte mil años, el viento y las caídas de meteoritos,
Las raíces de los árboles, manteniendo su forma,
Alternan vagamente el dormir y el despertar.
De los acantilados rezuma el agua,
Que de vez en cuando llega a ser arroyo y agita mi corazón.
“Además, ¿qué sabemos? ¿Hasta dónde podemos progresar?”
No me imaginé nunca que pensara en este lamento de Goethe,
En esta cosa donde están esparcidas las letras en Hangeul y Ruso.
Con la transparente agua salada del las olas del mar,
Lavo una manzana herida y le muerdo.
En las sombras de las blancas y espumosas olas,
Reflejan una sonrisa serena del amor.

(Una traducción tentativa por Eiko Minami)

2011年6月25日土曜日

吉増剛造さん、生田に!

来週水曜日(29日)、現代日本の最大の詩人・吉増剛造さんを、生田キャンパスにお迎えすることになりました。理工学研究科のオムニバス授業「新領域創造特論」で、ぼくが同僚の波戸岡景太さんとともに担当している回のゲストです。

近年は映像作品制作に集中している吉増さんの、映像最新作を見せていただけそうです。

時間は13時から14時半まで。明治大学生田キャンパス中央校舎6階のメディアホールにて。

外部からの見学も歓迎しますが、その場合、くれぐれも遅刻されないようにお願いいたします。生田駅からは徒歩10分以上かかります。汗もかきますが、丘の上は風が吹きわたる気持ちのいい場所です!

2011年6月22日水曜日

夏至、おめでとう

きょうは夏至。冬至と並んで、一年でもっとも大切な日です。きょうは必ず太陽にご挨拶し、太陽に感謝しましょう。太陽はきょうその道を折り返し、南への旅を(北半球では)はじめます。

そして地表にばらまかれたすべての小さな偽の太陽たちは、おとなしく眠ること。

ちなみに、以下が昨年の夏至の記述。この一年も速かった!

ついに今年も夏至。きょうは夜明けから、太陽に感謝して生きよう。何か儀式を考えたいが、思いつかないな。せめて朝日が昇る方向に、徴をつけておこうか。いつかはブリテンかアイルランドの巨石遺跡で夏至を迎えたい。」

2011年6月21日火曜日

「ろうそくの灯」、読売新聞

本日(21日)の読売新聞朝刊文化面に、17日に開催したわれわれの朗読会のもようが紹介されています。記事は「ろうそくの灯で言葉を紡ぐ 被災地を思うアンソロジー朗読会」、文化部の待田晋哉記者執筆です。

8月刊行の『ろうそくの炎がささやく言葉』(勁草書房)のプレ・イベントですが、すでに決まっている8月5日の札幌をはじめ、これからも各地に出かけていっては、執筆者+現地参加の人々の朗読会を開催してゆきたいと思います。

本の概要や出版の目的については、以下をごらんください。

http://lemurmuredesbougies.tumblr.com/

それでは、どこかで会いましょう!

2011年6月20日月曜日

立ち読みをどうぞ!

ウェブ・カドカワで、ぼくの『星の王子さま』冒頭が立ち読めます。

http://www.kadokawa.co.jp/tachiyomi/bunko/index.php?pcd=201009000095

すわり読むのも寝読むのも食い読むのも飲み読むのも自由読み。そのあと、書店に直行してください!

「ことばのポトラック」冊子完成!

「ことばのポトラック」第1回の冊子が完成しました。あの日のあの凝縮された時間を、そのままに転写したもの。その日には聞かれなかった、各出演者からのメッセージも掲載されています。

定価1000円。うち200円は義援金にあてられます。ぜひサラヴァ東京でお求めください。

なんとノーベル賞作家J・M・Gルクレジオからの特別メッセージ、ピエール・バルーの新作俳句もついています! じんわりと読み応えのある小冊子になりました。

東北のために。

「太平洋の島々に生きる人々」

ところでポリネシア世界をめぐる後藤明さんの講演は7月22日。明治大学リバティーアカデミーのオープン講座です。

https://academy.meiji.jp/course/detail/49

入場無料! ぜひ予約をして、いらしてください。講演とショーで、夏の夕べを楽しみましょう。

「それでも桜は咲く」

後藤明さん(南山大学)はぼくのハワイ大学人類学科での先輩。日本の代表的なポリネシア研究者です。

その後藤さんから「それでも桜は咲く」(作詞作曲・千葉泉)という歌と映像のDVDをいただきました。仙台在住のお母様を避難させるため、震災直後に仙台入りしたそうです。「震災直後のお寺で見た桜が色づく風景に心を打たれ、被災された方々を励まし、また自分たちの記憶のために」おともだちと自主制作されたそうです。後藤さん、ありがとうございました!

こうしていろいろな歌が、言葉が、各地で生まれています。遠い土地の言葉がはたして被災者のみなさんにどう響くのか、ぼくにはまったく自信がありません。でもぼくらの本も、完成間近です。

どんなに不十分でも、遠い土地の人々の心をむすびつけるのは言葉、歌。そう信じてやっていきましょう!

2011年6月19日日曜日

Ayuo & Seashell とともに

6月26日(日)、公園通りクラシックスでのAyuo &Seashellのコンサートにゲスト出演します。Ayuoによる英語詩の、ぼくの日本語訳の、朗読です。

以下、Ayuoからのお知らせを転載。ぜひどうぞ!

*****
お元気でしょうか?

来週の6月26日に渋谷公園通りクラシックスに『ジョン・ケージ、ジョーゼフ・キャンベル、ジェームス・ジョイス』というコンサートをAyuo and Seashellで計画しました。今は、そのリハーサルをしている日にちが、続いています。

このコンサートでは珍しい作品がいくつかも演奏されます。


1946年作曲のJohn Cageの『Ophelia』はコンテンポラリー・ダンサーのジーン・エルドマンのダンス・パフォーマンスのために書かれたピアノ作品で、今回は当時の振り付けを全くそのまま再現します。

この作品を音楽とダンスで見ると、当時よく話し合った上で作られたことがよく分かります。
ダンスの考え方と音楽の作り方がよくマッチングされている。
演奏は高橋アキ、ダンスはバレエ・ダンサーの田中佐輝子。

実はジーン・エルドマンと彼女の夫ジョーゼフ・キャンベルは1940年代に、ジョン・ケージと彼の当時の妻ゼニア・ケージと共にニューヨークで一緒に生活をしていた。
ジョーゼフ・キャンベルは神話学者で、古代から伝わる原始宗教の要素を、現代文学や現代アートに見て、それについて分析していた。1940年代に、発表されたばかりのジェームス・ジョイスの『Finnegan's Wake』の初めての分析書を書いていた。その本の中で、アイルランド神話、エジプト神話をどう発展させていたかを、解説していた。後に『千の顔を持つ英雄』『神の仮面』『神話の力』等の本により、彼独自の世界神話の考え方が世界広くに影響与えるようになった。Ayuo 自身もキャンベルにとても大きな影響を受けた。

1940年代のジョン・ケージの作品には、ヨーロッパ中世世音楽や世界のいろいろな音楽を思い起こせる響きが聴こえてくる、全く独自に作曲の方法で作っていた。
歌、パーカッションの『Forever and Sunsmell』もジーン・エルドマンのダンスの為に書かれた作品。
ハワイのチャントのような原始宗教の唱えを思い起こせる音楽。
ニューヨークで活動をしていたコンテンポラリー・ダンサーの高瀬多佳子さんの新たな振り付けで演奏します。
Experiences 2 はアイルランド童謡のような5音階のメロディー。
そして、1950年に作曲された弦楽四重奏とヴァイオリンとピアノ曲は、ヨーロッパの中世音楽のようなモーダルな響きを持っている。甲斐史子、そしてSeashell弦楽四重奏の演奏で聴けます。
それから、ジョーゼフ・キャンベルの神話の考え方についてのトークがあります。

第2部ではAyuoの新作が演奏されます。
 Voices In The Wind − A prayer for those swept away by the sea ー 風の歌 − 海に飲み込まれた人達の為の祈りという作品はポリネシア神話の中のハワイの火山、地震、の女神ペレの話しに基づく作品として始めたものですが、3月11日のことが作品に大きく影響を与えてしまった。
ハワイ大学を人類学で卒業してから、詩人、科学から文学の本の翻訳、そしてポリネシアやブラジルの旅についてのエッセイ集を多く発表して来た、管啓次郎さんが、僕の、この曲の英語詞を、日本語に翻訳してくれました。
弦楽四重奏、アイリッシュ・ハープと歌によって演奏される作品です。
管啓次郎さんも、この日、翻訳していただいた詩を朗読していただけるようになりました。
とても、気に入っている翻訳です。
その一部を下記にコピーします。
--------------------------------------------------
This Moment, I Wish It Could Last Forever  by Ayuo
今このときが、ずっと続けばいい (管啓次郎訳)

ぼくらがいたところに時は留まっている
ぼくらがいたところに時は留まっている
一枚の古い写真に

日々は砂のようにこぼれてゆく
もう一度この手につかまえたいのに

話したっけ
きみに話したっけ
どれほどきみを愛していたか?

すべては過ぎてゆく
砂のようにきみの両手からこぼれ落ちる

今このときが
今このときが
ずっと続けばいい

時々夢できみを呼ぶ
ぼくの思いがきみに届いてほしいと願う
ぼくが愛するすべてはここに、きみとともにある
過ぎてゆくひととき、すべてのひとときが
どれほど大切なものかを、ぼくは知っているべきだった

ぼくらがいたところに時は留まっている
ぼくらがいたところに時は留まっている
一枚の古い写真に

ぼくの耳に残るのは波の音
ぼくらすべてが消えていった波
もっと時間があればよかったのにね
きみとこの場所ですごすための時が

話したっけ
きみに話したっけ
どれほどきみを愛していたか?

すべては過ぎてゆく
どんなにしがみつこうとしても

今このときが
今このときが
ずっと続けばいい
------------------------------

そして、最後にはエリック・サティの『Je Te Veux』(君が欲しい)のメロディーに、元の世界とは違った中世音楽のリディア・モードを持つ新しい響きに作り変えた作品をピアノ、弦楽トリオと歌で演奏します。言葉の持つ美しさがよりメランコリックに響くようになったと思っています。


長くなりましたが、時間が空いている方々、是非いらしてください!
予約は公園通りクラシックスで出来ますが、公園通りクラシックスの開いている夕方以後に時間に連絡が取れにくい方は、こちらのメールに予約希望と返信していただければ、予約リストにいれます。

よろしくお願いします。
Ayuo
----------------------------------------------------------
『ジョン・ケージ、ジョーゼフ・キャンベル、ジェームス・ジョイス』

Ayuo and Seashell String Quartet
Ayuo and Seashell弦楽四重奏
Ayuo:  Vocals、Irish Harp, Guitar, トーク
甲斐史子: Violin
大鹿由希: Violin
宮野亜希子:  Viola
松本卓以: Cello

ゲスト:
高橋アキ: Piano
立岩潤三: Percussion
高瀬多佳子: Dance
田中佐輝子: Dance

曲目:
John Cage:
The Wonderful Widow of 18 Springs
Forever and Sunsmell
Experiences 2
『弦楽四重奏の為の4つのパート』より
Experiences 2
The Wonderful Widow of 18 Springs
『ヴァイオリンとピアノの為の6つのメロディー』より
Ophelia
Forever and Sunsmell

Ayuo:
Theme for Stateless Wanderer
弦楽四重奏,アイリッシュ・ハープ、
と歌の為のポリネシア神話研究に基づく新作
『 Voices In The Wind − A prayer for those swept away by the sea − 風の歌 − 海に飲み込まれた人達の為の祈り』

Eric Satie: I Want You (Je Te Veux の歌ヴァージョンをAyuoのアンサンブル・アレンジで演奏します)
トーク 『ジョーゼフ・キャンベルの神話の考え方、ジョン・
ケージの音楽とジェームス・ジョイスの文学』:Ayuo

■Open:19:00(7:00PM)/Start:19:30 (7:30PM)
予約 Reservations:¥3,200 (1ドリンク付)(One Drink included)
当日 Admission Fee on day of Performance:¥3,500 (1ドリンク付)
(One Drink included)

■ 会場:公園通りクラシックス (Tel :03-3464-2701 
月曜日休日、他の日は17時以後に電話で予約が取れます。
※渋谷区宇田川町19-5 山手教会B1F
http://www.radio-zipangu.com/koendori/

ろうそくの炎だった

金曜日、キャンドル・ナイトの夜、表参道タウンデザイン・カフェでの朗読会は、すばらしい集いでした。読み手として、聴き手として、参加してくださったみなさま、ありがとうございました。

明川哲也、新井高子、小沼純一、文月悠光、管啓次郎、そしてサプライズ参加者のぱくきょんみ、柴田元幸で、全7名。朗読後のトークも楽しく興味深く、いろいろなことを考えさせられるいい機会でした。

勁草書房による『ろうそくの炎がささやく言葉』専用サイトでの報告。

http://lemurmuredesbougies.tumblr.com/

ついで、オーディエンスからの報告を2つ。

http://d.hatena.ne.jp/snafkinne/
http://d.hatena.ne.jp/norah-m/

本の刊行は8月5日、その日は札幌市内で朗読イベントを開催します。それ以外にも各地で続々と朗読イベントを企画しています。

すべてこのブログでも告知しますので、ときどきチェックしてみてくださいね!

2011年6月17日金曜日

「写真年間2011」

「写真年間2011」(日本カメラ社)、港千尋のページはインタビューと2つの対談で構成されています。対談はまず堀江敏幸さんとの「『愛の小さな歴史』をめぐって」、ついでぼくとの「レヴィ=ストロースの『道』をめぐって」。こちらは昨年5月29日に中京大学Cスクエアで行った対談です。ぜひごらんください。

「ことばという橋をわたって」

7月3日(日)、サラヴァ東京。「ことばのポトラック」第3回として、詩の朗読会「ことばという橋をわたって」を開催します。

http://www.saravah.jp/tokyo/schedule/log/20110703.php

準備は着々と進行中。先日は、小説家のデビット・ゾペティさんと打ち合わせをしました。3月11日以降の東日本の状況をヨーロッパのメディアに発信しつづけてきたゾペティさん。旅人の目と強い共感の力にあふれる彼から、どんなことばが聞けるか、ほんとうに楽しみです。

他にも言語のあいだの往来を日常にしている人ばかりが登場。カフカの誕生日を祝いつつ、東北への連帯の気持ちをもういちど新たにしたいと思います。

2011年6月16日木曜日

「長く歩きにくい階段を上ってゆくよう」

堀江敏幸さんの『なずな』が好評です。心の余裕がなくていまのいまは読めないんだけれど、学期が終わったら24時間を確保して、その本を読むためだけの一日を作りたい。

その堀江さんのインタビューが「朝日新聞」6月14日夕刊に出ていて、いい言葉がありました。

「計画なしで書き始めたので、小説に子供が出てきた時には『大変なものを預かってしまった』と思った。連載した文芸誌の締め切りと共に毎月、赤ん坊がやってきて、僕も主人公と同様に、どうしたらいいのか考えながらの執筆でした。その切迫した感じが主人公に投影されたと思う」

おもしろい! 

『ろうそくの炎がささやく言葉』には、堀江さんは長い詩を寄せてくれました。お楽しみに。

すばやい! 「ちび王子」への反応

15日、角川つばさ文庫から、ぼくの新訳に西原理恵子さんの挿画という斬新な『星の王子さま』が発売されました。

最初の紹介が出ています。

http://natalie.mu/comic/news/51332


相当画期的な、これまでの「王子」像とはかなりちがった姿を楽しんでみてください。

小池昌代さんとの対談、受付開始

7月6日(水)の青山ブックセンター六本木店での小池昌代さんとの「ちび王子」対談、15日から受付中です。

http://www.aoyamabc.co.jp/event/the-litle-prince-2/

満員必至。ご希望の方はお早めに。

きょう、8月のモエレ沼での展示打ち合わせを終えてから、みんなで青山ブックセンター本店を覗いたら、『野生哲学』が『本は読めないものだから心配するな』新装版とともに台にびっしり並べられていて、感動しました。店内立ち読み朗読でもやろうかな(そばで待ちかまえていて、誰かが手にとったらむりやりひそひそ声で読み聞かせをする)。

まずは手にとってみてください!

モエレ沼は空間構成の豊嶋秀樹さんが感動的な案を出してくれて、早くも展示が楽しみになってきました。また豊嶋さんは今日発売の「岳人」に登山レポートを執筆しています。これもおもしろい。山に行きたいなあ。エベレストはふもとすら無理でも、せめて標高3000メートルの世界へ。

モエレ沼では展示のオープニングに合わせてウォーキング・イベントも開催します。8月6日は札幌で会いましょう。

2011年6月14日火曜日

「現代思想」7月臨時増刊号

「現代思想」の7月臨時増刊号は「震災以後を生きるための50冊」。いろんな人が何かの手がかりを求めて、それぞれが読んでいる本、読もうと思っている本、人にも勧めたい本について語っています。3月11日以後の日々において。ここから、どこかへと、脱出を図るために。

ぼくは井伏鱒二『黒い雨』を中心に思っていることを綴りました。でもその文章は、じつは名取市の小6の少女、菊地里帆子さんの次の言葉に対する反応です。これほどすべての人に勇気を与える言葉はありません。

「あの夜は、星が怖いくらい光っていた。悲しかったけれど、停電であかりがなくても星はすごい光っていた。そういう存在になれたらいい」(「朝日新聞」2011年5月23日)。

非常に示唆されるところの多い特集号です。ゼミでもぜひ読んでいきたい。

Agend'Ars 33


Tal vez había días en que caminabas sobre la superficie sosegada del lago.
Tal vez un lindo nombre fue soplado por una brisa.
En el agua flotan algas con blancas flores como las del ciruelo.
Bajo la sombra del árbol, voces de invisibles cigarras
Afiladas, cortan el aire sin forma.
Y la silueta de la montaña...
La montaña proyecta una sombra triangular en la llanura sólo durante diez minutos antes de la puesta del sol
Es un triángulo que no se ve desde la llanura.
Es un triángulo soñado por un geómetra griego
Ahora me encuentro junto a un pequeño pantano cerca de la cima
Y en la orilla una diminuta rana arborícola contiene la respiración.
Tal vez había días en que venías atravesando esta superficie también.
Tal vez una tristeza sin forma fue soplada por una brisa.
Quisiera seguirte, si pudiera caminar como tú.
Un ave de rapiña, que no sé cuál, planeó por encima de mi cabeza.
Ya no entiendo ese movimiento llamado “caminar”.

(Una traducción tentativa por Eiko Minami)

2011年6月13日月曜日

一般入試にむけて

理工学研究科・新領域創造専攻の第1期一般入試の出願は7月1日〜7日です。今年も、思ってもみなかった分野にとりくむみなさんを大歓迎します。必ず事前に面談を申し込んでください。

2011年6月12日日曜日

Agend'Ars 32


Abriéndonos paso entre el mundo de los árboles y el mundo mineral,
Avanzamos. Subimos por la ladera norte del verano
El sendero se convertía en arroyo lodoso,
Las raíces de los árboles se desnudaban, mudándose en escaleras difíciles de subir.
El sendero se ubicaba entre el lodo y el cielo,
Y también entre la luz y la fronda,
Se mantenía entre el agua que corre y la tierra que permanece,
Y también entre el tiempo que corre y las imágenes que permanecen.
Tropezando, subimos nosotros, y cuando,
Al fin alcanzamos el terreno rocoso y seco como huesos, oliente a azufre,
El cielo se tornó luminoso, azul intenso como la noche,
Y las blancas nubes pesadas se arrastraron como animales ante nosotros.
Al contemplar la blancura le di la vuelta a mi corazón e imaginé una tempestad de invierno:
En seguida, un frío inesperado punzó nuestras mejillas.
Dentro de esa vasta vista blanca, yacían incontables soldados.
Vi también sus palabras que se helaban y se les caían de la boca, una tras otra.

(Una traducción tentativa por Eiko Minami)

2011年6月11日土曜日

ついに『見えない徴』が

うっかりしていた! エイミー・ベンダー原作『私自身の見えない徴』(角川文庫)の映画化作品が、アメリカで5月に公開されたようだ。タイトルは、結局切りつめられてAn Invisible Signとなっている。

http://www.imdb.com/video/imdb/vi2044173593/

どうも評価が高くないようだけれど、トレーラーを見たかぎりでは悪くない。モナ・グレイに扮するのはジェシカ・アルバ。そして! その母親はなんとソーニャ・ブラーガ。それだけでも見る価値があるでしょう。

日本での公開を切望します。

2011年6月10日金曜日

7月6日にむかって

昨日(水曜日)の青山ブックセンター六本木店での小池桂一くんとの対談、ぶじ終了。『野生哲学』の成立をめぐって。小池くんががんばって、満場のお客さんにインディアン少女のカット入りのサインをしてくれました。さすがの絵師、ほれぼれとする腕前です。

この「第1小池対談」につづいて、7月6日にはおなじ六本木店で「第2小池対談」を行います。お呼びするのは作家・詩人の小池昌代さん。ぼくが試みた『星の王子さま』新訳をめぐって、この謎めいた作品の真実に迫ります。

まもなく予約がはじまりますから、ぜひどうぞ! 

http://www.aoyamabc.co.jp/event/the-litle-prince-2/

「太平洋のスナップショット」

直前になってすみません。明日、金曜日、明治大学生田キャンパスで、ぼくと倉石信乃さんのダブル講演会を開催します。


管啓次郎+倉石信乃「太平洋のスナップショット」

日時:2011年6月10日(金)14:40〜16:10
場所:生田キャンパスA館4階マルチメディアルーム(A401,402)

ぼくの読売文学賞受賞と、倉石さんの日本写真協会学芸賞受賞を記念したイベント。講演といっても、堅苦しい話にはまったくならないと思いますので、気軽にのぞきに来て下さい!

2011年6月9日木曜日

Ayuo & Eurasian Journey

三軒茶屋のイベント空間KENでのAyuo & Eurasian Journey、いよいよ明日金曜日です。

http://www.kenawazu.com/event.html

ワールドミュージックなんて言葉がなかったころからワールドミュージック以外やってこなかったAyuoの、すべての地理的/時代的限定から自由な衝撃的作品を、ぜひライヴで体験してみてください!

2011年6月7日火曜日

『ろうそくの炎がささやく言葉』

いよいよ制作の最終段階に入りました。『ろうそくの炎がささやく言葉』(勁草書房)。ろうそくの灯りで朗読されることを想定した短い作品(詩、小説、ノンフィクション、翻訳)の書き下ろしアンソロジーです。サイトができましたので、ぜひごらんください。

http://lemurmuredesbougies.tumblr.com/

30名の著者による、東北への祈りの本です。言葉の無力を噛みしめつつ、なおかつ、黙りこむということを絶対にしない。みんな、そんな気持ちで書きました。

6月17日の表参道を皮切りに、これから冬至をむかえるまで、各地で朗読イベントを開催してゆきます。またイベント開催に興味のある方、いつでもご連絡ください。列島のどこにでも出かけていくつもりです(もちろん自費で。できないときはごめんなさい)。

それではよろしくお願いします!

2011年6月6日月曜日

紙教堂で

ImaginAsia2011の一環として坂茂設計の「紙教堂」を訪問したときのことが政治大学新聞の記事になっています。中国語の読める人はお読みください。読めない人はごらんください。ぼくは読めないので眺めるだけ。

http://2007.nccu.edu.tw/news/detail.php?news_id=3166

2011年6月5日日曜日

台北市立美術館のすばらしさ

学生たちが帰国したあと、台北での最終日は市立美術館で過ごした。おりしも閉幕間近の「莫内花園」展が異常な盛況、観客がひしめきあっている。莫内? そう、モネです。モネの庭、です。

モネはロスコと並んで、ぼくがもっとも好きな画家(もうひとりはゴーギャンだけど、たぶんちょっと意味がちがう)。再会するのが台北でも、モネはやはりモネ。「水景系列」の1、2枚をじっくり見て、あとはあきらめ。どうにも混み過ぎ。

けれども、おかげで、他の展示を楽しむことができた。2階では「時代之眼」と題された、台湾写真史全体にわたる本格的展示。これがすばらしかった。19世紀、帝国主義の波に飲み込まれる時代から、現代のアート写真まで。特に20世紀中葉のスナップ写真はどれもほれぼれする。それは台湾に限った話ではないけれど。同僚の倉石さんに見せたい展示だった。

そして3階では、「廖継春奨・10年聯展」と称して、油彩の画家10名が紹介されている。どういう人か知らないが、廖継春の名を冠した賞の、過去10年の受賞者ということか。クレイジーな大作が多いが、もっとも強烈なのは洪天宇。自然破壊や実質的人肉食を主題として、グロテスクで、しかし問題意識をかきたてる作品がいくつも並べられた。

最後に地下。ぼくの大好きなオーストラリアの建築家グレン・マーカットの作品展だ! その場所にしか起こりえない住宅建築のヴィジョン。オーストラリアのみならず、ニュージーランドでも影響力が強い。こんな土地で、こんな家で、あんな生活をしてみたい、という想像に人を誘う。

飽きない美術館だ。あまりに豊富。年に3回くらいは、必ずチェックするようにしたい。

Agend'Ars 31


El mar venía tomando tierra, hacia la rivera
Las olas se levantaban y caminaban hacia la rivera
Toqué una bomba volcánica incrustada en la roca golpeada por las olas
Y yo también caminé, siguiendo a alguien que venía del pasado
Yo caminé, acompañado por varios fantasmas
Escuchando alegres canciones de las gaviotas umi-neko[1]
Expuesto al fuerte viento
Bañado en una luz clara
En una tarde impenetrable del comienzo del otoño
Hacia un pueblo del norte
Hacia un pueblo de los Tiburones callados
En la vasta rivera repleta de maleza
Contra la gravedad
Contra el tiempo
El brezal está bailando como si estuviera en llamas
El sol gira y gira, y pone el mundo en el negativo

(Una traducción tentativa por Eiko Minami)


[1] Umi-neko es una especie de gaviota. Su nombre significa, literalmente, “el gato marino”: umi significa el mar, neko es gato en japonés.

2011年6月4日土曜日

World Lens

iPhoneが欲しいと思ったことはなかったのだけれど、このあいだワールド・レンズのデモ映像を見て欲しくなった。でも、その欲しさの背後にあるのは技術への興味ではなく、単に英語とスペイン語の界面へのノスタルジアのようなものかも。やっぱり買わないだろうな。

読める、読めない、読めなければ

台湾でふらふらと道に迷っているうちに、『本は読めないものだから心配するな』(左右社)の新装版が書店に並んだようです。

ダスト・ジャケットのデザインを詩集『Agend'Ars』と統一しました。帯に言葉を寄せてくださった、堀江さん、若島さん、ありがとうございました。

読書を特別な行為にせず、人が生きているかぎり絶えず続いている活動の一部と見なすのが本書の態度。無理なく、苦しみなく、かといって安易に流れず、少しずつ読んで行きましょう、すべての本の群れを。鳥の渡りを見上げるように、海流の変化を見つめるように。

できればこの秋にでも『本は読めない2』をサブタイトルとしてもつ1冊を出したいと思っています。タイトルだけは決まっているのだけれど! しばしお待ちください。

テンモー、テンモー、テンモー

ことばを覚えるのは人間の本能だが、教えたがるのもそうかもしれない。外国人に、本人にわかっていない語や文を教えて発音させ、笑いの種にするのはよくあることで、今回のワークショップの遊び時間では、なぜかタイの女の子たちがぼくにこんなことばを教えこんだ。

テンモー、テンモー、テンモー!
テンモー、ルットトーヤヤーイ!

節回しまで真似てうまくいうとみんなで大笑いしているのだが、聞くと「テンモー」とは西瓜のこと。そしてこれは西瓜売りのせりふで「すいか〜、すいか〜、すいか〜。でっかくて甘い西瓜だよ〜」といった意味らしい。

いいことを教わった。これから毎夏、すいかを食べるたびに、このことばを思い出すだろう。ぼくには初めてのタイ語だ。いずれ現地で確認してみたい。

Agend'Ars 30


La lluvia se transformó en peras
La luz del sol raspó las piedras
Las estrellas repitieron la puesta del sol
Y los árboles se convirtieron en carbón al cabo de diez mil años
Cuando pelo la pera y trago su pulpa
Cuando parto la piedra y la chupo como huesos
Cuando, imitando la sombra que se muere en cada puesta del sol,
Pinto la cara con el carbón de los árboles
No puedo probar ni siquiera
La existencia de estas, estas manos
La imagen del mundo que estos, estos ojos ven
No se distingue del engaño de las letras
Lo que sí existe, es el jugo de fruta que gotea
O las hojas llameantes de otoño
O los pequeños cangrejos que viven en el lodo
O los pájaros que emigran a la isla

(Una traducción tentativa por Eiko Minami)

2011年6月3日金曜日

学内選考

明治大学の現4年生(か5、6年生)で新領域創造専攻への進学を考えているみなさん。学内選考の出願は今月13日〜15日までです。出願する人は必ず事前に、所属を希望する研究室の教員に面談を申し込んでください。

ぼくの研究室への学内からの進学実績は、以下のとおりです。

2008年度 1(理工学部)
2009年度 1(理工学部)
2010年度 1(情報コミュニケーション学部)
2011年度 1(理工学部)

他学部からの希望者、大歓迎です。まったく新しい世界に出会えることを約束します!

一般入試の出願は7月初旬。理工学部事務室に問い合わせてください。

「水牛のように」6月号

八巻美恵さん編集の不屈のウェブジン「水牛のように」、6月号です。ぼくは「犬狼詩集」33、34を寄稿しました。なぜかハワイ・モード。

http://www.suigyu.com/sg1106.html

今号では大竹昭子さんが「ことばのポトラック」についての一文を寄せています。ごらんください、そして第2回以後の「ことばのポトラック」に、ぜひいらしてください。

「ちび王子」まもなく地球に?

お待たせしました。ぼくの新訳に、なんと西原理恵子イラストという画期的なサン=テグジュペリ『星の王子さま』、角川つばさ文庫から6月15日に発売です。衝撃の表紙をどうぞ!

http://www.tsubasabunko.jp/bookdetails/index.php?pcd=201012000129

これまでの王子イメージをまったく覆す「ちび王子」の世界遍歴を、ぜひ体験してみてください。

下旬には角川文庫からも出ます(こちらはオリジナル版のサン=テグジュペリ自身のイラストで)。

http://www.amazon.co.jp/星の王子さま-サン・テグジュペリ/dp/4042982190/ref=sr_1_2?ie=UTF8&qid=1307083159&sr=8-2

訳文はどちらもおなじですが、「つばさ」のほうがひらがなが多くなっています。また「訳者あとがき」は、それぞれまったく異なった2つのヴァージョンです。

おとなのみなさんはぜひ両方お買い求めください! そして「訳者あとがき」を読み比べたあとで、どちらかを周囲のこどもにあげてください。

6月17日は表参道へ

6月17日(金)、毎年恒例のキャンドルナイトに合わせて、こんなイベントを企画しました。

http://www.keisoshobo.co.jp/news/nc232.html

8月刊行の本『ろうそくの炎がささやく言葉』の共著者たちが、自作を朗読します。ほの暗いろうそくの灯りのもとで、しずかに、小さな世界だけを語ります。

ぜひ遊びに来てください。

2011年6月1日水曜日

ImaginAsia 2011

ここは台湾中部、鳳凰山麓の林間キャンプ、渓頭青年活動中心。昨年度はじまった映像制作ワークショップ、ImaginAsiaの第2回が進行中です。

今年は国立政治大学、明治大学に加えて、タイのチュラロンコン大学、香港バプティスト大学、南カリフォルニア大学からも学生・教員が参加。国籍だけで13の国/地域を数える、本格的な国際ワークショップとなりました。

初日の晩、ぼくは自作の連作詩「非在の波」を黄耀進さんの中国語訳つきで朗読。倉石さんは韓国の写真家ブン・ムーンの海と雪景色を撮ったきわめて喚起力の強い写真連作について周到な発表を行いました。さらに南カリフォルニア大学と香港バプティスト大、政治大学の学生たちの作品例が上映されました。

2日目の晩には南カリフォルニア大学でアニメーションを教えるフィリピン系映像作家マール・エレパーノMar Elepanoによる感動的な基調講演。映像の本質に鋭く切り込んで行く、非常に興味深い内容でした。

ぼくはアニメーションを真剣に考えたことがなかったので、学生のひとりとして多くを学びました。

(1)アニメーションの表現言語は映画(伝統的フィルム映画)の表現言語をそのまま受け継いでいる。

(2)かつてはフレームからフレームへの移行のあいだに変化が生じたものをアニメーションと呼んでいたが、いまはピクセルからピクセルへの移行のあいだの変化がそれにあたる(したがって、デジタル映像において、実写とアニメーションのあいだに差はない、すべてはアニメーションだ=ぼくの解釈)。

(3)アニメーションにおいては、制作者が自分自身の俳優になれる。

特に(3)が大きな魅力かもしれません。すでに創立から80数年が過ぎている南カリフォルニア大学のあの伝統の映画学部、少し前までは映画・テレヴィジョン学部だったものが、いまではシネマティック・アーツ学部と呼ばれています。つまり、もはやフィルムもテレビもアニメーションもなく、すべてはディジタル技術によって展開される「動画芸術」だというわけでしょう。

南カリフォルニア大学の学生たちのアニメーション作品はいずれも驚嘆すべきレベルの高さで、息を飲みます。すぐにでもハリウッドの最前線で制作に携わることのできるかれらなのだからあたりまえかもしれません。しかしその一方で、たとえば台湾出身の学生による蘭嶼のトビウオ漁を主題にしたものなどは、ひかえめな手描きの表現によるすばらしいアニメーションで、ごくふつうの意味でのドローイングのうまさ、デッサンのうまさといった手技が生きています。

いうまでもないことですが、ディジタル技術と手のスキルは背反するものではなく、アナログ表現の洗練がその意味を失うことはありえません。ゲームばっかりやってないで、デッサンの練習とか木工とか園芸とか料理とか楽器演奏とか、全般的に手を鍛えることをぜひめざしてほしい。その上で、シネマティック・アーツの可能性は、世界的な視覚言語の創造=想像に直結します。

以上、標高1170メートルからの報告でした。