ディジタルコンテンツ系では修士論文の執筆による以外に、作品制作で「学術修士」を取得するオプションを認めています。ただしこの場合も、作品について文章できちんと説明できるよう、作品を支持する論文を書くことを求めています。
作品制作による修了の場合、作品と論文の比重は半々だと考えてください(つまり「作品がすべてを語るのだから言葉は必要なし」という考え方は認めない)。
いずれにせよ修士論文/作品制作という個人プロジェクトがすべてです。これにとりかかるのに早すぎるということはありません。1年の夏までには方針を決めてすぐに書き始める/作り始めるべきです。
昨年は2年になってから完全に方向性を変えて、「理系」分野から社会思想史に「転向」し、大変な努力の末に1年後には200枚の修士論文を完成させた感動的な努力家もいました。が、それは例外。やはり早くから十分な時間をつぎこんで作業にとりくんだ者だけが、いい研究をし、いい論文を書きました。
大学院は研究の場、それも自分で自分の独自の領域を見出すために研究する場。研究という目的を見失うと、2年というただでさえ短い期間が、無為に過ぎてゆきます。
逆に、努力を注ぎ込めばそれだけ新しい視野が開け、新しい経路が見えてくるはずです。2年後にどれだけの新たな視覚を得られるかは、すべて自分の<研究>ぶりにかかっている。それが大学院という場の最低限の合意であり、与えられた知識を身につければよい学部レベルとは、はっきりと違った場所だと考える必要があります。