27日(土)、季節外れの台風20号がかすめてゆき、東京は大荒れの天気。この台風は、一部のわれわれには、ブレーズ台風の名で記憶されてゆくだろう。恵比寿にある日仏会館でのスイス大使館主催のイベント「スイス=ブラジル1924、詩と友情」は悪天候にもかかわらず、いや最高のお天気に恵まれて、120準備した椅子がすべて埋まってさらに折りたたみ椅子を出すほどの盛況。ちょっとありえないかたちの、詩人ブレーズ・サンドラールとその世界的友情をめぐる追憶と想像力の旅となった。
定刻。暗転し、大使館のネルソンさんとぼくがTu es plus belle que le ciel et la mer(きみは空よりも海よりも美しい)をバイリンガル朗読。本番10分前の依頼に応えてくれたネルソンさん、ありがとうございました。それからドワノー撮影のサンドラールの味のある肖像などを含む、短時間のスライドショー。つづいてフィヴァ大使のご挨拶だが、これが通りいっぺんの挨拶ではなく、みずからサンドラールの熱心な読者である大使のこの詩人への思いを熱く述べる、とてもいいスピーチだった。
次は清岡智比古さん(そう、あの『フラ語』シリーズで知られるわれらがカリスマ・フランス語教師です)による要をつくしたサンドラールの生涯の概観。清岡さんは20世紀両大戦間のフランス詩人たちの研究が専門で、サンドラールについても論文を書いている。これで準備が整った。
そこで始まったのが、われらが偉大なる知のトリックスター、日本語の想像力を激しく拡大させてくれた文化人類学者、山口昌男先生の思い出話。アフリカで出会ったスイス人の話、サンドラールへの関心、ブラジルやカリブ海で何度も出会い直したアフリカ、放浪するアフリカ、そのようにしかありえない散在する世界との遭遇を自分自身の生涯をかけてしめした先達ブレーズ。ときおり長く沈黙し、とつとつと語る先生に、聴衆の耳は釘付け。笑いがそのまわりを囲み、渦巻き、聞き手の今福さんがしめしてくれる道すじから、突然、人々の目のまえに広大な視界が開ける。ここまでで1時間半強。
休憩時間は、集まってくれた友人たちへの挨拶でまたたくまに過ぎた。後半は、お昼を食べながらの打ち合わせだけで、即興的に作ってゆくショー。今福さんが選び抜いてきたサンドラール関係の図版をスライド形式で見せながら、相変わらず冴えた話で場を作り、そこにぼくの訳詩読み(「朗読」というような朗々としたものではなく「ぼそぼそ読み」、聞こえるのはマイクのおかげです)と、高橋悠治さんの天使的なピアノ演奏がはさみこまれてゆく。ダリウス・ミヨー、ヘイトール・ヴィラ=ロボス。最後のしめくくりの聴衆へのプレゼントとして、アントニオ・カルロス・ジョビンの2曲を悠治さん自身がアレンジ。ひたすら、すばらしかった。
やっている身としては、やや延長して80分ほどの後半はまたたくま。しめくくりの言葉で、山口先生が、こんな場に立ち会えるとは思わなかった、ありがとう、とおっしゃって、こっちもジンと来た。そしてブレーズ! きみは、きみだって、思ってもみなかっただろうなあ。きみが生まれて120年、きみも名前は知っていたはずの「トーキョー」の片隅で、こんな風にきみのことを思い出す人がいるなんて。きみのことを、タルシーラやオズヴァルドのことを、海のこと空のことを。
何といっても強烈なインパクトを人々に与えたのは、手作り本制作のグループBEKAによる小冊子。関連テクストをまとめ、かつてドローネーとサンドラールが作ったもののような折りたたみ詩集を別冊として紐でむすんだこの120部限定の小冊子は、誰も見たことがない、世界の他にどこにもあるはずがない、記念すべきふしぎなモノだった! 1冊1000円で販売したが、大使もおおよろこびで3冊求めてくださったらしい。対訳詩集部分の、フランス語はレミントンのタイプライターで打ち直し、日本語訳は手書き。タルシーラ・ド・アマラルによる黒人女の肖像の複製やキューバの本棚を飾った舞台装置とともに、今回のイベントはBEKAの高らかな勝利であり、出帆だった。
集まってくれた既知の未知のすべての友人たち、ありがとう。撤収に気をとられていてあまり話もできなくて、ごめん。朝から晩までつきあってくれた大原くん、河内くん、ありがとう。そして最後まで面倒を見ていただいた大使館の大平さん、ありがとうございました。
ブレーズ台風はこうして過ぎ、翌日は完璧な秋晴れ、青空。