Sunday, 30 September 2007

農業体験(10月21日)

明治大学の学生諸君むけのお知らせです。

10月21日、生田の農学部の畑で、農業体験の会があります。午前10時集合、サツマイモを堀り、里芋を掘り、野菜を収穫し、夕方からはジンギスカン。ぼくは学生部委員としてずっとつきあいますから、みんなぜひ誘い合わせて参加してください! 参加費は300円、安い、安い。一部で、これに参加するとフランス語の単位がもらえるというまちがった情報が飛び交っているようですが、もちろんそんなことはありません。でも楽しいよ、たぶん。きっと。

明治の学生なら全学部全学年参加できます。希望者は学生支援室で申し込んでください。

ジダンの伝記

ジネディーヌ・ジダンの新しい伝記が出た。ブランシュとフレ=ビュルネ共著、翻訳は陣野俊史と相田淑子。白水社。マルセイユ出身のこのカリスマ選手の姿をいきいきと捉えて、じつに興味深い。

ジダンといえばマルセイユ。

「地中海に洗われ、陽光の溢れるマルセイユは、その特殊性をごく自然に育んできた。街はしばしばパリの権威を受け入れようとせず、中央に対して反抗的、つねに誇り高い街である。じっさい、マルセイユはフランスという国に背を向け、南へ、海へと視線を向けたがる。(...)結局マルセイユは、なによりも追放された多くの家族にとって、歓待の土地なのだ。コルシカ人、アルメニア人、スペイン人、イタリア人、最近ではアフリカ人が、少しばかりの自由と仕事を求めてやってきた。一番新しい移民の波の中で目立つのがアルジェリア人」

冒頭近くのこの一節だけで、ビーンと振動が高まる。このところ、やはりマルセイユ人である劇作家・詩人アントナン・アルトーの波動を浴びっぱなしなので、余計にそうだ。

音楽家でも詩人でもスポーツ選手でも画家でも、彼女や彼が育った土地と無縁であるはずがない。土地がかれらを決めるわけではない。でも土地はかれらをある流儀で育てるにちがいない。

訳者の一人、陣野さんには、来年度から「アート・コンテンツ特論1」(音楽文化論)を担当していただきます。きっと楽しめる、発見にみちた内容になるはずだ。

Thursday, 27 September 2007

銀座への旅、手の旅

きょうは授業を終えてから銀座に。年に何度もこない街だが、ここはきらいじゃない。すいみんぶそくでふらふらだったため、まずエスプレッソを一杯。それから7丁目のニコンサロンで、こないだから話題にしている石川直樹さんの写真展『New Dimension』を見る。

先史時代の岩石絵画をモチーフにした展覧会。オーストラリアのノーザンテリトリー、パタゴニア、ノルウェイ、アルジェリア、北海道、人類史の驚くべき一致が、まざまざと明らかになる。狩猟。手の仕事。その痕跡。手の痕跡。圧巻だ。といってもぼくの悪い癖で、主題よりもいらない細部ばかりを見てしまう。それで、いちばん気に入ったのは、パタゴニアの犬。眉の上の傷が痛々しい! ともあれ満足して次の目的地に向かう。

1丁目のギャラリーQ。今年のヴェネツィア・ビエンナーレの日本パビリオンの展示、岡部昌生さんのフロッタージュ作品だ。コミッショナーは、写真家・批評家の港千尋さん。現場のビデオを見ながら彼の説明を聞き、しばし岡部さんの手仕事のすさまじいばかりの力の波を受けてたたずむ。

ヴェネツィアの街を、こすりまくる。肘から動かす大きなストロークで鉛筆をこすり、紙にローマ時代以後の歴史の痕跡を浮かび上がらせる。その着想もすごいが、そして30年続けてきた持続力もすごいが、できあがった作品のこのモノとしての力は、筆舌につくしがたい。以下、参考サイト。

http://www.tokyoartbeat.com/tablog/entries.ja/2007/09/is-there-a-future-for-our-past.html

そして思ったのだが、この手の動きは絶対に人の模倣を誘発する! 岡部さんはワークショップで、小学生からお年寄りまで、あらゆる人々をまきこんでヴェネツィアの街路をこすった。ここには先史時代以来の、ヒトの本性に直接ふれるものがある。パビリオンのビデオを見ると、その圧倒的な規模と存在感がよくわかった。

先史時代の「ネガティヴハンド」(岩石に残された手の痕)のことをはじめて聞いたのは、港さんからだった。もうずいぶんむかしのこと、前世紀の話。その痕跡めぐりは石川さんに継承されている。そしてネガティヴハンドに表れているような、太古の人々が「手」に対して持っていた魔術的関心が、岡部さんの作業ぶりを見ているとよみがえってくる。人が人である限り、われわれのだれも逃れようがない事実だ。

そこからニューヨークの画商である友人も加えて、天龍で鍋貼(焼き餃子)を食べる。でかい、しかも一皿に8個! この餃子の折りも手の仕事。手にとりつかれたような一日の、銀座への旅だった。

Tuesday, 25 September 2007

無用の知識

後期の授業がはじまった。1,2年生むけの「作文」のために、新聞数紙を買い込む。毎週600字を書いてくるので、その長さの感触をつかむために、各紙のコラムをまずコピーして配る。毎日の「余禄」、東京の「筆洗」、読売の「編集手帳」。毎日がやや長くて700字程度。あとはだいたい600字ちょっとだ。

どれも起承転結がはっきりしていて、組み立てが見やすいので助かる。もちろん学生たちに出す課題は、新聞のコラムとはぜんぜんちがう。第1回の課題として出したのは「他人としての私」。三人称で自分を描写する試みだ。

それはともかく。きょうの新聞で、最高におもしろかった記事二つ。

まず、東京新聞の「シカから身を守る<とげ>」。奈良公園のイラクサが、シカに食べられないように毒をもつ棘を進化させてきたという話。奈良の有名なシカは1200年前、鹿島神宮から連れてこられたらしく、この1200年間にシカに食われないための防衛反応として、棘の数を通常の50倍に増やしたのだという。奈良女子大の佐藤宏明(昆虫生態学)グループの研究。1200年でそこまで変わるのか! じつに興味深い。

もうひとつは読売新聞から「SFみたい巨大ダンゴムシ」。新江ノ島水族館で展示されている深海生物大王具足虫は体長35センチ、成長すると45センチになるそうだ。アメリカ東海岸の水深800メートルの海底で採取された。おもしろかったのは45センチを「猫や子犬ほどの大きさになるという」と表現していること。するとこの海底のあさり屋をペットとして飼いたい気にもなるし、なんだか楽しい。

こうした知識は無用といえば無用。でもぼくにはいま、いちばんおもしろい。無用の知識なくして何の知識。自然史ばんざい!

Thursday, 20 September 2007

New Dimensions

これは現在、銀座のニコンサロンで開催中の石川直樹さんの写真展のタイトル。詳しい紹介は

http://www.akaaka.com/html/newpage.html?code=15

明日、21日(金曜日)の午後7時から、ディジタルコンテンツ系専任スタッフ(美術史・写真史)の倉石信乃さんと石川さんの対談がおこなわれる。7月のディジタルコンテンツ学研究会を逃した人には、ぜひ勧めたい。

小島一郎の写真

南青山のラットホールというギャラリーで開催中の小島一郎の写真展を見てきた。1924年生まれ、64年没の青森の写真家。昨年の夏、青森県立美術館で、彼が自分の覚えとして焼いた名刺サイズのプリントに衝撃をうけたが、今回は、それよりもずっと大きなプリントで、小島の見た青森、津軽の光を堪能することができた。

ひとつひとつ、捉えられた情景に、すごく力がある。雪、人、地面、空、木々、動物、単純なものが単純に、無言で迫ってくる。津軽の底知れぬ美しさと「明るさ」を感じる。

雑誌「風の旅人」の編集長・佐伯さんのブログには啓発されることが多いが、今回の小島作品の展示も、それを見なければ知らずに過ぎてしまうところだった。

http://d.hatena.ne.jp/kazetabi/

いろいろな催しが次々と開かれては過ぎて忘れられてゆく東京では、佐伯さんのように自力でものを考えている人の、ごく個人的なフィルターを通過した情報が、ありがたい。

いよいよ明日から新学期の授業。英語のみんな、一つでも多くの表現を覚えよう。フランス語のみんな、例文はすべて覚えよう。作文ゼミのみんな、手書きの大切さを実感してほしい。そして大学院進学予定者のみんなは、すでに半年後の生活を見越して、たくさん「読む」習慣を身につけてほしい。

Monday, 17 September 2007

『路上』はフランス語ではじめられた

この9月の(ぼくにとっての)最大のニュースはこれだ。ビート世代の聖書といわれ、「アメリカ」がみずからを再発見する大きな機縁となった小説が、ジャック・ケルアックの『路上』。1957年9月5日に発売されたこの作品は、今年で半世紀の記念日をむかえた。それに合わせるかのように、現在日本語でも、青山南さんによる新訳が準備されているらしい。

先日ケベックの新聞「Le Devoir」をオンラインで読んでいると、すごいニュースにぶつかった。ケルアックのこの代表作が、もともとフランス語で書きはじめられたというのだ! ケルアックの家庭はフランス語系カナダ人がマサチューセッツ州ローウェルに作ったコミュニティの一員。両親はフランス語で話し、子供時代のケルアックももっぱらフランス語で育ったのだから、それはむしろ当然の選択だったのかもしれない。

父親からは「ティ・ジャン」(ちびジャン)と呼ばれた彼にとって、文学的血縁関係はむしろバルザック、プルースト、セリーヌにあったのかもしれない。1951年1月19日、彼は『路上』の冒頭10枚ばかりをフランス語で書きはじめた。その後は、たぶん中断の後に、英語でやり直したのだろう。それは現実の言語的困難のせいだったのかもしれないし、仮想読者や、発表の場その他の実際的問題を考えてのことだったのかもしれない。

ケルアックという変わった名前は、ブルターニュ系。彼が現実にフランス語で書き残した短編小説には、マサチューセッツ州の内陸部からニューヘイヴンに引っ越した両親のエピソードが出てくるそうだ。引退し、海辺に引っ越して、父親のレオは息子に言う。「ティ・ジャン、おれは海に戻ってくることができたよ。」レオの目には涙。フランスの大西洋岸、海の土地であるブルターニュ系の男にとって、目の前に広がる大西洋はどれほどの感情的な意味をもっていたことか。

「おれはニューイングランド生まれのフランス系カナダ人。怒っているときにはフランス語で毒づくし、夢はしばしばフランス語で見る。泣きわめくときがあれば、それはいつもフランス語」とケルアックは言っていたそうだ。この角度から見ると、あのメランコリックな表情に別の次元が加わる。そして『路上』の数々の風景にも、また別の光がさすようになる。移民文学としての『路上』が見えてくる。

Sunday, 16 September 2007

LOLその他

日本語で(笑)などと書くように、コンピュータが通信手段となった過去20年くらいのあいだに、英語にもへんな略語(?)がたくさん生まれた。

チャットルーム生まれの表現で、いちばん有名なのはLOLだろうか。Laugh out loud とかLots of laughの略だと言われる(あるいはメールのしめくくりとしてLots of loveの意味で使う人もいるみたいだ)。この夏、ミネソタの友人一家が遊びにきて、そこの中学生の娘にいろいろ教えてもらった。かれらは日本人の夫婦なのだが、大学院留学からそのまま就職し、アメリカに移住してしまったケース。二人の子供はずっとアメリカの田舎の公立学校育ちで、英語が第一言語。こうなると、英語教師などと言っても、この子たちから教わることのほうがずっと多い。

以下、いくつかの例を書き出しておこう。使わなくていいけど。知っていて損はない。

JK (Just kidding)
BFF (Best friends forever)
TTY (Talk to you later)
TISNF (This is so not fair)
HBU (How about you)
BRB (Be right back)
BBL (Be back later)
OMG (Oh my god)
G2G (Got to go)

Saturday, 15 September 2007

これはいいかも!アナム&マキ

どんなジャンルであれアートの大部分がおとなしく複製され包装された商品として流通し、それを家に持ち帰って一人で楽しむのが経験の大部分を占めるとは、いかにもさびしい。でもぼくの現状は、そうだ。するといま行われつつある創造についての知識も、すべては商品情報となり、商品知識ばかりがぐるぐる世界をめぐって、それで現代の風景を作っている。いかにもつまらない。だが、その中でも突然襲ってくるおもしろさはあるし、思いがけない出会いもある。生身の人や声との出会いは、蹴っていた石ころが何かにぶつかって急に方向転換するみたいに、人生に別の角度をしめすことがある。

こないだコンピュータの修理のために渋谷のアップルショップに行くと、女の子二人のデュオが店内ライヴをやっていた。ぜんぜん知らなかったが、つい聴き入ってしまった。アクースティック・ギターはめりはりが効いているし、声にもパンチがある。コーラスはソウルフル。お、いいかも、と思った。急いでいたのですぐに店を出たが、数日後、CDを手に入れた。

アナム&マキ、タイトルはNaked Girls(2007)。これはおもしろかった! 日ごろ、現代日本のシンガーやソングライターをぜんぜん追っていないので、彼女たちの名前すら知らず。だが聴けば、ギターはうまいし、好きな声だし、全般的な感覚が、ぼくにはなじめる。そして歌詞のおもしろさには特筆すべきものがある。引用はやめておくが、もし紙に書き出すなら「え? これって歌えるの?」と言いたくなるような遊びの多い歌詞が、アグレッシヴなメロディーに濃密につめこまれている。

おもしろい、おもしろい。偶然の出会いが、秋の夜長の楽しみにつながった。それから彼女たちも参加している、『アコギでクラプトン』というオムニバス・アルバムも買ってしまった。エリック・クラプトンのなつかしい名曲を、いろんな人たちが独自のアクースティックなアレンジで歌っている。これもどれもおもしろいが、バンバンバザールの「レイラ」は、ちょっと衝撃。そしてアナム&マキはクリームの不滅の名曲「ホワイトルーム」を彼女らの流儀でこなし、これにはしびれた。

まあ、しびれた、というのも死語ですけど。アクースティックは、アコースティックよりはましな表記ですので、以後、みなさんこれを使ってください(特に「英語リーディング1、2」に出ているみんな!)。

新領域シンポジウム開催!

12月2日(日)、お茶の水の明治大学アカデミーホールで、新領域創造専攻開設記念シンポジウムを開催することが確定しました。意表をつくゲスト、多数登場! ディジタルな創造と思考の最前線を、ぜひ見て、体験してください。夜には楽しいコンサート付き。詳細は決まり次第、またここに掲載しますので乞うご期待。

Thursday, 13 September 2007

写真家デビュー?

NPO法人「ウェアラブル環境情報ネット推進機構」が出している雑誌「ネイチャーインターフェイス」35号に、「風と肌」というエッセーを寄稿した。それだけなら別に何でもないが、今回は、自分が撮影した写真を文に合わせて掲載してもらって、大満足。フィジーで撮った海岸の植物の写真。大判の雑誌の見開きにまたがったレイアウトなので、かなりインパクトのある仕上がりになった! 愛用のリコーGR1s、コンパクトカメラなのに画質は非常にいい。

もちろんこれまでにも自分が撮った写真を使ったことは、自分の本でも雑誌でもあったが、まがりなりにも<作品>的な提示の仕方は、これが初めて。うれしい、うれしい。これからも旅の写真を、むかしながらのフィルムカメラで、撮りためてゆこうと誓う。

Sunday, 9 September 2007

Festa brasileira

日曜日、代々木公園にお昼を食べに行った。今年で第2回をむかえるブラジル・フェスティバルのことを、翻訳家の旦敬介さんから教わったので、そのようすを観に。

代々木公園からNHKそばのイベント広場をめざして歩いてゆくと、どんどん人が増え、すごいもりあがり! あ、これはほんとにブラジルだ。

たくさんのお店が出ている。それもその場限りの模擬店ではなく、本格的レストランが出店しているのだ。

まずブラジル料理店バルバッコア(表参道)のシュラスコを頼む。
シュラスコ(岩塩味の焼き肉)に生ビールで1000円。
グアラナ(ソーダ)が200円。

ついで目先を変えてペルー料理。下妻のラ・フロンテーラという店。
ペルーのトウモロコシ(大粒!)が500円。
アンティクーチョ(牛の心臓の塩焼き)が2串で500円。
セビーチェ(魚介類のタマネギ、レモン和え)が800円。
ペルー産ビールが500円。

結局3500円で、大人二人と小学生には十分だった。

ステージでは鶏のように羽飾りをつけたグループの演奏がつづく。残暑、暑い。でもネイティヴ度の高い濃密な空間で、なかなか楽しめる。まるでサンパウロのリベルダージ(日系が多い地区)に来ている気分。

ずっといれば音楽もいろいろあったにちがいないが、ひとまずきょうはお昼だけ。来年はもっと真剣に、みんなを誘ってきてみよう。

Thursday, 6 September 2007

第5回ディジタルコンテンツ学研究会のお知らせ

以下のように第5回ディジタルコンテンツ学研究会を開催いたします。

日時 9月22日(土)午前10時から正午まで
場所 秋葉原ダイビル6F 明治大学サテライトキャンパス
ゲスト 吉見俊哉さん(社会学者、東京大学大学院情報学環長)

吉見さんは1957年生まれ。現代日本の代表的社会学者の一人であり、メディア研究、文化研究の最先端をリードしてきました。近年の著書として『カルチュラル・ターン、文化の政治学へ』(人文書院、2003年)、『メディア文化論――メディアを学ぶ人のための15話』(有斐閣、2004年)、『万博幻想――戦後政治の呪縛』(ちくま新書、2005年)、『親米と反米――戦後日本の政治的無意識』(岩波新書、2007年)などがあります。

今回は特に東大情報学環での試みについてお話しいただくとともに、われわれの「ディジタルコンテンツ学」の方向性をめぐって、参加者とのあいだで活発な質疑応答を期待したいと考えています。関連分野に関心のある方は、どなたでもぜひお気軽にご参加ください。

ダイビルは秋葉原駅電気街口前の高層ビル。迷うことはありません。もし守衛さんに訊かれたら行き先を「明治大学サテライトキャンパス」と告げて、直接エレベーターで6階にどうぞ。

それでは、お目にかかるのを楽しみにしています!

Wednesday, 5 September 2007

世界の民族音楽

9月。夏の宿題がぜんぜん終わらず、苦しみはつづく。もっとも、朝の涼しさが気持ちいい! 犬もよろこぶ季節になった。

8月の仕事としては、フランスの作家シルヴィー・ジェルマンへのインタビューとエッセーの翻訳が、今週発売の雑誌「すばる」10月号に掲載。かなり特異な角度からのインタビューなので、ぜひ見てください。

さて、前期に明治大学リバティ・アカデミーで「世界文化の旅・アフリカ編」という連続講座を担当したことは以前に記した。このアカデミーには「オープン講座」があり、明治の学生なら無料で受講できる(一般は1000円とか、そのつどちがうみたい)。

後期のオープン講座でお勧めなのは、明治の名物教授のひとりだった地理学者の江波戸昭さん(現在は名誉教授)の「民族音楽」講座。毎回、異なった地域の音楽を、ミュージシャンたちの生演奏付きでたっぷり楽しませてくれる。詳細は

https://academy.meiji.jp/ccs/top/o-punnkouza_top.htm

10月から12月にかけて3回開催されるが、特に注目すべきは12月15日(土)の「Axe Ile Oba 偉大なるアフリカ=ブラジルの精神文化、オリシャ信仰と音楽」! こうして記すだけでぞくぞくしてくる、あまりに楽しみな企画だ。

要予約なので、上記のサイトからどうぞ。ぼくはただの観客ですが、会場で会いましょう。