2009年9月30日水曜日

ゼミ初日

総合文化ゼミ、とは1・2年生むけの少人数授業のこと。きょうが後期分の初日で、ぼくは1時間目に「ヒトと進化」、2時間目に「歩くこと」を主題にしている。学生数、前者が6名、後者が4名。あいかわらず人気ないねえ。

いままでで、いつも目一杯(定員20名)いたのは「作文」、ついで「シェイクスピア」か。もっとも不人気だったのが「宮澤賢治」、そしてずいぶん前の「オートポイエーシス」。でも人数が少ないときほど大体うまく行くもので、きょうもさしあたっては反応がよかった。

といってもきょうは導入。1限ではもっぱらゴーギャンの「われわれはどこから来たのか、何者なのか、どこに行くのか」という絵のタイトルからはじまり、多田富雄の免疫理論へ。そして2限ではゲイリー・スナイダーのエッセー「リインハビテーション」が話の中心。

「歩き」のゼミでは、いずれ生田緑地の岡本太郎美術館までの小遠足を企画する。近すぎてつまらないが、いい気分転換になるはず。

2009年9月29日火曜日

明治大学アフリカ文庫講演会のお知らせ

日本におけるもっとも充実したアフリカ関係文献コレクション、それが明治大学アフリカ文庫。ぼくはアフリカ大陸に足を踏み入れたことのないまま、その運営委員のひとり。

そのアフリカ文庫では、以下のような講演会を開催することになりました。興味がある方は、ぜひどうぞ。またこれとは別に、画期的なアフリカ本として読者がどんどん増えつつある『世界中のアフリカへ行こう』(岩波書店)関連のアフリカ・イベントも計画中です。この秋はアフリカ! アフリカに学ぼう。

アフリカ文庫講演会

日時 10月9日(金) 午後2時00分から午後3時30分

場所 中央図書館多目的ホール

講師 ダカール大学 学長 アブドゥ・サラム・サル氏(Abdou Salam SALL)氏 

講演テーマ 「ダカール大学、文化的遺産から市民社会へ Du patrimoine culturel de l'UCAD a la Citoyennete」
       (講演はフランス語、同時通訳あり)
講演内容:
(1)ブラックアフリカ基礎研究所(IFAN)の博物館学的(民族学的)遺産(Le fonds museographique de l'IFAN)
  ・豊穣と多産のシンボル(La fecondite et la fertilite)
  ・民族音楽と通信手段としての楽器(Les instruments de musique et de communication)
(2)ダカール大学のおける芸術、文化、文明論(Art, Culture, Civilisation a l'UCAD)
(3)ダカール大学の国際文化祭−「アフリカ合衆国」創設の観点から−(L'UCAD en fete ou La fete des nationalites - dans la perspective de la creation des Etats-Unis d'Afrique)
(4)映像上映(15分、「ダカール大学夏休み市民キャンプ」)(Projection du film<< Les camps de vacances citoyennes>>)

2009年9月27日日曜日

渋さ知らズ、20周年記念コンサート

そもそも日比谷の野音だってトム・ジョビンの来日公演以来。あれはいつだ? 1986年ごろか? そして89年に結成された渋さの活動がまるで視野に入っていなかったことはいくらでも責めてくれていいが、ぼくは87年から98年まで日本にいなかった。その後も、日本のバンドに、まったく注意を払っていなかった。愚かさ。むなしさ。

そしてきょう。ついにかれらの演奏をまのあたりにして。

渋さって、こんなにすごいのか。こんなに、こんなにすごいのか。CDを聴いただけでは何もわからない。この驚愕のステージ。空までかれらに味方した。3時間50分、休みなしの演奏、踊り。青空の映像に涙した。現実の青空が、その上にあった。

疑いなく、わが生涯の最高のコンサートのひとつ。漫画家の久住昌之さんの歌のうまさもあっぱれ。ゲスト・ギタリスト(?)の山本精一さんも、ぞんぶんに弾きまくってくれた。いつか、あのステージに立てるなら。まあ無理だけど、別にかまわない。

これから渋さには、すべて行くつもり。会場で会おう。会いましょう!

第1回「デジ研」のお知らせ 出版関係者のみなさんへ

第1回「デジ研」(テキストコンテンツのデジタル配信に関する研究会)を開催します。

● 電子出版、デジタル配信の可能性を探る勉強会です。

● Blogやメールマガジン等に代表されるテキストコンテンツのデジタル配信の商業化が進むなか、電子書籍の商業利用(有料コンテンツの販売等)も一般化されはじめています。未だ決定的なシステムやモデルが存在しない状況とはいえ、国内外の既存の出版社や電子出版ベンチャーなどにより、実践的な試みが数多くなされています。
  
● 「書物」とは読まれて初めてその力を発揮するものであり、その配信の可能性の広がる今、どのように「書物」を「読者」に届けるのか、そのあり方を議論する場になればと思います。

● 音楽のデジタル化がCDやレコード産業に及ぼした大きな地殻変動は、出版産業にも遅からず起こりうる変動だと仮定し、その時、私たちに何ができるのかということを一緒に考えてゆければと思います。

● 皆様のご参加をお待ちしています。
 ------
・デジ研(第1回)

日時: 2009年9月30日(水)/午後7時〜
会場: 明治大学秋葉原サテライトキャンパス
http://www.meiji.ac.jp/akiba_sc/outline/map.html
-------

【共催】
・デジ研(代表:田内万里夫/株式会社アウルズ・エージェンシー)
・明治大学理工学研究科新領域創造専攻DC系

2009年9月24日木曜日

古墳へ、古代へ

絵はがきをもらうのは、いつもうれしい。友人がアイルランドの古墳ニューグランジから絵はがきをくれた。

http://www.knowth.com/newgrange.htm

ここは、行ってみたい場所のひとつ。この巨大な古墳が、紀元前3000年のものなのだから、言葉を失う。エジプトのピラミッドに匹敵する古さ。

しかし思うのだが、その時代のものが残るのは、砂漠とか寒冷地に限られているのではないだろうか。日本列島はあまりに植物の繁茂が旺盛なので、仮にその時代に巨大な構造物が作られても、見捨てられればただちに森に戻るのでは?

ダニエラが「考古学と詩」のパネルをやりたがっていて、ぼくも大いに興味があるのだけれど、扱える題材がない。石舞台? いちど奈良に旅行してみようか。最後に行ったのは1977年、大学に入った年だった。

2009年9月22日火曜日

望遠鏡とトウモロコシ

「白水社の本棚」147号を読んでいると、宇宙物理学者の池内了さんが、こう書いていた。

「1613年にイギリスの軍艦クローブ号でやってきたジョン・セーリスは、駿府にいる家康と会見した。そのとき、銀台鍍金の「靉靆(筒眼鏡)」を献上したと『通航一覧』に記載されているのだ。ガリレオ式望遠鏡が発明されてたった4年足らずで、遙か東方の日本に渡来しているのである」

17世紀初頭の段階で、最先端テクノロジーが世界的にどの程度の速さで伝達していたのか(そして近代における視覚の専制がどのように広まっていったのか)が、なんとなくうかがえるエピソード。

これで思い出したのが、トウモロコシの伝播という謎。宮本常一先生が名著『塩の道』で書いておられたが、新大陸(アメリカス)原産のトウモロコシがどのように日本に導入されどのように広まったのかは、まったくわからないのだという。南蛮貿易のころ紹介されたものが、まったくの庶民ベースで(記録に残らないかたちで)どんどん伝わり普及していったものか。それまではヒエを作っていた山間部にトウモロコシが植えられ、よく増え、よく食べられた。これが山間部の人口を維持するには大いに力があった、ということらしい(たしか)。

かくして、アメリカスの土着の人々とヤマトの土着の人々は、すでに3、400年前、おなじ栽培植物に命を頼っていたのだと考えることには、なんともいえないおもしろみがある。

そしてその伝播の速度は、まるで根拠はないが、1970年ごろから日本列島においてハンバーガーが普及した速度にもまったく負けなかったのではないかという気がする。

2009年9月21日月曜日

DC研のお知らせ(9月25日)

以下のように第13回のディジタルコンテンツ学研究会を開催します。興味がある方は、ぜひお気軽に参加してください。

ゲスト講師:土屋誠一氏(美術評論家・沖縄県立芸術大学専任講師)
日時:2009年9月25日(金)16:20〜18:20
場所:明治大学生田キャンパス 中央校舎6階 メディアスタジオおよび生田図書館Gallery ZERO

当日は現代美術/写真に関する講演の後、ギャラリー・ゼロで開催中の倉石信乃ゼミの院生展「行かなくちゃ」を、現場において講評していただきます。

土屋誠一氏プロフィール

1975年神奈川県生まれ。沖縄県立芸術大学専任講師。2001年多摩美術大学大学院美術研究科芸術学専攻修了。2001年に第4回[武蔵野美術]評論賞(主催;武蔵野美術大学出版部)を受賞。2003年に「失くしたものの在処をめぐって──斎藤義重、一九七三年、再制作」で第12回芸術評論募集(主催:美術出版社)佳作を受賞。以後、評論活動を展開する。

『美術手帖』、『10+1』、『photographers' gallery press』などへ寄稿多数。主な論文に「平面・反復・差異 アンディ・ウォーホルの二連画について」(2001年)、「小林秀雄『近代繪畫』について──小林秀雄の美術評論とその方法」(『多摩美術大学研究紀要』22号、2008年)、「「横須賀」、「私」、「女」、そして「石内都」 −石内都論−」(『石内都展 : ひろしま/ヨコスカ 』、2008年)ほか多数。

2005年「disPLACEment──「場所」の置換 下薗城二・宮内理司展」、2007年「disPLACEment──「場所」の置換 vol.2 倉重光則展」(photographers' gallery +IKAZUCHI)で企画・展示構成をつとめた。

2009年に現代美術と言説との相関について考える運動体「美術犬(I.N.U.)」(http://bijutsuken.cocolog-nifty.com/blog/)を創設し、現在メンバーとして参加している。(http://www.geidai.ac.jp/pc/class/eizo.htmより引用)

2009年9月20日日曜日

しまった!

最終氷期埋没林、こんなにはっきりと根が突き出しているところは見なかった。

http://www.pref.aomori.lg.jp/douro/drivemap/tsugaru_bense.html

ざんねん!

やぶれかぶれ

イラストレーターで民俗研究家の遠藤ケイ氏の作品を20余年来愛読しているが、今年の新刊『海の道、山の道』(筑摩書房)を読んでいて、あっと思ったこと。

氏によると、トカラ列島の悪石島では「ヤブレコブレ」というと「無縁仏」をさすそうだ。

それを知って、ピンときた。いま、「やぶれかぶれ」とは自暴自棄と似た意味で使われる。これはもともと「藪霊、川辺霊」とでもいった言葉から派生したのではないだろうか? つまり、家族や親族に葬られることなく、藪に捨てられ、河原に捨てられた死人のこと。

ここから転じて、「もうどうなってもいい、行き倒れてもいい、とことんやってやる」といった意味をこめて使われるようになった表現が「やぶれかぶれ」ではないかと思うのだが、どうだろう。

その当否はともかく、人間、やぶれかぶれで行こうという気持ちにならないうちは何にもできないということだけは、改めて自分に言い聞かせよう。

2009年9月18日金曜日

最終氷期埋没林への旅

国際芸術センター青森での合宿、終了。充実の4日間だった。

青森公立大学のロケーションは最高、キャンパスは疑いなく日本でもっとも恵まれた環境にある。森を散策しながら、きれいな宿舎に泊まり、このうえない設備を備えたスタジオでの作業。期間が短すぎた、またたくまに過ぎた。次回は1週間は滞在したいもの。

初日、まず八戸近郊の種差海岸を歩く。スコットランドを思わせる典型的なリンクスランドの風景が珍しい。それから青森入りし、夜はアーティスト佐々木愛さんによるワークショップ。初日の課題は、なんと刺繍! クロススティッチなんて、やったのは小学校のころか? しかし楽しめた。

2日目、八甲田山大岳への登山。酢ヶ湯温泉の先に車を停めて登り始める。前日の強い雨でかなりぬかるむ小道を行き、高度とともに気分も高揚。やがて石がごろごろする硫黄臭の谷間をわたり、美しい湿原を横切るころには爽快そのものの気分に。最後の山頂へのアプローチ部分は傾斜もきつかったが、ナンバ歩きの応用(?)で難なくこなす。頂上は標高1584メートル。

ところが寒い山頂で震えていると、いきなりものすごい速度(たぶん時速にしたら10キロくらい?)で雲が襲いかかってきて、たちまち視界は数メートルに。恐れをなして、お弁当をひろげることもせず、下山にかかる。一部の者が大幅に遅れてハラハラしたが、ともかく無事生還。雪中行軍で有名な八甲田だけど、冬にはとても一歩も足を踏み入れられないだろう。しかし、冬のその姿を見てみたい気もする。

夜は銅版画(ドライ・ポイント)の制作。これも高校以来、30数年ぶりの体験。新鮮で、驚きがあって、発見があった。みんな愛ちゃん先生の生徒となって、謎めいた絵を描き、刷った。

3日目、朝地図を見ていて発見した「最終氷期埋没林」が気になって気になって、突然出発して日本海側へ。2万5000年前の森林がおそらく氷河期の洪水に埋もれ、炭化し、海岸で露出している。大きな喚起力のある風景。そこからベンセ湿原を歩き、十三湖をぐるりと回って帰る。この日はワークショップは学生たちにまかせ、ぼくは夕食当番、鶏肉と茄子のカレーを作る。

夜、深夜の森を散歩。そして国際芸術センターの完璧な音響のアンフィシアターで、順番に歌をうたう。おもしろかった。

そして4日目、午前中に制作物の発表会をすませたあと、ふたたび八戸。八戸市美術館で露口啓二さんのすばらしい写真の大規模な展示、吉増剛造さんや同僚の倉石さんの映像作品を見る。会場では吉成くん発行の「アフンルパル通信」バックナンバーの販売も。これはうれしい。

それから美術館のある本八戸から新幹線の駅のある八戸まで、たぶん7キロくらいを歩いて戻る。馬淵川をわたる根城大橋が、この行程ではいちばんよかった。

夜、8時半すぎに東京に。ワークショップを指導してくれた佐々木愛さん、自費参加で、歩くことに関して真剣な考え方の道をしめしてくれた英文学者のダニエラ加藤さん、そして全体のコーディネートをしてくれた宇野澤昌樹くん、お世話になった国際芸術センター青森のスタッフのみなさん、ありがとうございました。

参加した8名の学生のみんなには、強烈な経験だったはず。やりたいことの数分の一しかできなかったけれど、新たな覚醒を次の糸につなげよう。来週からの秋の学期も、しっかりやろう!

2009年9月14日月曜日

あ、もう今週!

というわけで、ギャラリー・ゼロでの新しい展示がはじまります。これは、行かなくちゃ!



明治大学生田図書館Gallery ZERO企画 
《行かなくちゃ》展のお知らせ

明治大学生田図書館Gallery ZEROでは、理工学研究科ディジタルコンテンツ(DC)系、倉石研究室に所属する4人の大学院生による美術・映像作品展《行かなくちゃ》を開催します。

私たちはさまざまな差異が生み出す境界によって互いに隔てられています。
制作においては境界線を越え、互いの領域の垣根を取り払い自由に領域を横断する力強さが求められます。
展覧会タイトル《行かなくちゃ》にはそんな思いが込められています。
メディアは写真やアニメーション、ビデオなど。ジェンダー、身体、日常の現象についてとらえ直す試みです。この機会にぜひご覧下さい。

出品作家:高梨こずえ 高橋慶 高橋正也 畠中景子

会期:2009年9月16日(水)〜10月2日(金)
   開催時間
   9月16日(水)〜9月23日(水) 平日10:00〜18:30 土日祝10:00〜16:30
   9月24日(木)〜10月2日(金) 平日8:30〜19:00 土8:30〜18:30 
                  日10:00〜16:30
会場:明治大学生田図書館 Gallery ZERO
   〒214-8571 川崎市多摩区東三田 1-1-1 TEL 044-934-7945
   ※一般の方は図書館入り口ゲート前の呼び出しボタンにて係の者をお呼び下さい。
   http://www.meiji.ac.jp/koho/campus_guide/ikuta/access.html
   http://www.meiji.ac.jp/koho/campus_guide/izumi/campus.html

主催:明治大学大学院理工学研究科新領域創造専攻ディジタルコンテンツ系
   http://www.dc-meiji.jp/

世界はひとつ(の航空会社?)

航空業界のことはさっぱりわからないが、日航に出資するのがデルタかアメリカンかエール・フランス=KLMかという話が、あちこちで話題になった。

どうせなら、航空業界に限っては世界すべてが一社ということにしたらどんなもんだろう。他のすべての産業はともかく、航空だけは、もはや競争も市場原理も何もなく、世界的に最適化された共同運行にする、と。

まあ、何が最適という点で意見がバラバラになるから、無理。それに「空は聖域、空に関わることは神聖」とでもいった合意ができないかぎりは、これはありえない。ところが人類には聖性の合意がない。世界宗教が、それを不可能にした。

いずれにせよ、大航空時代はもうピークを過ぎて、いまから2、30年後には人はそれほど飛行機に乗らなくなるだろう、とぼくはかねてから思ってきた。流通をめぐる人類史的な狂気は終わりを告げ、ローカルに自足して生きる道を探るしかないことが誰の目にもあきらかになってくるような気がする。

それとも、そうでもないのか。

2009年9月11日金曜日

味愉嬉食堂のごまだし

佐伯(さいき)は握り鮨の名店がそろっていることでも知られていて、豊後水道の地魚を中心にした鮨の水準の高さは大都市ではとてもかなわない。ドバイの王室にまで出前している寿司源のような店もある。鮨や干物はもちろんすべていいが、ぼくが好きなのは「ごまだし」。

エソという魚の身をほぐして胡麻と擦り合わせ、醤油で味を整えたペースト。うどんを茹でて、これを大さじ一杯入れ、お湯を注ぐだけで、最高の味が楽しめる。

ふるさと的感覚がまったく欠如したぼくにも、この味だけは懐かしい。あるときまで、叔父が作っては送ってくれていた。今回も佐伯に着いて真っ先に行ったのが、市街地の中心にほど近い味愉嬉食堂。ごまだしうどん(400円)と冷やしごまだしうどん(500円)を頼んで、たちまち口いっぱいにひろがる海そのものみたいな味わいにみたされる。

感動するのは、味愉嬉のお兄ちゃん(たぶんお母さんと二人で店をやっている)のきっぷのよさ。うどんの旨さを堪能していると、これ食べてみて、ともってきてくれたのが、きびなごの飴煮。材料は一緒。エソの餌になる小さなきびなごと胡麻だから、なるほど、そのとおり。これもうまい。

それに加えて帰りがけ、手みやげ代わりにもたせてくれたのが、エソの卵を焙ったもの。(たらこより一回り小さいが味は似ている。)ぼくが歩きに歩いて汗だくで店に入ったので、歩き疲れたとき塩分の補給にもなるし元気が出る、といってくれたのだった。アルミホイルで包んでおやつにくれる、その心遣いがうれしい。

ちなみにこの食堂、ぼくは馴染みでもなんでもなくて、初めて入った。別に身の上話をしたわけでもない。お客さん、どっからね?と聞かれて、東京だよ、と答えただけ。とことん気前のいい若主人だった。

ごまだしの作り方は、同食堂のホームページが惜しげもなく公開している。

http://www.gomadashi.com/gomadashi.html

ひと瓶が7食分で、630円。これだけ安くて、これだけ確実にうまいものは、あまりない。ごまだし、ばんざい。いつかごまだしパーティーを開きたい。青梅の河原でやったら、最高だろうな。

この場所がすごい、2009

ここはすごい、と唸るしかない場所に行ってきました。

大分県宇目。宮崎県との県境近くの山奥にある藤河内渓谷。80メートルほどの高さの滝を水源とする鮮烈な清流が、花崗岩を削りに削って変幻自在な造形を現出しながら流れてゆく。いたるところに、さまざまなかたちのプール、カスケード、岩の表面を流れる水幕など。時には幅30センチもない急流の岩を穿つ回廊になったり、ときには青い水が深くたまり清流の魚が泳いでいたり。

これが全長8キロにわたって続く。しかも! 訪れる人は、ぼくがそこにいた2時間ほどのあいだ、他に皆無でした。水が冷たいので、足をつけただけだったけど。裸で泳いでもよかった。

曲がりくねった山道のドライヴはちょっと遠いけど、舗装が途切れることはないし、落石もなかったので、恐れるには足らず。宇目の「歌げんか大橋」から林道に入って、ちょっとしたところにある夢みたいなパン屋さん「むぎふく」(若いご主人は東京からの移住者)で買ったパンをお弁当に、晩夏の一日をゆったりと過ごすことができた。よかった。

(「むぎふく」については http://www.mugifuku.com/index.html 
をどうぞ。心意気がうれしいお店です。)

帰路、いったん宮崎県に出てから海辺の町、蒲江に。ここは小説家・小野正嗣の故郷。カリブ海小説との深い親近性をもつ作品を精力的に発表している彼の背景がはっきりとうかがえる、広大な漁師町。入り組んだ海岸線の美しさ。舟で沖合に出たところにある小島の珊瑚礁を見にゆき、こちらも大満足。

ところで、山奥の宇目から海辺の蒲江まで、すべての町が現在では大分県佐伯市の一部となっている。佐伯市は、こうした大合併で、九州でもっとも面積の広い市になったのだとか。山あり川あり海あり、風光明媚のきわみ。日没は九州最東端の鶴御崎で。そこからは四国もすぐそこに見えて。

大分県南部のすばらしさを再認識した一日でした。

2009年9月8日火曜日

9月26日、「津田新吾への絵葉書」

ぼくらの世代の編集者で、文学や思想の分野でもっとも重要な仕事を続けてきた津田新吾が亡くなって、はや40日あまり。この夏は、ずっと彼と交わした言葉、彼とともに歩いた場所を、思い出しながら過ごしていました。ぼくにとっては編集者/著者というより、ただ単純に、同い年の親友でした。

その彼の仕事と人柄を偲ぶ会を、友人たちとともに、以下のように催します。彼が作った本の展示(全点は無理ですが!)に加え、彼と一緒に本を作った著者たちがそれぞれにとっておきの一節を朗読します。そしてみんなで、彼に宛てた絵葉書を書くことにします。

彼となんらかの接点があった人はもちろんのこと、彼を直接は知らなくても若い世代で彼の仕事に興味がある人は、ぜひお気軽に参加してください。



みなさま

 朝夕、秋めいてまいりましたが、いかがお過ごしでしょうか。

 さる7月25日、津田新吾さんが逝去なさったことで、2009年の夏は私たちにとって決して忘れることのできない夏となりました。

 ご葬儀からしばしの時を経て、来る9月26日午後、故人を偲ぶ集まりを開催いたします。

 題して〈津田新吾への絵葉書〉。筆まめで、旅先からよく絵葉書を送ってくれた津田さんのひそみにならい、みんなで彼宛に絵葉書を書こうではないかという趣旨です。

 あわせて、津田さんと縁の深い著訳者の方々に、朗読とショートトークもお願いしたいと思います。

 以前中学校の校舎だった場所を、会場に予約いたしました。「津田新吾林間学校」とでもいった感じでしょうか。三々五々、気ままにお集まりいただき、津田さんにまつわるあれこれを楽しく語り合っていただければと思います。

 どうかお気軽にご参加くださいませ。会場で多くの方々とお会いできることを願っております。

 なおご参加くださる方々には、世田谷区教育委員会の管理下にある会場の性格上、何点かご承知おきいただく必要がございます。下記の事項をご一読いただければさいわいです。また、このお知らせはご自由にご転送ください。

 発起人 管啓次郎、野崎歓、堀江敏幸、鈴木英果

…… …… …… ……

〈津田新吾への絵葉書〉

*日時 9月26日午後3時から7時ごろまで (ご都合のいい時間にふらりとお越しください。順次、朗読やトークを交えつつ、歓談したいと思います)

*場所 世田谷ものつくり学校 スタジオ http://www.r-school.net/

   東京都世田谷区池尻2-4-5 電話03-5481-9011

*朗読、トーク以外に特段、「出し物」は考えておりません。マイクおよびプロジェクターを借りてありますので、ご使用になりたい方はどうかご自由にお使いください。津田新吾あての文章を綴っていただくための絵葉書・筆記具はこちらで用意しますが、もちろん、何かお気に入りの葉書をお持ちいただいてもかまいません。

*簡単な食べ物、飲み物等を準備いたします。お持ち寄りいただくのも大歓迎です。アルコール類もOKですが、ただし会場側より「赤ワイン」の持ち込みだけは禁止とのお達しがありました。また会場は全面禁煙です。

*紙コップ、紙皿などはこちらで準備いたしますが、当日、ゴミとなったものは、できるかぎり各自に持ち帰っていただきたく思います。ゴミ回収・持ち運び用の小袋をご持参いただけるとありがたいです。

2009年9月7日月曜日

張作驥『黒暗之光』(1999)ノート

張作驥のすばらしい『最愛の夏』(黒暗之光)を2回続けて見て、少し見えてきたこと。

黒暗の光とは、もちろん、盲人たちにとっての光だが、それが写真撮影のフラッシュとも、花火とも、死者たちが現れてくるマイナスというかネガティヴな光とも重なり、驚くべき稠密さで物語をつむいでいる。

最初、主人公の少女・康宜が盲目の父親を連れて台北の地下道にゆくところに胸を突かれたが、2度目に見ると、それがそれよりも前にある、少女の盲目の義母を少女があこがれるチンピラの彼(阿平)が車で送ってゆくところ(星をめぐる会話)と見事な対をなしているのに気づいた。

康宜も、阿平も、母親を亡くしている。車の場面で、少女の義母が、少年に対しても義母として受け入れている(これから受け入れる)ような予感。

とはいえ、阿平と康宜は、むしろ兄妹的な関係だとも見えてくる。キスはするけど、ふたりのあいだに性交はない。ところが最終シーンの家族写真では、阿平はそこに入ることがない以上、結局は彼は「兄」でも「夫」でもないことが暗示される。ふたりは恋人以前に留まっている。

台北の地下道は、父が実母との思い出を求めて再訪した場所。視覚を失った父にとって、音によって把握できる空間としての地下道が、過去との(妻との)唯一の接点として浮上した。

少女は父をこの世からあの世へとわたす渡守であり、それは「目」としての彼女の役割の到達点。

少しだけ知恵おくれの弟の存在が、きわだって生きている。

康宜が最後に自室の窓から花火を見るところ以後のシークエンスは、信じがたいほど完璧。これだけのものが撮れれば、ぼくなら、それでもういい。

くりかえされる単純な主題曲が、非常に、非常にいい。場面転換ごとの暗転も。

というわけで、これはまた何度でも見たい。まだ見ていない人、お勧めします。

見逃したものたち

思えば今年も3分の2が過ぎて。困った、困った。

世界のほとんどすべてをわれわれは見逃しているのだから、いまさら嘆くにも当たらないのだけれど、今年もいくつか、見たかったものを見逃した。

ニューヨークでのフランシス・ベイコンの大回顧展。ロンドンでのリチャード・ロングの大回顧展。そして先日の東京でのエイミー・マンのステージ。

まあ仕方がない。代わりに、そのつど、「私」の経験をみたしている何かがあるわけだし。

それより富士山に今年も登らなかったのが、最大の反省。9月、これから登ったら、死ぬだろうな。

2009年9月6日日曜日

プルースト

本日の東京新聞(9月6日)に、書評を書きました。

室井光宏『プルースト逍遥 世界文学シュンポシオン』(五柳書院)。

小説家が書いた批評らしく、クレイジーな着想でいっぱいの、大変おもしろい本でした。ちょっと繰り返しが多いけど。

プルーストはぼくの長い、長い、長い年月にわたる宿題。『失われた時を求めて』を、これまでは最初とまんなかと最後しか読んでなかった。ちょうどようやく読める感じになってきたところだったので、これを機に、これからのんびり取り組もうと思います。

それよりも室井さんのおかげでキルケゴールへの興味を、改めてかきたてられました。

2009年9月4日金曜日

清里で

清里での最後の、そして最大の衝撃は、清里フォトアートミュージアムでの久保田博二の作品。

アジア各地で撮影された写真が、ダイ・トランスファーという手法でプリントされている。

http://en.wikipedia.org/wiki/Dye-transfer_process

1940年代にコダックが開発したこの手法、簡単にいうと3原色に分けた色を、それぞれ色素を吸収するフィルムに担わせて、版画を重ね刷りするように何度も重ねてプリントする、というもの。

美しい。これまでに開発されたすべての写真技術の中で、もっとも幅広くまた微細な色の差異を表現できる。その場で上映されていた、プリント現場のビデオが壮絶。インド人の、ああ名前が思い出せないけどみのもんたに似た名前の人が、自由自在に色を調整してゆく。その結果は、思わず身震いするほどの美しさだ。

そしてこの手法、今年、終わりを告げた。断腸の思いというほかはない。どれほどすぐれた手法でも、かけがえのない技術でも、あるとき終わりが来るのか、来ずにはいないのか。

ポラロイドも終わり、ダイ・トランスファーも終わった。人が経験する画像は、いまもどんどん変貌している。仕方がないことではあるだろうが、無くすにはあまりに惜しいものも無くなっていく。さびしさ。

ところでこのフォトミュージアム、はじめて行ったけど、すばらしい場所だ。建築がいい、環境がいい。宿泊施設もレストランも、もう営業を止めている。もったいない。この宿泊施設を、たとえば、あまり売れないけどやる気は十分の作家たちのリトリートとして開放できないものか。あるいはベルギーのどこかのお城でやってるみたいな、翻訳者たちの合同キャンプとして。

きっと創作力が爆発する場所が、実現できるにちがいないのに。もったいないなあ。じつにもったいない。

2009年9月1日火曜日

トヨダヒトシの秋

わが友人、トヨダヒトシくんのスライドショーが、今年も秋の訪れとともに何度か開催されます。

まずは来週末、横須賀美術館にて。無料!

http://www.hitoshitoyoda.com/09yokosuka.html

今年は新作はないそうですが、これまでの3つの作品をまだ見ていない方(見た人も)、ぜひ晩夏の夕暮れを楽しんできてください。