Thursday, 16 August 2018

どこに母語が?

お盆休みの読書から。

「しかし、文字の意味の通りのわたしの「母」もそして「父」も、大阪弁の話者ではなかった。二人とも西日本出身ではあったし、大阪で長く暮らして、大阪弁に近い言葉を話すようにはなっていたが、わたしが大阪弁を話す人と会話をしていて感じるコミュニケーションの容易さは、父母に対して感じたことはなかった。むしろ、親子なのに言葉が違うとは、子供だったわたしも子供を育てていた彼らも考えていなかったから、同じ言葉を話しているのに、通じるはずなのに、というもどかしさからくる軋轢のほうが大きかった、と、この仕事をするようになってからわたしは気づいた。

 では、わたしの「母語」は、誰からきたのだろう。誰から受け継いだ言葉で、わたしは話したい、書きたいと、こんなに強く思うのだろう。」

柴崎友香『公園へ行かないか?火曜日に』(新潮社)

柴崎さんのアイオワ大学滞在から生まれた短編小説集ですが、非常におもしろかった。特に上の一節を含む、彼女の言語的省察が。おすすめします。