東京外国語大学で開催されるシンポジウムです。ぼくは「miniポトラック」のため行けませんが、みなさん、ぜひどうぞ。
シンポジウム《核と未来》--------------------------------------------
GSL(東京外国語大学グローバルスタディーズ・ラボラトリー)では、以下の要領で《核と未来》をテーマとするシンポジウムを開催することになりました。
今回の福島第一原発の事故だけでなくチェルノブイリでも取材をリードしてきたフォトジャーナリストで『Days Japan』編集長の広河隆一さん、若い世代で独自の思想的批判を展開する萱野稔人さんをお招きし、われわれの側からは国際政治学の土佐弘之、経済思想の 中山智香子、そしてわたし(西谷)が討議に参加します。関心をおもちの方はぜひお運びいただけると幸いです。
日時:2011年7月16日(土) 15:00〜18:00
場所:東京外国語大学 研究講義棟226教室
ゲスト:広河隆一(Days Japan 編集長)
萱野稔人(津田塾大学)
討論者:土佐弘之(神戸大学)
西谷 修(東京外国語大学)
中山智香子(〃)
*全体を二つに分け、前半は広河さんの報告を軸に、後半は萱野さんの報告を軸に議論を行います。
*ustream配信、twittwe(genshiken_tufs)
[趣旨]
〈核〉技術は人間に無限の可能性をもたらすと言われてきました。けれども、この技術の出現によって人間の世界はどう変わったのか、その生々しい現実を私たちはいま目の当たりにしています。
活断層を制御できないように、自然の猛威を避けることはできません。それは現代の人間社会に組み込まれた〈核〉施設をも巻き込みます。にもかかわらず、日本の社会は、後先顧みず、〈安全〉のキャンペーンに漬かり、この「エネルギーの打出の小槌」を振ってきました。
しかし問うべきでしょう。〈核〉とは人間にとって何なのか。無限の可能性なのか、それとも出口のない災厄なのか。そして、何が、あるいは誰が、〈核〉を必要としてきたのか。
これまで私たちの前に透明に開かれていた〈未来〉は、いまやあらかじめ汚染され、不透明に覆いかぶさってきます。そのなかで人間は、御しがた く、限界を超えるものを、限界内に収めるべく日々の努力を続けてゆかねばなりません。いったん作り出してしまった放射性物質が人類よりも長い寿命をもつ以上、われわれの未来はいずれにしても「核との未来」です。では、どうしたら 〈明るさ〉を取戻すことができるのか。光を産むのは強烈な破壊のエネルギーだけなのか。目を晦ませ人を盲目にするまばゆい光のほかに、明るみをも たらす道はないのか。〈未来〉をいかにして生きうるものにするのか、それがいま問われている文明的課題です。
私たちは三年前、《核と現代》を討議する機会をもちましたが、それを継承しつつ、いまあらためて《核と未来》を論じようと思います。