Sunday, 12 July 2009

土曜日の旅

土曜日は土曜日でいろいろあって。

まず、駿河台校舎で1限の授業「新領域創造特論」。北野大先生をはじめ、新領域創造専攻の総力を結集してのオムニバス授業、今週はぼくの担当というわけ。水曜の3限と土曜の1限(社会人むけに)、同一内容で。

ぼくは「言語、メディア、世界の変容」というタイトルで、メディア、情報、記号といった言葉のミニマリスト的定義の話から入り、ついで現代におけるネイティヴの知の重要性などについて、考えていることを即興的に話した。

4ページの図版構成を作っていったのだが、登場するのはアレクサンダー・グレアム・ベル、ヘレン・ケラー、シャイアン族の手紙、パラアスリートでファッションモデルのエイミー・マリンズ、ジャネット・カーディフのインスタレーション、コロラド州の森林、日本におけるイノシシ狩りと熊狩りの儀礼、トリンギット族のカヌー、マオリのカヌー、トリンギット族のシャーマンのお守り、マオリの首長のカヌー記念碑(使用されなくなったカヌーを記念碑として立てて使う)、ユング、サン・イルデフォンソの鹿踊り......あれも、これも。自分自身にとって、いいまとめになった。

終了後、ちょっとぐったり。エチオピアでカレーを食べてからリバティタワーの根元でしばし昼寝。これで回復。それからアカデミー・コモンのリバティ・アカデミー「世界文化の旅・先住民編」最終回へ。中村和恵さんがアボリジニの話をする。彼女がしばし滞在してきたアーネムランドの人々の話とか、映画『10のカヌー』とか。さすがに一時も興味をそらさない話術で、受講者のみなさんも大満足だった。

和恵さんのおかげで、3年連続のこの講座はとても楽しめたし、多くを学んだ。ぼくにとっては、彼女は師匠。すばらしい詩人なのだが、最近、あまり作品は書いていないのかな? またいつか、何か一緒に企画したい。

夕方は、この講座の初年度の「アフリカ編」から生まれた『世界中のアフリカへ行こう』(岩波書店)の、ささやかなパーティ。これもおもしろい本で、ぼくの貢献は駄文だけに終わったけれど、みなさん、ぜひ読んでみてください。それからすぐ横浜に向かい、明治の4年前の卒業生の結婚式の二次会へ。若者たちのあいだですっかり浮きながら、めでたくも楽しいひととき。

きょう結婚した須藤、まもなく結婚する岡本、結婚なんてまるで視野の片隅にもない小林と斎藤の4人とは、かれらの学生時代に嵐をついて西表、沖縄、沖永良部島に一緒に行った。あんなにおもしろい旅行はなかった。4人はその後もアラスカにオーロラを見に行ったり、それぞれ勝手にあちこちでかけていったり。いまは中学校の数学の先生になっている須藤、新婚旅行の行き先はアルゼンチンだそうだ。いったい何を求めていることやら。ともかく、二人でいつまでも元気に旅をつづけてほしい。

長い一日が、こうしてまたたくまに過ぎていった。

Saturday, 11 July 2009

隠れる必要がなくなっても隠れていることについて

ロジェさんの隠れキリシタン講義。10年前、日本に来たころはぜんぜん日本語を知らなかった彼が、すでに日本語で論文を執筆し博士号を取得し、日本語で調査しこうして講義するのだから、多言語空間をあたりまえのものとして生きているアフリカ人の、言語能力の高さを痛感。そして五島列島の隠れキリシタンに彼が寄せる情熱にも、感動的なものがある。

現在、3、400家族のおよそ1500人が、かれらの信仰を維持している。「オラシオ」を守り、「バスチャン暦」にしたがって年間行事を組織する。五島には行ったことがあるが、あのしずかな海のしずかな山々に、どんな記憶が蓄えられてきたことか。

でうすぱあてろ(deus padre)、ひーりょー(filho)、すべりとさんた(espirito santo)のみちのぺれす(persona)の、ひとつのすすたんしょう(substantia)のおんちから、ごきどくをもって始め奉る。

三位一体の力か。この朗唱をその場で聞いたら、異教徒のぼくも、陶然とするにちがいない。

帰り道、ブックカフェ「槐多」(そう、村山槐多)で、友人であり外部ゼミ生の工藤さん、佐々木さんと宗教談義。ちょっとだけ、しんみり。たったひとりの信仰を(対象がどんなカミであれ)もち、それについて沈黙を守れば、それは誰も知らないままの「隠れ」でありそんな「隠れ」の誰かが電車ですぐかたわらにいても誰も気づかない。

でうさまあてら(deusa madre)、ひーりゃー(filha)、すべりとさんた...

いずれは東北の「隠れ」の伝統も、訪ねてみたい。

Friday, 10 July 2009

黄菲菲の36冊

今年の修士1年には、中国からの女子留学生がふたり。ふたりとも、やる気の塊で、ゼミのみんなにとてもいい刺激を与えてくれます。

そのひとりフェイフェイは天津出身。明治理工の建築学科から進学してきましたが、広告やファッションやデザインに強い興味をもっています。勉強熱心で、いつかきっと自分の会社を設立して大成功するにちがいない、と思えます。

折角ふたりが身近にいるんだから、ぼくも中国語を真剣に覚えよう。

以下、彼女のリストです。

1 自分の考え方、感じ方、判断力の核をなす12冊

エミリー・ブロンテ『嵐が丘』(語学春秋社、原著1847年)
シャーロット・ブロンテ『Jane Eyre』(北星堂書店、原著1847年)
アレクサンドル・デュマ・フィス『椿姫』(新潮文庫、原著1848年)
梨木香歩『西の魔女が死んだ』(新潮文庫、2001年)
新間美也『恋は香りから始まる』(飛鳥新社、2006年)
リリー・フランキー『東京タワー~ぼくとオカンと時々オトン』(扶桑社、2005年)
高橋史郎『世界の大学  知をめぐる巡礼の旅』(丸善、2003年)
マーガレット・ミッチェル『風と共に去りぬ』(新潮社、原著1936年) 
ジェイン・オースティン『高慢と偏見 』(アイ・ヴィー・シー、原著1813年)
村上春樹『ノルウェイの森』(講談社文庫、1987年)
吉本ばなな『キッチン』(角川書店、1998年)
夏目漱石『こころ』(新潮社)

2 自分が専門と呼びたい分野の12冊(広告、ファッション、デザイン)

真鍋一史編集『広告の文化論―その知的関心への誘い』(日本経済新聞社、2006年)
印刷博物館編『1950年代日本のグラフィックデザイン  デザイナー誕生』(国書刊行会、2008年)
日本テレビコマーシャル制作社連盟編『CM制作40年 CM文化をつくりあげたCM制作者たち』(宣伝会議、2002年)
ブライアン・ホ-ム編著『Advertising 世界100年のベスト作品』(青木俊夫訳、誠文堂新光社、1983年)
William Lidwell, Kritina Holden, Jill Butler『デザイン、新・100の法則』(小竹由加里・バベル訳、ビー・エヌ・エヌ新社、2004年)
岡本太郎『美の世界旅行』(新潮社、1982年)
電通出版事業部、メディアボンド企画編集『POP・イベント・商業空間』(東京電通、1991年)
石毛直道責任編集『食べる・飲む  料理のルーツからマナーまで 』(日本交通公社出版事業局、1982年)
フォルカー・ライヒェルト『世界の体験  中世後期における旅と文化的出会い』(法政大学出版局、2005年)
モーガン・スパーロック 『スーパー サイズ ミー』(スクリーンプレイ、2004年)
生田信一、大森裕二、亀尾敦『Design basic book : はじめて学ぶ、デザインの法則』( ビー・エヌ・エヌ新社、2007年)
デービッド・ルーアー、スティーブン・ペンタック著『Design basics : デザインを基礎から学ぶ 』 (大西央士訳、ビー・エヌ・エヌ新社、2004年)


3 <現代性>を主題とする12冊

パトリック・バーゴインリズ・ファーバー『インターネットデザイン : トップ・クリエイターが選んだグッド・サイト 』(リンガフランカ訳、グラフィック社、2001年)
成実弘至『20世紀ファッションの文化史』(河出書房新社、2007年)
南谷えりこ、井伊あかり『東京・パリ・ニューヨーク ファッション都市論』(2004年)
アンドレ・プットマン『アンドレ・プットマン パリのインテリア』(阪急コミュニケーションズ、2007年)
並木誠士、中川理『美術館の可能性』(学芸出版社、2006年)
萩原修『デザインスタンス 新世紀のクリエイターと仕事』(誠文堂新光社、2007年)
野田邦弘『創造都市・横浜の戦略 クリエイティブシティへの挑戦』(学芸出版社、2008年)
常見美紀子『20世紀のファッションデザイン史』(スガイドア、2000年)
原研哉『Designing design = デザインのデザイン : special edition』(岩波書店、2007年)
佐藤尚之『明日の広告』(アスキー新書、2008年)
吉田喜彦、影山明俊『30時間でマスターWebデザイン』 (実教出版、2003年)
渡辺純一『鈍感力』(集英社、2007年)

STUDIO VOICE 8月号

「STUDIO VOICE」8月号は特集「本と旅する」。ぼくは西江雅之先生をめぐる短文を寄稿。

ごく客観的にいって、よくがんばっている、とてもおもしろい雑誌だと思う。まもなく休刊とは、あまりに残念。

マルコムとヴィヴィアン

マルコム・マクラーレンとヴィヴィアン・ウェストウッド。パンクの産みの親たちである二人の足跡を追うテレビ・ドキュメンタリーを、たてつづけに見る。

最高! 二人とも、あらゆる権威をまったく意に介さない。目立ちたがりではあるだろうけど、誰にもおもねることがない。やりたいことを、好きなように、妥協なくやるだけ。

ただし、二人ともそれぞれの「美」がきわめて強くあることも、はっきりと感じられる。メインストリームかエスタブリッシュメントに対する批判だけが、おもしろいものを生む。あたりまえだけど、なかなか実践できないもの。

ヴィヴィアンの指摘でハッとしたのは、イギリスは世界中に植民地をもち軍隊を送っていて、それであらゆる気候風土に対応する「制服」の文化が出来上がったということ。彼女はそんな「制服」を上手に利用し、崩してゆくわけだ。

ファッションというとぼくにはまったく縁遠い世界だけれど(70年代半ばの高校生のころはロンドン・ブーツを履いて丈の短いジャケットを着ていたけれど)、二人の足跡を見ているとがぜん興味が湧いてくる。

さいわいゼミ生のフェイフェイはファッションを専門の一部としている。一緒に、いろいろ考えていきたい。

Thursday, 9 July 2009

R.I.P. 平岡正明

夕刊を開いて、あっと小さく叫ぶ。平岡正明さんが亡くなった。結局、お目にかかることができなかった。

ぼくの最初の本が出たとき、最初の書評を書いてくださった方。そのときのうれしさは忘れられない。

ご冥福をお祈りいたします。

Fringe Frenzy No.2!

お待たせしました。DC系のフリ―ペーパーとして昨年から一部で注目を集めていた「Fringe Frenzy」の第2号が、ついに完成しました! 
今回も熱い暑い厚くないはらりと1枚表うらコピー印刷のすばらしいできばえ。編集は修士1年の畠中さんでした。ごくろうさま。

例によって、手渡し主義です。電車内で、あるいは路上で海上で空中で、関係者の誰かを見かけたら、声をかけてください。さしあげます。1部でも2部でも3部でも。

よろしく!