Monday, 17 August 2009

クマが眠れない島、山?

以下、米田一彦『クマは眠れない』(東京新聞出版局)からの引用です。同書、43〜44ページ。

「私という存在は、いつもクマの死とともにあった。涙の後に花を愛でることも許されない日々だった。暗やみに松明を灯そうにも、いつも涙雨に消された。私はいつも生き物の生死のあり方を自分に問うてきた。歩いているブナの林間で、ふと気高い樹冠を見上げるとき、私の胸に『絶滅』という二文字が去来する。

 日本人はクマを、この日本から駆逐するのか、残すのか。

 私は、「クマ」と「自然の森」と「そこに棲むあらゆる野生生物の豊かな生態系」は同義語であり、クマを守るためには森全体の保全が必要で、したがってクマが守られればすべてが守られるのではないか、と思っている。単なる除去論は、二一世紀の地球人が目指そうとする野生動物との共存理念に逆行するものだろう。仙台、広島、札幌。百万都市にクマが棲む国は日本だけではないだろうか。世界に冠たる日本の自然環境を誇るなら、クマと共存すべきだ。

 『クマは世界に誇る日本の宝』だということを、われわれ日本人だけが気づいていないのではないだろうか。クマ(森)との共生という思想は、縄文以来の日本古来の伝統文化そのものではなかったか。」