2009年10月20日火曜日

何語だっていい

本屋で新潮クレスト・ブックスの宣伝小冊子をもらって読んでいると、沼野恭子さんの「クレスト・ブックスはロシアの十字路」という文が目にとまった。

そうか、とつい目が輝くのは、彼女が紹介する旧ソ連出身の作家たちの動向。ロシア語作家は、もちろんいる。アンドレイ・クルコフやレオニード・ツィプキン。

それだけでなく、「ラトヴィアからカナダに移住して英語作家となった」デイヴィッド・ベズモーズギスとか、「フランス語作家になった」アンドレイ・マキーヌとか、「ドイツ語作家になった」ウラジーミル・カミーナーとか。

生まれた土地とか家庭の言語とは関係なく、人は「〜語作家」になることができるわけだ。あたりまえのことだけど、永遠に新鮮な選択。

たとえばいまから現代中国語と漢文を一所懸命学んで、やがては中国語で何か文章を書くという道だって、ないわけではない。楽しいだろうな、それができたなら。できるものだろうか? それはやってみなくてはわからない。