Monday, 28 February 2011

「プロムナード」第7回

日本経済新聞夕刊、2月28日。「マリアのマラサーダ」です。

2月28日 第7回 「マリアのマラサーダ」
2月21日 第6回 「太陽のような朝食」
2月14日 第5回 「遠くから訪れる波」
2月07日 第4回 「島々が生まれたところ」
1月31日 第3回 「ピコのためのプカ」
1月24日 第2回 「ペレの髪を拾う」
1月17日 第1回 「バニヤンの並木道を」


ビブリオテックで

土曜日、ビブリオテックでの西山雄二さんとの対談。デザイン会社の一部を使ったここはほんとに瀟洒な空間で、ほぼ満員のお客さんを前にかなり実のある対話ができた。

というのも西山さんが「あと2ヶ月で40歳、これは30代最後の仕事」とつぶやいたからで、それを受けるかたちでぼくもその年齢のころのことを思い出した。ぼくにとっては1998年、ちょうど第3エッセー集『トロピカル・ゴシップ』を出してもらったころの話だ。

思い出話はいつも泥臭いもの。ましてや、他人のそれは他所の子の運動会写真のように退屈だったはずだが、寛大に笑って許してくださった聴衆のみなさんにお礼を申し上げます。そしてビブリオテックの軽部さん、勁草書房の関戸さんと鈴木さん、ありがとうございました。

西山さんとの会話にいくつものインスピレーションを得たのは、今回もおなじ。たとえば哲学と文学の関係は、互いが互いを包み込もうとしている、といった点。右手は掌で左手を包み込もうとし、その逆もまたしかり。この握り合いにおいて、二つのジャンルが闘争する。

ぼくはエドゥアール・グリッサン追悼詩5編を朗読した。追悼なんて柄ではないが、偉大なるエドゥには言葉の花を手向けなくてはならなかった。この詩は10篇の連作が、まもなく明治大学文学部の論集に発表される。

Agend'Ars 6

La poesía se halla en la ciencia y la poética en la técnica
La poesía se encuentra en la superficie de contacto entre el saber y los objetos
La poética nace en un punto donde se encuentran el arte y el material
Mi poesía se halla en las persistentes antenas de la abeja de mayo
Y mi poética no es sino una imitación de la arquitectura de los castores
Ni siquiera es un incidente verbal
Ni siquiera es verbo, posiblemente
Es la voz que se encarga del verbo, el vestigio de su vibración
Que se transmite a través de este aire en forma de onda y desaparece en algún momento
Mi poética experimenta como traducción el ascenso de Venus
Mi poesía pretende dar otro nombre a una bestia que no tiene sino el nombre autóctono
Y observa durante siete días su hábito en el ámbito auditivo
Multiplicar la muerte por muerte, y la muerte se invierte en la vida
La poesía multiplica la muerte por muerte, e irradia el calor la vida
Todos los saberes y poéticas tradicionales aspiran la reconciliación con el terreno de la muerte
Mi poesía es diferente, es producto correlativo del vuelo de la abeja hembra que avanza en el campo

(Una traducción tentativa por Eiko Minami)

Thursday, 24 February 2011

「空想書店」by 高橋悠治

先週の読売新聞の「空想書店」は高橋悠治さん。ぼくが昔訳したマトゥラーナと故バレーラの『知恵の樹』をあげてくださいました。

http://www.yomiuri.co.jp/book/column/kuso/20110214-OYT8T00574.htm

悠治さんの強烈な直観にあふれた散文には、過去30年あまり、いつも戦慄を覚えてきました。とりわけ愛すべき『カフカ/夜の時間』は、ぜひどこかで文庫にしてほしい。

Wednesday, 23 February 2011

「プロムナード」第6回

日本経済新聞、月曜日の夕刊は「プロムナード」。昨日、2月21日が第6回でした。ごらんください。

2月21日 第6回 「太陽のような朝食」
2月14日 第5回 「遠くから訪れる波」
2月07日 第4回 「島々が生まれたところ」
1月31日 第3回 「ピコのためのプカ」
1月24日 第2回 「ペレの髪を拾う」
1月17日 第1回 「バニヤンの並木道を」


『哲学への権利』対話

西山雄二さんのコレージュ・ド・フランスをめぐるドキュメンタリー作品DVD+本『哲学への権利』が発売されました。この旅する若き哲学者との対話、いよいよ土曜日です。

http://www.keisoshobo.co.jp/news/n1827.html

ぜひいらしてください。

Monday, 21 February 2011

札幌の強烈な一日

モエレ沼に行ってきました。さすがに夏合宿のときとはまったく姿を変えて。目がくらむ眩しさ、美しさ、白さ。モエレ山が小さなモンブランみたいにきれいでかわいい(もちろんお菓子のモンブランよりは10万倍大きいけれど)。

土曜日の午後、ぼくは佐々木愛さんと対談。歩くこと、絵、詩、そしてニュージーランドやポリネシアをテーマに、のんびりと。2009年に明治大学生田のギャラリー・ゼロで開催したWalking展の札幌ヴァージョンへの橋渡しです。書肆吉成の吉成くんをはじめとする札幌の友人たちが来てくれて、大変話しやすくなりました。また北大の北村清彦さんに数年ぶりの再会。思えばモエレ沼とイサム・ノグチのことを最初に教わったのは北村さん。シドニーで。どうもありがとうございました!

つづいてサバイバル登山家の服部文祥さんの講演に。思ったとおり、いや想像をはるかに越えて、強烈。ごまかしのない生き方を登山と狩猟でつきつめていく彼の迫力に、会場は圧倒されっぱなしでした。ぼくも友人のカヌーイスト、リョータとともに、最前列で話を聞きました。他にも東京からわざわざこのために来た聴衆が、ちらほら。絶対に他の誰にもまねのできない歩みを続ける服部さんが、狩猟のみならず文章の実践を強調するところに深く感動。

それから夜は雪原でのキャンプでした。リーダーはプロスキーヤーの児玉毅さん。世界を冒険スキーで回ったあとふるさと札幌に戻ってスキー教室を開いている彼の、大きな想像力と地に足のついた実践ぶりを見習いたいものです。絵に描いたような好青年。シュラフまで貸していただき、ありがとうございました。

夜はみんなでおいしいパキスタン風のカレーを食べ、カリンバのすばらしい演奏を聴き(ごめんなさい、お名前がわからなくなりました)、雪明かりでモエレ山に登り、降りしきる雪の中で眠り。ちょっとできない経験をさせていただきました。

学芸員の宮井さんをはじめとする公園のみなさん、そして柴田さんをはじめとする企画のS-AIRのみなさん、その他のスタッフや参加者のみなさん、ほんとうにありがとうございました。風間さんのバルーンも、夜の雪空に浮かぶ姿が最高でした。

雪の中のアートフェスティヴァル。また来年も行きたいと思ってます!