Thursday, 9 April 2009

リバティ・アカデミー

明治大学における一般向け講座として老若男女を問わず人気を集めているのが、リバティ・アカデミー。お茶の水駅から歩いて2分の地の利もあって、通いやすさは抜群です(と広告的で失礼)。

ここで、中村和恵さんを中心に「世界文化の旅」というシリーズをはじめたのが2007年。「アフリカ編」「島めぐり編」につづいて、今年は「先住民編」。

講師は以下の顔ぶれです。

中村和恵(明治大学、英語圏文学)
阿部珠理(立教大学、アメリカ先住民研究)
ムンシ・ロジェ(南山大学、宗教人類学)
くぼたのぞみ(翻訳家、詩人)
管啓次郎(明治大学、DC系)
浜口稔(明治大学、メディア図書館論、沖縄研究)

ここでしかありえないこの顔ぶれこの組み合わせ。ぜ/っ/た/い/におもしろいので、ぜひ来てください。ちょっと受講料はかかりますが。

https://academy.meiji.jp/shop/main/ctc/20/a/back

よろしくお願いします!

一昨年の「アフリカ編」をもとにしたアフリカン・ディアスポラ本も完成間近(岩波書店、5月刊行)。そちらもよろしく。

文学、思想、文化研究というのは現代の世界においてものすごくマイナーな分野ですから、「ひとり」のちがいがめちゃくちゃに大きく響きます。われわれは「あなた」を待っています。他の誰でもなくて。

では、春から夏にむかう最高の季節の土曜日の午後、お茶の水でお会いしましょう。

Wednesday, 8 April 2009

明治大学猿楽町校舎完成!

お茶の水駅そば、明治大学アカデミーコモンの角からアテネフランセ方向に歩いてゆき、出版社の弘文堂(ぼくの最初の本『コロンブスの犬』の版元)を通り過ぎて左手を見れば、そこに、「明治大学猿楽町校舎」の看板が立っている。立てられた! ここがDC系の、主要ステージのひとつとなる。

元・明治大学付属明治中高。同校の移転後、一年間空いていたここを、この春からわれわれ新領域創造専攻が使いはじめる。きょうは引っ越し作業。大学院生用のコンピュータ部屋(実験実習室)、ゼミ用の教室をはじめ、音響スタジオ、映像スタジオ、メディア工作室を備えている。

なんという環境! これで結果を出せなかったら、学生たちの資質が深刻に問われることになるだろう。

ミュージシャンは音楽活動を、映像作家は作品制作を、ゲーマーは独創を、批評家は着想を、とことんめざそうじゃないか。多くの人が知っているわけではない、でも、知る人ぞ知る、それでいい。これからは生田、駿河台、秋葉原、そして猿楽町をわたりながら、思考と創造の実験を続けていこう。

こんな大学院は、他にはない。4キャンパス体制を考えただけでも。そしてぼくのゼミの今年のテーマは「歩行」。生田はともかく、残る3地区はどんどん歩いて移動してゆきたい。

5月9日(土)にオープニング・イベントをやります。一般公開します。詳細は、またここで。あるいは明治大学ホームページで。

気軽に遊びにきてください!

Tuesday, 7 April 2009

授業開始

明治に先立って、非常勤の早稲田の授業がはじまった。文化構想学部/文学部の合併「カリブ海文化論」。去年はわずか4名の受講者で、おかげでみんな仲良くなったけれど、今年は(少なくとも初回は)15名。なかなか元気で楽しそうな顔ぶれだった。

なかに友人のフランス文学者Hの娘さんを発見。黒人音楽好きな彼女、意見を堂々といえて、たのもしい。夕方になって生田から早稲田まででかけてゆくのは疲れて辛いときもあるんだけど(歳だね)、これから夏にかけて楽しくやりたいと思う。

カメラ・オプスクラ

藤部さんからカメラ・オプスクラへの興味を聞いてムラムラと意欲がわいた宇野澤くんが、午後、段ボール箱を使って、たちまち試作品を作ってくれた。ぼんやりした倒立像が映って、なんともいえない風情。

藤部写真展に合わせて、デザイナーのミルキィ・イソベさんのギャラリー・トークと、藤部さんのレクチャーも開催する。写真、デザイン、いずれにも興味のある人は、この機会に生田キャンパスを訪ねてきてくださいね。

藤部明子写真展を開催

ギャラリー・ゼロを舞台として、DC系では今年からContemporary Photography のシリーズ展示をはじめる。

その第1回にあたる藤部明子さんの個展の打ち合わせを、きょう行なった。参加は藤部、倉石、宇野澤、大塚、高梨、畠中、とぼく。会期は5月12日から6月21日まで。タイトルは「at zero」と決めた。

「The Hotel Upstairs」「Memoraphilia」という2冊の写真集(いずれもステュディオ・パラボリカ刊)で高い評価を得ている藤部さん、絵画から写真に入っただけあって(?)、その造形・色彩の感覚は抜群に鋭い。

今回もDC系(の写真系)の総力を結集してあたる。絶対、見応えがあります。ぜひ見にきてください!

外部ゼミ

「外部ゼミ」の呼びかけに答えて、放送大学を卒業したばかりの大洞くんが早速36冊のリストを送ってくれた。どうもありがとう。

じつに興味深い。彼の分野は「教育」。リストの中身はこれからも入れ代わっていく可能性があるだろうが、では学期末のオープン・ゼミにはぜひ参加してください!

本の世界はほんとうに広大なので、思いがけない本が野うさぎのように飛び出してくる。みんなのリストがどんな紋様を描いてゆくか、楽しみ。いずれ、すべて、ここで発表したいと思います。

別人のノート

子供のころから「科目別のノート」を作ったことがなくて、ぜんぶテキトーに1冊のノートに書いては、ある期間が過ぎると捨てていた。中1の1学期のノート、とか、そういう感じで。

大学時代のノートも何も残っていないが、それでも成人後の古いノートが3冊ばかりはあって、見るといまや何を意図していたのかすらわからない断片的な言葉があちこち。

何かを計算したあとで「この数字で円はありえない」とか。

「No se permite tomar fotos」とか。

「The Irish
かれらは町を恐れていた
恐れるのみならず嫌っていた
時代ごとの問題は世代ごとに解決するしかない」とか。

「スペイン語ではバカというと牝牛
        アホというと大蒜
        ロバというと牝狼
        ミレというと見れ
        ミレンも見れ」とか。

「This notebook is no longer used as a diary. This in itself is a series of facts encountered at many different places. It should tell not about the worlds but about my own failures in encountering them.」とか。

「Spike Leeを見ること」とか。

「ホテル朝食つきにして大失敗」とか。(この失敗、その後もくりかえしている。)

「Jack Londonのすばらしさ。
あるいはStephen Craneの。
かれらは教養や都市文化などまったく気にかけない。
生のもっとも深い部分を直接つこうとする。
それはMelvilleがしめした道でもあった。
他の言語には、他のナショナルな文学には
こんな作品はない、ほとんど」
などは、はあ、そんな風に思っていたのか、と別人みたいな気がする。

「本は祭壇に飾らない、道具として手になじませる」なんかは、いまも自戒したい言葉。過去の自分からのメッセージか。

といくつか書き写して、このノートはもう捨てる。