Friday, 22 August 2008

残念!

島への旅にもっていったのは、ずっと愛用してきたリコーのコンパクトカメラGR1s。アイツタキのラグーンをゆく舟の上で、捲き上げのときになんかいやな雑音があるなと思っていたら、案の定壊れていた。

カウンターは作動していたが、実際にはフィルムがまわっていなくてすべて未露光。36枚撮りのフィルム3本が、最初の1本のはじめの数枚を除いてダメだった。

これは残念。早速、銀座のリコー修理センターに出したが、撮ったつもりだったいいショットは、もう地上のどこにもない。さいわいもう一台もっていたGR Digital IIのほうで撮ったものが200枚くらいあるが、こっちは主として記録的に撮ったものばかり。画素数も上げていないので、大きなプリントにはできない。この春に買ってまだ使い方がよくわかっていないせいでもあるけれど、どうもディジタル写真はおなじレンズのおなじリコーでも、平板になってしまうような気がする。絞り優先とか、そういう問題なのかもしれないけど。

もっとも、使い捨てカメラで撮っても、いい写真はいい。次回の旅行では、5年ほどまえに旅行スナップ用に買ったPentaxのEspio120SWiiをもっていこうか。28mm から120mmというズームのついた、なかなかおもしろいコンパクトカメラ。そういえば、セイフコ・フィールドにおけるイチローの後ろ姿なんかは、右翼側スタンドの最前列から、このカメラで撮ったんだった。

Monday, 18 August 2008

周期的に上昇し下降すること

ふと手に取った本のぱらりと開いたページに次の一節を読んで、すっかり感心してしまった。

「ニーチェのユニークさは、風土に徹底的にこだわるからこそ異郷を選択する、大地を愛するからこそ、移動しつづけるというところにある。身体と環境のあいだの絶妙な平衡が実感されるつど、そこが暫定的な「故郷」となる。彼は特定の質の空気や光を享受しつづけようと欲するがゆえに、地中海岸とアルプスの高原のあいだの標高差1800メートルを周期的に上昇し下降する。彼は風に棲むのだ」(岡村民夫『旅するニーチェ、リゾートの哲学』白水社、60ページ)

鮮やかで、ひきしまった喚起力のある一節だ。

思えば1988年、「ニーチェのテラス」と呼ばれる高台からニースの町を見下ろしていたことがあった。いつかニーチェの足跡を追って旅してみたい、と思っていた。その後ぜんぜんそんな旅を果たせないうちに、これほど充実した本が日本語で書かれていたとは。驚き。そして、うれしいことだ。

いまはおなじ著者の宮澤賢治論、『イーハトーブ温泉学』(みすず書房)を読んでいるところ。8月も残るは2週間。大切にしなくちゃ。

Tuesday, 12 August 2008

日本の英語教育?

留守中の新聞をまとめて読んでいる。鶴見俊輔による赤塚不二夫追悼文の一節がおもしろかったので、以下にメモ(「朝日新聞」8月5日)。

「日本の英語教育は、150年にわたる政府の投資として失敗した。その失敗は、世界諸国の事業の中で、きわだっている。」

「たとえば日本の社会学は、英語まじりの学術用語でアメリカの学問をなぞりつづけている。馬首を転じて、私たちの内部に残されている赤塚マンガの広大な影響を追いかけてみたらどうだろうか。」

大学院入試

8月1日、DC系の大学院入試(第1期)。12名受験し、7名を合格とした。すごい多様性。それに先だって行なわれた学内入試合格の4名を加えて、現在11名が確定している。定員15名なので、あとは2月の第2期入試で。

映像、写真、音楽、文章、文化研究、いろんな人が集まりつつある。中国からの留学生も2名。これからの展開がほんとうに楽しみになってきた。

DCの名のもとに、全員を貫く関心は、創造=想像。ありきたりな反復が続く世界に、どんな思いがけない偏差を導入できるか。たぶんばらばらな課題にとりくむわれわれが、毎年必ず暫定的な答えを出す日も近い。

ぼくらがまだ知らない4人へ。ぜひ、この共有された場所に、来春から加わってください。手探りです。何の保証もありません。でもどこにも負けず、自由です。

ちょうど今夜(11日)、札幌では、露口啓二さんの写真展開催に合わせてDC系の何人かが、写真家と倉石さんの対話につきあったはず。ぼくは行けなくて残念。こんなふうに地理の遠さを克服した活動も(しかも電子的移動ではなくて肉体的移動に基づいて)、これからも探っていきたい。

Monday, 11 August 2008

ラロトンガ縦断トレッキング

クック諸島への旅から帰ったところ。その位置は、言葉がよく物語っている。

アオテアロアのマオリ語で「こんにちは」はKia ora!
タヒチ語ではIa ora na!
クック諸島のマオリ語ではKia orana!

そう、まさにアオテアロアとタヒチの中間です。

大きな目的は2つあった。世界で2番目に有名な環礁であるアイツタキを訪ねること。諸島の首都の島であるラロトンガを徒歩で縦断すること。どちらも果たして、まずはめでたし。そしてその上にニコラ老人との出会いやラロチキンの襲撃や諸島最大のお祭りテ・マエヴァ・ヌイや2件の交通事故目撃やスーツケースあわや紛失事件など、思いがけないことは旅にはつきもの。

今回は明治の3年前の卒業生である小林、斉藤の両君が同行してくれた。おかげで生涯のもっとも楽しく、しかもきわめて楽な旅のひとつとなった。ふたりを含めた明治の4人と西表、沖縄本島、沖永良部をめぐる旅をしたのは、はや5年前。あのときも爆笑的ハプニングの連続だった。

旅の模様は、いずれ「風の旅人」に書きます。たぶん11月発売号。ご期待ください!

Saturday, 2 August 2008

R.I.P. 赤塚不二夫先生

赤塚不二夫さんが、きょう亡くなったそうだ。長い闘病生活だった。つつしんでご冥福をお祈りいたします。

同世代の友人たちと話をするたび、「われわれがいちばん影響を受けた人をひとりだけあげるなら」それは赤塚先生だ、という声が多かった。ぼくもまったくそう思う。ユーモアの基本感覚が、初めから赤塚化されていた世代なのだ。

長い病床の眠りから、永遠の眠りへ。どんな夢を見ていらしたのでしょう、赤塚先生。先生の絵が、アクションが、ぼくらの心を作ってきました。それは手塚先生や水木先生以上に。

これからも何度でも、先生の作品を手にとりつつ、ぼくらは老いてゆくことでしょう。ありがとうございました!

長い一日

長い一日だった。朝8時から夜の9時すぎまで、休憩はお昼に同僚の倉石さんと一緒に崎陽軒のしゅうまい弁当を食べた20分のみ。大学院入試と各種作業、会議、会議が続いた。でもおかげで、一段落。これからしばらくは自分の原稿と翻訳に集中できる。

さあ、八月の光。とりあえず、海に行きたい。