2013年6月9日日曜日

なだいなださん、さようなら!

なだいなださんが亡くなりました。高校から大学にかけて、彼の本のいくつかをよく読みました。彼から学んだもっとも大きなことはje-m'en-foutismeだと思っていました。ジュ・マン・フー主義。ジュ・マン・フーとは「そんなこと知ったことか」という意味。つまり、どんな権力の命令でも、どんな作法や同調圧力でも、自分が気に入らなければ「知ったことか」と平然と無視する、そんな徹底的な反権威主義・自律性を表すものだと理解していました。

でも一般にはこの言葉は、むしろ「そんなことして何になる」という冷淡で共感のない態度をしめしているようです。ゲンズブールのA quoi bon? に近いのかな。

なだいなだのどの本でそれを読んだのかも忘れてしまった今は、その本当の意味もわからなくなってしまいました。でもぼくは、一般の用法とはちがっても、「みんなそうしてるんだから」的お行儀のよさの対極をしめすものとして、この言葉を使い続けたいと思います。

ブレーズ・サンドラール(なださんは「サンドラルス」と表記していたはず)やチェーザレ・パヴェーゼへの興味を抱かせてくれたのも、彼。こうしてみると、ぼくにとっては非常に大きな存在だったのかも。

学部生のころ、ヘミングウェイの短篇A Clean Well-lighted Place を読んで、その中にnada y nada というフレーズを発見したときは、ほんとうにうれしかった。これが名前の由来なのか。なだいなださん、お目にかかることのできなかったなだいなださん、やすらかにお眠りください、永遠の休息を、永遠の無を。

(ところでぼくはこれから「なだいせる」というペンネームを使ってみようかな。Nada y ser 「無と存在」です!)