2008年3月29日土曜日

これは残念!

知らなかった。今年の2月21日付けで、ポラロイド社が「インスタントカメラのフィルムの生産を今年の夏までに終了する」というお知らせを出していた。

http://www.polaroid.co.jp/support/important.html

いまではポラロイドはまったく使っていない。インスタントカメラとしては、過去5、6年、チェキを持ち歩いていた。でもそのまえ、特に80年代終わりから90年代はじめのころはポラロイドがおもしろくて、旅行写真からパーティー写真まで、ぜんぶポラロイドにしていた時期があった。うちに来てくれた人みんなの顔写真を撮ったり。出会った犬猫の写真を撮ったり。あの1枚きりの感覚、捨てがたいのに。

この際、スペクトラ用フィルムを買い込んでおいて、ポラロイドだけの小さな写真展をやってみようか。

オリジナル・プリントのすごさ

写真は氾濫している。でも写真と一口にいっても、それが存在している場所はかなりちがう。

少なくとも写真を見る経験において、次の三つは区別しなくてはならないだろう。写真家の田中長徳さんの区分(『カメラは知的な遊びなのだ。』アスキー新書)によると

(1)オンラインで見られる画像
(2)印刷媒体
(3)生プリント

これらを見るとき、われわれは頭の中でははっきり区別している、と田中さんはいう。そのとおりだろう。はじめから、別の審美的な心構えをもって見ている。

印刷媒体でも、上質紙を使ったグラフィックな雑誌と新聞ではぜんぜん印刷の質がちがう。かといって、新聞写真がつまらないということもない(日本の新聞写真はほとんどが死ぬほどつまらないが、英語圏では学生新聞だって写真を単なる「情報の絵解き」として見たりはしない)。

それでも、生プリントはまったくちがう。田中さんはいう。「銀塩プリントっていうのは実は今僕らの時代の雑多にある映像の中で、最も集中力を要する、見ることに対して集中力を要する視神経の刺激の方式だと思う」と。これも同感。印刷されたものとは、色も印象もたたずまいも、すべてが異なる。凝縮された美しさがある。その場に現れる。そしてプリントの制作過程では、微妙な判断力のものすごい積み重ねが要求される(のだろうと思う)。

きょうは雑誌「風の旅人」の編集部で、編集長の佐伯さんから、新正卓さんがピンホール・カメラで撮影した桜のオリジナル・プリントを見せてもらった。さすがに、電撃的な力がある。発売されたばかりの同誌31号では冒頭に津軽の写真家・小島一郎の作品が特集されているが、「小島のトランプ」と呼ばれる写真家の名刺判のオリジナル・プリントを青森県立美術館で見たときの衝撃を思い出した。雑誌で見ても、もちろんすごい写真ばかりだ。だが、それでもやはり、あのときの「小島のトランプ」にはかなわない。

といったことを漠然と考えつつ、通りすがりに夜桜を撮影しながら帰宅。写真とはまったく不思議な技術だ。

2008年3月28日金曜日

マルタの鷹

豪華客船などがひっきりなしに寄港しているタヒチの首都パペエテの港で、いちばん驚いたのが「マルタの鷹」と名付けられたジョージタウン船籍(どうやらケイマン諸島)のハイテク・ヨット。

http://www.cnconnect.com/sales/yachtdetail.aspx?id=4440

そそりたつ3本マストにびっくりしたが、どうもあれはグラスファイバー製(したがって超軽量)らしい。船室もきわめて豪華な模様。18人のクルーと12人の乗客を乗せて。

乗るチャンスがあるとも思えないが、こんな船でポリネシア全域をまわったらどんなにおもしろいだろう。マルケサス諸島をめざして。クック諸島をめざして。

2008年3月24日月曜日

飛行機から

成田に着く直前/着いた直後の飛行機から思ったこと。

ぎらぎらと青い太平洋が、日本の沖合10キロか20キロのあたりでがらりと色を変える。どんよりと濁った緑。かなり気持ち悪い。外房の海も、その濁りのまっただ中だと思うと、泳ぐ気も失せる。

ところが、化石燃料をまき散らして飛ぶ飛行機が、海の色のどちらの側に加担しているかは、あきらかだ。

成田空港では、滑走路脇に3台の消防車が待機している。ずっと待機して、たぶん出番はほとんどない(あったらおおごと)。でもそこで、出動体制を整えたみんなが待っている。

かれらは一年の大部分の日、何をして待っているのだろう? 

『わがままなやつら』書評など

2月29日に発売されたエイミー・ベンダーの短編集『わがままなやつら』に対する反応が出はじめた。

まず、作家でラッパーのいとうせいこうさんのブログに、こんな言葉。引用します。

「小説では数日前に出たエイミー・ベンダーの新刊『わがままなやつら』が楽しみ。
 傑作『燃えるスカートの少女』を超えられるか。
 ちなみに、川上(未映子)さんの新しい短編「あなたたちの恋愛は悲惨」は、『文学界』の編集者によるとエイミー・ベンダーを意識して書かれたものだそうだ。
 うーん、面白いシフトをしてくるなあ、川上未映子。さすがだ。」

http://seikoito.ameblo.jp/

そして数日後の記述で、『わがままなやつら』が期待を裏切らなかった、といとうさん。こんなひとことで、訳者としては心から報われた思いになる。

本格的な書評の第1号は大竹昭子さん。紀伊國屋書店のサイト「書評空間」で。

http://booklog.kinokuniya.co.jp/ohtake/

大竹さんの文章はぼくの1、2年生むけ作文ゼミでも何度かお手本としてとりあげてきたが、旅のエッセーも書評もつねにストレートで核心をつき、爽快。トライアスリートみたいな鍛え抜かれた筋肉を感じさせる文章だ。今回の書評では

「ここが彼女の作品の特異な点なのだが、一見、冷ややかなタッチの中にチロチロと燃えているものがある。冷たさと熱の奇妙な同居が実現しているのだ。目を開けながら夢を見ているような、醒めつつトリップしているような、あやうくもエロチックなバランス感覚があって、絶望を知っている人の暖かさとでもいうべき、簡単には失われない人への信頼が、奇妙なストーリーを運んでいく船底を洗っている。それは懐疑の果てに訪れた愛であるだけに、読む者に深い安堵を与える。」

エイミーの作品にときどき感じられる、深い「非宗教的宗教寓話」のような感覚をみごとに突いた、至言だと思う。

書評に関しては、ぼくは取り上げてくれた方にお礼をいうこともしないし、自分が書いた書評に関してお礼をいわれるのも居心地が悪いと思っているから、ここでもやめておく。でも、「作品」のために心からよろこびたい気持ちは大きい。「作品」はいつも人間よりも大きい。作者よりも、もちろん訳者よりも、読者よりも。そういうものとして人々が自由に共有しうるものが「作品」なのだ。

ピナ・バウシュ

きょうは時差ぼけの頭のまま、新百合ケ丘の昭和音楽大学テアトロ・ジリオに、ピナ・バウシュ率いるタンツテアター・ヴッパタールの公演を観にいった。演目はシチリアの街パレルモを素材にした「パレルモ、パレルモ!」

シチリアというとマフィアと思う人、あるいはタヴィアーニ兄弟の『カオス、シチリア物語』を思い出す人が多いと思うが、イタリア半島の先っぽにある特異な位置から、古来ギリシャ文化、アラブ文化にさらされてきた交通と混淆の土地。笑いにあふれた舞台は次々に予測のつかない事件が起こり、一瞬たりとも飽きさせない2時間半だった。

圧巻だったのは、前半の終結部、ゴミが散らかる舞台上で延々とくりひろげられるダンス・パーティー。むかしの「ソウル・トレイン」みたいに、ダンサーが二人ずつ中央の舞台前に歩み出て、大見得を切るような踊りをくりひろげる。この部分、大好き。そして途中で餌を食べるためだけに舞台に出てくる犬もかわいかった。

ピナ・バウシュの舞台を見るのは1986年の彼女たちの初来日以来、21年半ぶり。その翌年から20世紀の終わり近くまではアメリカの田舎ばかりに住んでいたため、こういう世界があることすら忘れていた! チケットは1万3000円。高いといえば高いが、これだけの人と装置を運んできたことを思えば、ひどく安いともいえる。

ひどく小柄な、東南アジア系かと思われる顔立ちの女性ダンサーが、妙に印象に残った。

チャンピオン一太郎

帰ってみると、明治の卒業生の小林ユーキから、付属高以来のともだちのプロボクサー石井一太郎くんがついに日本ライト級チャンピオンになったという話を聞いた。すごい、おめでとう! 明治大学出身の日本チャンピオンて、はたして以前にはいたんだろうか? ボクシングについては何も知らないぼくだが、YouTubeで見ると素人目にも「これぞボクシング」と思える爽快な試合だった。

そしてチャンピオン一太郎の「不定期日記」が、また笑える。

http://blog.livedoor.jp/ichitaro66/

いやあ、すごい先輩がいてよかったなあ、と現在の明治の在学生のみんなにはいいたい。

Te pito o te henua

ラパ・ヌイ(イースター島)に行ってきた。ポリネシアの大三角形は、ハワイ、アオテアロア(ニュージーランド)、ラパ・ヌイを頂点とする。中心に位置するのがタヒチ。タヒチからは5時間、まさしく絶海の孤島だが、ポリネシアの大航海者たちはそこにもちゃんとたどりつき、鶏を飼い、何のためにか巨大な石像を造った。そう、モアイたちだ。沈黙するモアイたち。

この島はまた「テ・ピト・オ・ヘヌア」つまり「世界のへそ」とも呼ばれてきた。現在ではチリの海外領土だが、人々は混血ポリネシア系でタヒチ語やマルケサス語やマオリ語とよく似たラパ・ヌイ語を話している。

イベロ・アメリカとポリネシアの唯一の接点。ぼくにとっては非常に大きな意味をもつ場所で、すみきった遠さとしずけさにあふれていた。この旅行については、たぶん「風の旅人」の7月発売号くらいに書くことになると思う。

経由地タヒチを訪れたのも16年ぶり。パペエテは以前より騒がしく感じたが、いい本屋のアルシペルは健在で、マルケサス語の辞書やタヒチ語の絵本を買うことができたのも満足。タヒチについても、さらにいくつかの文章を書いていきたい。

といっているうちに、いつしか3月も最後の週。

2008年3月14日金曜日

「図書新聞」3月22日号

「図書新聞」に、上岡伸雄『この風にトライ』(集英社)の書評を書いた。アメリカ文学研究の第一線で活躍する著者による、ヤングアダルト向けラグビー小説。さっぱりした気持ちのいい作品で、こんなふうに小学生たちがラグビーを(男女を問わず)やるのもいいかなと思えてくる。

ニュージーランドでは、スポーツといえばラグビーかクリケット。小学生から大人まで、みんなやっている。ぼくはルールも知らないが、この話を読むにはそれは問題ではなかった。

アフンルパル通信 iv

札幌の古書店・書肆吉成刊行の「アフンルパル通信」(最後のルは小さく)第4号完成。ぼくは16行詩連作AGENDARS の7、8、9を発表している。

本号に掲載されているのは、今福龍太さんの金芝河会見詩と千永柱さんによるその韓国語訳、南映子さんのメキシコ紀行、藤井弘さんのホクレア号関連の写真と文、宇波彰先生の佐藤信夫さんの思い出。そしてこれほど驚く話も珍しい、石田尚志さんによる「東京論」。石田さんの文章は、東京およびその近郊に住む人は、ぜひ読もう。東京が違って見えてくる。

講読の申し込みは書肆吉成のホームページからどうぞ。

http://camenosima.com

2008年3月13日木曜日

ミゲル・リオ・ブランコ

いま、ブラジルの写真家ミゲル・リオ・ブランコが来日していて、きょう(12日)レセプションがあった。行くつもりだったが、大学での会議が長引いて断念。しかしその強烈な作品群は、マグナムのホームページで見ることができる。

http://www.magnumphotos.com/Archive/C.aspx?VP=XSpecific_MAG.PhotographerDetail_VPage&l1=0&pid=2K7O3R13Q5JC&nm=Miguel%20Rio%20Branco

ぼくの友人の写真家・畠山直哉さんがきわめて高く評価している天才肌の写真家。何かの機会に、まとめて作品を見てみたいと思っている。

4月17日、池袋ジュンク堂にて

新学年がはじまって早々の4月17日、池袋のジュンク堂で以下のセッションに参加する。映画『ランジェ公爵夫人』の公開(岩波ホールにて)、バルザックによるその原作の翻訳(工藤庸子さんによる)の出版、そして工藤さんご自身の著書『砂漠論』の出版という、三つの機会に合わせて、工藤さん、鈴木一誌さんおよびぼくの鼎談が企画されたというわけ。コーディネーターは左右社の小柳学さん。小柳さんは編集者だが、宮澤賢治についてのすばらしい本を書いてもいる。

工藤さんはぼくがもっとも尊敬するフランス文学者。鈴木さんは過去20数年にわたって、日本のもっとも先鋭的なブックデザイナーにして映画と本とデザインの理論家でもある人。ぼくだけが何者でもないが、まあ、進行係ということで。

小さなカフェでの開催(40名まで)なので、予約が必要。気がむいたら、ぜひ見にきてください。



バルザック『ランジェ公爵夫人』、工藤庸子『砂漠論』刊行記念トークイベント
「映画から文学へ」
工藤庸子 × 鈴木一誌 × 管 啓次郎
■2008年4月17日(木)19時より 

4月5日より岩波ホールを皮切りに順次全国公開される、ジャック・リヴェット監督の映画『ランジェ公爵夫人』。19世紀貴族社会における男と女の運命を描くバルザックの傑作。

このたび、その瑞々しい新訳を行い、また砂漠を舞台にしたその恋愛遊戯を読み解いた評論集を刊行した工藤庸子さんと、デザイナーで映画評論家でもある鈴木一誌さん、旅や移動をテーマに執筆活動をされる管啓次郎さんが、恋愛と歴史、文学と植民地、旅と小説、映像と美、そして<映画から文学へ>について縦横に語り合います。

工藤庸子(くどう・ようこ)
1944年生まれ。東京大学教授を経て、現在、放送大学教授、東京大学名誉教授。著書に『砂漠論』(左右社)、『フランス恋愛小説論』(岩波新書)、『ヨーロッパ文明批判序説』(東京大学出版会)、訳書にバルザック『ランジェ公爵夫人』(集英社)など。

鈴木一誌(すずき・ひとし)
1950年生まれ。グラフィックデザイナー、映画評論家。季刊「d/SIGN」責任編集。著書に『ページと力』『重力のデザイン』(ともに青土社)、『画面の誕生』(みすず書房)、『映画の呼吸 澤井信一郎の監督作法』(共著、ワイズ出版)、『デザインのことば』(共著、左右社)など。

管啓次郎(すが・けいじろう)
1958年生まれ。翻訳者、エッセイスト、比較文学者。明治大学理工学部教授。著書に『オムニフォン』(岩波書店)、『コヨーテ読書』(青土社)、『ホノルル、ブラジル』(インスクリプト)、訳書に『燃えるスカートの少女』(角川文庫)、『こどもたちに語るポストモダン』(ちくま学芸文庫)など。

2008年3月12日水曜日

やるじゃないか明治!

ぼくは明治理工では語学と総合文化ゼミナールを担当している。両方をとる学生は、珍しい。いままでにひとりだけ、「英語」、「フランス語」、1・2年対象の「総合文化ゼミナール」、3・4年対象の「文化人類学」のすべてを履修した学生がいた。他のみんなは、多くても語学が1回と総合文化ゼミナールが1回。下に出てくる楠くんの場合も、ぼくの担当の英語の授業を1年間と半期の作文ゼミをとった。

先日、わが若き友人の中村隆之くんから、以下のような報告をもらった。ささやかではあるけど、うれしいことだ。これからもみんなにがんばってほしいと思った。優勝チームの4人は、ぜひぼくの研究室に寄ってくれ。

大学対抗プレゼンテーションコンテストで明治大学チームが優勝!

3月8日、成城大学にて「2007年度プレゼンテーションコンテスト」が開催され、理工学部2年の楠祐一郎くんらのチームがみごと優勝した。

同コンテストは成城大学・神奈川工科大学・東京外国語大学の共催になるもので、学生のプレゼンテーション能力を高め、大学間の交流を活性化することをめざす。本年度は、神奈川工科大学、東京外国語大学、明治大学の3校から、計5チームが参加した。

今回のテーマは「病(現代における)」。各チームは質疑応答を含めて50分という時間内に、テーマに即した発表を行なった。
明治大学チームは楠祐一郎、木下景、山口篤、柳浦祐希の4名(いずれも理工学部2年)からなり、「花粉症」を取り上げた。指導には中村隆之・理工学部兼任講師(フランス語)があたった。

審査員は佐藤方宣(慶応大学非常勤講師、経済学)、井上彰(日本学術振興会特別研究員、政治哲学)、三浦直子(神奈川工科大学准教授、社会学)の3氏。明治大学チームのプレゼンテーションとしての完成度、質疑に対する周到な準備、チームワーク力などが、高く評価された。

ハロースとは?

伊豆七島青ヶ島の南方60キロに、べヨネース列岩と呼ばれる岩礁群があるそうだ。有名な明神礁の外輪山の一部で、波間からのぞく岩の標高は最高でもせいぜい9・9メートル。そこが漁師たちには「ハロース」と呼ばれてきた。

おもしろいのは、その名の由来。漢字で書けば「波浪巣」! いつもそのあたりでは波が高いからだという。神話的想像力が、そのまま表れている感じがする。古典ギリシャ語のできる人に、ギリシャにもそういうところがないかどうか、調べてほしいくらいだ。

いっぺん行ってみたいものだが、接岸を試みて難破したら恐い。海上保安庁か国土地理院か自衛隊は、そういうところにもたまには上陸するのだろうか。

むかしハワイで、地元の小学生が、背中にでっかく「波浪」と書かれたTシャツを着ていた。その心は、もちろん、Hello! こういう言語間の駄洒落も、おもしろい。

2008年3月10日月曜日

3月10日

きのう房総からの帰り道に江東区、墨田区を通り、そういえば明日は東京大空襲の日だなあと漠然と思っていた。きょう、秋葉原で江東区に住む知人と昼食を食べながらその話をすると、彼が「東京大空襲に世界史はまともにむきあっていない」と憤っていた。江東区の人口が空襲前の水準に達したのは、60年かかってやっと最近のことなのだという。

さきほど「東京大空襲、ブログ」で検索して最初に出てきたのが「きっこのブログ」。有名なブログだが、いつにもましてこの東京大空襲をめぐる記述には熱と怒りがこもっている。

http://kikko.cocolog-nifty.com/kikko/2008/03/post_cf5e.html

これはぜひ一読を勧める。

2008年3月9日日曜日

初春の房総

学生部の仕事で館山へ日帰り。特急さざなみに乗って。はじめての土地だった。着くとさすがに海の雰囲気、強い潮風が気持ちいい。アブラナの黄色い花の美しさ。ウィンドサーファーたちの幸福。沖合、といってもすぐそこに、巨大なコンテナを満載したAPLの船が停泊している。

仕事は理科連(理科系サークル全体の連絡会議)リーダーズキャンプの会議への参加だった。ぼくは締めくくりの挨拶をしただけで、農学部の本所さんに学生からの質問に対する回答はおまかせ。頼りになる若い同僚の存在は、ほんとにありがたい。

この2年間は、それでもずいぶん学生部の仕事があった。この年度末で解放されるのがうれしいけれど、学生部のおかげで現在の学生気質も大学の状況もよくわかった。変わらないようでいて、大きく変わったのが大学。その変化はいまも続き、これからいっそうの激動をむかえるだろう。

産業としての「大学」はともかく、知識の追求の場としての大学は、妥協なく続けなくてはならない。4月からはまた、新たな展開だ。

オーケストラの迫力

ひさしぶりにオーケストラを生で聴いた。矢崎彦太郎指揮の東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団。ラヴェルの組曲「マ・メール・ロワ」、イベールの「サクソフォンのための室内小協奏曲」、ビゼーの「アルルの女」抜粋原典版(26人で演奏)、そしてビゼーの「カルメン」組曲。ほんとうに楽しいコンサートだった。ビゼーの派手でドラマティックな展開はもちろん、サクソフォンの波多江史朗の独壇場的なイベールもよかったが、何といってもラヴェルの最後には震えた。音のなんという急襲。最前列という位置もよかった。

すべての音楽形式で何がいちばん好きかといわれると、3ピースのブルース・ロックだということは変わらない。でもオーケストラの厚みは、やっぱりすごい。その背後に、かれらが注ぎこんできた時間と努力の総量を思うと、気が遠くなる。かれらみんなを応援したくなる。

特に感情移入(?)して見ていたのは、チェロのひとり。やってみたいなあ、チェロ。いまからはじめても、音が出るようになるかどうかもわからないけれど。

2008年3月7日金曜日

新領域シンポジウム(3月5日)

5日、明治大学秋葉原サテライトキャンパスで、新設大学院「新領域創造専攻」のミニ・シンポジウムを開催した。多くのお客さんが集まれる場所ではなかったが、内容のある、大きなヴィジョンをもった議論が続いた。

ディジタルコンテンツ系は午後3時からはじまり、結局6時近くまで。「不可能コンテンツ」、つまり現実には物理的・論理的にありえないが画面中で見る限りいかにもありえそうに見えるモノの描写を主題として、むちゃくちゃにおもしろい発表が続いた。話してくれたのは江渡浩一郎さん(産業技術総合研究所)、大和田茂さん(ソニーCSL)、杉原厚吉さん(東京大学)、藤木淳さん(メディアアーティスト)、そしてわれらが宮下芳明さんが司会・進行。この場は、まちがいなく日本の最先端だ。立ち見が出る盛況。「不可能コンテンツ」をめぐる最初の大きな理論的会合が、この場所でおこなわれたのはほんとうにうれしい。

4月からは、このおなじ部屋で授業をはじめる。

越境ワークショップ

3月4日、池袋は立教大学の秘密の一角でおこなわれた「越境ワークショップ」を見物にゆく。「郊外」と文学、を主題に、3人の話を聞く。

まずフランス文学の昼間賢さんが、セネガル人の父親とフランス人の母親をもつ混血作家マリー・ンディアイについて。ついで中欧文学の阿部賢一さん。マルチン・シュマウスというチェコ作家がロマ(ジプシー)の世界を描いた作品『娘よ、火をわけ与えておくれ ナ・チクニ.ナ・バリ、チャラフ・トロ・ヴォジョリ』について。最後にアルゼンチン研究の林みどりさんが、最近翻訳の出たフリオ・コルタサルの短編集『愛しのグレンダ』から選んだ3編の分析を話してくれた。

どれもすごくおもしろかった。『グレンダ』のストーリーについては、政治的背景がわからないと読みづらいものがあるが、コルタサル晩年の政治的姿勢を含めて、示唆されることが多かった。

結論としては、世界にはいたるところに郊外あり。何らかの求心性と遠心性がせめぎあうすべての地帯は、郊外として別の郊外へとつながってゆく、ということだろうか。郊外育ちでそのパターンを反復しているぼくも、妙に納得。

その小さな会議室のある建物のすぐ裏手には、瀟洒な古い洋館があった。ああ、あれが江戸川乱歩記念館! いまでは立教大学が管理しているそうだ。こんどちゃんと見に行こう。

2008年3月4日火曜日

そいつが見つけてくれる

けさの朝日新聞に「録画・検索できるゴーグル」という記事があった。東大の原田達也講師と大学院生の中山英樹さんが開発。要するにゴーグルが視野に入った物の名前を覚え、物を認識し、指示すればそれを検索してくれるという、現実=画像検索システム。テレビのリモコンや携帯電話をどこに置いたかがわからなくなっても、ゴーグルが探し、教えてくれる。

こうなると、たとえば新宿駅の雑踏から、誰かひとりの顔を探し出すといったことが、いずれはほんとに可能になるのではないかと思えてくる。でもその反面、誰かひとりの顔を埋めこむことだって容易このうえないはずだ(いまでもできるだろう)。

そうなると、どこまでほんとなのか、何がほんとなのか。

2008年3月3日月曜日

マチュピチュ

アメリカから一時帰国中の友人に、ペルーが誇る世界遺産マチュピチュへの旅行の話を聞いた。

http://www.peru-japan.org/Smachupicchu.html

インカ帝国の首都だったクスコから、列車で3時間半、さらにバスで20分。そこからガイド付きのツアーで歩いて遺跡を訪れるらしい。盆地の中の高台は、まさに空中都市。その特異点ぶりに、誰もが震えるほど感動するという。

チリが誇る大詩人パブロ・ネルーダの詩でも知られるここにも、昔から行ってみたいと思いつつ果たしていない。1984年から85年にかけて一年間、南アメリカを旅行したときには、なぜか「山」に対する恐怖感があって、結局ブラジル、パラグアイ、ウルグアイ、アルゼンチン、チリ、ベネズエラにしか行かなかった。そのころからペルーとボリビアも、すごく気になっているんだけれど。

いつかその雲の上に立ってみたい。

3月5日シンポジウムのお知らせ

ディジタルコンテンツ系入学予定者のみなさん、

早くも3月になりました。いよいよDC系の始動も近づいています。

すでにご存知とは思いますが、3月5日、新領域専攻の設立を記念して、われわれの本拠地のひとつである明治大学秋葉原サテライトキャンパスでシンポジウムを開きます。安全学系が午前10時、数理ビジネス系が12時半、そしてDC系が午後3時から、それぞれ2時間の討議を行ないます。

都合がつくかぎり、ぜひ参加してください。特にDC系では「不可能コンテンツ」をめぐる現在の世界最前線を実感できるものと思います。

http://www.dc-meiji.jp/p1.pdf

修士課程の2年間は、あっというまです。あらゆる機会を捉えて思いがけない発想にふれることは、絶対に欠かせません。本格的始動の前に、まずはアキバの春をのぞいてみることにしましょう。

カワセミ、不思議な日記、パンサーとマナティ

午後、犬の散歩にゆくと、運良くカワセミを見ることができた。川沿いの歩道からでは小さくしか見えないが、鮮やかな青が春の光にまぶしい。いっぺんに複数羽を見たことはないが、その頻度や場所からいって、この川には数羽がすっかり定着しているようだ。

http://homepage3.nifty.com/alba/starthp/subpage20.html

夜、どうも仕事をする気になれず、だらだらテレビを見る。「新日曜美術館」では旭川美術館のアウトサイダーアートを田口ランディさんがレポートしていた。すごい作品ばかりだが、中でも戸来貴規さんという人の「日記」に衝撃を受ける。おなじ文面の日記を毎日書き、文字を書いたあとで独特なパターンに塗りつぶしてゆく。それが積み重ねられたときの、めまいがするような迫力。異様な美しさ。旭川から滋賀県のボーダレス・アートミュージアムNO-MAに移って展示中らしい。

http://www.no-ma.jp/

5月には東京の松下電工汐留ミュージアムに来るようだ。これは見に行かなくちゃ。

ついで11時、「宇宙船地球号」はフロリダのエヴァーグレイズ公園の復元計画について。道路や水路の建設、人口増と農地化でひどく
状況が悪くなっているフロリダ半島先端部で、パンサーが、マナティが、追いつめられる。遅すぎる話ではあるが、ヒトは道路下にトンネルを作り、水門を爆破して湿原の復元を図りはじめた、という内容。ものすごい巨大プロジェクトだ。

http://www.tv-asahi.co.jp/earth/

このプランについては、ちょっと真剣に調べてみよう。

http://www.evergladesplan.org/index.aspx

フロリダに行ったのは、もう23年前。そのころに較べても半島の人口は倍増以上? 今後5年くらいのあいだに、イエローストーンとエヴァーグレイズには、絶対に行こうと決意。イエローストーンに行ったのは、36年前か。あまりにも長いあいだ離れすぎている。

2008年3月2日日曜日

One Hand Clapping

"What is the sound of one hand clapping?" (片手で拍手するとどんな音がするか?)という有名な禅の公案がある(原典は知らない)。サリンジャーも作品のエピグラムとして使っている。どう答えるべきかは、どうにもわからない。

だが、ちょっとまえに触れた数学者・砂田先生の業績について、こんなエピソードを聞いて、その公案を思い出した(直接の関係はないのだが)。

先生の主な業績のひとつにこういうものがあるのだと、同僚が教えてくれた。「太鼓の音を聞いて、その音から太鼓の形状を決めることはできない」ということの証明。つまり、波形とか、振動数とかだけでは、どれだけ精密に分析しても、その振動体のかたちをひとつに決定することができない、ということなのだろう。

いったいどう証明するのか、もちろん見当もつかないが、妙に魅力的な話だ。

3月

早くも3月。光が明るくなった。大学院入試を28日に終えて、本日、その結果を発表。新たに6名を加え、ディジタルコンテンツ系は13名でスタートすることになった! これからの2年間は、たぶんみんなのこれまでの人生でもっとも勉強「させられた」時期になると思う。そう、「好きなことだけやっていればいい」といった寝ぼけたことは絶対にいわない。これとこれとこれをきちんと抑えておけ、ということをはっきりと示すつもりだ。

2期入試の6名は、全員が明治理工以外の出身者。留学生、社会人を含み、うれしい多様性が出てきた。ぜひ互いに刺激を与えあって、いたるところから着想のヒントを得てほしい。

まずは3月5日の午後3時、秋葉原の明治大学サテライトキャンパスに集合! 「不可能コンテンツ」をめぐる最先端の議論を、現場で体験しよう。