雑誌「ユリイカ」3月号、本日発売。英文学者の若島正さん、直木賞をとったばかりの作家の桜庭一樹さんとぼくの鼎談「<世界文学>から<文学世界>へ」が掲載されている(pp.34-52)。
若島さんは元数学者、チェス・マスターにして、ぼくがもっとも尊敬する英米文学の翻訳者、特にナボコフ『ロリータ』の名訳で知られる。飄々とした話しっぷりでいて、頭の中は宇宙のように広い。桜庭さんは小柄でおしゃれでこの上なくチャーミングな感じだが、翻訳文学の驚くべき読書家であり、その野蛮な想像力はちょっと類を見ない。
場所は神保町の青土社の屋上部分にある「船室」みたいな会議室。70年代以来のなつかしい「ユリイカ」がずらりと並ぶのも壮観!(ぼくの学生時代の翻訳が掲載されている号もいくつか。)寒い晩で、コートやジャケットを着たまま、みんな手をポケットにつっこんでぼそぼそと話をしていた。
桜庭さんを追っているテレビ番組「情熱大陸」のスタッフが鼎談を収録したのだが、番組の本番(このあいだの日曜に放送)では残念ながらこの部分は放映されず。でも、文学の現場感がただようおもしろい場所で、冬の日に、いろいろ充実した話を楽しむことができた。
ジャンルを超え壊して進んでゆく彼女の作家としての変貌に、これからも注目したい。
Wednesday, 27 February 2008
不可能コンテンツって?(3月5日)
3月5日水曜日。アキバテクノクラブのイベントに合わせて、秋葉原ダイビル6階の明治大学サテライトキャンパスで、理工学研究科新領域創造専攻のシンポジウムを行ないます。
http://www.dc-meiji.jp/akiba/
安全学系が10時から、数理ビジネス系が12時半から、そしてディジタルコンテンツ系が15時から、それぞれ2時間。
ディジタルコンテンツ系のテーマは「不可能コンテンツの挑戦」! さあ、どんな話が飛び出すことか。ぜひ気軽に見物に来てください。興が乗れば、どんどん延長してエンドレスでやります。
http://www.dc-meiji.jp/akiba/
安全学系が10時から、数理ビジネス系が12時半から、そしてディジタルコンテンツ系が15時から、それぞれ2時間。
ディジタルコンテンツ系のテーマは「不可能コンテンツの挑戦」! さあ、どんな話が飛び出すことか。ぜひ気軽に見物に来てください。興が乗れば、どんどん延長してエンドレスでやります。
Monday, 25 February 2008
もうひとつ、それとおなじ輝きが
22日金曜の「朝日新聞」科学面で、おもしろい記事を読んだ。
理工学部に勤務していると、こっちまで何か「理系なんですか?」と勘違いされることがよくある。いいえ、残念ながら、ブンブンの文系です。ただの語学屋です。高校時代の数学の点は、ゼロを極限値として限りなくそれに接近している、といって過言ではありませんでした。
それでもさすがに同僚たちは、その道の専門家ばかり。この日、とりあげられていた記事の主人公は数学科の砂田利一さん。日本の代表的幾何学者のひとり。ダイヤモンドの結晶とおなじ対称性をもつ構造が存在することを、数学的に証明したのだという。
記事を引用する。「ダイヤモンドの結晶は、一つの炭素原子を取り巻くように四つの炭素原子が等距離に並んだ正四面体構造が繰り返し現れる。どの炭素原子も均等に結ばれてダイヤの硬さを生み出すほか、特有の高い光の屈折率が美しい輝きのもとになる。」
そこで砂田先生は、「結晶内の基本構造がもつ対称性と、原子と原子をむすぶ結合のもつ対称性に注目」し、この二つの対称性が最大となるような構造がダイヤのほかにもう一つあることを示した、のだという。それは「10個の原子が環状に連なった基本構造が繰り返し現れる複雑な形状」で、これを「K4結晶」と名付けたそうだ。
どうやらそれは見つかっているわけでもなく、現実に存在するかどうかはわからないようだ。ただ、可能性として、そうした原子構造がかたちをとるとき、その輝きはダイヤモンドのそれに匹敵するということか。霧の森に迷い込むような話だが、どこか感動させられるものがある。
そんな「並行世界ダイヤモンド」が、いつか現実に見つかったら?
理工学部に勤務していると、こっちまで何か「理系なんですか?」と勘違いされることがよくある。いいえ、残念ながら、ブンブンの文系です。ただの語学屋です。高校時代の数学の点は、ゼロを極限値として限りなくそれに接近している、といって過言ではありませんでした。
それでもさすがに同僚たちは、その道の専門家ばかり。この日、とりあげられていた記事の主人公は数学科の砂田利一さん。日本の代表的幾何学者のひとり。ダイヤモンドの結晶とおなじ対称性をもつ構造が存在することを、数学的に証明したのだという。
記事を引用する。「ダイヤモンドの結晶は、一つの炭素原子を取り巻くように四つの炭素原子が等距離に並んだ正四面体構造が繰り返し現れる。どの炭素原子も均等に結ばれてダイヤの硬さを生み出すほか、特有の高い光の屈折率が美しい輝きのもとになる。」
そこで砂田先生は、「結晶内の基本構造がもつ対称性と、原子と原子をむすぶ結合のもつ対称性に注目」し、この二つの対称性が最大となるような構造がダイヤのほかにもう一つあることを示した、のだという。それは「10個の原子が環状に連なった基本構造が繰り返し現れる複雑な形状」で、これを「K4結晶」と名付けたそうだ。
どうやらそれは見つかっているわけでもなく、現実に存在するかどうかはわからないようだ。ただ、可能性として、そうした原子構造がかたちをとるとき、その輝きはダイヤモンドのそれに匹敵するということか。霧の森に迷い込むような話だが、どこか感動させられるものがある。
そんな「並行世界ダイヤモンド」が、いつか現実に見つかったら?
Sunday, 24 February 2008
『わがままなやつら』
エイミー・ベンダーの第2短編集 Willful Creatures の翻訳本が完成した。日本語タイトルは『わがままなやつら』、角川書店。子供の鉛筆画みたいな悪魔の絵の表紙が、内容にすごくよく合ってる。
江國香織さんに、すばらしいオビの言葉をいただいた。「エイミー・ベンダーの小説世界は、野の花のように荒々しい。このような物語りは、ほかでは味わうことができない。それはつまりこういうことだ。味わいたければ、野にでなければ」。
そう。ワイルドで繊細。崩れているようで、完璧に統御された美しさ。こういう作家は、なかなかいない。
2月29日に発売される。エイミーの最初の短編集『燃えるスカートの少女』、長編『私自身の見えない徴』、そしてこの『わがままなやつら』と3冊を訳してきて、彼女の作家としての成長にずっとつきあってくることができたのは、ぼくにとっては本当に大きな経験だ。そして改めていうまでもなく、彼女もユダヤ系。ユダヤ系アメリカ文学論を1冊、アフリカ系アメリカ文学論を1冊、これからの20年のうちには書き上げたいと思っている。
江國香織さんに、すばらしいオビの言葉をいただいた。「エイミー・ベンダーの小説世界は、野の花のように荒々しい。このような物語りは、ほかでは味わうことができない。それはつまりこういうことだ。味わいたければ、野にでなければ」。
そう。ワイルドで繊細。崩れているようで、完璧に統御された美しさ。こういう作家は、なかなかいない。
2月29日に発売される。エイミーの最初の短編集『燃えるスカートの少女』、長編『私自身の見えない徴』、そしてこの『わがままなやつら』と3冊を訳してきて、彼女の作家としての成長にずっとつきあってくることができたのは、ぼくにとっては本当に大きな経験だ。そして改めていうまでもなく、彼女もユダヤ系。ユダヤ系アメリカ文学論を1冊、アフリカ系アメリカ文学論を1冊、これからの20年のうちには書き上げたいと思っている。
Saturday, 23 February 2008
「風の旅人」
キャンパス内の書店にゆくと、雑誌「風の旅人」の宣伝用絵葉書がカウンターのところに置かれていた。手作り感覚のみなぎる、日本では他に例がない「地球=文化の総体をまるごと捉え考える」という姿勢をはっきりもった隔月刊の雑誌。どうやら新しい展開がはじまったようで、ホームページもすっかり模様替えして、新たな出発だ。
http://www.kazetabi.com/
2005年10月の16号からはじまったぼくの連載「斜線の旅」も、右往左往しつつ、手探りの進行を続けている。最新号(30号)で15回。24回まで行き、合計360枚分くらいになったら、1冊の本にできるかなという感じ。でもそれまでに、まだいくつかの旅を果たさなくてはならない。
書店で見かけたら、ぜひ手にとってみてほしい。
http://www.kazetabi.com/
2005年10月の16号からはじまったぼくの連載「斜線の旅」も、右往左往しつつ、手探りの進行を続けている。最新号(30号)で15回。24回まで行き、合計360枚分くらいになったら、1冊の本にできるかなという感じ。でもそれまでに、まだいくつかの旅を果たさなくてはならない。
書店で見かけたら、ぜひ手にとってみてほしい。
長生きする作家たち
2月18日にフランスの小説家で映画も作っていたアラン・ロブ=グリエが亡くなった。1922年生まれ、享年85歳。ヌーヴォー・ロマンの代表的作家で、若いころは熱帯農業の専門家としてカリブ海のマルチニックに滞在。特にバナナ栽培の専門家だったというのがおもしろい。ぼくは彼の小説のいい読者ではないが、彼がシナリオを書いた映画『去年マリエンバードで』(アラン・レネ監督)などは非常におもしろいと思った。
ヌーヴォー・ロマンの作家たちの中では1924年生まれのミシェル・ビュトールがいまも元気。今年、来日が噂されている。
高齢な作家たちのことを考えるとき、お正月になるたびに思い出す人がいる。アメリカのJ・D・サリンジャーだ。1919年生まれの彼は、今年の元旦で満89歳を迎えたわけだ。ご存知『ライ麦畑でつかまえて』の作者だが、1965年にHapworth 16, 1924を発表したあと、完全に沈黙し、隠遁している。膨大な草稿を書き溜めているのではないかという推測もあるが、それはわからない。ただ生きていることは確実。はたして彼の未発表作品を読める日はくるのだろうか。
ぼくはサリンジャーの大ファンではないし、そのクレイジーな世界に深く迷いこんでゆくつもりもないが、彼の文体にはくりかえしふれて、英語の勉強の上ではいちばん大きな存在だったかもしれないと思う。ちなみにぼくがいちばん好きなのはRaise High the Roof Beam, Carpentersという作品。かれらのように長生きするなら、ぼくにもまだまだこれからいくらでもやれそうなことはある。
せめて2050年ごろには、何かまとまった仕事をなしとげていたいものだ。ぼくはその年、92歳。いったいどんな世界を迎えていることだろう!
ヌーヴォー・ロマンの作家たちの中では1924年生まれのミシェル・ビュトールがいまも元気。今年、来日が噂されている。
高齢な作家たちのことを考えるとき、お正月になるたびに思い出す人がいる。アメリカのJ・D・サリンジャーだ。1919年生まれの彼は、今年の元旦で満89歳を迎えたわけだ。ご存知『ライ麦畑でつかまえて』の作者だが、1965年にHapworth 16, 1924を発表したあと、完全に沈黙し、隠遁している。膨大な草稿を書き溜めているのではないかという推測もあるが、それはわからない。ただ生きていることは確実。はたして彼の未発表作品を読める日はくるのだろうか。
ぼくはサリンジャーの大ファンではないし、そのクレイジーな世界に深く迷いこんでゆくつもりもないが、彼の文体にはくりかえしふれて、英語の勉強の上ではいちばん大きな存在だったかもしれないと思う。ちなみにぼくがいちばん好きなのはRaise High the Roof Beam, Carpentersという作品。かれらのように長生きするなら、ぼくにもまだまだこれからいくらでもやれそうなことはある。
せめて2050年ごろには、何かまとまった仕事をなしとげていたいものだ。ぼくはその年、92歳。いったいどんな世界を迎えていることだろう!
Thursday, 21 February 2008
アニー・リーボヴィッツ
ドキュメンタリー『アニー・リーボヴィッツ レンズの向こうの人生』を見てきた。あまりのすばらしさに、まるで瞳孔が開くような気がした。
彼女の写真は、70年代の雑誌「ローリングストーン」の表紙以来よく知っている。晩年のスーザン・ソンタグの恋人だということも、もちろん知っていた。でも「ヴァニティ・フェア」での仕事は、日頃ぜんぜん見ない雑誌でもあり、特に注目してもこなかった。写真集Women(2000)はずっと手元にもっていたけれど。
彼女の妹が監督したこのドキュメンタリーは圧巻だった。一種のホーム・ムーヴィーなので、時間の幅とか、そこにみなぎるintimacy がすごい。その燃えるような仕事ぶり、あくまでもストレートな人柄、妥協のない意志、すべてがはっきり伝わってくる。
空軍勤務の父親に連れられて引っ越しをくりかえした一家の、車の窓というフレームからの風景が彼女の原点なのだという。実際、彼女の仕事には(1)家族写真(2)ロバート・フランク的なアメリカのスナップ(3)アヴェドン流の肖像写真(4)その発展としてのほとんど映画の撮影現場を思わせる演出によるポートレート、といったスレッドがはっきりわかる。これに、このドキュメンタリーには出てこないが、自然そのものを主題とした作品が加わる。すさまじい力量だ。
言葉の人ソンタグとイメージの人リーボヴィッツの相補的な関係は、いかに強烈なものだったか。異性愛では生じないような完璧な一致の感覚が、そこにはあったような感じがする。世紀のカップルといっていいだろう。
そして改めて思うのが、「ユダヤ系」という存在のあり方。フランク、アヴェドン、ソンタグ、リーボヴィッツ。その構想力の大きさ、精神の強さが、たとえユダヤ教から完全に離れている場合でも、ある種の共有される心の姿勢として残っていないとは思えない。
とにかくすばらしい作品。ぜひ見てほしい、打ちのめされてほしい!
ちょうどきょう、注文していた彼女の写真集Annie Leibovitz: A Photographer's Life 1990-2005が届いた。今夜はこれから、これをじっくり見ることにする。
彼女の写真は、70年代の雑誌「ローリングストーン」の表紙以来よく知っている。晩年のスーザン・ソンタグの恋人だということも、もちろん知っていた。でも「ヴァニティ・フェア」での仕事は、日頃ぜんぜん見ない雑誌でもあり、特に注目してもこなかった。写真集Women(2000)はずっと手元にもっていたけれど。
彼女の妹が監督したこのドキュメンタリーは圧巻だった。一種のホーム・ムーヴィーなので、時間の幅とか、そこにみなぎるintimacy がすごい。その燃えるような仕事ぶり、あくまでもストレートな人柄、妥協のない意志、すべてがはっきり伝わってくる。
空軍勤務の父親に連れられて引っ越しをくりかえした一家の、車の窓というフレームからの風景が彼女の原点なのだという。実際、彼女の仕事には(1)家族写真(2)ロバート・フランク的なアメリカのスナップ(3)アヴェドン流の肖像写真(4)その発展としてのほとんど映画の撮影現場を思わせる演出によるポートレート、といったスレッドがはっきりわかる。これに、このドキュメンタリーには出てこないが、自然そのものを主題とした作品が加わる。すさまじい力量だ。
言葉の人ソンタグとイメージの人リーボヴィッツの相補的な関係は、いかに強烈なものだったか。異性愛では生じないような完璧な一致の感覚が、そこにはあったような感じがする。世紀のカップルといっていいだろう。
そして改めて思うのが、「ユダヤ系」という存在のあり方。フランク、アヴェドン、ソンタグ、リーボヴィッツ。その構想力の大きさ、精神の強さが、たとえユダヤ教から完全に離れている場合でも、ある種の共有される心の姿勢として残っていないとは思えない。
とにかくすばらしい作品。ぜひ見てほしい、打ちのめされてほしい!
ちょうどきょう、注文していた彼女の写真集Annie Leibovitz: A Photographer's Life 1990-2005が届いた。今夜はこれから、これをじっくり見ることにする。
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