白水社の編集者、須山岳彦さんが亡くなりました。闘病中ながら編集の仕事をつづけていましたが、子供の日に倒れたそうです。
須山さんにぼくは一度しかお目にかかったことがありませんが、声をかけていただいて彼の企画本に15、6枚の原稿を書いておわたししたところでした。未完成のこの本が、おそらく彼の最後の仕事でしょう。相当に画期的な顔ぶれと内容。彼のために、いつかかたちになることを心から願います。
ぼくらにとっては、わが同僚の清岡智比古さん「フラ語シリーズ」の産みの親としてもっともよく知られていた彼。ミュージシャンとしての一面もあったようです。まだまだこれからつきあいたかった人。46歳でした。ご冥福をお祈りします。
Sunday, 9 May 2010
Saturday, 8 May 2010
私は最近何を書いているか
すべての原稿が遅れていてすみません。すべての書類も遅れていてすみません。すべての社交をお断りしてすみません。とはいえ、少しずつ進む部分もあって。
この2日くらいに書いたものの、書き出しのみ。
青山ブックセンター本店での、津田新吾の仕事をめぐる「本の島」イベント用に書いた短文の書き出し。
「本が本としておとなしく本の世界だけにとどまっているのではつまらないじゃないか。そんな思いをたぶん津田新吾も共有していたにちがいなくて本に記された文字が文字であることをやめて肉体的世界に躍り出し野生のケモノのように人を挑発し翻弄し誘惑し手痛い傷を負わせることすらわれわれは歓迎したかった」
ついで中京大学Cスクエアで5月24日からはじまる港千尋写真展「レヴィ=ストロースの庭」のパンフレットのための短文の書き出し。
「<庭>は人の居住域のへりにあり区画の中で自然の成長性にもっとも直接さらされている場所だ。草が生える木々が育つ昆虫が生息する獣が訪れる。<家>の秩序をもちこみ管理することをめざしても最早その空間では人が完全に主人になることはできない」
いずれも続きは、それぞれの場所でどうぞ!
29日(土)には港くんとひさびさに対談します。前回は2001年12月の池袋ジュンク堂か。名古屋まで来てくれる人がいたら、あとで大須に行きましょう!
この2日くらいに書いたものの、書き出しのみ。
青山ブックセンター本店での、津田新吾の仕事をめぐる「本の島」イベント用に書いた短文の書き出し。
「本が本としておとなしく本の世界だけにとどまっているのではつまらないじゃないか。そんな思いをたぶん津田新吾も共有していたにちがいなくて本に記された文字が文字であることをやめて肉体的世界に躍り出し野生のケモノのように人を挑発し翻弄し誘惑し手痛い傷を負わせることすらわれわれは歓迎したかった」
ついで中京大学Cスクエアで5月24日からはじまる港千尋写真展「レヴィ=ストロースの庭」のパンフレットのための短文の書き出し。
「<庭>は人の居住域のへりにあり区画の中で自然の成長性にもっとも直接さらされている場所だ。草が生える木々が育つ昆虫が生息する獣が訪れる。<家>の秩序をもちこみ管理することをめざしても最早その空間では人が完全に主人になることはできない」
いずれも続きは、それぞれの場所でどうぞ!
29日(土)には港くんとひさびさに対談します。前回は2001年12月の池袋ジュンク堂か。名古屋まで来てくれる人がいたら、あとで大須に行きましょう!
Sunday, 2 May 2010
聴覚の先行性(原一弘に)
人間が外部とのあいだにむすぶ関係の中では、聴覚がもっとも先行している。
「われわれはその日に先立つ命のなかで、ただひたすら聞くだけの聴覚にすぎなかったのに、生誕とともに音を出すものとなる」(パスカル・キニャール『さまよえる影』27ページ)。
胎児は、明るい暗闇の中で浮かんでいる。羊水は、まだ外部としては意識されない。母体から外に出て、みずから音を出す存在になったとき、自分がはじまる。
おもしろいねえ。
Saturday, 1 May 2010
佐々木愛「毎日のスケッチ」
麻布十番のgm tenで開催中の佐々木愛「毎日のスケッチ」を見る。愛さんが毎日、絵を描き足してゆき、それをスライドショーで上映する。1枚あたり10秒程度で、きょうの時点で33枚(たぶん)。彼女の想像力の基本素材である植物、山並み、雪の結晶、鳥などが、あのなんともやさしくかつ力強い線と色彩をもって、その場に出現する。ウミガメもかわいかった!
色彩とは全面的な体験でつねに視野の全面に立ち現われてくるものだが、それがいったん白に還元されて、ところどころに火を灯すように、画面の焦点の部分にだけ彩色される絵が、なんともはかなく、美しい。33枚見たとしても5分半。それで確実に心が変わるのだから、これは見るべし。絵によって自然との関係に目覚めるのも、重要な経験だ。
終わってからオフィスのほうにゆくと、本棚にエイミー・ベンダー『わがままなやつら』が並べられていた!しかも工藤千愛子さんがそれを愛読してくれたというのが、うれしかった。彼女のお気に入りは「アイロン頭」だそうだ。「飢饉」「マザーファッカー」とともに、この短編集の中の悲痛な名作のひとつ。訳者なんて何者でもないけれど、それでも。
「毎日のスケッチ」は5月9日まで。どこかの時点で、もういちど行こう。みなさんにも心からお勧めしたいです。そして麻布十番の商店街、おばあさんがやっているおでん屋さんになかなか入れないので、こんどは思い切って入ってみたい。
色彩とは全面的な体験でつねに視野の全面に立ち現われてくるものだが、それがいったん白に還元されて、ところどころに火を灯すように、画面の焦点の部分にだけ彩色される絵が、なんともはかなく、美しい。33枚見たとしても5分半。それで確実に心が変わるのだから、これは見るべし。絵によって自然との関係に目覚めるのも、重要な経験だ。
終わってからオフィスのほうにゆくと、本棚にエイミー・ベンダー『わがままなやつら』が並べられていた!しかも工藤千愛子さんがそれを愛読してくれたというのが、うれしかった。彼女のお気に入りは「アイロン頭」だそうだ。「飢饉」「マザーファッカー」とともに、この短編集の中の悲痛な名作のひとつ。訳者なんて何者でもないけれど、それでも。
「毎日のスケッチ」は5月9日まで。どこかの時点で、もういちど行こう。みなさんにも心からお勧めしたいです。そして麻布十番の商店街、おばあさんがやっているおでん屋さんになかなか入れないので、こんどは思い切って入ってみたい。
Subscribe to:
Posts (Atom)