Thursday, 25 September 2008

『あじまぁのウタ』『青空娘』

いよいよ後期の授業開始。木曜日は正午から午後6時まで、とにかくダラダラとセッションを続けるという日(その後のパブでの雑談を含めると8時まで!)なので、まずは景気をつけるため、パコや宇野澤くんらとビデオを2本観た。

まず、りんけんバンドと上原知子を追ったドキュメンタリー『あじまぁのウタ 上原知子----天上の歌声』(青山真治、2002年)。上原知子の強烈に美しい歌声と存在感に魅了される。そして彼女のために毎日毎日歌を書き続ける林賢さんのかっこよさ。

1991年ごろのシアトルで、毎日りんけんバンドばかり聴いていたのを思い出す。こんどは北谷のカラハーイにかれらのライヴを観に行きたい。

ついで増村保造の『青空娘』(1957年)。スピード感のある展開とあまりにわざとらしい台詞に、爆笑と幸福感が立ちこめる。すごい作品。20代はじめの若尾文子がかわいいが、それ以上に「おっ」と思うのがミヤコ蝶々の好演。そして、半世紀前の東京の、胸が痛くなるほどの異国ぶり。

これでみんなやる気が出た。後期は、充実が約束されている。意識がガラリと変わるような半年にしよう!

Wednesday, 24 September 2008

こんな風に

The connective humanities などといってはみても、まったく実践していない。つまり、内容面での多領域の結合だけでなく、ウェブ・ベースの情報集積・交換・交流を含めて考えているのに、ぼくはそれをまったくやっていない。

まだ時間のバランスとして、紙の本を読んだり手書きでメモをとったりすることがほとんどで、オン・ラインになるのは厖大なメールの返事(それも大部分は2、3行)と調べもの、ときどき読むいろんな人のブログ訪問程度。

ほんとは自分のエントリーもきちんと内容のあるものを書き、書かれたコメントに返事をしたり、他の人のブログにコメントをしたり、あれこれとつなげる作業にとりくめばさぞおもしろいだろうなあとは思うが、いまはまだその方向に振り子がふれていない感じ。オン・ラインの時間は1日に30分以内に抑えたい(そうしないと何も進まなくなる)。だから所属する仮想「共同体」みたいなものはない。

それで、このブログも大半は毎週顔を合わせる学生のみんなに宛てた「お知らせ」と「報告」だけ。ちょっとおもしろみに欠けるね、たしかに。

文章の発表形態をウェブ・ベースに切り替え、このコミュニケーションのかたちをつきつめ、生きること、考えること、書くこと、知ること、動くことなどの起点をすべてこの画面からおこなうのも、たぶん可能にはちがいないと思いつつ、いまはまだ「紙」と「対面」の世界で生きている。

そんな中、ひどく感心するブログにもときどき出会う。ひとつは札幌大学の哲学者、三上さんのブログ。

http://d.hatena.ne.jp/elmikamino/

愛犬の風太郎をめぐるエントリーには、いつもじんわり涙がこぼれそうになる。さっきいった「生きること」から「動くこと」までの理想に関して、たぶん(少なくとも日本語世界では)もっとも遠くまで行っている人だ。日々の写真もすばらしい。

そしてもうひとつはカリフォルニア大学アーヴァイン校の批評家レイ・テラダのブログ Work Without Dread。

http://workwithoutdread.blogspot.com/

更新回数は少ないが、異様なまでの鋭敏さを感じる。

こうしたすべてが、完全に無償で提供されていることに驚くのは、すでにわれわれがいかに貨幣経済と消費主義に毒されているかを物語るものでしかないだろう。

無償の贈与への信。出版の現行形態がいよいよ追いつめられていることは日々実感しているが、人類の情報交換が次のステージに移行するまでには、まだちょっと時間がかかるのかなとも思う。まだしばらく、紙の世界にこだわりつつ、読んだり書いたり遊んだりしてみようか。

「団地再生を考える」

新聞と一緒に配達されてくるマンション生活情報紙「ウェンディ」232号に、新領域創造の同僚(安全学系)である山本俊哉さんの記事が出ていた。「団地再生を考える----安全で安心な住まいづくり」。

ひとことでいって、空き巣に入られやすい住宅・場所はどんなところかを検討し、ヨーロッパの郊外大規模団地(特にオランダ)の防犯対策の事例から学ぼうというもの。

山本さんは建築学科所属の都市計画の専門家。安全学系は建築、化学、技術一般、防災、食品、犯罪など、これも考える対象には事欠かない専攻系だ。

そこでも求められるのは、結局、どんな社会に住みたいのかというヴィジョン。学生のみんなには、DC系も安全学系もなく相互の考えを聴く機会をもってほしい。たとえば「新領域創造特論」の授業はそんな場だったし、12月に予定されている修士論文中間発表会もそうなるだろう。

上記の記事、コピーが欲しい人はぼくの研究室に寄ってください。

The Connective Humanities

このページに使っているこの名称。まだ説明していなかった。去年、同僚の波戸岡さんや倉石さんに話していたこと。

簡単にいうと、いろいろな分野を連結・綜合しつつ、人類史の現在を考えることを目的とする。ぼくらはinterdisciplinaryという合言葉のもとに1980年前後の学生時代を送ってきたが、ルネ・ジラールはそのころからinterではなくtransだといっていたし、ミシェル・セールにいたっては「文」も「理」もないどころか「科学」も「詩」も区別がなかった。

(いや、実際にはセールは「哲学」と「文学」を峻別しているのだが、少なくとも知識を求めるにあたって、彼はすべての時代のすべてのジャンルのテクストを同水準に置く。)

もうひとつ。やはりインターネットの発達以前と以後では、知識の共有の仕方ががらりと変わった。「大学」の意味や役割も、たぶん完全に変質した。いま大学で新入生たちと対面して驚くのは、かれらの大学観が完全に1世代以上まえのものだということ。生物学的1世代、つまり25年、30年前。

で、あいかわらず「単位ください」と答案用紙のかたすみに書いてみたり。それはむかしながらの答案用紙を使っているこっちも悪いのかもしれないけど。

大学はたぶんほっといても、実質を失った部分から、蒸発するようにこの地上を去ってゆくことだろう。遠からず。

ぼくがイメージしていた「連結的人文学」とは、運営面からいうとインターネット・ベースの授業であり、教員の勤務形態をさす。

授業セッションは「発表会」を中心に、1学期に2度、中間・期末の時期に合宿か長い一日がかりのミーティングをやる。それだけ。あとは自分でまとまった文章を書く。質問その他は必要を感じたときにぼくのオフィスに話にくる。雑談会もオーケー、もちろん。自分たちで読書会を組織したいなら、それに必要な助言その他は惜しまない。なんにせよ、出たくもない授業を単位のためにとるような愚行は、断固としておしまい。読み、書くのは、ひとりでやるしかない。

こっちの勤務形態としては、上記のような「授業」を学部1・2年むけ、3・4年むけ、大学院むけ、それぞれ20名・20名・10名限定で開講。あとはこちらのアウトプットをすべてウェブ上で行なう。

年間に、ハードな論文を3点くらいとエッセーを1冊分(360枚程度)、ウェブ上で発表する。また理工学部という特色を生かして、諸分野の研究室をたずね、研究内容についての聞き書きをまとめ、学部ページに発表する。このあたり、学部の「広報担当」も兼ねるというわけ。(もっとも「論文」と「エッセー」と「インタビュー」といった区別をつける必要もないし、長さをそろえる必要もない。すべての思考の種子を、そのまま出していけばそれでいい。)

そして役職上名乗るのは"Professor in the connective humanities."

授業形態は、別に目新しいことではない。たとえばアメリカのSt. John's College では、授業がない。学生はテューターと相談して、自分なりの読書リストを作る。それをひたすら読んでいって、最終的に口頭試問を受けて、卒業。完全に個人ベース、最初から最後まで真剣勝負。

そんなカリキュラムに、こっちの少しばかりの希望を入れてみたのが、上記のかたち。

大学はものすごい可能性のある場だ、それは変わらない。ところがその使用法は? 授業のやり方も、評価の仕方も、実質をめざして、根本的に見直していいのではないだろうか。いや、ではないだろうか、ではなく、見直していい。

Sunday, 21 September 2008

「表現3原則」according to Daido

「表現3原則。
自分の言葉で書く。
何事も批判しない。
正論には与しない。」

若き友人、ダイドーくんの断章集「雪結晶」から。

http://hobo.no-blog.jp/train/

少しずつ読むと、大変に味わい深い。いろいろよく考えてるなあ。痛いところを突かれまくって満身創痍。

自分がいまの彼の年齢だった23、4歳のころは、まったく何にも考えてなかったと慨嘆せざるをえない。半世紀を経てなお考えは浅くて浅くて蟻が溺れる砂漠の涸れ川程度だけれど。

後生畏るべし! でもこっちもまた何度でもゼロから再出発だ。

Saturday, 20 September 2008

思いとか郷愁とか日本語とかムダンサとか

台風が接近する中、細川周平さんの日系ブラジル研究第3弾『遠きにありてつくるもの』(みすず書房)の出版記念イベント。新宿のジュンク堂で。

ぼくはもっぱら進行役を務める。聴衆のみなさんからの質問も多くて、充実した会になったと思う。「日系」の心を語るというむずかしく繊細な仕事に、細心の注意をもってとりくんだ細川さんの「やる気」に、大いに触発された。

ぼく自身は、ブラジルについても、日系についても、何も語る資格がない。けれどもそんな主題をまるで想像できないわけでもなく、またこうした「想像可能性」をはじめから捨ててしまえば、世界はいかにも味気ない場所になってしまう。

ともあれ、悪天候をついてお出かけいただいたみなさん、ありがとうございました。日本とブラジルという対蹠点の国が独特の仕方で出会って、百年。その歴史をいろいろなかたちで共有することは、日ごろブラジルにまるで無縁な人にだって意味のあることにちがいない。

そういえば、むかし、20数年前にたわむれに作った前衛(?)俳句を思い出した。

細心周到 細胞周期 細川周平

Tuesday, 16 September 2008

イスラエル3泊5日?

新学期をひかえ「やること多いなあ、困ったなあ」と思いつつ犬の散歩に出かけたりする今日このごろだが、そんなとき茂木健一郎さんのブログ「クオリア日記」を見ると、愕然とする。

ぼくが1ダースどころか3ダースばかりいてもぜんぜん太刀打ちできない、仕事の数・量、移動距離の果てしない長さだ。

9月13日にさいたま芸術劇場で児玉桃さんというピアニストのレクチャー・コンサートに出演し、その後、テレビ番組を収録し、その夜、成田からパリにむかう。早朝のパリで乗り継ぎ便を待ち、イスラエルへ。そして帰国予定が日本時間で17日の夜、だというのだから、機内泊を含めて(往復とも?)の5日間という日程なんだろう。宿で寝られるのは、たぶん2・5日?

そしてその間にも写真入りのブログをこまめに更新し、たぶんすごい量の原稿を書いて。考えられない作業量。

こっちはこっちのカタツムリかヤドカリのペースで、のんびりやっていこう。でも、わざと2泊4日とかいった無茶な旅程で、たとえばアイルランドの西海岸にでも行けたらおもしろいだろうなあとも思う。