踊る宗教人類学者として知られるコンゴ民主共和国出身のわれらが友人、ムンシ・ロジェ・ヴァンジラさんの講演が7月10日にあります。
題して「隠れキリシタンの現在 コンゴ人研究者が見る日本の宗教シンクレティズム」!
明治大学和泉キャンパス(明大前)第3校舎21番教室で、16:30〜18:00。
参加自由です。なんという福音! コーディネーターは中村和恵先生です。みんな、ぜひ行きましょう。
Sunday, 5 July 2009
ほら、山のむこうも山だ
日本は列島、大部分は山。ちょっと出かければ、いいところはいくらでもある。日帰りだってできる。
そんな山登り、山歩きの実践にあこがれつつ。
http://say21.at.webry.info/200907/article_1.htm
いいよね、こんな山道! せめて毎月、どこかに出かけていきたい。遠足気分で。遭難寸前まで。
DC系山歩き企画を、そろそろはじめようか。
そんな山登り、山歩きの実践にあこがれつつ。
http://say21.at.webry.info/200907/article_1.htm
いいよね、こんな山道! せめて毎月、どこかに出かけていきたい。遠足気分で。遭難寸前まで。
DC系山歩き企画を、そろそろはじめようか。
Saturday, 4 July 2009
賀内麻由子の36冊
外部ゼミ生、賀内さんのリストです。出版社勤務の彼女、ひとひねりもふたひねりもあるセレクション。これからもよろしく!
(1)自分の考え方、感じ方、判断力の核をなす12冊
オリヴィエ・フェルミ『凍れる河』(檜垣嗣子訳、新潮社、1995年)
シオドーラ・クローバー『イシ 北米最後のインディアン』(行方昭夫訳、岩波書店、1970年)
大竹昭子『アスファルトの犬 臭覚的都市探検』(住まい学大系)(住まいの図書館出版局、1991年)
新宮晋『いちご』(文化出版局、1975年)
吉野源三郎『君たちはどう生きるか』(岩波書店、1982年(文庫))
橋本治『貞女への道』(河出書房新社、1987年(文庫))
宮本常一『民俗学の旅』(講談社、1993年(文庫))
竹内敏晴『ことばが劈かれるとき』(筑摩書房、1988年(文庫))
太田省吾『なにもかもなくしてみる』(五柳書院、2005年)
森有正『遥かなるノートルダム』(筑摩書房、1967年)
押田成人『遠いまなざし』(地湧社、1983年)
ブーバー『我と汝・対話』(植田重雄訳、岩波書店(文庫)、1979年)
(2)自分が専門と呼びたい分野の12冊 生命・継承(dialogue in the dark)
森崎和江『まっくら』(三一書房、1977年)
鶴見俊輔『アメノウズメ伝 神話から延びてくる道』(平凡社、1991年)
姜信子『ノレ・ノスタルギーヤ 歌の記憶、荒野への旅』(岩波書店、2003年)
梨木香歩『沼地のある森を抜けて』(新潮社、2005年
L・マーグリス/ドリオン・セーガン『不思議なダンス 性行動の生物学』(松浦俊輔訳、青土社、1993年)
三木成夫『海・呼吸・古代形象 生命記憶と回想』(うぶすな書院、1992年)
藤原辰史『ナチスと有機農業 「自然との共生」が生んだ「民族の絶滅」』(柏書房、2005年)
カール・ビンディング/アルフレート・ホッヘ、森下直貴・佐野誠訳『「生きるに値しない命」とは誰のことか ナチス安楽死思想の原典を読む』(窓社、2001年)
岡崎京子『リバーズ・エッジ』(マガジンハウス、1994年)
井田真木子『十四歳 見失う親 消える子供たち』(講談社、1998年)
村瀬学『未形の子どもへ 人生四苦八苦から』(大和書房、1989年)
親子工芸教室編『知的障害をもつ子とともに 手織りの仲間たち』(晶文社、1998年)
(3)「現代性」を主題とする12冊
佐藤真『ドキュメンタリー映画の地平 世界を批判的に受けとめるために(上)(下)』(凱風社、2001年)
E・ホッファー『大衆運動』(高根正昭訳、紀伊国屋書店、1969年)
内澤旬子『世界屠殺紀行』(解放出版社、2007年)
立岩真也『良い死』(筑摩書房、2008年)
花崎梟平『静かな大地 松浦武四郎とアイヌ民族』(岩波書店、1988年)
波平恵美子『脳死・臓器移植・がん告知 死と医療の人類学』(福武書店、1988年)
日本語版編集部『力の論理を超えて ル・モンド・ディプロマティーク1998-2002』(NTT出版、2003年)
A・ミンデル『紛争の心理学 融合の炎のワーク』(講談社(抄訳)、2001年)
藤本壮介『原初的な未来の建築』(現代建築家コンセプトシリーズ)(INAX出版、2008年)
綾屋紗月/熊谷晋一郎『発達障害当事者研究 ゆっくりていねいにつながりたい』(シリーズ ケアをひらく)(医学書院、2008年)
T・ヤンソン、冨原眞弓訳『島暮らしの記録』(筑摩書房、1999年)
マリリン・バーンズ/マーサ・ウェストン、永田美喜訳『自立する子どもになろう』(子どものためのライフスタイル)(晶文社、1985年)
(1)自分の考え方、感じ方、判断力の核をなす12冊
オリヴィエ・フェルミ『凍れる河』(檜垣嗣子訳、新潮社、1995年)
シオドーラ・クローバー『イシ 北米最後のインディアン』(行方昭夫訳、岩波書店、1970年)
大竹昭子『アスファルトの犬 臭覚的都市探検』(住まい学大系)(住まいの図書館出版局、1991年)
新宮晋『いちご』(文化出版局、1975年)
吉野源三郎『君たちはどう生きるか』(岩波書店、1982年(文庫))
橋本治『貞女への道』(河出書房新社、1987年(文庫))
宮本常一『民俗学の旅』(講談社、1993年(文庫))
竹内敏晴『ことばが劈かれるとき』(筑摩書房、1988年(文庫))
太田省吾『なにもかもなくしてみる』(五柳書院、2005年)
森有正『遥かなるノートルダム』(筑摩書房、1967年)
押田成人『遠いまなざし』(地湧社、1983年)
ブーバー『我と汝・対話』(植田重雄訳、岩波書店(文庫)、1979年)
(2)自分が専門と呼びたい分野の12冊 生命・継承(dialogue in the dark)
森崎和江『まっくら』(三一書房、1977年)
鶴見俊輔『アメノウズメ伝 神話から延びてくる道』(平凡社、1991年)
姜信子『ノレ・ノスタルギーヤ 歌の記憶、荒野への旅』(岩波書店、2003年)
梨木香歩『沼地のある森を抜けて』(新潮社、2005年
L・マーグリス/ドリオン・セーガン『不思議なダンス 性行動の生物学』(松浦俊輔訳、青土社、1993年)
三木成夫『海・呼吸・古代形象 生命記憶と回想』(うぶすな書院、1992年)
藤原辰史『ナチスと有機農業 「自然との共生」が生んだ「民族の絶滅」』(柏書房、2005年)
カール・ビンディング/アルフレート・ホッヘ、森下直貴・佐野誠訳『「生きるに値しない命」とは誰のことか ナチス安楽死思想の原典を読む』(窓社、2001年)
岡崎京子『リバーズ・エッジ』(マガジンハウス、1994年)
井田真木子『十四歳 見失う親 消える子供たち』(講談社、1998年)
村瀬学『未形の子どもへ 人生四苦八苦から』(大和書房、1989年)
親子工芸教室編『知的障害をもつ子とともに 手織りの仲間たち』(晶文社、1998年)
(3)「現代性」を主題とする12冊
佐藤真『ドキュメンタリー映画の地平 世界を批判的に受けとめるために(上)(下)』(凱風社、2001年)
E・ホッファー『大衆運動』(高根正昭訳、紀伊国屋書店、1969年)
内澤旬子『世界屠殺紀行』(解放出版社、2007年)
立岩真也『良い死』(筑摩書房、2008年)
花崎梟平『静かな大地 松浦武四郎とアイヌ民族』(岩波書店、1988年)
波平恵美子『脳死・臓器移植・がん告知 死と医療の人類学』(福武書店、1988年)
日本語版編集部『力の論理を超えて ル・モンド・ディプロマティーク1998-2002』(NTT出版、2003年)
A・ミンデル『紛争の心理学 融合の炎のワーク』(講談社(抄訳)、2001年)
藤本壮介『原初的な未来の建築』(現代建築家コンセプトシリーズ)(INAX出版、2008年)
綾屋紗月/熊谷晋一郎『発達障害当事者研究 ゆっくりていねいにつながりたい』(シリーズ ケアをひらく)(医学書院、2008年)
T・ヤンソン、冨原眞弓訳『島暮らしの記録』(筑摩書房、1999年)
マリリン・バーンズ/マーサ・ウェストン、永田美喜訳『自立する子どもになろう』(子どものためのライフスタイル)(晶文社、1985年)
Thursday, 2 July 2009
小島一郎のすばらしさ
新宿御苑のPlace Mに、小島一郎のオリジナル・プリントを見にゆく。ほとんど涙ぐむ。なんという写真家だったことか彼は。39年の生涯は、夭折という他ない。
そして同時に展示されている森山大道の北海道写真も、さすがに震えるような強さ。森山さんによって発見された視覚によって、われわれは別の国、別の風土へとさまよい出てゆく。
どちらも非常にいい展示なのだが、それでもなお、写真の展示一般に対する大きな疑問。ガラス越しのイメージは、損なわれている。ガラスは邪魔だ、反映像は邪魔だ。プリントそのものを見たい。
それを思うと、「写真展」というのが写真の体験として最良の形態なのかどうか、わからなくなってくる。
有名な「小島のトランプ」を、そのまま手にとって心ゆくまで見ることを夢想する。
そして同時に展示されている森山大道の北海道写真も、さすがに震えるような強さ。森山さんによって発見された視覚によって、われわれは別の国、別の風土へとさまよい出てゆく。
どちらも非常にいい展示なのだが、それでもなお、写真の展示一般に対する大きな疑問。ガラス越しのイメージは、損なわれている。ガラスは邪魔だ、反映像は邪魔だ。プリントそのものを見たい。
それを思うと、「写真展」というのが写真の体験として最良の形態なのかどうか、わからなくなってくる。
有名な「小島のトランプ」を、そのまま手にとって心ゆくまで見ることを夢想する。
ルはどこにいった?
朝日新聞の夕刊を見て、目を疑う。あれだけ学生たち(建築学科を含む)にくりかえしてきたことが、朝日新聞の記者には、まったく伝わっていないので(あたりまえ?)。
ル・コルビュジエの名から「ル」を省略することはできません。それが記事のサブタイトルである「コルビュジエ作品群 世界遺産「見送り」」に始まって、記事中で5カ所、ル・コルビュジエは無惨にも「コルビュジエ」にされている。
記者は責めずにおこう。責めを負うべきは校閲部(というのかどうか知らないけれど)。ル・コルビュジエの場合とはちょっとちがうけれど(いわば舞台名に対する本名なので)ル・クレジオの「ル」も省略することはできない。まさか、姓の一部を勝手に省略してどうする。ところがいずれも、これでもか、というほど多くの印刷媒体で、このまちがいがくりかえされている。
ついでにいうと、まったく別の話だけど、ベニシオ・デル・トロの名を「ベニチオ」と書くのはやめてほしい。スペイン語をイタリア語にするつもりですか。ましてや、他にも数多くの姓名や地名の、より正確な表記にわざわざ朱を入れてくる愚はぜひともやめてほしい、というのが翻訳者からのお願い。
ル・コルビュジエの名から「ル」を省略することはできません。それが記事のサブタイトルである「コルビュジエ作品群 世界遺産「見送り」」に始まって、記事中で5カ所、ル・コルビュジエは無惨にも「コルビュジエ」にされている。
記者は責めずにおこう。責めを負うべきは校閲部(というのかどうか知らないけれど)。ル・コルビュジエの場合とはちょっとちがうけれど(いわば舞台名に対する本名なので)ル・クレジオの「ル」も省略することはできない。まさか、姓の一部を勝手に省略してどうする。ところがいずれも、これでもか、というほど多くの印刷媒体で、このまちがいがくりかえされている。
ついでにいうと、まったく別の話だけど、ベニシオ・デル・トロの名を「ベニチオ」と書くのはやめてほしい。スペイン語をイタリア語にするつもりですか。ましてや、他にも数多くの姓名や地名の、より正確な表記にわざわざ朱を入れてくる愚はぜひともやめてほしい、というのが翻訳者からのお願い。
Wednesday, 1 July 2009
ケン・ローの36冊
内部ゼミ生、ケン・ローのリストです。中国系タヒチ人と日系ハワイ人の両親をもつ彼。日ごろ発音のまちがいを恐れてあまりに無口(ひとこともしゃべらない)なのですが、読む力はどんどんついています。今後どんな方向にむかうかが楽しみ。
(1)考え方、感じ方、判断力の核をなす12冊
ミシェル・レリス『日記』(千葉文夫訳、みすず書房、2001年)
ロジェ・カイヨワ『遊びと人間』(多田・塚崎訳、講談社文庫、1973年)
マトゥラーナとバレーラ『知恵の樹』(管啓次郎訳、ちくま学芸文庫、1997年)
グレゴリー・ベイトソン『精神と自然』(佐藤良明訳、新思索社、2006年)
E・O・ウィルソン『バイオフィリア』(狩野秀之訳、ちくま学芸文庫、2008年)
ナタン・ワシュテル『敗者の想像力』(小池佑二訳、岩波モダンクラシックス、2007年)
レイチェル・カーソン『われらをめぐる海』(日下実男訳、ハヤカワ文庫、2000年)
片山一道『ポリネシア 海と空のはざまで』(東京大学出版会、1997年)
河合雅雄『人間の由来』(小学館、1992年)
Roland Barthes, Roland Barthes par Roland Barthes (Seuil, 1975)
Lewis Mumford, The City in History (Harcourt Brace, 1961)
D’arcy Thompson, On Growth and Form (Cambridge U.P., 1961)
(2)専門と呼びたい分野(刻み・造形・伝達)の12冊
アンリ・メショニック『詩学批判』(竹内信夫訳、未来社、1982年)
ハイナー・シュタッヘルハウス『評伝ヨーゼフ・ボイス』(山本和弘訳、美術出版社、1994年)
ウォルター・オング『声の文化と文字の文化』(林・糟谷・桜井訳、藤原書店、1991年)
フリードリヒ・キットラー『キットラー対話』(前田・原訳、三元社、1999年)
ケネス・バーク『動機の文法』(森常治訳、晶文社、1982年)
『アラン・ローマックス選集』(柿沼敏江訳、みすず書房、2007年)
ヘレン・ケラー『わたしの生涯』(岩橋武夫訳、角川文庫、1966年)
青木晴夫『滅びゆくことばを追って』(三省堂選書、1984年)
山口昌男『文化と両義性』(岩波書店、1975年)
篠田浩一郎『形象と文明』(白水社、1992年)
森田伸子『文字の経験』(勁草書房、2005年)
原広司『集落の教え100』(彰国社、1998年)
(3)「現代性」を主題とする12冊
東野芳明『ロビンソン夫人と現代美術』(美術出版社、1986年)
宮崎学『廃棄スイカに群がるイノシシ家族』(理論社、2006年)
グスタフ・ルネ・ホッケ『迷宮としての世界』(種村・矢川訳、美術出版社、1987年)
萱野茂『アイヌのイタクタクサ』(冬青社、2002年)
アメリア・アレナス『なぜ、これがアートなの』(福のり子訳、淡交社、1998年)
ゲイリー・スナイダー『野性の実践』(原・重松訳、山と渓谷社、2000年)
ジル・ドゥルーズ『記号と事件』(宮林寛訳、河出文庫、2007年)
ロバート・C・ヤング『ポストコロニアリズム』(本橋哲也、岩波書店、2005年)
塩田千春『心が形になるとき』(神戸芸術工科大学デザイン教育センター、2009年)
レスリー・M・シルコウ『儀式』(荒このみ訳、講談社文芸文庫、1998年)
ミツエ・ヤマダ『収容所ノート』(松柏社、2004年)
小田扉『団地ともお』(小学館)
(1)考え方、感じ方、判断力の核をなす12冊
ミシェル・レリス『日記』(千葉文夫訳、みすず書房、2001年)
ロジェ・カイヨワ『遊びと人間』(多田・塚崎訳、講談社文庫、1973年)
マトゥラーナとバレーラ『知恵の樹』(管啓次郎訳、ちくま学芸文庫、1997年)
グレゴリー・ベイトソン『精神と自然』(佐藤良明訳、新思索社、2006年)
E・O・ウィルソン『バイオフィリア』(狩野秀之訳、ちくま学芸文庫、2008年)
ナタン・ワシュテル『敗者の想像力』(小池佑二訳、岩波モダンクラシックス、2007年)
レイチェル・カーソン『われらをめぐる海』(日下実男訳、ハヤカワ文庫、2000年)
片山一道『ポリネシア 海と空のはざまで』(東京大学出版会、1997年)
河合雅雄『人間の由来』(小学館、1992年)
Roland Barthes, Roland Barthes par Roland Barthes (Seuil, 1975)
Lewis Mumford, The City in History (Harcourt Brace, 1961)
D’arcy Thompson, On Growth and Form (Cambridge U.P., 1961)
(2)専門と呼びたい分野(刻み・造形・伝達)の12冊
アンリ・メショニック『詩学批判』(竹内信夫訳、未来社、1982年)
ハイナー・シュタッヘルハウス『評伝ヨーゼフ・ボイス』(山本和弘訳、美術出版社、1994年)
ウォルター・オング『声の文化と文字の文化』(林・糟谷・桜井訳、藤原書店、1991年)
フリードリヒ・キットラー『キットラー対話』(前田・原訳、三元社、1999年)
ケネス・バーク『動機の文法』(森常治訳、晶文社、1982年)
『アラン・ローマックス選集』(柿沼敏江訳、みすず書房、2007年)
ヘレン・ケラー『わたしの生涯』(岩橋武夫訳、角川文庫、1966年)
青木晴夫『滅びゆくことばを追って』(三省堂選書、1984年)
山口昌男『文化と両義性』(岩波書店、1975年)
篠田浩一郎『形象と文明』(白水社、1992年)
森田伸子『文字の経験』(勁草書房、2005年)
原広司『集落の教え100』(彰国社、1998年)
(3)「現代性」を主題とする12冊
東野芳明『ロビンソン夫人と現代美術』(美術出版社、1986年)
宮崎学『廃棄スイカに群がるイノシシ家族』(理論社、2006年)
グスタフ・ルネ・ホッケ『迷宮としての世界』(種村・矢川訳、美術出版社、1987年)
萱野茂『アイヌのイタクタクサ』(冬青社、2002年)
アメリア・アレナス『なぜ、これがアートなの』(福のり子訳、淡交社、1998年)
ゲイリー・スナイダー『野性の実践』(原・重松訳、山と渓谷社、2000年)
ジル・ドゥルーズ『記号と事件』(宮林寛訳、河出文庫、2007年)
ロバート・C・ヤング『ポストコロニアリズム』(本橋哲也、岩波書店、2005年)
塩田千春『心が形になるとき』(神戸芸術工科大学デザイン教育センター、2009年)
レスリー・M・シルコウ『儀式』(荒このみ訳、講談社文芸文庫、1998年)
ミツエ・ヤマダ『収容所ノート』(松柏社、2004年)
小田扉『団地ともお』(小学館)
志村みどりの36冊
外部ゼミ生、志村みどりさんのリストです。ハードコアな文学少女的セレクション! 「アートと女性」という主題設定に頷きました。
(1)考え方、感じ方、判断力の核をなす12冊
『ブッダのことば スッタニパータ』(中村元訳、岩波文庫、1984)
ヘルマン・ヘッセ『シッダールタ』(高橋健二訳、新潮文庫、1971)
吉本隆明『最後の親鸞』(ちくま学芸文庫、2002)
ジョセーフ・キャンベル+ビル・モイヤーズ『神話の力』(飛田茂雄訳、早川書房、1997)
エーリッヒ・フロム『自由からの逃走』 (日高六郎訳、東京創元社、1965)
ウンベルト マトゥラーナ , フランシスコ バレーラ 『知恵の樹』(管啓次郎訳、ちくま学芸文庫、1997)
新宮一成『ラカンの精神分析』(講談社現代新書、1995)
今福龍太+沼野充義+四方田犬彦 編『愛のかたち』(岩波書店、1996)
ジョルジュ・バタイユ『眼球譚』(生田耕作訳、二見書房、1994)
ガブリエル・ガルシア=マルケス『わが悲しき娼婦たちの思い出』(木村榮一訳、新潮社、1996)
佐野洋子『しずこさん』(新潮社、2008)
町田康『告白』(中央公論新社、2005)
(2)専門と呼びたい分野(アートと女性)の12冊
瀬戸内晴美『かの子撩乱』(講談社文庫、2000)
草間彌生『すみれ強迫』(作品社、1998)
ローリー・ライル『ジョージア・オキーフ』(道下匡子、PARCO出版、1984)
ベルナール・ビュフェ美術館:監修『ビュフェとアナベル』(フォイル、2007)
アンドレ・ブルトン『ナジャ』(巖谷國士、岩波文庫、2003)
ホイットニー・チャドウィック『シュルセクシュアリティ』(伊藤俊治訳、 長谷川祐子訳、 PARCO出版、1989)
レオノーラ・キャリントン『耳ラッパ』 (野中雅代訳、工作舎、2003)
アニエス・ヴァルダ『歌う女歌わない女』(山崎剛太郎訳、KKベストセラーズ、1978)
バルガス・リョサ『楽園への道』(田村さと子訳、河出書房新社、2008)
リチャード・ウィッツ『NICO』(浅尾敦則訳、河出書房新社、1997)
中島美代子『らも』(集英社、2007)
島尾敏雄『死の棘』(新潮文庫、1981)
(3)「現代性」を主題とする12冊
レベッカ・ブラウン『体の贈り物』(柴田元幸訳、新潮文庫、2001)
多和田葉子『海に落とした名前』(新潮社、2006)
カズオ・イシグロ『わたしを離さないで』(土屋政雄訳、早川書房、2006)
アーザル・ナフィーシー『テヘランでロリータを読む』(市川恵里訳、白水社、2006)
イーユン・リー『千年の祈り』 (篠森ゆりこ訳、新潮社、2007)
ジョウ・シュン+フランチェスカ・タロッコ『カラオケ化する世界』(松田和也訳、青土社、2008)
大竹昭子『カラオケ、海を渡る』(筑摩書房、1997)
高木 徹『戦争広告代理店』(講談社、2005)
ヒュー・マイルズ『アルジャジーラ』(河野純治訳、光文社、2005)
村上春樹『アンダー・グラウンド』(講談社文庫、1999)
森達也『死刑』(朝日出版社、2008)
立川談春『赤めだか』(扶桑社、2008)
(1)考え方、感じ方、判断力の核をなす12冊
『ブッダのことば スッタニパータ』(中村元訳、岩波文庫、1984)
ヘルマン・ヘッセ『シッダールタ』(高橋健二訳、新潮文庫、1971)
吉本隆明『最後の親鸞』(ちくま学芸文庫、2002)
ジョセーフ・キャンベル+ビル・モイヤーズ『神話の力』(飛田茂雄訳、早川書房、1997)
エーリッヒ・フロム『自由からの逃走』 (日高六郎訳、東京創元社、1965)
ウンベルト マトゥラーナ , フランシスコ バレーラ 『知恵の樹』(管啓次郎訳、ちくま学芸文庫、1997)
新宮一成『ラカンの精神分析』(講談社現代新書、1995)
今福龍太+沼野充義+四方田犬彦 編『愛のかたち』(岩波書店、1996)
ジョルジュ・バタイユ『眼球譚』(生田耕作訳、二見書房、1994)
ガブリエル・ガルシア=マルケス『わが悲しき娼婦たちの思い出』(木村榮一訳、新潮社、1996)
佐野洋子『しずこさん』(新潮社、2008)
町田康『告白』(中央公論新社、2005)
(2)専門と呼びたい分野(アートと女性)の12冊
瀬戸内晴美『かの子撩乱』(講談社文庫、2000)
草間彌生『すみれ強迫』(作品社、1998)
ローリー・ライル『ジョージア・オキーフ』(道下匡子、PARCO出版、1984)
ベルナール・ビュフェ美術館:監修『ビュフェとアナベル』(フォイル、2007)
アンドレ・ブルトン『ナジャ』(巖谷國士、岩波文庫、2003)
ホイットニー・チャドウィック『シュルセクシュアリティ』(伊藤俊治訳、 長谷川祐子訳、 PARCO出版、1989)
レオノーラ・キャリントン『耳ラッパ』 (野中雅代訳、工作舎、2003)
アニエス・ヴァルダ『歌う女歌わない女』(山崎剛太郎訳、KKベストセラーズ、1978)
バルガス・リョサ『楽園への道』(田村さと子訳、河出書房新社、2008)
リチャード・ウィッツ『NICO』(浅尾敦則訳、河出書房新社、1997)
中島美代子『らも』(集英社、2007)
島尾敏雄『死の棘』(新潮文庫、1981)
(3)「現代性」を主題とする12冊
レベッカ・ブラウン『体の贈り物』(柴田元幸訳、新潮文庫、2001)
多和田葉子『海に落とした名前』(新潮社、2006)
カズオ・イシグロ『わたしを離さないで』(土屋政雄訳、早川書房、2006)
アーザル・ナフィーシー『テヘランでロリータを読む』(市川恵里訳、白水社、2006)
イーユン・リー『千年の祈り』 (篠森ゆりこ訳、新潮社、2007)
ジョウ・シュン+フランチェスカ・タロッコ『カラオケ化する世界』(松田和也訳、青土社、2008)
大竹昭子『カラオケ、海を渡る』(筑摩書房、1997)
高木 徹『戦争広告代理店』(講談社、2005)
ヒュー・マイルズ『アルジャジーラ』(河野純治訳、光文社、2005)
村上春樹『アンダー・グラウンド』(講談社文庫、1999)
森達也『死刑』(朝日出版社、2008)
立川談春『赤めだか』(扶桑社、2008)
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