いよいよ今年も前半終了間際。大きな仕事がぜんぜん進んでいないので、じりじりと焦り。だが焦りとは、時間との最悪の関係だ。とにかく少しずつ進めていこう。
土曜日(27日)の夕刊に掲載されていた、若田光一さん撮影の上空337キロからの千島列島の火山爆発の写真は、ほんとにすごい。どんな写真家だって撮れない、究極の1枚。こうした科学写真の研究をするヤツ、誰かいないかな。航空写真の歴史だけだって、相当におもしろいはず。
ついで日曜日、軽井沢へ。初めての軽井沢は、御代田のメルシャン美術館。このあたりに武満徹が住んで作曲をしていたんだと聞き、へえっと思う。浅間山が見えて、いいところだ。
展覧会は「もうひとつの森へ」。すばらしかった。彫刻の三沢さん、写真の津田さん、ビデオ・アニメーションのマイさん、みんなすごくいいし、会場設営の豊嶋さんのセンスにもひたすら感心。そして今回のお目当ての、佐々木愛さんのインスタレーション=壁画。
強烈だった! 大きな壁面いちめんに、白一色のメレンゲの森が描かれている。森は倒立している。まるで夕日のような、斜めからの光を浴びる森の前を左右に行ったり来たりすると、陰がどんどん変わる。同時に、メレンゲのエッジが銀色に輝き、茫然とする美しさ。倒立しているということは、この壁は、いわば水面。するとわれわれの頭上に、反映以前の実在の森がひろがっているわけか。建物にはそれはない、建物の外にも。だがこの区域の全体が、じつはまるごと森に属しているのか。
4人のアーティストのバランスが見事。キュレーションのよさを感じた。ユーモアあり、遊びあり、そしてめざしているものの凝縮度が、きわめて高い。展示期間が終わると、愛さんのこの絵は壊されてしまう。惜しいなあ。惜しいけど、それを含めての制作なんだろうか。
その日曜の夜、自宅のそばでひさびさにハクビシンに遭遇。深夜の道路をわたって、金網のフェンスを苦もなく上り、下りて、近所のマンションの庭に消えていった。尾の長さが見事。がんばって繁殖してほしい。
おなじく日曜日で、日本経済新聞の月間連載「半歩遅れの読書術」終了。はじめはまるでちがう主題で準備していたのだが、現在品切れの本を取り上げるのは避けたいとのことで、急遽、高校時代の読書の思い出話にした。西脇順三郎、林達夫、吉田健一、植草甚一という、ぼくが強い影響を受けたジーサン4人について、順次(かれらの生年は順に1894、1896、1911、1908。ぼくの祖父たちも、いずれも19世紀人)。いい機会だった。長いあいだ忘れていたことを、いろいろ思い出した。
読書はけっして本の内容だけの問題じゃないなと改めて思う。読書の時空の周辺にあった記憶が、どうやら本の思い出に重ねられるかたちで組織されているらしい。要は、そのときどきに、自分が周囲の世界をどう把握し構築していたかということ、そのまるごとの問題なんだろう。
本はいい、ハクビシンはいい、森はいい、噴火はいい、宇宙もいい。そして佐々木愛の絵と心意気は、とてもいい。
なお、メルシャン美術館そばの浅間縄文ミュージアムも、非常に興味深かった。軽井沢に行ったら、みんな、ぜひ寄りましょう。結局、われわれは縄文をレファレンスとして現代生活を考え直すのがいちばんいいと思う。2000年前、列島の人口が推定59万人(たしか展示にそうあった)だったころを思い出しながら。
Friday, 26 June 2009
さようならマイクル
おととい見たばかりの『ミスター・ロンリー』の主人公がマイクル・ジャクソンのそっくりさん(あまり似てない)だったので、彼のことを考えていた。すると今日、マイクルの逝去。先週は英語の授業でキース・ヘリングの話をし、ぼくの「1958年生まれのともだち」(といってもただ歳が一緒なだけ)としてキースとマイクルをあげたばかりだった。みんなが笑った。すると今日。
ぼくは彼のファンだったことはないけれど、思えばいつも、彼はそこにいた。ジャクソン・ファイヴのころからはじまって(何年前?)。同い年の、最初のメディア・スターだった。
さようならマイクル! スーパースターダムからの転落をもう見なくてすむことになったファンたちの妙に陽気なお祭り騒ぎが、さびしい、悲しい。不滅は完成された。ぼくはそんな風には祝わない、祈らない。でもきみのCDをひっぱりだして、ひさしぶりに今夜は聴いてみよう。
ぼくは彼のファンだったことはないけれど、思えばいつも、彼はそこにいた。ジャクソン・ファイヴのころからはじまって(何年前?)。同い年の、最初のメディア・スターだった。
さようならマイクル! スーパースターダムからの転落をもう見なくてすむことになったファンたちの妙に陽気なお祭り騒ぎが、さびしい、悲しい。不滅は完成された。ぼくはそんな風には祝わない、祈らない。でもきみのCDをひっぱりだして、ひさしぶりに今夜は聴いてみよう。
Wednesday, 24 June 2009
ハーモニー・コリンのすばらしさ
映画との関係が断続的なので、ときにはある作品の存在に気づかないまま、何年も過ぎてしまうことがある。ときには名前を知っても、ただそれだけで何年も経ってしまうことがある。それでハーモニー・コリンの作品を見たことがなかった自分が、とても信じられない。許しがたい愚行。
この3日、『ガンモ』(1997年)、『ロバ少年ジュリアン』(1999年)、『ミスター・ロンリー』(2007年)を続けて見て、あまりの驚きに茫然としている。信じがたい想像力、身震いするほどの感覚。3本の中では『ジュリアン』が永遠の傑作。『ミスター・ロンリー』もすごくおもしろいが、妙に大人の作品になってしまっている。
そして『ガンモ』の「アメリカ」は、ぼくがすれちがってきたアメリカ。貧しく、狂気が平等に分ちもたれた、田舎の白人たちのアメリカ。
すごい監督だが、多くが作れる人ではなさそう。『ジュリアン』と『ミスター・ロンリー』では、俳優としてのヴェルナー・ヘルツォークの怪演が光る。
この3日、『ガンモ』(1997年)、『ロバ少年ジュリアン』(1999年)、『ミスター・ロンリー』(2007年)を続けて見て、あまりの驚きに茫然としている。信じがたい想像力、身震いするほどの感覚。3本の中では『ジュリアン』が永遠の傑作。『ミスター・ロンリー』もすごくおもしろいが、妙に大人の作品になってしまっている。
そして『ガンモ』の「アメリカ」は、ぼくがすれちがってきたアメリカ。貧しく、狂気が平等に分ちもたれた、田舎の白人たちのアメリカ。
すごい監督だが、多くが作れる人ではなさそう。『ジュリアン』と『ミスター・ロンリー』では、俳優としてのヴェルナー・ヘルツォークの怪演が光る。
Monday, 22 June 2009
木曜英語の課題曲(2)
今週から、新しい歌です。
http://www.youtube.com/watch?v=3t4g_1VoGw4&feature=related
いわずと知れた、ボブ・ディラン初期の代表作。このなんともいえない暗さのあるPPMのヴァージョンで覚えてきてください。
http://www.youtube.com/watch?v=3t4g_1VoGw4&feature=related
いわずと知れた、ボブ・ディラン初期の代表作。このなんともいえない暗さのあるPPMのヴァージョンで覚えてきてください。
Sunday, 21 June 2009
おめでとう、夏至
今年も、はや夏至。ミッドサマー。信じられないけど、次は冬至まで、しっかりやろう。
さて。夏至を祝うため、数人で集まって勝手にドキュメンタリー映画祭を開催。見たのは、「食」をめぐる以下の3本。
フーベルト・ザウパー『ダーウィンの悪夢』(2004年)
ニコラウス・ゲイハルター『いのちの食べ方』(2008年)
マーク&ニック・フランシス『おいしいコーヒーの真実』(2006年)
見ると、いずれも、さすがにしゅんとする。なんともいえない後味。苦い、苦い。自分たちが住んでいる世界とか狂気に近い消費の体制とかいわゆる「先進国」が世界の他の地域に強いるむちゃくちゃな負荷を思い知らされて。
3本とも、基本的なドキュメンタリー作品として、日本中の高校生たちの必見リストに加えていい。
これから「これは見るべきだ!」というドキュメンタリーのリストを作成していこうと思う。これに付け加えるとしたら、ステファニー・ブラックの『ジャマイカ、楽園の真実』か。「必見のドキュメンタリー101」、まずはこれで4本。
さて。夏至を祝うため、数人で集まって勝手にドキュメンタリー映画祭を開催。見たのは、「食」をめぐる以下の3本。
フーベルト・ザウパー『ダーウィンの悪夢』(2004年)
ニコラウス・ゲイハルター『いのちの食べ方』(2008年)
マーク&ニック・フランシス『おいしいコーヒーの真実』(2006年)
見ると、いずれも、さすがにしゅんとする。なんともいえない後味。苦い、苦い。自分たちが住んでいる世界とか狂気に近い消費の体制とかいわゆる「先進国」が世界の他の地域に強いるむちゃくちゃな負荷を思い知らされて。
3本とも、基本的なドキュメンタリー作品として、日本中の高校生たちの必見リストに加えていい。
これから「これは見るべきだ!」というドキュメンタリーのリストを作成していこうと思う。これに付け加えるとしたら、ステファニー・ブラックの『ジャマイカ、楽園の真実』か。「必見のドキュメンタリー101」、まずはこれで4本。
Wednesday, 17 June 2009
きみは人を食うのか?
ぼくが小学校の6年生だった1970年(大阪万博の年)、世界の人口は37億くらいだった。それが現在、68億とか。そして2050年には95億を超えると予測されている。
当然、食料不足が懸念される。それできょうも総合文化ゼミの時間に、みんなの意見を聞いてみた。
「食料不足になると、いちばん有効な解決法はヒトがヒトを食うことだろうね。2050年、きみたちが60歳をちょっと越えたころそんな事態になったら、どうする? 人間を食えるか?」
驚いたことに、何人かはためらいなく「食える」に手をあげる。別にかれらを責めるつもりはない(実際に食わないかぎりは)が、これほどヒトの道徳観は歯止め無く変わりうるのかと思うと、愕然とする。
その一方で、「ヒトを食うくらいなら自分は生きていたくない」という人が、「食える」よりもちょっと多いくらいの割合でいる。ぼくはそれにほっとするが、現在のかれらが下す判断と、いざそんな事態になったときに下す判断は、おなじではないと考えるほうが自然だろう。
ようやく20世紀をかけて多くの地域でカニバリズムの地獄に別れを告げたのもつかのま、ヒトの本質に根ざす行動を、そう簡単に根絶やしにすることはできなさそうだ。
なんという動物であることかわれわれは。何も学ばず、ただ、太陽の膨張により地球が併呑されるのを、ヒトを食いつつ待つというのか。悲しいことだ。せめて人食いはやめよう。やめましょう。ヒトを食わずとも生きていけるレベルの人口に、低位安定することをめざそう。
当然、食料不足が懸念される。それできょうも総合文化ゼミの時間に、みんなの意見を聞いてみた。
「食料不足になると、いちばん有効な解決法はヒトがヒトを食うことだろうね。2050年、きみたちが60歳をちょっと越えたころそんな事態になったら、どうする? 人間を食えるか?」
驚いたことに、何人かはためらいなく「食える」に手をあげる。別にかれらを責めるつもりはない(実際に食わないかぎりは)が、これほどヒトの道徳観は歯止め無く変わりうるのかと思うと、愕然とする。
その一方で、「ヒトを食うくらいなら自分は生きていたくない」という人が、「食える」よりもちょっと多いくらいの割合でいる。ぼくはそれにほっとするが、現在のかれらが下す判断と、いざそんな事態になったときに下す判断は、おなじではないと考えるほうが自然だろう。
ようやく20世紀をかけて多くの地域でカニバリズムの地獄に別れを告げたのもつかのま、ヒトの本質に根ざす行動を、そう簡単に根絶やしにすることはできなさそうだ。
なんという動物であることかわれわれは。何も学ばず、ただ、太陽の膨張により地球が併呑されるのを、ヒトを食いつつ待つというのか。悲しいことだ。せめて人食いはやめよう。やめましょう。ヒトを食わずとも生きていけるレベルの人口に、低位安定することをめざそう。
Sunday, 14 June 2009
マオリ講座、終了
土曜日、明治大学リバティアカデミー「世界文化の旅・先住民編」で「マオリ」についての話をする。
いわずとしれた、アオテアロア=ニュージーランドの先住民。そして同時に、太平洋に広大な三角形を描き出すポリネシア言語文化圏の、要ともなる人々だ。
映画とは本当に強力な表現手段なので、マオリについて知りたいという人にはいつも勧めてきた2本の映画を、またこんども勧めた。Once Were WarriorsとWhale Rider。もっとも前者は、あまりの強烈な暴力描写に教室で見るのもはばかられたため、後者の、北島東海岸ギズボーン周辺の美しさがわかる場面をちょっとだけ。何度見てもジンとくる、信じがたい美しさ。
前にもいったけど、「アフリカ編」「島めぐり編」「先住民編」と3年かけて続いてきたこの講座も、今年かぎりでおしまいだ。コーディネーターの中村和恵さんが来年度は在外研究に出るためだが、本当に学ぶことの多いシリーズだった。講師の側が他の講師の話をぜんぶ聞くというかたちは、なかなかできない。その成果の一端を、岩波の新刊『世界中のアフリカへ行こう』でごらんあれ。
またいつか、さらに新たな課題を見出して、別の主題で続行したいもの。
終わって、今日は大阪。着いてみると、まるで中国のような熱気。ふらふら歩いているうちに、偶然、天満に出た。天満? 松本健二さんの本拠地か、ここが! ラテンアメリカ文学者(詩人セサル・バジェホの研究者)の松本さんは、まちがいなく、スペイン語の短編小説を誰よりもたくさん読んでいる人(何があっても1日1編を自分にノルマとして課しているのだ)。そうか、ここが天満か。こんなことなら、あらかじめ松本さんに連絡しておけばよかった。
http://bar-trilce.no-blog.jp/
ところで日本経済新聞・日曜日の「半歩遅れの読書術」は、先週の西脇順三郎に続いて今日は林達夫。残る2回も、どうぞお楽しみに。
いわずとしれた、アオテアロア=ニュージーランドの先住民。そして同時に、太平洋に広大な三角形を描き出すポリネシア言語文化圏の、要ともなる人々だ。
映画とは本当に強力な表現手段なので、マオリについて知りたいという人にはいつも勧めてきた2本の映画を、またこんども勧めた。Once Were WarriorsとWhale Rider。もっとも前者は、あまりの強烈な暴力描写に教室で見るのもはばかられたため、後者の、北島東海岸ギズボーン周辺の美しさがわかる場面をちょっとだけ。何度見てもジンとくる、信じがたい美しさ。
前にもいったけど、「アフリカ編」「島めぐり編」「先住民編」と3年かけて続いてきたこの講座も、今年かぎりでおしまいだ。コーディネーターの中村和恵さんが来年度は在外研究に出るためだが、本当に学ぶことの多いシリーズだった。講師の側が他の講師の話をぜんぶ聞くというかたちは、なかなかできない。その成果の一端を、岩波の新刊『世界中のアフリカへ行こう』でごらんあれ。
またいつか、さらに新たな課題を見出して、別の主題で続行したいもの。
終わって、今日は大阪。着いてみると、まるで中国のような熱気。ふらふら歩いているうちに、偶然、天満に出た。天満? 松本健二さんの本拠地か、ここが! ラテンアメリカ文学者(詩人セサル・バジェホの研究者)の松本さんは、まちがいなく、スペイン語の短編小説を誰よりもたくさん読んでいる人(何があっても1日1編を自分にノルマとして課しているのだ)。そうか、ここが天満か。こんなことなら、あらかじめ松本さんに連絡しておけばよかった。
http://bar-trilce.no-blog.jp/
ところで日本経済新聞・日曜日の「半歩遅れの読書術」は、先週の西脇順三郎に続いて今日は林達夫。残る2回も、どうぞお楽しみに。
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