Tuesday, 30 September 2008

さあ、秋のはじまり(本格的に)

しとしと降る雨に、秋が本格的にはじまったと思う。今年も残り4半分とは、血も凍る、涙も止まる。いまが5月なら! せめて6月なら! まだ約束をはたしていないみなさん、ごめんなさい。日々、ビーバーか蟻かオオアリクイのように作業中です。

きょうは写真家のトヨダヒトシくんと、スライドショー会場の下見と相談に。明治大学和泉キャンパス(いわゆる「明大前」下車)で、10月24日(金)に決行する。詳細はまた。

帰りがけ、明治の学生なら誰でも知っている、沖縄料理の宮古へ。トヨダくんとのんびり話すと、ほんとにほっとする。日ごろのぼくが巻き込まれているバカげたペースの、対極にいる人。けっして自分を失わない、思慮深い、得難い友人だ。

DC系の秋は、またもや盛りだくさん。トヨダくんのスライドショーにつづいて、11月にはデザイナーの近藤一弥さんとの書店イベント(BOOKS 246)を予定。そして12月には、明治大学生田図書館のギャラリー・ゼロで、フォトジャーナリストの佐藤文則さんのハイチ写真展を開催する。たぶん、佐藤さんを囲む会も。

もちろん、すべて無料だよ。1、2年生の諸君も、ぜひ積極的に参加してくれ! 他大学のみなさんも大歓迎です。

「書評空間」

紀伊國屋書店の書評ブログ「書評空間」に参加することになった。

http://booklog.kinokuniya.co.jp/

月に1回から4回(あるいはそれ以上!)、さまざまな本をめぐるさまざまな長さの書評を書いていく、つもり。学校の授業とは連動するかもしれないし、表面上なんの関係もないまま過ぎていくかもしれない。

「書評空間」が場としてすぐれているのは、長さが自由であること、そして扱う本が新刊書には限られないことだ(品切れでないかぎり)。

とりあげたい本は、たくさんある。ないのは読む時間、書く時間。ときどきのぞいてみてください。

Monday, 29 September 2008

ロティが見たモアイたちが『砂漠論』を見ている、のを見ている

春にラパ・ヌイ(イースター島)でぼくがいたずらで撮ってきた写真が、フランス文学者・工藤庸子さんのブログにアップされた。

http://www.campus.u-air.ac.jp/~kudo/

あの人気作家ピエール・ロティが若いころこの島を訪れているのは、驚異。何しろ19世紀後半の話、果てしない時間がかかったにちがいない。でも、たぶんそのころすでに、タヒチとのあいだの航路は確立されていたのだろう。現在の航空路は、それをなぞっているにすぎないのかも。

植民地主義を支える精神の態度に誰よりも意識的な文学者である工藤さん、ロティについてのモノグラフを準備していらっしゃるようだ。これは楽しみ! ぼくはぼくでやりたい仕事はたくさんあるが、ゴーギャンのお墓参りもそのひとつ。

けれどもすでに過ぎ去った大観光時代の延長のような行動をいつまでもくりかえしたくもない。けれども、それでも、いくつか見届け空気を味わい音を聞いてみたい場所がある。

そんな場所が99あるとして、そのうちの9つを選んで3年にいちど、旅をする(いろいろあきらめて)。そうすれば今後の27年で、地球の一角を垣間見ることができるのかも。2035年。それとも、そんな気楽な観光旅行の日々は、それよりもずっと早く終わりを告げるだろうか。

2035年には、地球の人口は予測ではいまよりも20億人増えているらしい。もうけっして増えないのはモアイの数。かれらはひたすら摩滅してゆく。ごくろうさま、といいたい。

Sunday, 28 September 2008

ア太郎の夢と西郷信綱

昨日、机にむかったままうたた寝して見た夢。

何人かのともだちと遊んでいる。みんな小学生(だと思われる、自分も含めて)。中にア太郎がいる。ア太郎だけ、2次元のまま、平面の線描きのまま。はちまきをし、鉛筆を耳にはさんだ、いつもの格好で。

ぼくが「ア太郎、おまえ薄いねー、やっぱり」というと、ア太郎が朗らかに「それをいうなって!」と答え、みんなゲラゲラ笑う。

やがて(といっても1秒くらいあとか?)ア太郎が「あ、そろそろ帰って仕事するよ。じゃ、またな!」と快活にいって帰ってゆく。みんなで「ア太郎はえらいなあ」「えらいよ、あいつ」と口々にいって感心する。

目覚めて、何か充実感あり。ここにいた「みんな」が誰かはわからないが、ア太郎が妙にあざやかだった。マンガのキャラクターも、現実の過去の知人も、生きている人間も、死んだ友人も、夢の中にはみんながいる。それはもちろんこっちの心が作っていることだけれど、夢のア太郎が元気づけてくれるのは事実、真実。

昨日、私淑する西郷信綱さんの逝去が報じられた。92歳。ぼくはずっと自分の専門を「比較詩学研究」と呼んできたけど、この角度からすれば現代日本における最大の巨人だった。お弔いの場所は生田だという。ということは、うちの職場のそばに住んでおられたのか! まったく知らなかった。

そして死者といえば、デヴィッド・フォスター・ウォレスが先日亡くなったことを知った。ぼくより4歳年下だが、現代アメリカのもっとも才能ある作家のひとりだと誰からも呼ばれてきた。20年来服用していた抗鬱剤の副作用がひどくなったので薬をやめ、するとこんどは鬱がひどくなったのだという。自殺。彼の名声は大学院生のころからずっと耳にしてきたものの、読んだことがない。この機会に読むのもかなしいが、手にとってみようと思う。

すっかり涼しくなった。

Saturday, 27 September 2008

ボルネオの猫町?

同僚の林ひふみさん(中国語)が夏にボルネオに旅行して、その話を聞かせてくれた。

特にいいのはサラワク州だそうだ。州都クチン(猫の町、という意味)は美しく、そこからグヌン・ムル国立公園をめざせば、たちまち巨大な洞窟群と、緑濃く酸素も濃い熱帯雨林へ。おびただしい野生動物に驚きっぱなし。目も鼻孔も肺も洗われて、体が軽快になるのを実感できる。

もちろん、オランウータンも見られる(それが目的の人も多い)。オランウータンだけじゃなくて、テングザルをはじめとする各種の猿たちも、いたるところにいるそうだ。

しばらくまえから気にはなっていたのだが、行ってみたい。2004年にペナンで買ってきたマレー語/英語辞典をとりだして、しばしページをくってみる。

ところでひふみさんは、中国語の著書が10冊以上ある、中国世界の人気コラムニスト(新井一二三の名で書いている)。ぜんぜん知らない文化圏に詳しい同僚をもつことの楽しさを、いつも実感させてくれる。北京料理の達人でもある。

カラハーイ=羅針盤

あれほど耳に親しい「カラハーイ」という言葉だが、その意味を知らなかった。それがところがいまは「グーグルに訊いてみる」(コンゴ共和国出身のロジェ神父さまの表現)と、たちどころにわかる。

「カラハーイ」とは沖縄語で「羅針盤」のこと。想像するに、「唐」伝来の「針」といったあたりが語源だろうか?

そう聞いて、突然、りんけんバンドと羅針盤がつながる。山本精一ひきいる羅針盤は、日本のバンドでぼくが長らくいちばん好きだったバンド。

興味がない人にはまるで意味がないことだけど、自分にとってはこうして思いがけないつながり方をしてそれが頭から離れなくなることも、いろいろある。

Thursday, 25 September 2008

『あじまぁのウタ』『青空娘』

いよいよ後期の授業開始。木曜日は正午から午後6時まで、とにかくダラダラとセッションを続けるという日(その後のパブでの雑談を含めると8時まで!)なので、まずは景気をつけるため、パコや宇野澤くんらとビデオを2本観た。

まず、りんけんバンドと上原知子を追ったドキュメンタリー『あじまぁのウタ 上原知子----天上の歌声』(青山真治、2002年)。上原知子の強烈に美しい歌声と存在感に魅了される。そして彼女のために毎日毎日歌を書き続ける林賢さんのかっこよさ。

1991年ごろのシアトルで、毎日りんけんバンドばかり聴いていたのを思い出す。こんどは北谷のカラハーイにかれらのライヴを観に行きたい。

ついで増村保造の『青空娘』(1957年)。スピード感のある展開とあまりにわざとらしい台詞に、爆笑と幸福感が立ちこめる。すごい作品。20代はじめの若尾文子がかわいいが、それ以上に「おっ」と思うのがミヤコ蝶々の好演。そして、半世紀前の東京の、胸が痛くなるほどの異国ぶり。

これでみんなやる気が出た。後期は、充実が約束されている。意識がガラリと変わるような半年にしよう!