2016年12月25日日曜日

「文学と環境」19号

ASLE-Japan 文学・環境学会の学会誌「文学と環境」。19号はわが若き同僚・波戸岡景太さんが中心となって編集され、10月31日に刊行されました。制作も左右社となり、模様替え。

今回は「安全」という主題の特集号にするという新しい趣向で、非会員からも英語で小説を書く吉田恭子さん(立命館大学)、アメリカ文学翻訳の若き期待の星・藤井光さん(同志社大学)に、非常におもしろい文章を寄稿していただきました。ぼくは「馬と安全?」と題する短い文を。

同誌は会員からの投稿を受けつけています。広く文学と環境、われわれの生活世界への物質的まなざしに興味のある方、ぜひ入会し、本誌にも参加してください。

まちがいなく、文学研究の中でももっともおもしろく、意味のある分野です。

PACダイアローグ・シリーズ

12月23日(金・祝)。明治大学グローバルホールで、イベントを開催しました。われわれの大学院、理工学研究科新領域創造専攻「ディジタルコンテンツ系」は、2008年に開設され丸9年を経過しようとしています。これを来春から理工学研究科建築・都市学専攻「総合芸術系」に改組するにあたり、一連の記念イベントを主催しています。

総合芸術系の大きな主題が「場所、芸術、意識」。そこでPlaces, Arts, and Consciousnessの頭文字をとって、このイベントをPACシリーズと名付けました。

この日はPACダイアローグ・シリーズとして、その第1回「陣野俊史+木村元彦」、第2回「大竹昭子+宮沢章夫」を連続開催。文芸批評家の陣野さんとスポーツ・ジャーナリストの木村さんをむすぶのは越境性のスポーツであるプロ・サッカー。でも木村さんの名作『オシムの言葉』に見られるように、サッカーもまた言葉の競技でもあります。一方、作家・批評家の大竹さんと劇作家・宮沢さんは、宮沢さんの新作「子どもたちは未来のように笑う」を素材に、終始笑いの絶えないお話を展開してくださいました。どちらもきわめて充実した内容。

この対談、記録は残しませんでした。そのときその場でしか語られない、聞けない、言葉のために。こうしたイベントを、これからも開催して行きたいと考えています。

八戸で

12月17日(土)、オープンしたばかりの八戸ブックセンターで「土地と声」と題するイベントに参加しました。石田千、温又柔、木村友祐という友人たちと、第1部としてワークショップ、第2部としてこの主題で語りつくすという試み。

第1部では石田さんとぼくが組んで彼女の傑作 『家へ』の読み。また温さんと木村さんが組んで温さんのデビュー作『来福の家』の読み。いずれも参加者は12名限定、真剣に読み込んできてくださったので、活発な議論ができました。

第2部は、われわれ4人が書いてきた短い文章の朗読にはじまり、土地に即して声を発することを話し合いました。この文章を集めた冊子「土地と声」を、ブックセンターの店員で絵本作家の森花子さんがご自分の挿絵とともに作ってくれて、これを参加者に配布しました。 すばらしい出来映えです。

それにしてもこのブックセンター、注目。八戸を「本のまち」にするという小林眞市長のヴィジョンを受けて、最高のスタッフが情熱をもって取り組んでいます。全体のディレクションに関わったのが内沼晋太郎さん。そう、下北沢の本屋B&Bや福岡のRethink Booksをプロデュースし、書店の概念を一新した人です。

八戸に行くと、光の明るさと人々のやさしさに打たれます。鉄犬へテロトピア文学賞のトロフィーである鉄犬燭台の作者・木村勝一さんにも、いつもながらすっかりお世話になりました。八戸のみなさま、本当にありがとうございました!

京都で

12月11日(日)、京都のセントロ(中心街)にある立誠シネマで『あたらしい野生の地ーリワイルディング』をめぐるトーク・イベントを行いました。建築・都市・領域研究者の松田法子さん、歌手の松田美緒さんの松田シスターズと(姉妹ではないけれど)。映画が扱うオランダの土地の特性、各地での人と土地の関わりにはじまり、いろいろな話題が飛び出す、きわめておもしろい展開になりました。

南相馬の土地を扱った短篇ドキュメンタリー『水の記憶、土の記憶』(古木洋平監督)の上映をはさみ、最後は美緒さんが特別にアカペラで歌ってくださって、しめくくり。

ご来場いただいたみなさま、ありがとうございました。 『リワイルディング』の上映は各地でつづいています。ぜひ、どこかで、ごらんください!

2016年12月8日木曜日

連詩「見えない波α」

新しい連詩プロジェクト、開始しました。『地形と気象』とおなじく左右社のサイトにて連載。ぼく→暁方ミセイ→石田瑞穂→ゲストの順番で1巡、それをくりかえして行きます。

詩の形式は1、2、3、4、5行で計15行の構成。高まり打ち寄せる波のかたちの模倣。

ぜひ、お読みください。まずは瑞穂さんの序と、ぼくの出帆の1篇です。

http://sayusha.com/webcontents/c16

2016年12月6日火曜日

「すみか」展のために

明治大学生田図書館のギャラリー・ゼロで開催している「すみか」展のために書いた文章を、ここにご紹介します。生田付近にいらっしゃるとき、ぜひお立ち寄りください!


「すみか」について
管啓次郎

 父方の故郷、大分県南部の沿岸地帯では、海にもぐることを「すむ」といっていた。すんで、さざえやおいず(とこぶし)を採る、あるいは魚を突く。だがそもそも「すむ」とは何を意味するのだろう。海の中でぱっちりと目を開け、澄んだ視線で対象物を見ること。水の中でゆったりと海洋性哺乳動物のように動き、海水という媒質と一致してただよう。心が「澄む」とは心がおちつくことで、「住む」という行為は心も体もその場におちつき、しっくりと馴染むということだと考えればいいのだろうか。

 英語でdwellingといえば、それは「居住」という行為と「住居」という場所を同時に表す。つまり、「すむ」という行為によって開かれるのが「すみか」であり、「すまふ」という(現在進行を表す?)行為によって定まるのが「すまひ」だろう。「すむ」主体は人には限らない。あらゆる生物が、地表にすみ、すみかを打ち立てる。すみかでは、主体は周囲の環境とのあいだに密接な物質交換をおこない、痕跡を残し、記憶をつみ重ねる。そこに履歴が生じ、情緒の虹が発生する。

 われわれの社会は、その意味でいえば、二次的な虹だ。人間の経験は、与えられた空間を「場所」として徴づける。個々のわれわれは、何らかの光源を得るたびに、その場所に自分だけの虹が立ち上るのを見る。そんな虹の群れの上に、集合的な幻想のように、巨大な社会化された虹が生じている。個としての「すみか」の開拓の上に、われわれがどれほど望んでも一望におさめることのできない、大きな地平がひろがる。

 その地平はそのまま「地球」という球体に接続される。この惑星の有限性、産業革命以後の人間の活動がそれに与えてきた負荷、途方もない破壊。まともに考えれば、未来はあまり明るいものとは思えない。それでもわれわれは、一回ごとの生において、「すむ」という挑戦をやめるわけにはいかない。 “Since my baby left me, I’ve got a new place to dwell…” そう、「ハートブレイク・ホテル」でプレスリーがとっくの昔に教えてくれたように、どんな絶望もdwell という動詞を帳消しにすることはできない。きみのdwellingは、今日また新しくはじまる。

2016年12月5日月曜日

「声の氾濫」

来春からスタートする新しい大学院プログラム、建築・都市学専攻総合芸術系(PAC)のシンポジウムとして、3日(土)、明治大学アカデミーホールで、「声の氾濫」というイベントを開催しました。

ぼく、温又柔、木村友祐、姜信子。4人の作家がそれぞれ「声」を主題とする新作を朗読し、それにそれぞれが選んだ音楽家たちの音がからむという趣向。音楽家はそれぞれ、内田輝、小島敬太+伊藤豊、岡田修、渡部八太夫。

そして第2部では、中村和恵を司会として作家たちの討論会を行い、しめくくりは中村による爆笑の新作パフォーマンス。

およそ類例のない、おもしろい試みでした。文学がいかに文字中心で、声を抑圧してきたか。その声がどんなにしぶとく、裏の裏からみずからを響かせてくるか。それなりに、大きな問いを提出できたと思います。

ご来場いただいたみなさん、ありがとうございました!

「すみか」展

2008年以来、明治大学生田図書館内のギャラリー・ゼロを舞台に、毎年、大学院生たちと作品および図書の展示を行ってきました。

今年のテーマは「すみか」。さまざまな「すみか」を扱いましたが、ぼくのセクションは「けもののすみか」。赤阪友昭さんがカナダのハイダ・グアイ(ハイダ族の島)および福島で撮影した写真5点に、ぼくの文章を組み合わせました。そして関連展示として、オランダのドキュメンタリー映画『あたらしい野生の地ーリワイルディング』(マルク・フェルケルク監督)のポスターと、映画からのいくつかの場面を紹介。

12月1日開幕、19日まで。見に来てください。

グアヤキルで

11月22〜25日、エクアドルの港町グアヤキルで行われたグアヤキル国際詩祭に招待参加しました。世界各国からの14名の詩人に地元の多数の詩人が加わり、連日各地で朗読会や討論。非常に活気のある、刺激的な数日をすごすことができました。

エクアドルから輸入されるバナナのすべてが、この港から積み出されます。ガラパゴス諸島への観光拠点でもあります。ぼくにとっては32年ぶりの南米大陸! いろいろな思いが頭をよぎり、非常に感慨深いものがありました。

ぼくは昨年メキシコで出版されたぼくの詩の選集 Agend'Arsから読みました。翻訳者のCristina Rascon さん、Eiko Minamiさん、ありがとうございました。ひさびさのスペイン語漬けで、もちろんディスカッションなどはボロボロでしたが、作品朗読に関しては好評。もっと長い、本格的な講演をスペイン語でできるよう、これからもっと勉強します。

この詩祭、日本の詩人の参加は初めてだそうですが、これを機に若い詩人たちに、ぜひラテンアメリカにも眼を向けてほしいと思っています。ぼくもまた遠からず、いくつかの国に行くことになりそうです。