2013年6月16日日曜日

読売書評#36

鳥飼玖美子『戦後史の中の英語と私』(みすず書房)。6月16日掲載。

アポロ月着陸の1969年、大阪万博の1970年、鳥飼さんこそわれわれ英語少女・少年の女神であり偶像でした。万博の年、ぼくは小6。

英語における彼女の境地に、結局足元にもおよばずに終わった自分を、深く反省します。

中学生のころ何かで読んだ「結婚しても鳥飼玖美子です」というフレーズをなぜかよく覚えています。


2013年6月9日日曜日

なだいなださん、さようなら!

なだいなださんが亡くなりました。高校から大学にかけて、彼の本のいくつかをよく読みました。彼から学んだもっとも大きなことはje-m'en-foutismeだと思っていました。ジュ・マン・フー主義。ジュ・マン・フーとは「そんなこと知ったことか」という意味。つまり、どんな権力の命令でも、どんな作法や同調圧力でも、自分が気に入らなければ「知ったことか」と平然と無視する、そんな徹底的な反権威主義・自律性を表すものだと理解していました。

でも一般にはこの言葉は、むしろ「そんなことして何になる」という冷淡で共感のない態度をしめしているようです。ゲンズブールのA quoi bon? に近いのかな。

なだいなだのどの本でそれを読んだのかも忘れてしまった今は、その本当の意味もわからなくなってしまいました。でもぼくは、一般の用法とはちがっても、「みんなそうしてるんだから」的お行儀のよさの対極をしめすものとして、この言葉を使い続けたいと思います。

ブレーズ・サンドラール(なださんは「サンドラルス」と表記していたはず)やチェーザレ・パヴェーゼへの興味を抱かせてくれたのも、彼。こうしてみると、ぼくにとっては非常に大きな存在だったのかも。

学部生のころ、ヘミングウェイの短篇A Clean Well-lighted Place を読んで、その中にnada y nada というフレーズを発見したときは、ほんとうにうれしかった。これが名前の由来なのか。なだいなださん、お目にかかることのできなかったなだいなださん、やすらかにお眠りください、永遠の休息を、永遠の無を。

(ところでぼくはこれから「なだいせる」というペンネームを使ってみようかな。Nada y ser 「無と存在」です!)

読売書評#35

6月9日掲載。アイザック・バシェヴィス・シンガー『不浄の血』(西成彦訳、河出書房新社)。

イディッシュ語世界の強烈な匂いと奇妙な光を体験してください。

「風の旅人」

雑誌「風の旅人」復刊第2号。きわめて充実した写真と文章の、そしてあいかわらず余分な広告その他がいっさいない、端正な志があふれる雑誌です。

ぼくは「思い出したこと」という短いエッセーを寄稿。小学生時代の思い出。

小説家・丸山健二さんの花写真がすばらしい。

2013年6月7日金曜日

何かが何かにつながって

毎週木曜日が中野キャンパスでの大学院授業日。13時にはじまり19時半まで、だらだらとやってます。

だらだらではあるけれど、今日も、なんかいいなあ、と思った。これだけ雑多な知識がつねに相手に呼びかけ合って別の風景を見ようとしている姿は、あまり見られるものではないでしょう。TRANSversityの理想に、着実に近づいています。

今日のゼミ発表は

横須賀の地図について
神経科学から見た歌について
19世紀ハワイの新聞を素材とするハワイ伝統文化について
映画における「サウンド派」について
日本人論の歴史について
柳澤田実らのdisposition という概念について
翻訳における等価交換について

でした。うち2名は明治の学生ではなく、ゲスト。それもうれしい。

それからダニエル・ラノワが音楽を担当しているビリー・ボブ・ソーントンの映画『スリング・ブレイド』をめぐるディスカッション。それからみんなで軽食を食べて夜の「コンテンツ批評」の授業へ。

そこではまた、話題が飛びまくり。音痴とは何か。池田葉子の『マイ・フォト・デイズ』とロモグラフィー。遺言と遺書。ナチュラル・ヒストリーの科学性。ヒトデとイカの構造的類似。結婚指環の起源。中国における仏典翻訳。ヴェルサイユのトイレ問題。「あの人はメシアだったのだ」と過去の見直しとして始まったイエス。ドラえもんと報復装置ポセイドン。映画ポスターの情報量。終わらないゲームの魅力。ドラマーの訓練法。何が何やらという感じですが、抱腹絶倒のおもしろさです。

見学歓迎、受験歓迎。やる気のある人は、ぜひどうぞ!

2013年6月5日水曜日

「すばる」7月号

「すばる」7月号が出ました、「旅ときりぎりす」も第7回です。今回は奥尻島の冬。季節外れ感を楽しんでください!

Shut upだって、国連で?

英語を勉強しているみなさんへ。SHUT UP!というのはきわめて強い言い方です。けんかのとき、あるいはけんかを覚悟するときにしか、使ってはいけません。ましてや公式の話し合いの場では。

国連の「拷問禁止委員会」で、上田秀明・人権担当大使が、会議中に「笑うな、Shut up!」と怒鳴ったそうです。ありえないことです。まともな人間が公務中にとる行動ではありません。

どれだけ恥ずかしいことか。大使が? 日本国民の代表者が? ただちに更迭されるべきです。黙って見すごしていいことではない。

上田大使には、委員会に出席していた各国の全委員に、そして日本国民に、謝罪を求めます。

学期も半ば

今年の夏学期も半分を過ぎて。さらに密度を増して進んでいかなくてはなりません。

和泉校舎で開講中の「作る人になろう」は、目を開かれる経験の連続で、順調に推移しています。これまでに

古川日出男
新井卓
三角みづ紀
港大尋
佐野陽一
佐々木愛
笹岡啓子
富田俊明

のみなさんをお迎えしました。今後は

温又柔
小島ケイタニーラブ
床絵美
橋本雅也
ドリアン助川

のみなさんがゲストとして来訪。ありえない顔ぶれです。きょうの富田さんも、背筋がふるえるほど充実していました。

大半の学生が真剣に、食い入るように聴いているのですが、一部の学生の態度に深刻な危機感を覚えます。

数でいえば1割ほどですが、とにかくずっと寝ている。それが異常なことだという感覚がない。幼児です。最後のコメントだけ、質疑応答部分から適当なことを書いて辻褄を合わせている。一見、よく書けていて、要領のよさを窺わせる。でも本質的に何も学んでいない。何より悪いことに、それが教師に見抜かれていることに気づいていない。

まったくバカげた話です。みずから、大学の意味を貶めている。自分の人生をムダにしていることがわからない。いつかは悟るものと、何もいいませんが、たぶんもうダメでしょう。「作る人になろう」の精神にあまりに対立しているのですが、バカバカしくて何をいう気にもなりません。

いまある人間世界は、たぶんあと40年ほどで終わるでしょう。大学に通ったという事実など、それだけでは何の役にも立たない。まともな感覚があれば、それくらいのことはわかりそうなものですが、愚かな幼児的ふるまいを続ける者は、このまま進んでいくことでしょう。何も考えることなく。

はっきりいいます。きみたちには教室を、大学を去ってほしい。何の役にも立たないのみならず、はた迷惑ですから。そんな態度で人生をやっていけると思ったら、おおまちがい。でもそれも、自分がいざ追いつめられるまで、わからないのかも。

これから学期の終わりまでに、学ぶという基本に忠実な態度を、ぜひ見せてください。


2013年6月3日月曜日

『私が目覚める、読書案内』

Figaro Booksの1冊として先日刊行された『私が目覚める、読書案内』。以前に「Figaro Japon」に掲載されたエイミー・ベンダーへのインタビューが収録されています。エイミーの素顔、彼女の部屋、そして山田緑さんからエイミーに贈られた絵など、楽しい写真も数点。

エイミー・ファンのみなさま、お見逃しなく。

昨日のB&Bのイベントでも、エイミー・ファンだという方が終了後に話しかけてくれました。長篇の翻訳も、なんとか早くお届けしたいと思っています。お楽しみに。

現代社会をまるごと考えてほしい

われわれのユニット「新領域創造専攻」では「社会安全学」を担当する専任教員を公募しています。

http://www.meiji.ac.jp/sst/recruit/6t5h7p000000skfl-att/Frontier-2014.pdf

考え方のまったく新しい枠組みをみずから作り出してくれる人を求めます。適当と思われる方がいたら、ぜひ応募をお勧めください。専任教授/准教授枠ですので、ある程度のキャリアのある方に。

所属は安全学系ですが、ディジタルコンテンツ系とも密接な連携を保ちつつ、やっていきましょう!

明治大学4年生のみなさんへ

大学院学内選考の出願、いよいよ来週です。理工学研究科新領域創造専攻ディジタルコンテンツ系は、全学部から出願することができます。

これまでに学内では理工学部以外に、情報コミュニケーション学部および国際日本学部から進学した人が、きわめて充実した大学院生活を送ってきました。美術系・文系の他大学出身者も多く、ここでの2年間では、ぼくの研究室のモットーであるTRANSversity(universityを超えてすべての領域をつらぬいて学ぶ場)を実感してもらえると思います。

映像、写真、メディア、広告、デザイン人類学、文化研究、批評理論、文芸創作、全ジャンルに対応します。

入試情報は明治大学ホームページからどうぞ! 学内選考には現在の各学部指導教員の推薦状が必要なので、すぐ動くこと。

相談したい人は木曜日に中野キャンパスに来てください。13時〜15時に511教室に、18時〜19時半は502教室にいます。

2013年6月1日土曜日

「水牛」6月号!

無限をめざしてのんびり歩むウェブマガジン「水牛」、6月号です。先月お休みした「犬狼詩集」のつづき、3つ。ごらんください。

http://www.suigyu.com/

明日は下北沢で

このご案内を忘れていました。日系アメリカ詩人ミシェル・ナカ・ピアスの来日を機に、明日2日15時から、詩も北沢(おもしろい誤変換?)の本屋B&Bで朗読会を開きます。参加は田中庸介、高野吾朗、永井真理子、そしてぼく。英語作品中心になりますが、翻訳のハンドアウトなども準備していきます。

題して「コロラドの道、東京の道」。ぜひ聴きにきてください。詳細はB&Bのホームページをごらんください。

COYOTE「東京国際文芸フェスティバル」特集号

「COYOTE」の特別号TOKYO  LITERARY CITYが出ました。われわれの朗読劇「銀河鉄道の夜」六本木ヴァージョンの報告も載っています。いいフェスティバルでした。

「ユリイカ」山口昌男特集

「ユリイカ」6月号は特集「山口昌男 道化・王権・敗者」。ぼくは短いエッセー「そこにすわれ、本を読め」を寄稿しています。

山口先生にそれほど身近に接していたわけではないので、執筆者としては不適格だったと思います。すみません。ごくわずか、ぼくが見た「幻影の人」としての山口先生の思い出を。特に資料的価値もありません。この号では、なんといっても、今福龍太さんの「素描的精神の鉱脈」、そして札幌の吉成秀夫くんの「山口昌男先生のギフト」が光っています。

それでも山口先生については、いい思い出ばかりです。この稀代の「歴史家」(そう、ぼくにとっては山口先生は本質的に精神史家でした)の仕事を、われわれの世代の者がどれだけ継承しているのか、延長しているのか。内心忸怩たるものがあります。

でもまだまだ、これから。フィールド読書人のおもかげを偲びつつ、山口先生の撒いたトリッキーな種を育てていきましょう。