2009年3月31日火曜日

『ドラゴンは踊れない』

一昨日の東京新聞掲載の書評が、もう「中日ブックウェブ」で読める。

http://www.tokyo-np.co.jp/book/shohyo/shohyo2009032903.html

スティールパンみたいに本を鳴らそう!

閉店

ひさびさに成城学園前に寄ったら、江崎書店がきょう3月31日をもって閉店とのこと。1974年開店。さほど大きくないが、土地柄か、文芸関係が充実した書店だった。

さほど大きくないといっても、大岡昇平先生の『成城だより』には「駅の向こうの大書店」として出てくる。文豪の散歩の目的地だった。

ちょっと残念。もっとも成城でいちばん残念だったのは、もうずいぶんまえ、栄華飯店が店じまいしたとき。鶏そばが最高にうまかった。大江健三郎先生の作中、イーヨーとその父親がパーコータンメンを食べにゆくのはこの店。

どんな店も、たぶん20〜30年の生活環でその寿命を終えていく。つまりはヒトの生物学的世代という枠を超えられないわけか。

2009年3月29日日曜日

高崎旅行

またまた最終日になってしまったが、意を決して朝早く出て、高崎まで行ってきた。群馬県立近代美術館へ。田中功起さんの展示を見るため。

高崎は初めて。遠近の山々がふんだんに見えて、いいところだ。地形的には大好き。山腹を走る雲の影がいい。

田中さんのセクションは『たとえばここ最近の作品をすこし違ったかたちでみせること』と題されている。「たまたま小さな椅子を持ちながら深夜の森を5時間歩いた」(ポスター)ほかのある小さな部屋から見始める。おもしろい。「そうして群馬県立美術館にたくさんのたらいが落ちる」は、くりかえされる映像の音声がしだいに波音に聞こえてくる。ぼくが勝手に「食パン飛ばし」と呼んでいるシークエンスを含む大好きな「シンプルなジェスチュアとその場かぎりの彫刻」や、ちょっと不気味な「手の中のモンスター」など、楽しめるものばかりだった。

他に展示されていた数人の作家の中では、2点あった丸山直文さんの絵にひかれる。この感じ、知っているなあ、と思いつつ、何に似ているのかをいいあてることができない。ある絵は、絵を見たとき、ああ自分も描いてみたいなあ、という気持ちを駆り立てる。もちろん、なんの技もないので、できるはずがないのだが。しかしたとえばスポーツ選手の動きが、その模倣を誘発するように、絵だって音楽だって、そういうところがあるだろう。

奥の部屋ではヨーゼフ・ボイスにささげられた、荒川修作ほかの人たちの版画作品特集。さらに奥の部屋ではスタン・アンダソンによる大がかりなインスタレーション「東西南北 天と地 六合の一年」。これも充実していた。12月に公開制作をやっていたようだが、くればよかった!

森の倒木や、さまざまな動物の死骸を集めてきて、群馬県六合村の森のコスモロジーを再現しようとするもの。毛皮、骨、ミイラとなった動物たちが、ここで新たに場所を与えられて、美術館の無記の空間を、ふたたび森にしようとしている。かれらの霊をなぐさめる祭壇。木々が強い。

六合は「くに」と読むそうだ。まさに四つの方位と上下が加わった、六つの方位線が交錯する地点。それがクニ。拾われた自然素材だけのこの「彫刻」は、いうまでもなくデイヴィッド・ナッシュなんかの試みにまっすぐつながってくる。(実際、アーティストはナッシュと親交があるようだ。)

そしてナッシュは、ルドルフ・シュタイナーを介して、ボイスに。こうしてアートの試みも、あちこちでやがてはすべてがつながってくる。やること、やられたこと、考えること、考えられたことが、人の手を離れたあとで、勝手に接続を探しはじめるのがおもしろい。

2009年3月28日土曜日

塩田千春/われわれの36年の遅れ

去年、見逃して、しまったなあ、と思っているのが、大阪の国際美術館での塩田千春の個展。それと同時期に神戸芸術工科大学で彼女が行なった特別講義が、このたび本になって出版された。『塩田千春/心が形になるとき』(新宿書房)。すばらしい。驚くべき言葉が、全ページをみたしている。

なかでも気に入ったのが、彼女がドイツの美術大学で受けていた、旧ユーゴスラヴィア出身のパフォーマンス・アーティスト、マリーナ・アブラモヴィッチの授業の強烈なエピソード。以下、引用。

「彼女の授業というのは断食授業でした。男女クラス合わせて一五人くらいを連れて、北フランスのお城へ住み込み、一週間断食するという授業がありました。水を飲むことだけが許されて、生徒たちは話すことも禁止されました。一週間毎日何をするかというと、無言で向き合ったり、自分の名前を一時間かけてゆっくり書く。湖の周りを一日中歩く。毎日六時くらいに起きて一二月の雪の中を裸になって外へ出て、叫びながらジャンプする、そういった授業を毎日繰り返しました」

これは苛酷! しかしそうでもしなければ、自然界の物質循環の一環としての自分に目覚めることはないにちがいない。

DC系の授業でも、せめていちど、新宿から小田原まで通しで歩くというのをやってみたい。70キロとして、18時間で着くだろう。休みなしでやっても、別に死ぬほどのことではないだろう。授業というか、大学院の入試をこれにしたら? (その後、調べたら、小田急の線路が新宿=小田原で82・5キロ。いずれにせよ、休み休みで、24時間歩くつもりなら。)

自然界における自分の物質的な位置、人間世界における自分の歴史的な位置、そうしたことを身にしみてわかるかどうかはともかく(ぼくもまだ本当にはぜんぜんまったくわかっていないけれど)、そういった問題設定があることすら思ってもみないようでは、何が大学生、大学院生だ、と思う。

いま、猛烈な焦りを感じるのは、われわれの大学のあまりの前世紀性。たとえば1973年の段階でヨーゼフ・ボイスたちが構想していた自由国際大学の理念から見ても、いったいわれわれは何をやっているのかと思う。

ボイスたちにとって大学とは

「第一に無関心、馴れ合い、煽動、戦争、暴力、環境破壊によって埋もれさせられた<生きることの価値>をふたたび活性化させるものであり、しかもそれらは教える者と学ぶ者たちとが相互に創造的に入れ代わることによって実現されるものであった。講義計画には純粋な専門分野としての芸術と並んで、つぎのような<仲介的な分野>も採り入れられた。たとえば、認識論、社会行動学、連帯論、批評の批評、芸術批評、言語理論、知覚理論、修辞論、舞台装置、パフォーマンスといった分野である。さらにエコロジーと進化論の研究所も計画された」(ハイナー・シュタッフェルハウス『評伝ヨーゼフ・ボイス』山本和弘訳)

これから見て、われわれは正確に36年遅れている。こんなことでいいのか。

この評伝には、さらに次のような一節もあった。

「継続して教えることが重要なのだ、とボイス自身が語っているとおりに、ボイスは土曜日もゼメスターがない休暇のときも、毎日大学に顔を出していた」

これは心がけたいこと。まもなく「猿楽町校舎」(旧明治大学付属明治高校)が使えるようになったら、音楽スタジオも制作用アトリエも備えたそこを拠点に、DC系独自の芸術工学的方向性を追求することにしよう。

2009年3月27日金曜日

なんという真実

フランスのラッパー(ストラスブール出身、コンゴ系)、アブ・ダル・マリック(Abd al Malik)の自伝『フランスにアラーの祝福を!』(Qu'Allah bénisse la France!) を読んでいると、イスラームの教えの良さがだんだん心にしみてくる。

コーランの言葉。「神が能力以上のものを魂に強いることはない」
預言者ムハンマドの言葉。「物事は簡単にしなさい、物事をむずかしくしてはいけない」

どちらも、じつにいい言葉だ。学生たちが悩み行き詰まっていたら、そのとき、伝えてあげたい言葉。

「東京新聞」3月29日(日)

こんどの日曜日の「東京新聞」に、アール・ラヴレイス『ドラゴンは踊れない』(みすず書房)の書評を書きました。カリブ海、カリプソとスティールパンの島からやってきた、ポストコロニアル小説の傑作。中村和恵さんの訳文と訳注が、感動的なできばえです。

東京新聞は1部100円! ぜひ買って読んでみてください。もちろん、みすずの訳本もね。

2009年3月19日木曜日

メールという地獄、一種の

電子メールを日常的に使うようになったのは、ぼくの場合、1995年ごろ。いまでは日々、これが外部とのコミュニケーション手段になっている。

電話はそれで時間が途切れるのがいやだし、メモをとる必要がないという利点があるので、もっぱらメールに頼ってきた。でもそろそろ、イヤになってきた、正直なところ。

たとえばきょうはジャンクメールをすべて捨てたあとの、実質のあるメールが36。すぐ返事を書かなくてはならない用件が、20いくつか。3行以上は書かないという原則をほぼ守っても、1時間は絶対にかかっている。ぼくなんてけっしてそうそう忙しいほうであるはずがないのだから、この世には毎日100以上のメールを読む人も、50以上のメールを書く人も、ざらにいるにちがいない。

かといって、コミュニケーションを遮断するわけにもいかない。携帯電話をもっていないので、気がつくといつのまにか、自分から電話をかけることはまったくなくなってしまった。大学生のころは友人たちとよく夜中に電話でえんえんと話したりしていたのも、いまから思うと嘘みたいだ。もともと筆無精だし、案外、「イエ電」にもっぱら頼っていた段階が、いちばん日常的コミュニケーションとしては充実していた時代だったのかも。

書くこと、読むこと

放送大学の工藤庸子さんは、ぼくがもっとも尊敬する日本のフランス語文学者。彼女のブログの最新のエントリーに、思わずジンときた。

引用する。

「書けば読めるようになる、というのは、じつは、わたし自身の実感でもあります。教員としてのわたしは40代の後半に教養課程のカリキュラム改革に携わり、つづいて大学院重点化というドラマに遭遇しました。専門は○○です、とかいって、フランスの作家の名を挙げて涼しい顔をしていられる境遇ではなかったのです。文学以外の領域について謙虚に学ぶ、ともかく読んだことのない種類の本を読む、そのために何かを書いてみる、という20年来の習慣を、この先もずっと守ってゆきたいと思います。」

そうそうそうそうなんだ、と、つい過剰なほど頷く。それが読書の道、ヒトの知の道。

たとえばぼくは「ディジタルコンテンツ系」をひきうけて、目下苦闘中。2006年にニュージーランドから帰ってきたとき、いきなりバトンを渡された。でもそれは、半ばは、みずから望んだこと。文学研究がメディア研究に直結することは、マクルーハン、ケナー、サイファーなどを1ページでも読んだことがあれば(ぼくらの学部生のころにはどれも必読だった)改めていうまでもないはずだが、それも理解されないことがよくあるのは、一部の日本の「文学研究者」の信じがたい傲慢さのせいだろう。半世紀前の「研究」像で自足している人たち。そしてメディアのすべてがディジタル技術によって動いている現在、「DC系」はまさにヒトの文化のすべてを相手どるべき位置にいる。

制度は人をしばり苦しめるが、同時に人を育て、新たな可能性への挑戦を呼びかける。しかもすべての制度は、もともと人が作ったもの。どんな風にも作り変え、手入れして、よりよい方向をめざすのは当然だ。

この春からDC系も2年目に突入する。いろいろ変わってゆく、変えてゆく。12人の新入生を迎えて、新たな試みの日々。この楽しさをすべてひっくるめての「文学」であり「思想」であり「芸術」だということを、改めていう必要があるだろうか?

春の味

関西出身の友人が、毎年春になると「いかなごの釘煮」を送ってくれる。彼女のお父上の手作り、そのおすそわけ。これが春の味。

お店なんかで買うのより2倍は山椒が効いていて、しみじみおいしい。これでごはんを食べれば、おかずは何もいらない。

釘煮というと、はじめは釘を入れて煮るのかと思っていたら、どうやら曲がった釘のようなかたちに魚たちが煮上がっていくから、そう呼ばれるらしい。ごはん一膳で、いったい何百匹食べることか。

なむあみだぶつ。そして、ごちそうさま。

2009年3月16日月曜日

「自分のスタイルを生きること」終了

14日(土)、BOOK246とDC系共催の連続トークセッション「見えるもの聞こえるもの」(だけど触れることができないもの)の第3回がぶじ終了した。

ヒップホップ・ティーチャーというにふさわしいスタイルの陣野俊史さんをむかえて、寒い夕方が熱くなった。YouTubeを使ってDiam'sやNTMやSefyuやJusticeの音と映像を見ながら進んだ2時間。最後はじゃがたらで締めました。最年少の参加者は、約1歳の元気な男の子。

音楽の話題はつきないので、本当はあのまま深夜まで7、8時間やってもよかったくらい。もっともこっちが風邪でふらふらしていたので、それでは持たなかったかも。

ともあれ陣野さん、BOOK246のみなさん、ありがとうございました。2009年度はまた別のシリーズを模索することにしよう。BOOK246は書店としても着実におもしろくなってきています。みなさん、南青山に行ったときにはぜひふらりと立ち寄ってみてください。

2009年3月15日日曜日

「アフンルパル通信」7号

札幌から「アフンルパル通信」7号が届きました。

大友真志さんの最高にかっこいいサハリンの写真を表紙に(重ねていつものように吉増剛造さんの題字)、金子遊さん、関口涼子さん、宇波彰先生のエッセー、そして文月悠光さんの詩、ぼくの「Agend'Ars」16〜18が掲載されています。

東京では、とりあえずBOOK246に、まだ何部かあるはず。南青山に行って、北海道のどこかにつづくトンネルを掘ってみてください。

次号(7月刊)では、くぼたのぞみさん、石川直樹さんが登場します。いよいよ充実!

2009年3月11日水曜日

ただ馬との関係だけが/石になったカメラたち

ジンガロの主宰者バルタバス氏への、中沢新一さんによるインタビューが「すばる」4月号に掲載されている。以下、引用。

「『仕事場で暮らす』のがジンガロの哲学です。もちろん日本公演中はホテルに宿泊しているんですが、基本的にジンガロの団員はテント劇場とその周辺で生活します。貧しい生活と言っていいでしょう。キャンピングカーで暮らすわけですから、最小限必要なものしか持つことができません。ジンガロでは芸術的な行為と日常生活との間に区別がないのです。本当の意味での財産は、馬との関係だけです。馬を所有することではありません。馬は個人ではなく劇団のものですから。馬との間に自分がつくり出した関係だけが自分の唯一の冨となるのです。これがジンガロの哲学です。馬が死んでしまったら、またゼロからスタートをしなければならない」

ジプシー生活を実践し、nomadic alternative を模索するかれらのすごさを知るには、このインタビューは必読。

「すばる」のこの号、今福龍太さんの『群島-世界論』をめぐる小特集(宮内勝典さんと巽孝之さんが寄稿)や石川直樹さんの新連載「横浜・寿町どやどや滞在記」、陣野俊史さんや堀江敏幸さんの連載と、きわめて充実している。

その石川さんの『最後の冒険家』にちなんだ展示を集英社ギャラリーで見てきた。石になった3台のカメラたちは、光の塊をひきつれて時間の外に出てしまったようだ。破損したゴンドラ(貯水槽を改造したもの)には、神田道夫さんの意志がいまも名残っているようだ。壮絶。神保町エリアに行ったら、ぜひ見てください。

2009年3月9日月曜日

ジンガロ

日曜日、ついに見た。ジンガロ。すごい。馬たちのすごさ、ロバのかわいらしさ。圧倒的だった。

2005年の来日公演は、日本にいなくて見ていないので、今回の「バトゥータ」が初めて。前回とはまったくちがったコンセプトに立つ演出で、かれらのパフォーマンスの原点にあるジプシー的世界を素材に、笑いと音楽をたっぷりもりこんだ舞台。20数頭の馬が目の前をかけまわる姿の迫力と美しさに、夢みたいな気分になる。ルーマニアからの楽団(ひとつは弦楽、ひとつはブラスバンド)も最高。

異種の動物とのあいだにこんなふうに行動の調整ができるのは、ヒトにとっての最大の幸運。ヒトのために歩み寄りコミュニケーションの回路を開いてくれるすべての動物たちには(ウマやロバだけでなく、クマやトラや、もちろん身近な犬猫にも)、どれほど感謝してもしすぎることはない。

入場料はたしかに高いけど、あれだけの規模を思えば、驚くほど安いともいえる。輸送費だけでも莫大な額になるだろう。かわいく美しい馬たちには、フランスからの長い旅、ごくろうさま。

芸術は?

土曜日、品川のコクヨ・ホールへ。「芸術は誰のものか?」に参加しました。

これは過去数年にわたった学術振興会の「人文・社会科学振興プロジェクト研究事業」のしめくくり。この事業ではぜんぶで17のプロジェクトが進行し、そのうち言語・芸術・芸能表現をめぐる3つが、今回のシンポジウムでその完了を迎えた。17のプロジェクトは、すべて本になって出版されている。

きょうの3つとは、「伝統と越境」(代表研究者は沼野充義さん)、「日本の文化政策とミュージアムの未来」(木下直之さん)、「文学・芸術の社会的媒介機能」(吉岡洋さん)で、それぞれ研究代表者の講演と、それに対するコメント、司会者をまじえてのディスカッションという形式でおこなわれた。

ぼくはこのプロジェクトのメンバーではなかったのだけれど、現代の文学についての考え方がいろいろ重なってくることもあって、沼野さんがコメント役として呼んでくださった。司会は野崎歓さん。限られた時間で、あまりつっこんだ議論はできなかったが、大学の外の方たちもたくさんいる会場で話をするのは、ぼくには日ごろない、貴重な機会だった。

夕方までの長丁場で、いろいろおもしろいお話を聞けたが、なかでも突出していたのが第2セッションのコメンテーターとして登壇した慶應大学の片山義博さん。元鳥取県知事という立場から、文化行政の根源的な問題点について、忌憚ない意見を述べられた。ミュージアム(美術館/博物館)という場、ぼくは大好きだが、そこに行く人は誰もが不満や疑問を多々かかえている。そしてそこには、日本社会のいろいろな問題が、そのまま反映されている。

第3セッションの司会の音楽学者の岡田暁生さんによって、ミュージアムのあり方が「コンサート」のあり方と対比され、これも納得。どちらでも、強いられる沈黙、ばかばかしい重々しさ、一方通行の享受。

自由な創造は、その場や容れ物や流れのすべてを見直しつつ進めるしかないことを、改めて思う。そしてそれは「大学」のあり方も、もちろん。

2009年3月5日木曜日

高梨豊/田中功起

きょうはいい天気。数カ所まわって用事を片付けつつ、展覧会にも駆け足。

近代美術館の高梨豊「光のフィールドノート」はすごい点数。高梨さんのお仕事の全貌がうかがえる。歩く人。歩き、撮るうちに、なんらかの紋様が浮かび上がっている。白黒の傑作を見て行ったあとで、カラー作品が新鮮。カタログを買う。

それを出て、札幌の吉成くんが書いていた横山大観の「生々流転」。

http://diary.camenosima.com/

ものすごい大作だが、キュートなユーモアとともにはじまる。深山から流れ海へとむかう川が、さまざまなフローラ、ファウナを横切ってゆく。驚くのは、海に出てからの広大さ。ここらからぞっとするほどの高まり。そして龍が飛んだあとは? これは見てのお楽しみ。

ぼくは歩きながら見て行った(3度)だけだが、3人連れの女の子たちが途中で立ち止まったまま食い入るように見ていて、ちょっと怖くなった。そこに現実の風景を見て、見とれていたのか。それとも美大生かなんかで、筆遣いを必死で学ぼうとしていたのか。まったく動かない、歩かない。見ているのは、山、松林。

所蔵品展のほうはあまりにもいろいろあるので見ることもできなかったが、リヒターの大作と、コラージュのコーナーがおもしろかった。クルト・シュヴィッタース、そして村山知義。村山がこんなにいいとは知らなかった。

それから中目黒にむかい、青山目黒というギャラリーで田中功起展。おもしろかった。白人女性のお客ばかりが3人いたが、それぞれに笑いをかみ殺したり吹き出したりしながら映像を見ているのがおもしろい。普遍的ユーモアか。

それから職場にむかおうとすると、武蔵小杉で南武線が遅れていた。

2009年3月2日月曜日

「情熱大陸」

テレビをほとんどまったく見ないぼくだが、日曜の夜にときどき「情熱大陸」を見る。するとびっくりすること、どきっとすることが多い。

先週は『こち亀』のマンガ家、秋本治さんだった。33年にわたる長期連載を続けている『こち亀』、なんと一度もしめきりに遅れたことがないそうだ。そんなことがありうるなんて。徹底した取材による細部の丁寧さで根強い人気を誇っている『こち亀』を支える職業倫理というかプロ意識に、衝撃を覚えた。

すごいのは週にいちど、ネームを考える日。朝10時にひとりでファミレスにゆき、コーヒーを何度かおかわりするだけで、ひたすら物語の展開を考え、構図を決めてゆく。この過程ばかりは、アシスタントのみなさんにも手を出す余地がない。終わるのは午後7時。ありえない集中力、持続力。

今夜(3月1日)の放送は上田泰己(ひろき)さんという生命科学者。33歳。体内時計研究の世界的権威で、まだ大学院生のころ理化学研究所のプロジェクトチームのリーダーに抜擢されたという天才。にこにこしながらかたときも手を頭を目を休めないその働きぶりは、壮絶。たとえ30分しか寝られない日でも、その思考はフル回転だ。それでいて人付き合いがよく、サイエンスとはつねに人と人との交遊から生まれ育ち結実するものだという姿勢を、身をもって生きている。

研究者といっても理系と人文系では作業の進め方がまったくちがうが、この「やる気」はぜひとも見習いたい。「情熱大陸」のこの2回分は、録画しておいて、大学院オリエンテーションの日にでもみんなで見るべきだった。

来月からは、もう今年のサイクルのはじまりだ。修士2年目に入るみんなには、ともかく、論文か作品制作を完成させてもらわなくてはならない。猶予はない。がんばってくれ!

そういえばわれらが石川直樹さんも、かつて「情熱大陸」に出演したようだ。番組の初期。その回は見ていない。去年の桜庭一樹さんの回では、若島正さんとぼくも取材時にちらりとカメラに入ったのだが、その部分は番組ではカット。いま取り上げてほしいと思うのは、やっぱり田中功起さんだろうか。それとパリ在住の、フランス語と日本語で書く詩人、関口涼子さん。

こっちがしだいに歳をとっただけ、30代のみんなのパワーにふれて元気づけられることが多くなった。

2009年3月1日日曜日

12 Travels

世田谷美術館の「12の旅」が終了間近。宇野澤くんやダニエラの熱烈な勧めにしたがって、かけこみで見てきた。「旅」をモチーフとしてまとめた、イギリス美術の世界だ。

すごい充実。栃木県立美術館、静岡県立美術館、富山県立美術館、世田谷美術館の共同企画らしいが、これくらいソウルにあふれた展覧会ができるんだから、ほんとにうれしい。学芸員のみなさま、ごくろうさま。生涯の思い出になる展示です。

そもそも、あまり点数が多すぎる展覧会は苦手なので、これくらいの規模で、ぼくには最大限。ほんとはこれでも一日ではとても見られない。コンスタブルやターナーを、ほとんど通過してしまったのが残念。うしろがみを引かれつつ。

お目当ては、もちろんアンディ・ゴールズワージーとデヴィッド・ナッシュ。アンディの、なんというすばらしさ。なんという偉大さ。自分と同年代にこれほどの偉大なアーティストがいることに、戦慄を覚える。ナッシュもとてつもないが、特に制作日記のかっこよさにはしびれる。かっこいいなあ。こんな風に生きたいなあ。

他には? ホックニーにとってのブルーの意味を改めて考えた(ホックニーくらい、通常の意味で「センスのいい」人はいない)。バーナード・リーチの強烈な魂を感じた(この人の生涯は追体験したい)。ヘンリー・ムーアも、いうまでもなくすごい。ベン・ニコルソンの旅のエッチングに新鮮な刺激を受けた。そして何より、健全な狂気を感じさせる、ボイル一家の異様な力。

そして、これまで視野に入っていなかった人では、アンソニー・グリーンの自伝的世界のおもしろさに見とれる。いちばん「文学的」ではあった。

2月はとにかく慌ただしくて、行こうと思っていた展覧会も、まるで行けずじまい。3月8日で終わる小島一郎(これは青森、同僚の倉石さんはわざわざ日帰りで行った)も高梨豊も必見だし、集英社のロビーでやっているという石川直樹さんの「最後の冒険家」展は、まだ間に合うんだろうか。すべてに十分な時間を費やすことはできないので、あるときは一瞥、あるときは凝視で行くしかない。それでも、「そのもの」にすぐそばで立ち会うことは、オブジェでも絵画でも、複製技術の典型みたいな写真でさえ、かえがたい経験をもたらしてくれる。

田中功起さんの個展と群馬での展示も、さしあたっての大きな課題。