2007年7月27日金曜日

アブラゼミの羽化

夜の犬の散歩の途中で拾った2匹のアブラゼミの羽化が、いま進行中。網戸にとまらせておいたら、11時すぎに背中が割れているのに気づき、あとは体の小刻みなノッキングとともに少しずつ白い体がせりだしてくる。

頭の両脇や羽の緑がとてもきれい。若いキャベツの色に、ちょっと蛍光色がかった風味を加えた感じ。30分あまりですっかり外に出て、いまは羽が展開してゆくのを待っているようだ。

不思議なのは2匹のシンクロぶり。ほぼ同時に、羽化のプロセスをはじめ、終わろうとしている。なぜこんな同時性が? 

窓の外には満月に近づいてゆく月。毎晩、この時間帯が羽化の時間帯でもあるようだ。ということは、太陽が出たら飛べるようになることから逆算して、羽化をはじめる時間を見計らっているのか。

感動。

2007年7月25日水曜日

みんなのギャラリー

ちょっとおもしろい展開。同僚の浜口稔さん(言語思想史、沖縄研究)の尽力により、明治大学生田図書館の一角にギャラリー的な空間を用意できそうだ。たとえばそこで月替りの写真展を開けるだろう、絵画展もできるだろう、アーティスト・トークも開けるし、農学部の人たちが育てている珍しい植物の展示だってできるかもしれない。コンピュータを使ったインタラクティヴな作品の体験だってできるし、簡単な演劇だってできるかも。

企画はいくらでもある。そうした場がなかったことのほうがむしろ不思議なくらい。そして大学の外の人たちにも見にきてもらえる、学生のみんなは思いがけないものにぶつかってびっくりする。授業と連動するかたちで、たとえば倉石信乃さんの「写真集を作る」ゼミの発表会や、ぼくの作文ゼミの朗読会だってできる。

忘れてはいけないのは、大学が試みの場だということ。

そこでは「お金の論理」とは無縁に、知識や表現を追求することができる。他では目にふれるチャンスのないものを見たり、聞くチャンスのない話を聞いたりすることは、大学という場の大きな社会的役割だ。

いいかえれば、この自由度を生かして、つねにいろいろな企画をしかけてゆくことが、ぼくら教師の側の義務だと思う。学生のみんなにとっては、4年間はあっというまにすぎる。われわれは、10年を見通して動くことができるし、そうするべきだ。

早ければ今年の後半から、いろいろな動きが出てくると思う。ここでも十分に広告してゆくつもりだが、要注目! そして「試み」を支持するという気持ちが少しでもあるなら、ぜひあれにもこれにも参加してほしい。

大学がおもしろい場になるかどうかは、すべてそこで生きる者たちの「試みの気持ち」にかかっている。

2007年7月24日火曜日

『苦い砂糖』、キューバ

きょう(24日、月曜日)は、ワールドシネマ研究会の第2回。

旦敬介さん(明治大学法学部、ラテンアメリカ文学)をホストとして、亡命キューバ人のレオン・イチャソ監督による1996年作品(ドミニカ共和国)、『苦い砂糖』(Azúcar amarga)を見た。

90年代のキューバ、若者たちにはごくあたりまえの生活が許されない。末期症状を呈する熱帯社会主義の島国で、社会主義体制の優等生である兄はさきゆきのない未来にじっと耐え、はみだした弟はロックに人生を賭け、警官にめったうちにされ、絶望のあまりエイズ患者の血液をみずからに注射する。

兄弟の父親は精神科医だが、とても食っていけないので外国人観光客向けのホテルのバーでピアノを弾いている。これはすでに売春の一形態。

そして兄グスターボの恋人は、イタリア人の商店主に身をまかせ、やがては一家そろってできそこないみたいな筏でマイアミめざして出国する。

ポスト冷戦の世界構造の中、「観光」に対する「売春」以外に、貨幣経済に参加する方法のない島国の苦境が描かれる。

あからさまな反カストロ、反社会主義の作品だ。出国したキューバ人たちが集って作ったこのさびしいラヴ・ストーリーは、妙に公式的な断片のパッチワークのように見えながら、何か心に残るものがある。

驚くべきは、この映画が作られて十年以上経っても、まだカストロが生きていること! このカリスマ指導者が亡くなったとき、キューバはいったいどんな崩壊を生きることになるのだろう。

「石川直樹」という生き方

21日、土曜日。ディジタルコンテンツ学研究会第4回は、冒険家の石川直樹さんを講師にお招きした。

いやあ、強烈だった! 言葉を失った。彼のこれまでの足跡をたんたんと語ってもらっただけなのだが、そのスケールがあまりに度はずれている。

最初は2001年のチョモランマ登頂時のビデオから。カジュアルなビデオ映像の標高がどんどん高くなり、いつのまにか世界の頂点! 8848メートルの高みでも、たしかに平常時からの連続性が感じられて、そこにかえってすさまじい体験の強烈さを感じる。

おなじことが、2004年の、残念ながら失敗した熱気球による太平洋横断についてもいえる。通常の8倍の大きさの熱気球に神田道夫さんと二人、食料はカロリーメイトだけ。これでマイナス50度、60時間の飛行に挑んだ。

いわれてはっとしたのだが、時速220キロに達する冬のジェット気流に乗って太平洋をわたろうというこの計画、その気流に乗ってしまえば、自己推進力をもたない気球には、揺れもなく、風もないのだそうだ。

果てしない青の中にぽつんと浮かぶ、無音の青の永遠。

つづいて最近のプロジェクトである北極圏の写真集Polar や、現在準備中の、世界の洞窟絵画やネガティヴハンド(手の痕跡を記す)を追ったNew Dimension 関連の画像を見せてもらったが、北海道、オーストラリア、ノルウェイ、インド、バハ・カリフォルニア、ハワイ、アルジェリアと撮影を重ねていく石川さんの、まるで人類史を凝縮するかのようなスピードに、呆然。

だがそんな彼に、自分が「冒険」をしているという意識はない。冒険は植村直己さんで終わり、自分がやっているのはただの旅。そして日常と旅に区別はないのだと。

石川さんに関して真に感嘆するのは、その「フツーさ」だ。威圧的なところ、人目に立つところが、まったくない。ごく普通の若者が(彼は今年まだやっと30歳)、普通の格好で、惑星のどこにでも、人力を中心的手段として、出かけてゆく。

その普通さの恐るべき強度が、旅をするすべてのわれわれにつきつけられていた。

2007年7月23日月曜日

アフリカ講座の終わり

やはり14日、明治大学リバティー・アカデミーでの連続講座「世界文化の旅・アフリカ編」が終わった。最終の第6回は全体のコーディネーターだった中村和恵さん(明治大学法学部・英語圏文学)。モスクワやメルボルンで育ち北海道や大阪でも暮らした天性のコズモポリタンにして、すごく繊細な感覚の詩人、また豪胆で爆笑的ユーモアをもつエッセイストでもある。

作文の授業の学生たちに、いつもお手本としてあげる書き手のひとりだ。

いろいろな話題が出たが、焦点はアフリカ世界のマジック。見せていただいた、コンゴの秘密結社の儀礼(もちろん現代)が強烈だった! そこで起きていることについては、ちょっと語れない。本当なのか? 一種の手品なのか? 

今回の連続講座は6人の講師のスタイルがそれぞれひどくちがって、受講者のみなさんにとってはとまどいもあっただろうし、期待はずれだったと考える人もいたにちがいない。でも最後までつきあってくださったみなさんには、たぶん思ってもみなかった視界が、たくさんの窓が開くみたいなかたちで開けたのではないかと思う。

今後、1年ばかりはかかるだろうが、この講座の内容をみんなで本にまとめていきたいと思うので、乞うご期待! そしてぼくもいちどは、足を踏み入れたことのないその大陸に行ってみる必要がありそうだ。

ユビキタス

7月14日(土)。東大で『ユビキタス・メディア、アジアからの転換』と題する大がかりな学会が開かれているが、他のことと重なって出席できない。特にドイツのフリードリヒ・キトラーの講演には行きたかったのだが、時間が合わず。それで土曜日の午前中、フランスの哲学者ベルナール・スティグレールおよびアメリカの人文学者(美術史と科学をつなぐ)バーバラ・スタフォードの講演だけのぞいてきた。

場所は安田講堂。思えば、中に入ったのははじめて。聴衆は思ったほどの人数ではなかったが、外国人の比率が高い。

スティグレールの講演は、人が過剰な外部記憶をかたつむりのように背負って移動するようになった時代、あれほど評判の悪かった「テロス」(目的)を見失えば、人は結局自分が何をやっているのかわからなくなってしまう、というような話だったのかと思う。つまり、ユビキタス化にむかう技術そのものは、毒にも薬にもなる。ヘヴィーに哲学的な話だったが、あまりピンとこなかった。

スタフォードのほうは、彼女ほどの大御所でも緊張するのか、最初は「あー、あー」という音をはさむことが多かったが、ヴィジュアルな素材を見せながら話がすすむと、さすがに調子が出てきた。ところが申し訳ないことに、前日の睡眠不足がたたってついうとうとするうちに、話の流れを完全に見失った! 疲れ果てて出る。

ひとりの講師が壇上で話をする「講演」というスタイルでは、どうしても壇上が「映像/音声」に還元され、奇妙な一人芝居を観客はだらりと見ているような感じになる。ここにはコール・アンド・リスポンス(アフリカ系の集会なら必ずある、話し手と聞き手のかけ声のやりとり)もない。しかも「講演」が、緻密になればなるほど、それはとても耳で聞いて理解できるようなものではない。

なんか、こういうのは、もういいや。

宗教学者ミルチャ・エリアーデの日記に、サルトルの有名な講演「実存主義とはユマニスムである」を聴いたときの記述があったのを思い出した。サルトルは何も見ずに、90分にわたって、水を一口飲むことすらなく、話しつづけたそうだ。それはすごい芸だけど、聴衆のどれだけがそれをうけとめられたのか。メルロ=ポンティの『哲学を讃えて』に収められているコレージュ・ド・フランスの就任講義は、さすがに哲学史全体を相手にするような壮大で濃密なテクストだが、読む方はそれを「書かれたテクスト」として遅れて体験することが、あらかじめ予定されていたようなものだろう。

1983年、ジャック・デリダの東京日仏学院での講演は、カフカの「掟の門」をめぐる有名なものだったけど、大学院生のぼくにはさっぱり追えなかった。本になって読んでもよくわからないんだから、あたりまえか。

もちろん、すごいレベルの言葉が(ただし本質的に「書き言葉」が)、その場で発せられ、うけとめられてゆくという経験だって、それはそれですばらしいものだろう。理解できないのは、自分が悪かった! とはいえ、まるで透明な膜によって壇上と聴衆が隔てられているような空間的配置や構成そのものが、何か根本的に興味をそぐ。

それで自分が関わる場合には、できるかぎり聴衆とのやりとりを気楽に活発にしたいと思うのだが、それもこっちが思っているだけでは、どうにもならない。

それでも、思想の、あるいは芸術の、単なる「観客」、単なる「消費者」にはなりたくないものだ。

2007年7月20日金曜日

ザンジバル

19日、渋谷のCCレモンホール(つまり渋谷公会堂)でのコンサート、「ザンジバル島のターラブ」に行ってきた。アフリカ東海岸、タンザニアの島ザンジバルは、人口でいえばわずか100万人。けれどもアフリカ、アラブ、インド洋、ヨーロッパのすべての要素をもつ不思議な場所で、交易言語スワヒリ語の本場だ。

バンドの名はカルチャー・ミュージカル・クラブ(1958年結成)。アラブ、インド、ジプシーなどすべての音楽要素が渾然一体となった、とても奇妙な印象の音楽だった。エチオピアの風変わりなジャズを愛聴しているが、それにも通じるものがある。

95歳(推定)の女性歌手ビ・キドゥデの歌もすごかったが、ぼくが気に入ったのは一弦の手作りベース。箱に竿をたて、そこに紐をむすび、竿を倒せば音程が変わり、ひたすらびんびんと弾いてゆく。その間、足は箱の表面を蹴って拍子をとる。おもしろい。

ビ・キドゥデはアンコールでは自分の胸までの高さの太鼓にまたがり、それを叩きながら歌を披露してくれた。なんとまあ、お元気なおばあちゃん。

女性ダンサーふたりはやたらお尻を丸く振る、相当に卑猥なダンスを披露。笑いを誘っていた。

ザンジバルの人々は、顔立ちもブラックアフリカとインドの混血顔に見える。人間の混ざり方は、ほんとうにわけがわからない。

2007年7月19日木曜日

アフンルパル通信

札幌で古書店を開業した若き友人、吉成秀夫くんから、完成したばかりの「アフンルパル通信」第ii号が送られてきた。題字は現代日本最高の詩人、吉増剛造さん。お店の通信でもあり、驚くべき創造性に富んだアート系パンフレットでもある。この衝撃は、たぶん、現物を見てもらわなくては伝わらない。

彼のお店のホームページ

http://camenosima.com/


にアクセスしてみてください。

吉成くんのご好意で、ぼくはこの号から毎回、詩の連載をさせてもらうことに。他には文化人類学者・今福龍太さんの詩と韓国からの留学生である千姉弟によるその韓国語訳、樺太アイヌの伝統楽器であるトンコリの奏者オキさんのエッセー、フランス現代思想の鋭利な解説者としてぼくらの世代の人間には大きな影響力のあった宇波彰先生の文章、若き翻訳家でエッセイストの南映子さんのメキシコ話。そして在本弥生さんの写真が表紙を飾る。

わずか16ページ、A4二つ折りの版型の小冊子だが、このソウルはすごい!

整理したい古書がある人は、ぜひ吉成くんにご相談あれ。

La Troupe Makandal

13日の金曜日、ハイチのパーカッションと舞踊のグループ、マカンダルの公演を見てきた、というか、参加してきた。場所は草月ホール。マカンダルとは18世紀ハイチの黒人反乱の指導者。けものに姿を変えて神出鬼没、支配者である白人たちを恐怖のどんぞこに陥れたとされる人物だ。

グループは1973年にハイチの首都ポル=オ=プランスで結成され、81年にニューヨークに拠点を移した。ヴォドゥ教の儀礼をモチーフにしたパフォーマンスのショー。開演前、舞台に作られたヴォドゥのおどろおどろしい祭壇や舞台中央の柱(ポトー・ミタン、神の依り代にして宇宙樹、大蛇がまきついている)にびっくり。

最前列に陣取っていたため、出演の機会が多かった! リーダーのフリズネル・オーギュスタンが叩く太鼓を、誘われて叩かせてもらい、ついでトランスに入った(ふりをしている)女司祭の洗礼儀式(バラの花やハーブを水の入った桶でもみつぶし、その水でこちらの顔や髪や体を洗ってくれる)のために舞台上へ。さらに、死神バロン・サムディ(土曜日男爵)のお通夜のパフォーマンスでは、顔を白く塗られ盛装でよこたわっているバロンが組んだ両手に、こちらの小指をからめて握手し、バロンの復活を願うという仕草もやらされた。それからしばらく舞台上で踊っていたため、出演時間はのべ5分以上。何をやってるんだか。

おかげで、舞台を見にきていた友人・小沼純一さん(音楽評論)が発見してくれて、終了後は一緒にみんなで乾杯。まずは嘘っぽくも楽しい「東京の夏」ハイチ篇でした。

今回の公演には、ハイチのことをずっと追っている写真家の佐藤文則さんが関わっているらしい。8年ほどまえに初めてお目にかかった佐藤さんには、この日はお会いできなかったが、彼は明治の文学部出身。「世界最初の黒人独立国」にして「西半球最貧国」である島国ハイチのことを、もう四半世紀にわたって追ってきた人だ。明治のみんなにはぜひ注目しておいてほしいセンパイの一人。

マカンダルのショーはまさに「ショー」だったが、それでもいろんなことを考えさせてくれる。これを「世界史」への糸口として最大限に使えるかどうかは、その観客だったこちらの心がまえにかかっているんだろう。

ハイチ! かつて一度だけ訪れたその国のことは、いつかまた書くことにしよう。

2007年7月13日金曜日

アイスランドへの接近

11日、台場の日本科学未来館でのヨハン・ヨハンソンのコンサートに行ってきた。アイスランドのキーボード奏者。今回はパーカッション・プログラマーとチェロ奏者とのトリオ編成で、耳になじみやすいフレーズがくりかえされる曲を90分にわたって演奏。ちょっとデジタルな反復が退屈だったが、その分、生のチェロの響きが印象に残る。

ただし会場はあまりよくない。外の明かりが、特によくない。頭上には「ジオ・コスモス」という巨大な地球儀があり、それはおもしろいのだが、舞台の背景として映し出される映像作品の曖昧さは、あまりおもしろいとは思わなかった。あまりにも見えにくい。

特筆すべきは「霧の彫刻家」中谷芙二子さんによる、微細なミストの吹き込み。ときおり、ステージも客席も霧に包まれ、でもさして濡れるわけではなく、幽玄な雰囲気が漂う。

中谷さんは「雪博士」にして名エッセイストとして知られた物理学者、中谷宇吉郎の娘さん。この人工の霧により、すべてが救われた感じだった。途中のテクニカルなトラブルによる中断も含めて!

ともあれ、以前から抱いているアイスランドへの興味が、かきたてられたのは事実。世界に行きたいところはいろいろあるけれど、いまはニュージーランドとアイスランドに行ければそれでいい。

2007年7月8日日曜日

第4回ディジタルコンテンツ学研究会のお知らせ

第4回 ディジタルコンテンツ学研究会を、以下のように開催いたします。

日時 7月21日(土)午前10時から正午まで
場所 明治大学秋葉原サテライトキャンパス
講師 石川直樹さん(冒険家・写真家)

石川さんは1977年生まれ。現代日本の最先端の冒険家であり写真家です。2000年の北極点から南極点への人力踏破につづき、2001年には七大陸最高峰登頂を達成(当時、最年少)。一方で太平洋の伝統的航海術を学び、熱気球による太平洋横断に挑むなど、まちがいなく誰よりも広い視点から、この地球という星とヒトの居住パターンを見つめている視線の持ち主です。

この間、みずからの体験をインターネットを通じて、場合によってはリアルタイムで積極的に分ち合うという、旧来の冒険家とは完全に一線を画したスタイルを確立してきました。

今回の研究会では、最近の活動について自由にお話しいただきますが、新しいディジタル・テクノロジーと環境、そして旅、またご自身にとっての<写真>の意味などについても、人を不意打ちする斬新な視点からの発言がうかがえるものと思います。

石川さんのお仕事の詳細については、以下の公式ホームページをごらんください。

http://www.straightree.com/

ぜひお誘い合わせの上、ご参加いただけることを、切望しております。

なお、秋葉原サテライトキャンパスは秋葉原駅(電気街口)前のダイビル6階です。

早くも七夕

今週は、今週も、あわただしかった。こなさなくてはならない仕事が多かったが、その一方で、充実した時間にも恵まれた。土曜日の夜を迎えて、ほっとしているところ。

まず火曜日(3日)には、ニューヨーク在住の写真家トヨダヒトシさんのスライドショーを、明治大学生田キャンパスのメディアホールで開催。彼の初期作品「ゾウノシッポ」3部作。ひさびさに再見し、無言で展開されてゆく彼のニューヨーク暮らしの細部とその「とりかえしのつかなさ」の感覚に、深く感動。前回は数年前に新宿のphotographers' galleryのごく小さな部屋で見たのだが、上映の場所によりずいぶん印象が違う。またスライドの何枚かは入れ替えられているようだ。

写真家の藤部明子さんや翻訳家でトヨダさんのデビュー前からの友人である北折智子さんなども見にきてくれて、大学のキャンパスとしては異例の、アーティスト濃度の高い空間になった。こうしたイベントは、これからも仕掛けていきたい。

水曜日(4日)にはフランスの作家シルヴィー・ジェルマンさんに会いにゆく。本郷の旅館(なぜか外国人作家の多くが滞在する)に彼女を訪ね、初対面なのに2時間近く話しこんでしまう。哲学博士で、ものすごい教養の持ち主だが、そんなことはぜんぜん顔には書かれていない。ユーモアと、野うさぎのように機敏な精神が感じられる、すばらしい人だった。金曜の対談の打ち合わせをして別れる。

そしていよいよ金曜日(6日)。授業についで大学院の学内選考。それからあわただしく飯田橋の日仏学院にむかう。7時からの対談には60名くらいの聴衆が集まってくれて、まずまず。対談は前半を「旅とエレメンツ」、後半を「『マグヌス』を読む」という構成に。前半では人が旅をして出会わずにはいられない、それぞれの土地の自然の要素について、いくつかのキーワードを投げかけながら自由に話してもらった。太陽について、月について、風について、砂漠について。彼女が子供時代に体験した皆既日食の話が印象的。

後半では『マグヌス』という謎めいた作品について、みなさんからの質問に作家が答えた。アイデンティティの探求といえば話は早いが、この小説は探求すればするほど自分がわからなくなるという、逆のベクトルをもっている。活発な質疑応答で、ジェルマンさんのシャルマント(チャーミング)な性格もよくうかがえる、楽しいひとときだった。

この作品は「高校生ゴンクール賞」(高校生が選ぶ)を受賞しているが、終了後の雑談で「こういう試みは日本ではできないよね」と話していると、訳者の辻由美さんが現地で実際に立ち会った経験から、フランスの高校の先生たちの「やる気」について教えてくださった。ちょうど大学の非常勤講師や都立高校の先生といった友人たちと一緒だったのがよかった。結論は、「学校がつまらないのは100パーセント教師のせい」ということ。いくらでもできること、新しい試みはありうる。そして生徒の全員が興味をもたないことでも、必ず何人かはひっかかってくる子がいるはず。

それだって、創造の一形態なのだ。

そしてきょうは明治大学リバティーアカデミーの連続講座「世界文化の旅・アフリカ編」の第5回。30代のころ、アフリカとブラジルを行ったり来たりして暮らしていた翻訳家の旦敬介さん(明治大学法学部)が、東アフリカの主食ともいえる、トウモロコシの粉を練ってシチューやカレーにつけて食べる料理を、をその場で作りごちそうしてくれた。これには受講生のみなさんもおおよろこび! なんとも楽しいひとときだった。

今回の講座は、何よりも講師のチームにとって大きな刺激になっている。それぞれの貧しい知識をもちよって話し、確認し、まちがいを正し、また新たな視界を得る。

ヒューマニティーズ(人文学)の道は、孤独なものではありえない。それはつねに協同であり、だれもいないところで一人でやっているときでさえ、自分は大きな輪の一環、つねに他の人々の認識と知識がかたわらにある。この道を、これからもしばらくは、真剣に歩んでいきたいものだ。

2007年7月5日木曜日

「吉原家の130年」

「新潟日報」の7月2日号に、「吉原家の130年」をめぐる拙文が掲載された。ご希望の方にはコピーをさしあげます。いつでも研究室に寄ってください。

新潟県新発田市に、すでに130年続いた「吉原写真館」がある。その6代目の悠博さんはもともと画家、メディアアーティストとして活躍していた方だが、2001年9月のニューヨークのテロなどいくつかの機縁が重なって、新発田に帰り家業の「町の写真館」をやってゆく決意をした。

もちろん、ただの写真館ではない。海外の最先端のミュージシャンのミニ・コンサートや、芸術による町の活性化、ネットワーク作りなどに力をつくしている。また肖像写真専用のデジタルカメラも作成。世界に一台しかないアンソニー・デジタルカメラだ。

ぼくの記事は彼の写真展/映像作品である「吉原家の130年」をめぐる紹介文。同世代の彼の活動に、大きな刺激を受けることができて、幸運だった。

アート、創造、社会、生き方、土地、町、歴史、家系。そうしたすべてがぐるぐると頭の中で渦巻く。

アートとは、生きることをおもしろく楽しくする(自分にとっても、まわりの人々にとっても)ことであり、それは社会全体の問題をつねに視野に入れて「生存を図る」ことなのだと思う。

2007年7月3日火曜日

シルヴィー・ジェルマンとの対話

こんどは、ぼく自身のイベント。

7月6日(金)、飯田橋の東京日仏学院にて、フランスの小説家シルヴィー・ジェルマンさんと公開対談をおこなう。彼女は「高校生ゴンクール賞」を受賞した傑作『マグヌス』だけが翻訳されているが、他にもフェミナ賞、ジャン・ジオノ賞などさまざまな賞をとりまくっている、現代フランスのもっとも実力ある作家のひとりだ。

哲学者で、「顔」の哲学者エマニュエル・レヴィナスの弟子。長らくプラハに住んだ。真剣なカトリックの思想家でもあり、現代における「悪」や「信仰」をめぐる、きわめて深い洞察を平易で驚きにみちた言葉で語ってくれる。稀有の存在。

都合がつく人はぜひ『マグヌス』(辻由美訳、みすず書房)を読んで、6日の午後7時、日仏学院にどうぞ! 主題は「旅と発見」を予定している。

藤部明子作品展 「ヒカリバ」

もうひとつ写真展のお知らせ。

サンフランシスコのアパートメントホテルの住人たちを撮影した『The Hotel Upstairs』、およびオランダの初老のアーカイヴィスト=アーティストの日常を追った『Memoraphilia』という、あまりにも美しい2冊の写真集で知られる実力派の写真家、藤部明子さんの新作展が、来週からツァイト・フォトサロンではじまる。

http://www.zeit-foto.com/exhibition/next.html

タイトルは「ヒカリバ」。おそらく、「光の葉」であり「光の場」なのだろう。あるいは、「火/狩り場」かもしれないし、あるいは日本語ではぜんぜんなく、アフリカのどこかの言語かもしれない。

藤部さんの写真、プリントの色彩の美しさにいつもはっとさせられる。完璧主義者の仕事とはこういうものかと思う。

ぜひ見てください。

トヨダヒトシさん新作情報

いよいよ明日7月3日、明治大学生田キャンパスにトヨダヒトシさんをおむかえする。静謐で濃厚な時間が約束されている。

そのトヨダさんの新作情報が、タカイシイ・ギャラリーのページに掲載された。

http://www.takaishiigallery.com/news/SPOONFULRIVER/japanese.html


この夏の数度にわたるスライド上映会、ぜひどれかに足を運んでみてほしい。そのみずみずしい情感に、驚き、また深く胸をつかれるはずだ。

第3回DC研 avec 徳井直生!

6月30日、土曜日、第3回のディジタルコンテンツ学研究会を開催した。スピーカーは工学博士にしてDJの徳井直生さん。わが同僚、宮下芳明さんの高校時代の同級生。お話は多岐にわたったが、じつに爽快だった。ぼく自身(1958年生まれ)とは半世代以上ちがう(宮下さんと徳井さんは1976年生まれ)世代の中に、確実にこれまでなかったタイプの知性が生まれているのを実感し、こっちもやる気がわいてきた。

徳井さんのお仕事については

http://www.sonasphere.com/blog/

を参照のこと。

徳井さんは国際メディア研究財団の研究員だが、昨年までは2年間、パリで活動していた。今回は彼のお仕事から、Phonethica および i Mashup そして Sonasphere という3つのプロジェクトを例にとり、ディジタルメディアにおける創造の(そこには集団性が大きく関わってくる)可能性について、説得力のあるかたちで解説していただくことができた。

ぼくが特におもしろかったのは、完全なインターネット世代であるかれらの中から、埋もれたもの、忘れられたものに対するまなざし、そして製作者を英雄視せずできるかぎりのものを共有してゆこうとする倫理が芽生えている点だ。

もちろん、トランスリングァル(間言語的)なパン(音の類似)や、複数のストーリーラインの並行、あるいは個を離れた集団制作といった問題は、20世紀文学がとことん考え抜いてきたことだ。そうした発想自体には驚きはない。けれども最大の驚きは、そうした発想を実践に移すにあたっての徹底した平等主義、というか特権の放棄が、ディジタルメディアによって可能になっている点だ。

徳井さんは「危機言語の復権」や「ロングテールの尻尾のほうの浮上」といった問題を重視する。ぼくにもそれはぜひ支持したい動きで、実際、翻訳者としての自分自身のこれまでの活動のある側面(ひとことでいって「小さな場所で小さな言語で書かれる小さな文学の可視化への戦いの支援」)を、これからも進めていこうという決意を新たにすることができた。

彼の活動に、これからも注目していこう。